第37話 父と呼ばれし者。
『ドリアードの下、かなり深い部分に聖光反応っ! 何者かが魔物と戦っているようです!!』
「まさか生存者がいるのか!? ラッキー! 急いで助けに向かうぞ!!」
魔石の回収と集まって来た騎士たちへの説明をエルムとシスターモモに任せ、太陽光充電が必要になってしまったサクラには、 ある程度充電が貯まってから後を追ってくる様に伝えると、
走り込んだ勢いそのままに扉を斬りつけ破壊すると入口横に身を隠し、うす暗い玄関ホールを覗き込んだ。
「ティー、魔物の気配は?」
『近くには感じられません』
俺はナーゲイルを構えたまま、薄暗いホールの中へと足を進めた。まるでこそ泥のような仕草でそろそろと忍び込む。
ビビりだと言うなかれ。さっきまでワシャワシャと動いていたドリアードの口の中にいるんだぜ。普通に怖いよ。
「聖光反応はどっちだティー?」
『下です、凄く深いところ……』
地下牢にでも入れられているのだろうか、下に降りる通路を見つけなくてはならない。
入口ドアを破壊したことで外の光を取り込んではいるが、屋敷の中は薄暗く、外観同様枯れて萎れた木々が折り重なって壁の模様や家具などを模しているためかなり不気味なのだ。
実体化していないので静かではあるが、ナーゲイルが震えているのが剣から伝わってくる。いやいや、『お前が怖がるなよ』と突っ込みたくなる衝動を抑えていると、突然ティーが叫んだ!
『マスター、魔素反応! 上です!!』
とっさに上を見上げた俺の目に入ったのは巨大なシャンデリアだ。中央のミラーボールのような球体の周りを数十本の灯火を乗せるアームが取り囲んでいる。
ミラーボールの下には、豪華な装飾がされた真っ赤な宝石が4本のチェーンで吊り下げられ、光源が少ないにも関わらずキラキラと光り輝いていた。
ん? まさか、あれ魔石か?
俺が魔石に目を奪われている時だ、ミラーボールに巨大な一つ目が浮かんだ。
「なっ!」
『マスター!』
ティーの呼ぶ声が聞こえてはいたが、意識は深く闇に飲み込まれてしまった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん起きて! もう会社に行く時間だよ!」
俺はカーテンを開けられた事で差し込む光りで否応なしに覚醒させられた。
「すまん、
俺は布団をもう一度被ると光を遮り眠りに落ちようとした。
『どうせ俺は三流商社のいてもいなくても変わらない、会社に大した影響を与える事のないレベルの社員だ。急いで会社に向かう必要など無い。電車の時間をずらして、ゆっくり座ってゲームでもしながら優雅に通勤すればいいのだ━━━━』
「妹音……兄ちゃんちゃんと起きるから、俺の心の声をモノローグ風に語るのは辞めてくれ。口にされるとちょっぴり悲しくて凹む」
「えへへへ……」
俺の妹、妹音にはたぶん特殊な能力がある。信じているのは俺と母さん位だが。
誰の心も読める訳ではない。全ての未来が見える訳でもない。家族や身近な者たちのちょっとした事が見えたり聞こえたりするだけなのだ。
だがその事で、小さい頃から気持ち悪がられたり、嘘つき呼ばわりされたり、仲間外れにされたり、嫌な目にたくさん遇って若干不登校気味になっているのだ。
だからこそ力のない妹は、俺のように標的にされぬように透明人間になるしかない……それが良い事ではないと分かっていてもだ。
「二人ともさっさと朝ごはん食べちゃって! 母さんもパートに出なきゃいけないんだからね」
「「はーい!」」
なんて事のないいつもの平穏な朝だ。虫として狩られていた高校時代とは違う。当時は死ねば楽になるんじゃないか……そう思う事も多かった。だがそんな反面、そんな考えを否定する何かが自分の中にあった。
俺が死んだとしても奴等は責任など一ミリたりとも感じる事なく、鼻で笑うだけだろう。奴等の思い通りになってはいけない、負けるな!……と誰かが叫んでいるような気がしていた。
俺は年の離れた妹の頭を軽く撫でると『嫌な事があったら帰っておいで。戦うばかりが勇気じゃない、逃げるのも大事な勇気だ』
そう俺が言うと『わかった、でも大丈夫!』とにっこり笑った。
「私は世界を救う勇者の妹だからね!」
これは妹がまだ小さい時に見た夢の話だ。妹音はこれは夢じゃない、予知だと言った。
俺も妹の予知夢の事は知っているので大概の事は信じているのだが、俺が勇者で世界を救うというのは流石に夢物語過ぎて信じる事など出来なかった。
「さあさあ、私の可愛いシュレディンガーの子猫たち、お互いの認識を観測し合うのはもう終わりにしてとっととご飯を食べて、食べ終わったお皿をお母さんに 観測させてちょうだい!」
「へーい」「はい、はーい」
俺と
いつもの出勤時間まで三十分!
