第38話 無駄な破壊力を発揮せし者。
俺はナーゲイルの
落ち始めてすぐに広い空間のある場所までぶち抜いたのだが、ナーゲイルはその空間の床すらも更にぶち抜いて更に地下へと落下して行く。
三度目の床をぶち抜いた後だ……かなり広い空間がある場所を通り抜けた時、大男と首を絞められている女性がいた様に見えた。
「ナーゲイル、ストップ、ストップだ!!」
声を上げてみたものの、ナーゲイルと山手線は急に止まれない。俺はすぐさまナーゲイルを手放すと腰に装備したショートソードを穴の壁面に突き刺してぶら下がった。
即差に足場を探すが、ナーゲイルのドリルクラッシャーで穿たれた穴の壁面にはろくな足場など残っておらず、力任せに突き刺したショートソードも俺の体重を長く支える事は出来そうにない。
あわててナーゲイルを呼び戻すと柄を壁面に押し当てたまま、穴に対して水平に実体化させた。実体化したナーゲイルはざっくりと突き刺ささり、幅広の刀身が縦穴の中で格好の足場となった。
壁面を蹴った反動でナーゲイルの刀身へと乗り上げるとすぐに垂直にジャンプし、かろうじて先ほどの階層の
ただ、後の筋肉痛がとても憂鬱ではある。
『僕を踏み台にした!?』
ナーゲイルの何処かで聞いたこと有るような台詞を無視してゆっくりと穴から頭を覗かせ、辺りを見回す。
天井まではかなり高く地下とは思えない開放感があるのだが、薄暗さと血の匂いが混じった悪臭で顔をそむけたくなった。
そんな俺の目の端に二人の人影が映る。現在の距離はかなり離れているが、たぶん先ほど組み合っていた二人だろう。今は戦闘していないようだ……と言うか二人とも俺の方を凝視している。薄暗く良く見えないのだが、ギラギラと光る眼は確実にこちらに向けられていた。
し、視線が痛い。
俺と同じように穴の縁からちょこんと顔を出しているティーが『マスター、早く何か言わないと!』とせっついて来た。
余計に焦った俺の口から漸く出て来た言葉は──。
「えー、あの、その──助けに来ました……的な?」
……って、なんで疑問形? 言ってる自分が恥ずかしい!
おたおたしている俺をお構い無しに、大柄の人影はこちらに向かって突進して来る。
少しだが薄暗い空間に多少目が慣れて来たのか、突進してきた人影がヒトではない事に気が付いた。
「
大きく振りかぶった戦斧が俺のつかまっていた穴の縁に叩きつけられる。
戦斧を叩き付けられた穴の縁は周囲1メートルに渡ってヒビが入り、
俺は斧が打ち付けられる寸前に穴の壁面を蹴って穴の反対側の縁へと跳躍する。続けて後方へと跳躍するとオークから距離を取る。
オークは戦斧を持ち直して構えると俺に問い掛けた。
「貴様、何者だ! どうやってここまで来おっった!?」
「それ今さら聞くかよ。さっきの攻撃で危うく真っ二つになる所だったじゃないか!」
「死んでいれば聞く必要もない」
「そりゃあ、ごもっとも」
軽口を叩く俺を庇う様に、もうひとつの影が二本のショートランスを構えて俺の行く手を阻んだ。それは血と泥にまみれてはいるが一瞬息を飲んでしまうほど美しい金髪の女性だ。
彼女は呆然とする俺を一瞥すると舌打ちをした。
「あなた何者? 何をしに来たのか知らないけれど、素手や軽業で倒せるような簡単な相手ではないわ。早くお逃げなさい!」
「俺は一応君を助けに……」
言葉の途中で目が釘付けになった。ここで何があったのか知らないが、彼女は服を引き裂かれほとんど下着一枚の状態であり、
特にそのむき出しの胸のあたりに……。
俺の視線の先にあるモノに気付いたのか、彼女は顔を真っ赤に染め上げると左手で胸を隠しながら右手のランスで必殺の一撃を俺に繰り出して来た!
ランスの冷たい切っ先が俺の頬を掠める。
「ま、まて、俺は敵じゃない!」
「女の敵!!」
「わ、悪かったって。あんたくらい綺麗な
「綺麗……な、ひと……」
耳まで真っ赤になった彼女の猛攻は止まったのだが、彼女の後ろから別の猛攻が
「てめえら、俺様を無視してイチャコラしてんじゃネェぞ、うらぁぁぁあ!!」
俺たちを射程内に捉えた巨大な戦斧が、彼女へ向かって真っ直ぐに振り下ろされる。
俺は彼女の細い腰に腕を回すと、かっさらう様な形で彼女を抱えたまま豚鬼の右横を飛び抜ける。
スレ違う瞬間、彼女は俺に抱えられたバランスの悪い態勢のまま、左手のランスでオークの戦斧の軌道をずらすとスキだらけになった右肩へと右手のランスを突き刺した!
