第44話 出逢いし者。

「あいたたた……。あれ、ここ何処だろう」


 シスターモモはお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がると、真っ暗な洞窟内を目を凝らして見回した。

 最初は暗闇に慣れていないせいで良く見えなかった洞窟内だが、馴れるに従って少しではあるが周りの様子が見えてきた。


 洞窟内は先程までいたのと大して変わらないような広さがある気がするのだが、暗くて良く分からない。天井まではだいぶ低くなっているようで、右上にはひと一人が通れる程度の穴が空いていた。


「ここから落ちて来たのかな」


 穴を覗き込んでみたものの、少し先が曲がっていてその先は分からなくなっていた。

 手を掛けて這い上がろうとしてみたのだが、とても登っては行けそうにない。


「痛いっ!」


 頭部の左に痛みを感じたシスターモモが、ゆっくりと優しく触るとおでこに若干の腫れがあるのが分かった。

 更に、滑り落ちた時にあちこちぶつけたのだろう、腕や足にも鈍い痛みがあった。彼女はそれを確認するように一人つぶやいた。


「痛たた……。滑り落ちた時にあちこち何処かにぶつけたみたい」


 エルムの呼び出した光の精霊を追って全力で走っていたシスターモモは、前を飛ぶ光に目を取られ過ぎて足元に全く注意が向いていなかった。

 路面には小さな凹凸おうとつがあり、そこにつまずいてバランスを崩した彼女が洞窟の壁面に手を着くと、その場所が崩れ落ちてこの細い通路を滑り落ちたのだ。


「誰かー、誰かいませ…………」


 声を出して誰か近くにいないか確認してみたシスターモモだが、思った以上に自分の声が響いてしまう事に気付いて叫ぶのを止める。

 慌てて念話に切り替えるが誰の声も届いて来なかった。念話の届く範囲内には誰もいないのだ。


「どうしよう……」


 不安からポツリと言葉が洩れてしまう。


 ダメだ、ダメだ! 私は勇者様に付いて行くと決めたんだ。こんな事じゃその資格も無くなってしまう。自分のドジから始まったんだし、この位のピンチは自分一人で何とかしなくっちゃ!

 とりあえず、こんな時の為にサクラちゃんからもらった物があったんだ。


 背負っていた肩掛けカバンを下ろし、ゴソゴソと漁って手に取った順に中身を取り出してみる。


 まずはスタンダード、メイプルパンケーキ! つぎはちょっと酸っぱい味がアクセントのブルーベリーパンケーキ! ジューシーイチゴと生クリームのパンケーキにチョコとバナナの……パンケーキ、スライスナッツとバタークリームの……。

 最初は弾んでいた声も次々に出て来るパンケーキに自然と声のトーンが落ちていく。カバンの中から出て来るのは非常食に持ってきたパンケーキばかりだった。


「私のカバンの中、パンケーキしか入ってない!! どうしよう…………」


 おろおろとするシスターモモだが『落ち着け、落ち着け!』と自分に言い聞かせながら取り出したパンケーキの袋を開けると、パクりと一口かじり付く。

 バターとメイプルシロップのほのかな香りが彼女の心を落ち着かせた。


「ん━━っ! おいひー!!」


 村での生活では甘い物など贅沢品で口にする事などほとんど無かった。だからこそ初めてパンケーキを食べた時の衝撃は想像を絶するものであり、彼女の中で至高の食べ物となっていたのだ。

 甘い物を食べた事で落ち着きを取り戻したシスターモモは、洞窟に入る前に日比斗から手渡された物の事を思い出した。


 みんなとはぐれて一人で困ったら使うようにと渡されたのはベルトの付いた小さなバック……ウエストポーチと言う物らしい。

 サクラからもらった道具はその中に入れていたのだ。

 普段から着ているシスター服、トゥニカの上に何かを着けるなんて事がないので、すっかり失念していた。じっぱーとかいう不思議なボタンを外して中身を確認する。


 ○ペットボトル透明な水筒

 ○折り畳み式のびーる電磁警棒ビリビリ棒

 ○ハンディ手持ち用LEDピカピカランタン


 ペットボトルとか言う水筒は中身の量が見える便利な道具だ。万が一の時に飲むようにと渡された。


 ビリビリ棒はこん棒程の強度が無いので、あまり力任せに振り回すとすぐに壊れてしまうらしい。相手にくっ付けてボタンを押すとビリビリが流れる武器だ。こん棒の方が便利な気がするけど、軽いので持っておいた方がいいと言うのでポーチにしまったのだ。


