第42話 来訪せし者。

 次の日、ミレイの部屋から何とか移動させてもらう許可を得て、割り当てられた部屋に移った俺のもとに、珍しい人物が訪れた。


「よう、勇者の兄ちゃん。元気にしてたか?」


「元気に見えますかオルクさん?」


 部屋を訪れたのはエウロト村で別れた商人、オルク・ド・オルバンだ。

 相変わらず革鎧とショートソードを身に着けた姿はとても商人には見えない。ザンバラ髪と適度に日焼けした顔には精悍さが漂うのだが、ニカッと笑うその笑顔にはなにか人を惹き付けるような魅力があった。


「俺と別れた直後にまたまた大活躍だったみてえじゃねぇか!」


「大活躍って……ほとんどが仲間のおかげで、俺はせいぜい穴を掘った位のもんだし」


 確かにそれが事実なのだが、自分で言うとより情けなさを感じてしまう。

 そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、オルクさんは『また穴堀か!』といってガハハと大声で笑った。

 ステータス画面に穴堀り勇者などというカッコ悪い二つ名が表示されたら堪らない。俺は穴堀りの件をくれぐれも広められぬ様にオルクに釘をさした。


「好きで掘ってる訳じゃありませんからね、好きで。それに次の依頼はダンジョン攻略です。次こそは俺がバリバリ活躍してみせますよ」


「城主のミレイ嬢ちゃんに良いとこ見せねぇといけねぇしな!」


「ちょ、まっ、ち、違うんですって!」


「城下の町じゃかなりの噂になってるぜ。堅物で少々行き遅れ気味だった城主様がポッと出の勇者に落とされたってな」


 ニヤニヤと笑うオルクだが、この噂を流しているのがミレイ本人だと知っている俺はとても笑えない。

 彼女が三日も部屋を共にしたと、頬を赤く染めてまことしやかに囁くものだから、侍女や彼女の親衛隊を中心にあっという間噂が広まったのだ。


 婚約への流れとして必要なのだと強く彼女から言われていたので、仕方なく諦めていたのだが、部屋に出入りするミレイの部下や使用人達の視線が余りにも露骨で痛すぎて耐えられなくなり、逃げる様にこの部屋に移ったと言う訳だ。


 本当は二人きりでは無かったというのに、まったく……まったくだ。


「そんな事よりオルクさんは何をしにフォールーンまで来たんですか。まさか俺の見舞いに来た訳じゃないんでしょ?」


「何を言ってんだよ、兄ちゃん。俺の目的地は元々フォールーンだっただろうが! 武器と交換で仕入れた食材をここの市場で金に変えるのが俺の仕事に決まってるじゃねぇか」


「あっ、でも、エウロト村で寄る所が出来たと言って別れたんじゃないですか」


 そうだ、あの時オルクさんはあの辺りを治めるワルター辺境伯に会いに行くと言って俺たちと別れたのだ。

 俺はオルクさんの顔色をうかがいながら、『秘密……ですか?』と尋ねた。


「別に隠すような事じゃねぇよ。ワルターの奴は俺の学生時代の後輩でな、今回兄ちゃんが吹き飛ばしてくれたデューム山に街道を作る工事の申請と許可、それから協力をしに行ってたのさ。ここへは仕入れた荷物の処分と新しく始める商売の申請をしに来たって訳だ。兄ちゃんに会いに来たのはあくまでついでさ」


 この世界の常識がまだ良く分かっていない俺には、現代のような商業登記申請などあって無いような物だと思い込んでいた。


「おいおい、何処の領土にだって税金ってもんがあるんだぜ。好き勝手に旅をしてやりたい放題の商売していい場所なんてあるかよ。闇で商売なんてすりゃああっという間に捕まって財産没収の上、強制労働か牢獄行きだぞ」


 オルクさんの説明によると農民は当然その地で栽培された農作物や領内役務の労働力として税を徴収されるのだが、商人は商売をする土地の領主に商業税を支払う決まりになってるのだそうだ。


 基本的には街道にある関所や、村で商売する時の販売場所で利用税という形で徴収されるのだ。それとは別に領主が領土内に向けて通行や販売行為を保証するフリーパスの通行手形がある。

 領内に拠点となる店舗や住居を構え、申請する事で得られるそれは、関所や各村々で支払う税よりもかなり安く済む事から商人の多くから歓迎された。


 もちろん、領主としても多くの商人を抱え込む事で安定した税収と、商品流通の活性化につながり、更に住む人間の増加に伴い新たな税収として返って来るので多く領主が、利益を生むフリーパス手形の発行には躍起やっきになっているのだ。


 説明を終えたオルクさんは一呼吸置くとゆっくりと目的について語り始めた。


「俺はこのフォールーンで人材派遣業をやろうと思うんだ」


「人材派遣業?」


「ああ、ワルター伯の領内で大規模な街道設備工事が始まる。人も物も大量に必要になるだろう。また、それに伴い多くの業者や商人も集まる。もめ事も多くなり騎士達だけでは対応しきれない事もあるだろう。そうなれば護衛役の需要だって必要となる。それらの人材を俺が一手に管理し、必要な所に必要な人材を派遣する事が出来れば、莫大な利益を得る事になる。また、このフォールーンには多くの難民がいて苦しい生活を強いられている。彼らの生活の手助けにもなれば一石二鳥と言う訳だ」