俺は急いで箸を取るとカキ込む様に朝食を取り始めた。 母は食卓にいたもう一人に声を掛けた。
「お父さんもいつまでも新聞読んでないで早く食べて下さいね」
「ぶうぅぅうぅぅぅ!!!」
俺は口にほお張った朝食を盛大に吹き出した。父は十年前に事故で亡くなった。ここにいる訳がないのだ。
新聞を片手に朝食を頬張るその男は、頭の先から足下まで全身真っ白で統一された間の抜けた様な顔の男……。
「ナーゲイル、お前ここで何をしている?」
「おはようございます、ご主人さま。ただ今、絶賛朝食中でございます。」
『ティーもいるよー!』
「お、お、お、お兄ちゃん! 羽虫、でっかい羽虫がいるよー!!」
ティーは虫が苦手な妹音の頭の上を飛び回り、『まったくぅ……兄妹揃って失礼だよ!』とぷんすか怒っている。
ティー?、ナーゲイル?
なんだ?
なんで俺はコイツらを知っている。彼らの顔を見て突然名前が浮かんだのだ。
「何がどうなってる? お前達はなんだ? 何故、俺の事を知ってるんだ?」
『マスターは屋敷の中にいた目玉の魔物……たぶんドリアードの本体の幻覚攻撃を受けて【夢】を見させられているのです。ボクとナーちゃんは幻覚の影響受けていません。幻覚から覚醒して頂く為にボクとナーちゃんが念話の要領で幻覚に割り込んで負荷を掛けているのです。少しは思い出して頂けましたか?』
なるほど、異分子を幻覚に刷り込ませる事で違和感を持たせ、幻覚を破綻させて俺を正気に戻すという事が狙いなのだろう。
作戦は成功だと言っていい。幻覚攻撃という物理攻撃の効かない攻撃の影響下にある俺は、ティーとナーゲイルという異質な存在のおかげで少しずつ彼らの事を思い出し、この日常が現実でない事に気付き始めたのだ。
俺達を女手ひとつで育てる為、朝食が終わると先にパートに出た母さん。今日も頑張って学校に行ってみると弱々しく笑って、一緒に家を出た妹。
そうだ、この日俺はエルムと出会い、山手線アタックを食らって異世界【エルムガルド】に召喚されたのだ。
ティー、ナーゲイル、シスターモモ、エルム、サクラ……仲間達の顔が、名前が、記憶の霧を払って現れる。
俺は目を閉じて今までの旅路を思い出す。母や妹の声が小さくなってやがて聞こえなくなった。
ゆっくりと目を開くと正面上空に吊り下げられているミラーボールをにらみ付ける。
目があったミラーボールは驚いた様に目を見開きブルっと身を震わせた。
俺の体は木で出来た椅子のような物に
「ナーゲイルっ!」
俺は右手にナーゲイルが実体化する重みを感じると、身体強化を最大レベルにし蔦を引き千切った。
「くそっ、人の記憶をいじくって【
右手で剣をギュッと握り締めるとミラーボールをロックオンし、ドリアードに向かってナーゲイルを投げ放った!
ナーゲイルはクルクルと回転しながらミラーボールへと一直線に向かって行く。ドリアードも灯火を乗せるアームを触手のようにくねらせて防御しようとするが、その全てを引き裂いてドリアードの本体である眼球へと突き刺さった。
ミラーボールは『ギュワッ』と耳障りの悪い声で叫ぶと、屋敷の外観と同じく
ミラーボールの下に吊り下げられていた巨大な魔石も一緒に落下して粉々に砕け散った。
『まずいです、マスター! 地下の聖光反応がとても弱まっています。このままでは……』
「ティー、反応のだいたいの位置は分かるか?」
『かなり深いのでざっくりですが……何をつするつもりですかマスター?』
俺は砕け散ったドリアードの魔石をひとつ拾い上げると握り締めた。下に降りる入口を探している暇はもう無さそうだ。ならば……。
「道が無いなら、作るまでだ!」
俺はナーゲイルの
「いくぞ、ティー、ナーゲイル!」
「『はい!』」
ナーゲイルから流れ込む強い聖光エネルギーを逆流させ螺旋状に剣先へと流し込んでいく。柄を強く握ると高速で回転する剣先を床へと強く突き立てると大声で叫んだ!
「大地を貫け、
俺たちはナーゲイルによって穿たれた巨大な穴を、地下深くへと掘り進みながら高速で落下して行った。
━つづく━
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます