第41話 告白せし者。

 俺の諦めの言葉に満面の笑みで応えたミレイは、大きく両手を上げてガッツポーズをすると大きな声で叫んだ。


「みんなー、協力ありがとー! 勇者殿の許可が出たよー!! これで私も【勇者女子会ブレイブガールズ】の仲間入りです」


 ええっ? 勇者女子会ブレイブガールズ?? なにそれ。


 俺が目を丸くして呆然としていると、部屋の隅に置かれたテントの中からシスターモモがモソモソと姿を現した。


「ビート様は少し目を離すとすぐに新しい女の子を連れて来るので、油断なりません。女の子に対して甘々です。メイプルシロップたっぷりのパンケーキより甘々です。」


 シスターモモは表面上ぷんすかと怒ってみせているが、表現はふんわりでまさに甘々になっている。たぶん本気で怒っている訳では無さそうだ。そしてサクラの提供するパンケーキにどハマリしているのがバレバレだ。


 少し離れた長椅子の後ろからエルムがひょっこりと顔を出してニヤニヤとしている。


「ビート君は女の子に弱いモンねー。でもそこがいい所でもあるんだけどね。普段はちょっと冷たい感じだけど、危ない時は何も言わなくてもちゃんとかばってくれる。素直じゃないけど、なんだかんだでかまってくれるし優しいし。だから私もモモちゃんも簡単には諦められないし、たとえライバルでも同じ気持ちを持ってるミレイちゃんにも協力したくなっちゃうのよね」


 エルムがどこまで本気で言ってるのか、何を考えているのか……正直、こいつの気持ちが一番分からないぞ神様。


「オーナーはとてもお優しい方です。みんなに内緒でたまにお姫様抱っこもしてくれます。AIの私にもちゃんと気を使ってくれるのです。嬉しいという気持ちを実感させて頂けるのです。私はビート様がオーナーで本当に良かった」


 次に姿を見せたサクラは、3Dホログラムを使って家具に擬態していたようだ。全く、なんて無駄な高性能だ。そしてついでに余計な事をみんなにばらす。あれは設置移動訓練だと言ったのに……。


『ティーもここにいるよ、マスター。ボクもマスターが大好き。危ない時は胸元に入れて庇ってくれるし、マスターの頭の上はお日さまの匂いがするんだ。いつでもマスターと一緒だから常に勇者力は満タンだしね』


 枕の下からモゾモゾと這い出して来た。コイツは羽根つき妖精のクセにやたらと狭い所に潜り込みたがる。それにしてもシスターモモのおかげでティーは勇者力という言葉がお気に入りになったようだ。

 そのままスルッと俺の胸元に潜り込み、ご満悦な様子だがブレイブガールズの皆さんからの視線が異常に痛いのは気のせいでは無さそうだ。


 最後はアスカとナーゲイルの姉弟きょうだいだ。ベッド隣に置かれていた椅子に座っている状態で実体化したアスカと、その隣でしょんぼりと体育座りしているナーゲイルが現れた。


『さすがは我が愚弟の主じゃ、女子おなごたちにモテモテよのう。そのくらいでなければ勇者なぞ務まらん。人を惹き付ける才能も勇者の必須条件じゃ。じゃがの勇者殿、我がマスターはこう見えて生娘なのじゃ』


「ああああ、アスカ様! ナニなに、何をおっしゃってらっしゃいマシュか!!」


 慌てふためくミレイをよそにアスカは口角少し吊り上げ、わずかに微笑むとナーゲイルの頭の上にそっと手を置いた。


『我が主、マスターミレイをぞんざいに扱う様な事があってみろ、愛しの愚弟ナーゲイルがただでは済まぬぞ』


『あ、えっ? 何でぼく? 何故です姉上、姉うえぇぇっ!!』


 軽く頭の上に手を置いている様にしか見えないのだが、ナーゲイルは腕をバタバタさせているだけで、身動きひとつ取る事が出来ないようだ。

 ん──まぁ、ナーゲイルにはどうせご褒美だから良しとしておこう。


 それにしても全員で聞いてやがったのか。

 俺は大きくため息をついてから口を開いた。


「みんなで聞いていたなら話しが早い。くどい様だが、俺には俺の目的がある。そしてみんなの気持ちは嬉しいが、俺にはそれに応えてやる自信も覚悟も無い。ここまでの戦いもシスターモモやエルムの協力、そしてナーゲイルやサクラの能力があったればこそで、戦士としての能力ではミレイ隊長に遠く及ばないだろう。そんな俺があくまでも個人的な理由で、世界を滅ぼさんとする魔王に戦いを挑まなければならない。きっとただでは済まないだろう。こんな情けない勇者だが、それでも共に行きたいと言ってくれるなら俺は全力でみんなを守りたいと思う。何も確約する事が出来ない俺だが、これが今の精一杯の本心だ」


 弱音を吐露した俺に皆はどう思うのだろう。


 最初に口を開いたのはシスターモモだ。


「何を今更ですビート様! 私は一生ついて行くと誓いました。戦いのお役にはあまり立てませんが炊事、洗濯などの家事全般をサポート致します。村を助けて頂きこれ以上無いほど恩を受けています。だからたまに優しくしてもらえるだけでも、私は十分幸せなんです」


「さすがはモモちゃん。一途よね。私はビート君にいーっぱい見返り期待しちゃうよ。せっかくこちらの世界に呼び寄せて、魔王を倒して世界を救って欲しいってお願いした訳だし。ミッション依頼出すのが私のお仕事だからね。まぁ、私個人的にはビート君相手に恋する乙女が出来てるから、十分潤っちゃってるかなー。ビート君見てると飽きないしね」


 エルムの話しを聞いていたミレイがきょとんとして彼女に声をかけた。


「エルルさんてまるで女神様のような事を言うのですね、ふふふ……」


「……そう、だが?」

「そうですよ」

「ですね」

『エルム様、女神ですよ』

『主殿、そやつは本物の女神じゃ』


「………………」


「えっ、ええっ?? ななな、なんで本物の女神様が降臨してらっしゃるんですか──っ! と言うかなんでみなさん女神様と一緒でそんなに冷静なんです!」


「「『『召喚された時に会ってるし』』」」


 落ち着きなく慌てているミレイに少し同情しているのはシスターモモだ。彼女も最初は驚きで石化したからだ。信仰の対象である女神が目の前に立っていたのだ、テレビでしか見た事の無いアイドルが偶然目の前に現れた状況とは比較にもならない驚きなのだ。


 シスターモモは昔の自分を思い出し、苦笑したままミレイの肩をポンと叩くと『すぐに馴れるわ』と言って力なく笑った。


 勇者様を召喚してから本当に色々な事があった。今までの自分では体験する事の無い事もたくさんあった。驚く事が多過ぎてたぶん感覚が麻痺しているのだろう。

 そういった想いを含んだ笑いにちょっぴり涙が出てきたシスターモモであった。


「な、何故泣く?」


 事情が分からないまま声を掛けられたミレイは、不安を募らせ表情を曇らせるだけである。そしてそれを見ていた全員が何となく笑っていた。全員苦笑ではあるが。


 俺は一同をぐるりと見渡すと、今日はゴスロリ系のメイドファッションに身を包んだグラフィックのサクラに目を止めた。


「さて、サクラお前はどうする?」


「それ今更私に聞きますか、オーナー? 仮契約とはいえ私はオーナー……いえ、私がこの世界で唯一ただひとりの勇者と認めた方、ヒビト様の忠実なるしもべ。道具でございます。魔王の城であろうが、異次元であろうが、ヒビト様の願いを叶える為に尽力し、ご自宅にお帰りになるその日まで……失敬。お帰りなられたその後もずっと御側に置いて頂きます!」


 さすがはサクラだ。異次元だろうが異世界だろうが、確かに彼女ならどこまでも追って来れる気がする。

ずっとそばにいるつもりなのは驚きだが、彼女の言葉には絶対に嘘偽りが無いので安心感がある。

 むしろ俺自身が彼女の期待に応えられるだけのオーナーで居続ける事が出来るかどうかの方が問題だろう。


「最後はプラム、君の番だ。この中で一番しがらみの多いプラムには、君自身の行動や選択が周りの者たちに与える影響も少なく無いだろう。俺のような根なし草の風来坊に関わっても何の得も無いだろう」


「勇者殿の世界では恋愛は損得だけでする物なのか?」


「それは……」


 ミレイの疑問はもっともだ。恋愛中の損得感情など後付けされるもので、相手を必要としているうちは分かっていてもそう思う事などない物なのだろう。

 言葉に詰まった俺にミレイは小さく微笑むと、勝ち誇った様に言葉を続けた。


「そうだろう、そうだろう。恋愛などという物にうとい私でもその位は知っている。だがな勇者殿、我々貴族というやからにとっては結婚というものは地位や名誉、領土を守る為の手段でもあるのだ。勇者殿がこれより功績を上げて行けば必ずこういった権力闘争に巻き込まれ、道具として利用される立場となるだろう」


 なるほど、その様な事は元の世界の日本ではほとんど無くなってしまっているので考えもしなかった。俺は頷きながら彼女の言葉に聞き入った。

 ミレイもその態度に気を良くしたのか意気揚々と話しを続ける。


「私自身そういう状況にさらされている。好きでもないだけならまだしも、明らかに家名目当てという輩ばかりでうんざりなのだ」


 彼女の美しさなら、そればかりでもないだろうと思いつつも口を挟む事はせず、そのまま聞き続けた。


「そうは言っても後を継ぐものがいなければ家名を返上しなければならない。ならば最低でも私と同等以上の実力を持っ者か、尊敬できる相手を見つけようと思ったのだ。だがそれは思っていた以上に困難だった。だからこそ私はこの機会に勇者殿と既成事実を作ってしまおうと思うのだ。私の事を嫌っていないのであれば、頼めるのは勇者殿しかいない。協力して欲しい!」


 既成事実を作るっていきなりだな、聞いていた皆もドン引きしているじゃないか。まあ、それでも言いたい事は伝わった。お互いが権力闘争に利用されぬ様に婚約し既成事実(仮)を作る事で予防線を張ろうというのだ。


「既成事実はともかく、俺で効果があるのか? 職業クラスで言えば【ただの村人】だぞ」


「そこがミソなのだ勇者殿。今ならばまだ他の貴族たちからの横やりが入らない。勇者とはいえ、村人を婿にするなど私はただの物好きだとしかとられないのだ。だがこの先勇者殿が名声を上げていけば必ず名が欲しい貴族共が血縁者を送り込んでくる事になる。そんな時、ライラック家の名が役立つ事もあるだろう。それに私もすすす……好きな相手と結ばれる事ができるし一石二鳥だ。たとえいつか勇者殿が元の世界に戻ってしまうとしてもそれまでの間共にいる事が出来れば私はたぶん……いや、絶対幸せなのだ!」


 顔を真っ赤にしながら力強い口調で語るミレイは本当にこういう話が苦手なのだろう。

 自分の目的の為もあるとはいえ、こちらの今後の事も考えてくれているのは確かなのだ。既成事実の部分には相談が必要だが、こちらにとっても悪くない話しの様に思えた。


 俺はシスターモモの方を見た。

 彼女も俺を見ていた。


「フィー、俺は……」


「大丈夫ですビート様。私たちビート様が眠っている間にこの件について話し合いました。私だってサクラちゃんだって勇者様を独り占めしたい気持ちが無い訳じゃありません。でも、エルム様が言ったのです。『愛は奪い合うモノではありません。与え分かち合う物です』……と。女神様がそうおっしゃるのであれば、私たちに異存はありません。ミレイ隊長がビート様に嫌われていないのであれば私達と共に勇者女子会ブレイブガールズとなって一緒に勇者様を支えて行こうという事になったのです」


 俺が眠っている間に何を話し合ってるんだか……だが、それもこれも俺の為か。


「わかった、皆がそれで良いのなら俺はその判断に従おう。細かい所は後で詰めるとして、ミレイ隊長……いや、プラム、君もそれでいいかな?」


「……うん」


 うん?……何だろうベッドのふちにいるミレイの様子がおかしい。少し下を向いた彼女は少し震えているようだ。

 俺はベッドから飛び出すと彼女のかたわらに片膝を付いてかがみ込んだ。


「泣いて……る?」


「ふっ……ふふ、ふふふはははははっ」


 突如笑いだしたミレイは、両腕を俺の首の後ろへ回した形で飛び付き抱きしめると、俺の胸に顔をうずめ、大きな声でまるで何かに宣言するかのように叫んだ。


「私は勇者殿が好きだ────!」


「ちょ、待っ……は、恥ずかしいって!」


 上目遣いでこちらを見て、『だが、断る!』からの一歩前進だと幸せそうに笑う彼女の笑顔に、苦笑で応えるしかない日比斗であった。






【王都への旅路②】

━フォールーンの騎士編━ 完





「それでは婿殿、二人で初めての共同作業としゃれ込もうではないか!」


「今の今でいくらなんでも気が早いわ!」


「何を言っているのだ婿殿、これは現城主である私から勇者殿への依頼だぞ」


きょとんとする俺に告げられたのは新しく発見されたダンジョンをミレイと共に調査する【ダンジョン攻略】の依頼であった。

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