第39話 絆を刷り込みし者。

『我が名はアスカ──神槍アスカロン。我が愛しの愚弟ナーゲイルの姉じゃ。そこなる娘プライム・ミレイ・ライラックが我が主となった。以後見知りおけ勇者殿』


 言葉は丁寧だが、 かなーり上から目線のヒト……いや槍だ。何となくだがナーゲイルがこんな性格になった理由が分かった気がした。


「ん? まてよ、プライム・ミレイ・ライラックって……ライラック大隊長!? 君がライラック大隊長なのか?」


 アスカロンの更に後ろでゆっくりと息を整えながら、こちらの状況を見守っていた彼女が小さく頷いた。


「そうだ──。このような身なりでお恥ずかしい限りだが私が隊長のライラックだ」


「俺は城主代行のアスファルトさんに依頼されて君達を探しに来たんだ。まさか、女性だとは思っ……」


 一瞬合った目線は直ぐに反らされ、彼女はやや俯き加減でぎゅっと唇を噛み締めた。その表情からは悔しさと情けなさといった感情があふれ出ていた。


 空気がブルンと震える。


「戦闘中に敵から目を反らしてんじゃネェぞ、ごぅらぁ!!」


 一気に間合いを詰めたドゲスティは、大きく振り上げた戦斧ヴァルディッシュに身体強化を掛けた腕力の全てを乗せて振り下ろす!

 それは正にこの瞬間、日比斗の眼前に迫っていた。


 殺った……確実に真っ二つになった。そうドゲスティが思った会心の一撃は勇者が右腕一本で支える一振りの剣に寄って防がれていた。


 一歩引き、体重を乗せて更に一撃、二擊……三擊!


 今まで何百人もの人間を切り裂き、叩き潰してきた自慢の戦斧による攻撃を全て片手一本で受け切られてしまった。

 しかも勇者はその場を全く動いていない。かわす事も立ち回る事もなく、正に腕一本で全ての攻撃があしらわれてしまったのだ。


「何故だ……なぜ、あんな顔をさせる」


 日比斗がボソリと呟いた。だが、必死に斧を叩き付けるドゲスティには勇者の呟いた言葉の意味が分からない。


「俺はいい……虫と呼ばれようが、害虫駆除という名の嫌がらせを受けようがどうって事はない」


「貴様ナニを言っている! クソっ、クソっ、クソォッ!!」


 全く微動だにしない勇者に渾身の一撃を叩き付け続けるドゲスティには明らかに焦りの色が見え始めていた。


「あの顔は全てに絶望した時の顔だ。妹は……そこの彼女は……何の権利があって貴様は──彼女達にあんな顔をさせるんだ!」


 日比斗の発する威圧感にたじろいだドゲスティは一歩、また一歩と攻撃を続けながらも後退あとずさって行く。


「答えろ、化け物!」


 気合いを乗せた日比斗のひと振りを戦斧で受け、ドゲスティは大きく後方へとジャンプして勇者との距離を取った。


「ば、バカな、バカなバカなバカな……!」


 戦斧を構え直したドゲスティの手の中で、刃に刻まれたヒビが大きく広がっていき、遂にはその形状を維持する事が出来なくなると爆ぜる様に四散し砕け散った。


 長年、戦場を共にして来た盟友の最後を呆然と見送ったドゲスティは、ギラつく眼でこちらを見据える勇者に始めて恐怖する。


 これまで、一方的に恐怖を与え撒き散らして来たドゲスティだが、一度目覚めてしまった恐怖心を自らの力で抑え込む事が出来なかった。


「うわ、あぁあぁぁぁぁ……!!」


 突如叫び声を上げたドゲスティは、砕け散った戦斧の柄の部分を日比斗へ投げ付けると脱兎の如く逃げ出した。


 投げ付けられた壊れた戦斧の柄を剣で軽く弾くと、ナーゲイルを手首のスナップだけでドゲスティに向かって投げつけた。


「行け、ナーゲイル!」


 日比斗が一言つぶやくと、つばの形を変形させて回転しながらドゲスティへと迫って行く。


 後ろから自分へと迫る聖なる光のエネルギーを感じたドゲスティは、ギリギリの間合いで左へと跳躍しナーゲイルをかわす事に成功した。

 ドゲスティはニヤリと笑うと、床を強く蹴って勇者に向かって走り出した。


「バカが! 予備の武器も持たず、手持ちの剣を投げ付けるとは貴様正気か? 武器は失ったが貴様ごとき、この素手で捻り潰してくれるわ!!」


 素手同士の戦いであれば人間如きには負けるハズが無い。自らの勝利を確信したドゲスティにはそんなおごりがあった。


 だが……勇者に向かって猛然と走り出したドゲスティの背中を強い衝撃が貫く!

 勢い余って足を絡め、四つん這いになって倒れ込んだ彼の胸からは先ほどかわした筈の剣が生えていた。


『ほう、勇者殿は必殺技巧クリティカルスキルを使えるというのか。愚かにも我が身の力を過信し、あのけがらわしき黒き魔導師どもに、愚かにも罠に掛けられ……愚かにも封じられた技の封印を解いたと言うのか?』


『あ、姉上……【愚かにも】が多めです』


 好き放題に愚か者呼ばわりされたナーゲイルのささやかな抵抗は、アスカの冷たい目線一つで黙殺された。


『あ、あ、あ、姉上。我ぁが主殿は誰も思い付かぬ様な方法で私の呪縛を解き、更には三割程度の命中率である筈の投擲必中剣スロウイングブレイドを八割以上の確率で命中させるという特殊な技能の持ち主で……』


 必死に主の凄さを説明しようとするナーゲイルを片手で制したアスカは、勇者を見据えていた目をスッと細めた。


 日比斗はアスカの事を見ていた。


 そして、アスカの背後に立つライラック大隊長の事を────。


「コイツのとどめはあんたが刺せ、ライラック大隊長。」


『ふふふ……愚弟、面白いなお前の主は』


 眼を細め、口元を軽く吊り上げただけの背筋も凍る様な恐ろしい笑顔で嗤う姉を、ナーゲイルは『何が面白いのか全く分からない』……と引き吊った表情で戦々恐々としながら眺めていた。性格上、ナーゲイルにも色々と言いたい事が無い訳ではなかったが、姉への畏怖の念を刷り込まれた彼には、声など掛けられる筈もなかった。



 一方、ドゲスティは胸をナーゲイルに貫かれてはいたがまだ絶命はしていなかった。自身に起こった事がまだ理解出来ず、気力を振り絞り、勇者に対して怒りを口にする事でその身をかろうじて保っていた。

 とは言え、既に瀕死の状態だ。剣を抜けばすぐにでも塵となって崩れ去るだろう。


 だが日比斗は、口汚く罵詈雑言を吐き続ける化け物にとどめを刺す事なくその場で振り返るとミレイに向けて声を掛けたのだ。


「あんた自身がけりを付けろ。そうでなければ……そうでなければ前に進めなくなる。俺のように」


「前に……」


 ミレイは槍を──アスカロンを強く握り締めると前を……自分の敵を見た。


 地を蹴り、日比斗の横を疾風の如く駆け抜けるとドゲスティの頭部を刺し貫いた。


「楽に死ねると思うな、豚鬼王オークキング──放て、迅雷じんらい!」


 ミレイ自身の中にあった光のエネルギーが、槍を通じていかずちとして顕現しドゲスティを焼き尽くした。

 彼女は塵となって崩れ去るドゲスティを見送り『ふぅ』と小さく息をつく。


 彼女は両手の槍を自然体で構えたまま、日比斗の方に振り向いた。


「私は女だ。女が隊長で悪いか?」


「はっ? えぇっ、い、いいや……」


 日比斗には、うつむき自分に対して問いかけてくる彼女の真意が分からず、どぎまぎとした返答になってしまう。


「私は幼い頃から武芸の鍛練を積み続けてきた。同年代の娘達が遊び、着飾り、美しくなって嫁いで行くのを横目でみながら、鍛練に明け暮れた。父の名に恥じぬため、男にも負けぬ為……。武勲をあげ、隊を任されるようにもなった。女だてらにとさげすまれながらも、家名を継ぎ、神槍の名も継いだ。人一倍努力し、魔族侵攻の最前線である砦の城主にも任命された。だが、今の私はどうだ。先の魔族侵攻では何も出来ず、部下や街に住む者達に死を覚悟させただけだ。今回の事では自らの慢心により多くの部下を失った。……私だけが生き残って。私が女だてらに隊長となった事がそもそも間違いだったのだろうか」


 今にも泣き出しそうな瞳で見つめてくる彼女に、俺はなんと答えれば良いというのだろう。


「……」


 しばしの気まずい沈黙のあと、俺はゆっくりと口を開いた。


「……俺だって、失敗ばかりです。誰からも期待されぬ事をいいことに、こちらの世界に来るまでは誰とも関わらぬ様、逃げてばかりでした。正直、誰かが俺の代わりにこの世界にやって来て、何かやったとしたら俺より上手くやれたかもしれませんし、ダメだったかも知れません。結果がどうなるかなんて誰にも分かりません。誰が隊長になったとしてもね」


 自分の判断ミスで部下を死なせ、自分だけが生き残った事を悔やんでいるのは分かる。それでも、彼女が言ったそれは口にすべきでは無い言葉だ。


 俺が言っていい事では無いかも知れない。


 だが、ここにいるのは俺だけだ。彼らに代わって言葉に出来るのは俺しかいないのだ。『死をもって償う』など……あってはならないと。


「君の部下達は、隊長を先に殺させる様な者達なのか?」


「そんな事は……」


「それなら君の部下達はその身を持って君を守る事が出来た訳だ」


「それはズルい言い方だよ、勇者殿」


「確かに。でもコレが紛れもない結果だよ。君は砦の多くの人々の命を守り、魔物の拠点を発見し敵のボスを倒した。そして君の部下達は勇猛に戦い君を守り、この拠点にいた魔物たちに、殺される可能性のあった人々を守ったんだ。反省ならいくらしてもいい。だが、自分の行動を今さら疑うな、選択を否定するな。それでは死んだ者達も浮かばれない。自分自身の行動で得た結果を素直に喜べない気持ちも分からなくはない。けどな……結果オーライくらいの気持ちは持って欲しい。」


「けっか……おーらい?」


「俺の国の言葉さ。途中の行程でどんなに辛い事があったとしても、それを甘んじて了承し笑顔で前を向く! それが【結果オーライ】……俺の好きな言葉だ」


「ふふっ……結果おーらいか。なるほど、勇者殿はなかなかに良い男だな」


 思い詰めた様に暗く青ざめた表情であった彼女の顔は、頬にうっすらと赤みが差し笑みを浮かべている。


 俺が必死に言葉を選び伝えたかった想いは、僅かばかりだが伝える事が出来たのかも知れない。彼女の笑顔はそういう笑みを讃えているように思えた。





 ーつづくー



「ときに勇者殿、私に協力して欲しい事があるのだ」


「俺で出来ることなら……」


「勇者殿にしか出来ない事なのだ!」


そう、はっきりと言い切ったわりには俺をチラチラと見る彼女はモジモジとして用件をはっきりさせようとしない。この時点で既に、全く嫌な予感しかしないのだ。


「私が、まことの……結果おーらいとなるために、わ……たしの伴侶……。夫になってもらえニャ……もらえないだろうか」


最初に出合った時から思っていたが、彼女はとんでもない金髪美人なのだ。その彼女が顔を真っ赤にして口ごもり、チラチラとこちらの様子をうかがう姿は、可愛いを通り越した【極み】可愛いいだ。その彼女がとんでもなく有難いお願いをして来るのだ。憧れの彼女にも声を掛ける事が出来なかった俺には、もったいなさ過ぎて【YES】以外の言葉など浮かぶ余地など無かった。


「……だが、断る!」


身体強化の痛みで意識を失う直前に口をついて出たのはどこかでも言った事のあるこの言葉だった。

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