 ビート様がせっかくだからとナーちゃんを使って使い方を実践してしてみてくれたのたが、ナーちゃんにはご褒美だったらしくあまり効果が良く分からなかった。


 ピカピカは水筒と同じくらいの大きさで、ボタンを押すと光の精霊が辺りを照らしてくれる便利な道具だそうだ。ただ、ご飯が無くなると精霊さんがお仕事しなくなるらしいので使い過ぎは厳禁だと言われた。


 とりあえず、水筒とパンケーキをカバンに戻し、ビリビリ棒をベルトのホルダーに仕舞うとピカピカを試しに使ってみる。


 ボタンを押すとカチッという音と共に柔らかい光が辺りを照らした。


 改めて洞窟内を見渡すと、やはり最初の洞窟に比べて少し小さいだろうか……天井までは低く、自分の身長の二倍強の広さしかない。そこかしこに自分が滑り落ちて来たのよりも小さな穴が無数に空いている。


「ん?」


 近くの穴の中で何かが動いた気がした。彼女はそっと近づくとピカピカを向けながら穴の中を覗き込む。


 穴の広さは三十センチ位、中ではピンク色の肉が穴の直径いっぱいに広がって、うねうねとうごめいた。ピンクの肉塊は光が当たると少しだけビクッと痙攣けいれんしたのち丸く大きな口を開いた。口の中には尖って幾重ににも重なって生えた牙がうねうねとうごめいていた。


「る、人食い巨大ミミズルーターワーム!」


 ピカピカで周りを照らしてみると、無数にあった穴からルーターワームが頭を覗かせている。光が当たるとビクッと痙攣し穴の中へ戻っていくのだが、すぐにまたズルズルと這い出してくる。


「ここ、ルーターワームの巣だ!」


 額には玉の汗か滲んでいる……こんなにも大量の冷や汗が吹き出したのは彼女の人生で初めての事だ。シスターモモはピカピカをかざしながら、脱兎の如く走りだした。


 ルーターワーム……生物の死肉を喰らい、そのフンにより土地を豊かにする魔獣の類いとされている。

 通常のルーターワームは五十センチから一メートル程にしか成長しない。獣の死骸に数十匹がたかって喰らい付き、絡み合って丸い肉玉になるのだが、食料が不足すれば生きている動物も餌にする。

 その為、大量に発生すれば駆除対象となるので、数も大きさもそこまで増えない事が多いのだ。


 だが、ここのルーターワーム達はどうだ。胴体の太さが三十センチ以上あるのだ、全長がどの位あるのか想像も出来ない。

 そしてこの洞窟には無数の穴があり、そこかしこから巨大なルーターワームが頭を覗かせている。


 一匹にでも捕まれば、すぐに複数のルーターワームに喰らい付かれ、あっという間に肉玉にされてしまう。


 幸いな事にルーターワームは光に弱いらしく、ピカピカを当てれば穴の中へと引っ込んでしまう。そこを必死で走り抜けていく。

 どのくらい必死に走っただろうか。息があがってしまい、もう走るのは限界だ。ゆっくりとピカピカで辺りを照らしてみるが、穴もルーターワームがいる気配も無くなった。


 ほっとして安堵で膝から崩れ落ちその場にへたり込むと、新鮮とはとても言えない洞窟内の空気を大量に吸い込んでむせ返る。


「げほっ、げほっ、は、早くビート様達の所へ戻らなくちゃ!」


 ゆっくりと息を整え立ち上がろうとするが、膝がガクガクして中々立つ事が出来ずにいた。それでも気力を振り絞りフラフラと立ち上がると洞窟の壁に手を付いて何とかバランスを取った。だが、それが不味かった。


「えっ、えっ、嘘うそ、またぁあぁ~!」


 手を付いた壁は脆くなっていて、壁の奥へと崩れ落ちた。バランスを崩したシスターモモはパックリと空いた壁の穴に悲鳴と共に吸い込まれるように流れ落ちて行った。






 どのくらい滑り落ちただろうか……少しだけ開けた空間に放り出された。落ちた穴が縦穴ではなく、曲がりくねったスロープであった為か、打ち身は酷いが動けない程の怪我はおっていなかった。


「あ痛たたた……今日はこんなのばっかり」


『ちっ、ニャんだ人間か!』


 突然シスターモモの耳に声が聞こえた!