この間、わずかコンマ数秒──。
「ほぇぇ、やるぅ!」
俺は感嘆の声を上げながら一足飛びに豚鬼から距離をとる。肩を抑えこちらを睨んでいるオークに警戒しながらそっと彼女を床に下ろした。
「とりあえず、これを着てくれ。そのままじゃ気になって戦いに集中出来ない」
俺はポシェットからこちらに召喚された時に着ていたワイシャツを取り出し、彼女に差し出した。
「ありがとう」
顔を赤く染めたまま、伏し目がちに小さな声で礼を言った彼女はオークを警戒しながらもワイシャツに袖を通した。
「俺は日比斗、勇者ヒビトだ。このオークは俺に任せろ!」
「えっ? 勇者……貴方がダグの村の勇者ビートなの!?」
ちゃんと名乗ったにも関わらず、またか……勇者ビート。予想以上に定着しているようだ。
「はぁ──っ」
大きくため息をついたあと、仕方なく訂正するため振り返った俺の目に映ったのは、胸元が大きく開いた大きめのワイシャツ一枚で少し恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめる金髪美女だ!
「ぶはっ!」
俺は鼻から溢れる鮮血をあわてて押さえにかかる!
体のラインがうっすら透けるだぼだぼワイシャツ姿は女性慣れしていない俺にとって、むしろ全裸より破壊力があった。
「き、貴様があの勇者ビー……ぶはっ! ビートか!? グルミットめ、勇者を仕留め損なったな、あの役立たずが!!」
お前もか……。激しい怒りの言葉とは裏腹に、押さえた鼻から血を流しているオークに、俺は若干……親近感を覚えてしまった。
「あなた、鼻から血が出てるわよ。大丈夫? やっぱりここは私が……」
俺を心配して前に出ようとする彼女を左手で制して、自分から前に出る。
「君の攻撃力が想像以上だっただけだ。もう、大丈夫。それより君の方こそ少し休んで息を整えろ。今のままじゃすぐに奴の攻撃をかわせなくなるぞ!」
「くっ……」
彼女を抱き上げた時に気付いた……攻撃にキレはあった。だが、その一撃ですぐ肩で息をしていたのだ。彼女自身も自らの状態を理解しているのだろう、唇を噛み締めながら一歩下がってくれた。
先ほどのやり取りで彼女は、自分の攻撃がこの自称勇者に認めさせるに足る攻撃力であった事に若干の満足感を得ていた。その事も彼女が一歩引いた事にも貢献していたのだろう……攻撃力とはそういう事ではないのだが。
俺は鼻血を右手で払い、オークをにらみ付けると一歩踏み出した。
「さあ、行くぜ豚野郎!」
「貴様の美的センスだけは認めてやろうクソ勇者! 俺は魔王軍
オークも鼻の血を左手で拭うと巨大な戦斧を握りしめた。
床を蹴って距離を詰めてくるドゲスティに対し、俺は動かず右手を上に振り上げた。
「来い、ナーゲイル!」
右手に光が集束し、柄を形作ると
俺はあえて、蒼白く光るこの巨大な剣を片手でクルクルと振ってみせるた。
自らの巨大な戦斧を上回る巨大な剣を軽々と振ってみせる俺に対し、流石に警戒したのか豪腕を誇るドゲスティですら突進を辞め、距離を取らざるを得なかった。
『くっくく……。まさかこのような場所で久しぶりに出会えるとはな』
声を発したのはドゲスティではない女性の声だ。それも先ほど助けた金髪美人の声ではなく念話に近い。全く違う第三者からの念話が後方から聞こえてきたのだ。
俺はナーゲイルを正面に構え、ドゲスティを警戒しながらも後方を確認する。
俺の横にいつの間にか実体化したナーゲイルが俺の後方を見ながらブルブルと小刻みに震えている。剣からもナーゲイルの心情を表すかのように振動が伝わって来た。
ナーゲイルの数メートル前、俺の左後方に立っていた声の主は、上から足元まで全て白一色で統一された、まるで水着のような薄手のボンテージファッションに肩鎧とガントレット、ロングアーマーブーツといったまるで戦士のような出で立ちであった。
更に腰のベルトサイドから後ろ全体を隠すような膝下丈のスケルトンスカートが彼女の凛とした美さを際立たせている。
その女はゆっくりと目を細め、柔らかな唇に言葉を這わせる様に声を発した。
『何千年ぶりかしらね、
『ね、姉ちゃ……ぐはっぶゅゅ!』
目にも止まらぬ速業で蹴り飛ばされたナーゲイルは数メートル転がると直ぐ様起き上がり、元の位置に戻って土下座し言い直した。
『あ、姉上!』
「「姉上ぇぇっ?」」
俺と金髪美人の驚愕の声が、薄暗い地下広場にこだましていた。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます