第40話 自分らしくありし者。
日比斗は屋敷の地下から抜け出し、仲間たちと合流した途端、強いめまいを感じてそのまま気を失った。そして目を覚ますとまたぞろ見知らぬ天井がそこにあった。
「またか……」
身体強化はナーゲイルのもたらした力の中でも最も有意義な力だと感じている。だが、フルで使うと反動で何日も体が痛く、眠りこける事になるのが本当に厄介なのだ。
体を起こすとそこにはいつも通り、仲間たちが……。
「あれ? いない……」
よくよく見るとベッドの縁につかまって目から上だけのぞかせた金髪の女性がこちらを凝視している。
「ライラック……大隊長?」
俺がそう尋ねると彼女はそのままの体勢でおずおずと答え始めた。
「おおお、おはよう勇者殿。今日はいい天気だな!」
窓からは明るい日差しが射し込んでいるので確かに天気は悪く無さそうだ。だが、天気はともかく、彼女は何をしているのだろうか?
「えーと、大隊長殿?」
「ミレイだ。プライム・ミレイ・ライラック。親しい者はミレイと呼ぶ。ゆ、勇者殿には特別に、ふぁーすとネームの【プラム】と呼んでくれて良いぞ。……うん、呼んでくれて良いぞ」
さも大事な事なので2回言いましたみたいな顔をしているが、シスターモモの件でファーストネームで呼ぶ事の意味を学習した俺は、あえて【ミレイ大隊長】と呼んでみた。
だが、あまりにも落ち込んだ表情の大隊長に仕方なく【プラムさん】と呼ぶと、目をキラキラとさせ、あまりにも嬉しそうな笑顔で微笑むので仕方なくそう呼ぶ事になった。
まったく……まったくだ。
彼女の話によると、俺はあの地下洞窟で倒れ三日間ほど寝ていたようだ。
「お仲間の方々は別室で休んで頂いている。ここはわたしの私室なので私しかいないのだ」
「三日も私室のベッドを占領してしまい申し訳無い」
慌ててベッドから出ようとする俺を制したミレイ隊長は、力任せに俺をベッドへと押し倒し無理やり布団を掛けた。
「気にしなくていい! 私が好きでやっている事なのだ。命の恩人にはこれでもまだ足りない位だ」
自分はあれで十分と指差した方向には小型のテントと寝袋のような物が見える。
いやいや、部屋の主人があれはないわ。
ベッドから無理やり起き上がろうとする俺と押さえ付けているミレイ隊長。完全にマウントポジションを取られている俺は、まともに動く事も出来ず、抵抗するのを諦めたのだが……。
お互いの息が顔にかかるほど近い事に気付いた俺と彼女は顔を赤くしてバッと離れた。
俺は視線を反らし、彼女は元いたベッドの縁へと戻り目から上だけのぞかせてこちらの様子をうかがっている。
「勇者殿はズルいのだ」
特にズルい事をした覚えは無いのだが、耳まで赤くした彼女は、怨みがましい目付きでこちらを睨んでくる。
「私はライラック家の一人娘で幼い頃から父の後を継ぐ為に、厳しい鍛錬を続けてきた。年の近い娘たちが美しく着飾り一人、また一人と嫁いでいく間も、父の名に恥じぬ当主となる為に努力を続けてきた。体は筋肉でガチガチになり、料理、洗濯、掃除など女らしい事は何も出来ない。男たちと張り合う事で、女だてらにと
彼女は俺と違い、周りが敵だらけの中で努力し、精進し続けて来たのだ。逃げる事でしか自分を守る事が出来なかった俺からすれば尊敬に価する行為だ。
俺の彼女を見る目が自然と優しくなった。
「その目だよ、勇者殿。貴殿のその目がズルいのだ」
「俺の目……?」
「オークとの戦いで傷付き、血と泥にまみれた私を貴殿はその優しい
言ったような……言ってないような。あの時は彼女とオークの戦闘にいきなり割り込んでしまった為に状況が良く分からず、更にミレイ隊長もあられもない姿だった為にドギマギとしてパニクっていただけだ。
「いままで誰に何を言われても私の心には響かなかった。だがあの日、勇者殿に助けられ、自らの不甲斐なさに心が折れた私を諭し、救ってくれた。抱き抱えられた時から私の心臓は強く波打っていた。そしてあの化け物にとどめを刺す……皆の仇を討つ機会を与えて……くれた時にはもう。あの時から──わ、私はゆうひゃ殿にこここ、好意を……。しゅきになってしまったのだ」
顔を真っ赤にした彼女は、俺と目を合わせている事が出来なくなり布団に顔を突っ伏してしまった。最後の方はしどろもどろになってしまったが何が言いたいかは伝わった。
だが、完全に釣り橋効果の可能性が高い。
とは言え、こんな美人が自分などに好意を持つなどあり得ない事だ。今までの人生には絶対に起こり得なかった事が、この世界に来てから次々と起こっている。エルムの加護なのかそれとも……。
ミレイはポツリと呟いた。
「こういう気持ちは……私自身初めてなのだ。だから即答で断られたのはかなりショックだった。勇者殿のお供には見目麗しい娘たちが多く、私のような武骨な者では勇者殿の
最初は呟く様に語り出したミレイだが、自分の本心を確認する様に話し出したあたりから熱く言葉を紡ぎ、鼻息が荒くなった。
そしてそれを決意へと繋げ語り出したのだ。
「お仲間の皆様は誰も勇者殿の奥方では無いと聞いた。ならば私にもまだチャンスがあるのではないか? 彼女達の中で最も勇者殿の役に立つ事が出来れば……。私がその座を射止める事もきっと可能だろう! 私はここに誓う、いつかきっと勇者殿の心を射止め、か、可愛いおくしゃんになってみせると!! そしてその決意の現れとして勇者殿の事をこれからは【
俺は目を丸くした。
最後の方に少し噛んだが、彼女は顔を真っ赤にしたまま力強く拳を握り宣言したのだ。
「いやいや、待ってくれライラック大……ぷ、プラムさん。婿殿はさすがに……」
彼女なりの決意表明なのかも知れないが、流石にそれは恥ずかし過ぎるし、行き過ぎだ。俺の言葉にまたもや、シュンっと落ち込むミレイの顔を見ると、俺の決意の方がかなり揺らいでしまう。彼女の笑顔は魅力的だが、それだけにヘタレな俺には毒以外の何物でもないのだ。
ミレイはシスターモモやエルムに比べるといくぶん年上なのだと思う。ただ、女性の可愛らしさに年齢など関係無いのだとつくづく感じてしまう。シスターモモにはシスターモモの、エルムにはエルムの。そしてミレイにはミレイの可愛らしさがあるのだ。
他人との関係を切り捨ててきた自分には、もうこんな感情など沸き上がる事など無いと思っていた。それなのに、この世界へ召喚されてからずっと俺らしくない事ばかりしてしまっている。
いつの間にか自分が勇者であると肯定してしまっているし、そもそも他人の為に自分を犠牲に出来るような、そんな人間ではなかったはずだ。
まるで自分が自分でないような。
それでもひとつだけ……元の世界へ戻りたいと願う気持ちはまだ変わっていない。たとえ良い思い出なんてひとつも無い世界でも母と妹……俺が守るべき大切な家族が住む世界なのだ。
ストレートに好意をぶつけてくる彼女達の事はとても有り難く思う。ただ、彼女達を受け入れる事でその気持ちまで失ってしまうような気がして怖かったのかも知れない。
だからこそ俺は、彼女に言わねばならないのだ。
「プラムさん、俺には俺の目的や使命がある。果たせるかどうかもわからないが、それを達成する事ができたら俺は元の世界へ戻る方法を探すつもりだ。好意を持ってくれるのは嬉しいが、俺にはそれに応える事がたぶん出来ないんだ」
俺の返答を聞いた彼女に何故か満面の笑顔が戻った。そして都合の良い台詞だけを切り取って復唱した。
「好意を持ってくれるのは嬉しい!」
「だから、ひとの話を……」
「ちゃんと聞いているわ。勇者殿には成し遂げたい目的がある。そして自分の世界に帰ってしまうかも知れない。それでも私は、自分が嫌われていないのだと分かった事がとても嬉しいのだ」
何というポジティブ、本当にめげないなこのひと。
ああ、そうか。流石は槍使い。どんなに落ち込む事があっても、希望を持って前を向き、目標に向かって突き進む。これが彼女の強さの源か。
「はぁ、分かったよ。もう好きにしてくれ。俺は俺の自由にする。だから、君も君の好きなようにすればいいさ」
ここは俺があきらめて折れるしかない。結局こうやって自分が折れる事になる癖はこの世界に来ても変わらない俺らしさの一つのようだ。
ーつづくー
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