フォールーンの騎士
姫騎士救出編
第32話 砦を守りし者。
フォールーン砦……ウェイバーン真皇国を南北に分断するミセリー山脈とデミイストリア帝国の国境となるエルカサレア山脈、二つの山脈の合わさる広大な平野に築かれた城塞都市。その帝国側に位置する城郭部分の最上階にある執務室で、この砦を管理する城主のプライム・ミレイ・ライラックは頭を抱えて呻いていた。
「あーもう、結婚したーい! なんで、何でこうなっちゃったかな━━。私もう29歳だよ、来年三十路だよ。本当なら今頃子供が二人位いてさ、優しい旦那様と使用人達に囲まれて『奥方様ぁ』とか呼ばれてる筈だったのにぃぃぃぃ!」
「その優しい旦那様候補を全てぶっ飛ばしちゃったのは貴方ではありませんか、ミレイ隊長殿」
書類の山に囲まれるミレイ隊長の横で、彼女より更に多い量の書類に囲まれた副官のアスファルト・デボイは冷ややかな目線を送りつつそう呟いた。
「だって、私より弱い男が旦那様だなんてあり得ないでしょ。」
子供のように頬を膨らませて口を尖らせているミレイだが、その美貌は生命の神コーナスもかくやと言われる程整っており、背中まで伸びた金髪はキラキラと日の光を反射して美しい光沢を放っている。
「いやいや、隊長より強い人なんてこの国に何人いるんですかって話ですよ。それこそ噂に聞く隠密起動クラスにならないと太刀打ち出来ないじゃないですか」
「ぜったい嫌よ、あんな
「またぁ、会った事もないクセにまたテキトーな事を」
「お父様を凌ぐ実力の持ち主なんて、きっとそうに違いないわ。絶対そうに決まってる」
彼女は本来、人を見た目で判断するような女性ではない。ただ、彼女の父はこの国では並ぶ者のいない槍の使い手であり、国王から【
その父を越える程の者が自分に近い年齢である訳がないとの強い思いからつい出てしまう言葉なのだ。
彼女は幼い頃より、その父から直接手ほどききを受け才能を開花させていた。年を重ねる毎にその実力は父であるライラック公に迫る勢いであったのだが、近年では遂に父の実力を越え【神槍】の名を継ぐに至り、女の身でありながら騎士団の隊長職を賜るまでになっていた。
五年前、北方より突然現れた魔族に対し抵抗を続けるデミイストリア帝国への援軍として、部隊を率いて参戦した父はそのまま帰らぬ人となってしまった。
家名を継いだミレイは第七騎士団筆頭にまで上り詰め、昨年フォールーン砦の城主が隠密起動によって
西にあるエルカサレア山脈とその向こう側に広がる精霊の森により国境が守られているウェイバーン真皇国では、フォールーン砦のあるルーン平野が最も開けた帝国側からの侵攻ルートとなっている。
その最前線の砦へと赴任したミレイにとっては、攻め入る魔族との戦いは父の仇を取るチャンスであり、そういった戦いの日々が待っていると考えていたのだ。
だが現実は魔族の侵攻などほとんど無く、偵察部隊の
ミレイの父は武功によって伯爵の爵位まで上り詰めた剛の者であった為、騎士として名を馳せれば縁談など選り取りみどりだなどとほのめかされた彼女は、これも
彼女の名声が上がるにつれ、確かに縁談は数多く持ち込まれたのだが家を継ぐ事が出来ない
そうこうして武功ばかりを上げているうちに、周りの友人達は全てどこかに嫁いでしまい結婚していないのは自分だけになってしまったのだ。
そして、ついに先日の魔族の大侵攻だ。
敵の数はおよそ三千。これまでには無い大軍での侵攻だ。それに対し砦を守る騎士は総勢八百、武装市民や傭兵などをかき集めても千にも満たない。籠城戦を行ったとしても生き残れるかどうか。だが、砦を守る責任者として逃げ出す訳にはいかない。死を覚悟しつつも援軍要請や避難する者達の誘導を行っていた時だ。
どこからともなく巨大な悪魔が飛来するとルーン平野へと侵攻して来た魔族に対して攻撃を始めたとの報告が彼女の元に入った。
ミレイは指示出しを副官のアスファルトに任せると、急ぎ城壁上部に設置された監視塔へと向かう。望遠鏡で見たその光景はとても信じられないものだった。
報告にあった巨大悪魔はその強力なブレスと爪で魔族軍を舞い散る落ち葉のように凪ぎ払い、焼き尽くしていく。出現から数分で魔族軍の半数以上が消し去られていった。
だが、数で勝る魔族軍も徐々にではあるが巨大悪魔に対してダメージを蓄積していく。片膝を折らされた巨大悪魔は最後の力を振り絞り、後方の丘に鎮座している部隊へとブレスを放った!