「まるで【冒険者ギルド】みたいですね」


「冒険者……ギルド?」


 初めて聞く言葉に食い付いて来たオルクさんに、俺はゲームの世界での知識を出来るだけ詳しく話して聞かせた。


「なるほどね、個人の情報は本部にて一括して登録し、専門職やそのランクによって希少金属の専用プレートを配布する。本部は照会された人物の身元や能力をそうやって保証する事になる。そうする事でギトールのような盗賊まがいの傭兵を排除して行くわけか」


「ダイニーデンデンのように個人認証出来る物があれば更に精度は増す訳です。でもこれって相当な手間が掛かる仕事になりますよ」


 オルクさんは一瞬顔を曇らせたがすぐにいつもの笑顔に戻ると『まあ、なんとかするさ』と言って苦笑いした。


「これは俺なりのケジメみたいなもんでな。魔物退治は勇者様に任せて俺は俺でやるべき事をやるだけさ」


「ケジメねぇ。魔物の件を丸投げされるこちらは堪らないですけどね」


 ジト目で非難するような顔をした俺の愚痴に大きく『ガハハ……』と笑うと背中をバチバチ叩いて『兄ちゃんなら出来るさ、頼んだぜ!』と言って豪快に笑いだした。

 まったく無責任な!……と思いながらも俺もつい一緒になって笑ってしまう。

 オルクさんの笑顔にはその場の雰囲気を明るくする効果スキルが付与されているのでは無かろうかと本気で疑いたくなるのだ。



 俺たちが何とは無しに笑い合っていたその時だ、バンっと大きな音を立ててドアを開け、部屋の中に入ってくる者がいた。


婿殿むこどの! ようやくこちらの準備が整った。さぁ、ダンジョンでぇととやらに、しゃれ込もうではないか!」


 だっ、ダンジョンでぇとってなんだよ。


 口にする前に、俺の突っ込みはオルクさんの挨拶によって亡きモノにされてしまった。


「よう、ミレイ嬢ちゃん!」


「ゲッ、オルク隊長!?」


 二人は顔見知りのようで、終始笑顔のオルクと眉間にシワを寄せ若干引きつっているミレイの様子からわずかだが関係性がうかがえる。

 後から聞いた話では初めて騎士団に配属された時の上司だったらしい。呑気でぐうたらな昼行灯ひるあんどんだったクセに模擬戦では一度も勝つ事が出来なかったようだ。


「おいおい、嬢ちゃん俺はもう隊長じゃねぇよ。ただの商人オルクさんだぜ」


「誰がただの商人ですか! 近衛騎士団最強とまで謳われた方が、魔族が跋扈するこの有事に騎士団を辞めて商人などと!!」


「相変わらず堅物だな、嬢ちゃんは。そんな事だからろくな男が言い寄って来なかったんだろうが。まあ、こいつは見ての通り見た目はいいんだが言い寄る男に全部、はじから勝負挑んで再起不能にしちまったからな」


「ななな……何を言ってるんだ隊長! しょ、しょんな事は絶対ナイのだじょ、信じて欲しいのだ婿殿。た、隊長が勝手なこと言ってる……だけなのだぞ、うん」


 顔を真っ赤にして口ごもりながらも必死に弁解するミレイを見て、オルクは目を丸くした。彼自身こんな彼女を見るのは初めてだったからだ。


「おいおいマジかよ兄ちゃん。勇者ってぇのは本当にすげぇな! 氷の刃アイスブレイドと呼ばれた嬢ちゃんをこんなにもとろけさせちまうとは恐れ入ったぜ」


「オルクさーん……さもそれが、勇者の能力みたいに言うのは止めて下さい。それと彼女をそれ以上からかうのもやめて下さい。後でご機嫌とるの俺なんですから」


「悪りぃ、わりぃ。こんな嬢ちゃん見るの俺も初めてなんでな。少しばかり調子乗った。すまん、すまん」


 俺がミレイの方をチラ見すると、顔を赤らめたまま少し拗ねた様に頬を膨らませ口を尖らせている。そんな彼女の事を可愛いと思ってしまった自分自身に、最近流され方が半端ないなぁ……と苦笑してしまう。


「兄ちゃんが後ほど機嫌をとってくれるようなんで勘弁してくれよライラック騎士団長どのぉ」


「相変わらず人任せか! だが、まあ良いだろう。今回申し出の難民を使った人足の件、我々としても非常に助かる。サクラ殿から提供して頂いた食料と合わせて皆もようやく一安心出来るだろう。あとは婿殿が私の機嫌を僅かばかり取ってくれれば何の問題も無い」


 簡単に機嫌の直ったミレイだが、俺に甘えるのが前提になってるのは若干引っ掛かる。まあ、それでもフォールーンの街が抱えていた問題が少しでも解決に向かっているのは喜ばしい事だと思った。


「と・こ・ろ・で、ダンジョンデートってぇのは何なんだ!」


「エルル殿から聞いたのだ。勇者殿の世界では引かれ合う男女で探索を行う事を【でぇと】と言うのだと」


「ちが─────うっ!」


 エルムの奴め、またテキトーな事を!


 俺が大声で怒鳴ったのでミレイはシュンとして分かりやすくうなだれてしまった。

 うぅ……若干胸が痛い。


「わかった、わかった。ダンジョンの調査

 が終わったらデートでもなんでも付き合ってやる。だから準備が出来たならとっととダンジョンの調査に向かおう!」


「うん」


 嬉しそうにうなずくミレイをみて少々不安になった。勢いで言ったものの俺はデートなどしたことが無いのだから。

 俺の表情や態度からそれを読み取ったのかオルクさんは終始ニヤニヤしている。


 まったく、本当にまったくだ。




 ーつづくー

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