 いや、これは声じゃない……念話だ。

 それも今まで聞いた事もない声だ!!


 すぐ動けるように片膝を立てて身構えると、ゆっくりと辺りを見回した。


 暗くて良く分からないが、洞窟内は壁がぐるりと周りを囲んでいてドーム形の円形になっているようで、今までの洞窟のように通路という感じでは無かった。


 不意に右目の端に白く小さく蠢く物があった。


「何これ……」


 それはまるで墓場に現れる【人魂ひとだま】と呼ばれるものに酷似していた。

 実際に見た事がある訳ではない。ただ、人伝ひとづてに聞いた事があるだけだ。


 人の魂が結晶化し青白い炎の玉をかたどって具現化する現象らしい。


 シスターモモは腰のホルダーに着けた電磁警ビリビリ棒を取り出し、ロックを外すと横一線に振り抜いた!

 電磁警棒は『ジャキンッ!』という金属音と共に最大尺までその全長をのばした。その長さは七十から八十センチといった所だろうか。

 シスターモモはビリビリ棒の柄を両手で握ると正面に構え、その更に奥にいる人魂に油断せぬよう身構えた。


 白い人魂はユラユラと揺れながら、ゆっくりと近付いて来る。だが、それが近付くにつれ人魂と呼ばれる物ではない事が分かった。


「……ネコ?」

『誰がネコにゃー!』


 白い人魂に見えたそれは間髪入れずに突っ込みを入れてきた。闇に慣れてきた目に映ったそれは、額から口元に掛けて八の字形に白い毛と、胸の一部にも白い毛がある二足歩行の黒猫だった。その白い模様が暗闇の中で人魂の様に見えていたのだ。


「ま……魔物っ!」


『失礼にゃ、誰が魔物ニャと! 我が名はセンセイルド・クロウドギアス。高潔なるケットシーの貴族、クロウド卿と呼ぶが良いニャ人間! ……とは言ったものの愚昧ぐまいなる人間如きには我輩の声は届かニャいか……しょぼんニャ』


「……センセイ?」


『ニャ、にゃんと貴様我輩の声が聞こえているニャか?』


 彼にとって今まで言葉の通じた人間などいない。人間などという下等な生き物と会話が成立した事などなく、無駄な争いを繰り返すだけの愚かな生き物には興味を抱いていなかったのだ。


 だがこの時、壁際へと戻り掛けたクロウド卿は歩みを止め、ビクリとしてから何かオカシナ物でも見るかのように目を血走らせて振り返った。初めての経験に興奮を禁じ得なかったからだ。


 そしてそれがこれまた不味かった。


 暗闇にギラギラと血走る目で振り返った化け猫……シスターモモの目にはそう映ったのだ。その後の彼女の反応は至極当たり前の行動であった。


「いやあぁぁあぁぁぁぁ!!!」


 シスターモモの適当にブンブンと振り回した電磁警棒はクロウド卿を直撃し、帯電した電撃を余すところなく叩き込んだ。


「にゃ━━━━━━っ! にゃんニャンにゃニャにゃにゃギャ━━━━━━ッ!!」

『我輩、にゃんにもしてないのにニャ、酷いニャー……酷過ぎニャー』


「えっ?」


 クロウド卿の悲鳴と共に聞こえた念話……それがシスターモモを正気へと戻し冷静さを取り戻した。


「あれ……あれ? 魔物……だよね。違うのかな?」


 電撃を受けて毛を逆立たせ、白目を剥いて大の字でひっくり返っている猫を見てちょっとやり過ぎちゃったかなと思う。


 パッと見、出口らしき物も見当たらないし、とりあえずパンケーキでも食べて落ち着こうと、カバンからひとつパンケーキの袋を取り出した。


 パンッと袋を開けるとその香りを堪能した上でパクリとかぶり付く。


 幸せそうな笑顔でパンケーキを食べるシスターモモは窮地に陥った現状でも意外にタフな根性を持っているようだった。





 ーつづくー

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