その後、丘が急に崩れ去り
正直、ホッと胸を撫で下ろしたミレイは座り込んだまま暫く動けなくなった。この時からだ、彼女が結婚について口にするようになったのは。
あのまま自分が死んでしまったら、残された母や使用人たちはどうなってしまうのか。私が一人娘で跡継ぎもいない我が家は、確実に没落してしまうだろう。そう実感してしまった彼女は当主として跡継ぎを残さなければならないと強く思ってしまったのだ。
とは言え、父がその身ひとつで得た伯爵の位を預ける相手は、誰でも良いと言う訳にはいかない。彼女も引くに引けないジレンマに陥っているのだ。
「そこまでおっしゃるなら勇者さまなんてお相手にどうですか?」
アスファルトは次々に書類に目を通しながらもミレイの戯れ言にもきちんと回答していく。作業をしながらでもきちんと相手の話を聞き、それに対応する。彼は武官としは二流以下だが、文官としては非常に優秀でミレイの足りない部分を補完して余りある存在なのだ。
「はっ? 勇者? ないない。近衛隊に入ったスズモリだっけ? 最初は王都でも期待されて本人も頑張ってたみたいだけど、模擬戦してみた感じはフツーかな。あんまり覇気も無いしね。だいたい、弟に一家皆殺しにされて気が付いたらこの世界に召喚されてたなんて、どんな勇者よ」
確かにこの世界に召喚された勇者にはいわく付きなモノが多い。スズモリのように他者に殺されて来た者、精霊術や召喚術とは違う魔法なる物を使う手品師、強固な鎧を着た商人、どう使うか分からない武具のような物。人であれ物であれ何かしらの問題を抱えているのだ。神は何を基準に選定なされているのかが全くわからない。
アスファルトは一枚の書類を彼女にすっと差し出した。教会経由で回ってきたダグの村の西にあるイルゼーの森に現れたゴブリンの群れの討伐依頼の書類だ。サインと承認印が押されており、偵察隊の出動申請がなされている。
「そしてコレが偵察部隊からの報告書です」
偵察部隊からの報告書を確認し、ミレイは目を丸くして驚いた。
「アス、これって本当なの? いくら何でもかなり誇張され過ぎてないかしら?」
ミレイが疑惑の目で見てしまうのも無理はない。アスファルト自身もその報告書を見た時に何かの間違いではないかと思ったからだ。
「直接見た者がおらず数の信憑性はありませんが、イルゼーの森は焼き払われ一匹のゴブリンも存在は確認出来ませんでした。また、食用に解体された大型魔獣の残骸も確認しております。偵察隊の隊長カレクに直接確認を取りました、間違いありません。」
「千体以上のゴブリンと魔獣の討伐をたった一人の勇者がやったなんてちょっと信じ難いわ。だいたい、それだけの数のゴブリンがどうやってそこまで行ったのか、近隣の村に大した被害が出ていないのも気になるわね」
「この報告が間違いないならダグの村に召喚された勇者に興味が湧きませんか? 年齢も隊長と同じくらいだそうですし」
「そうね、それが事実なら手合わせしてみたいわね。その彼は教会から王都への召喚依頼が出てるんでしょ?」
あっさりとした言葉とは裏腹にミレイの目は爛々と輝き、かなり勇者に興味がある事を示していた。結婚相手としてではなく、対戦相手としてだが。
『そんなんだから隊長は結婚出来ないンですよ!』という言葉をアスファルトは何度も飲み込んでから相づちを打つ。
「はい、旅の商人と共にかなり前にダグの村を出たようですから、あと数日でこちらに到着するのではないかと思います」
「彼がフォールーンに到着したらこちらにも顔を出させるよう教会に指示をだしておいてね。王都での国王陛下への謁見の前に私がその勇者とやらを見定めてあげるわ」
もうすっかり当初の目的を忘れてしまったミレイは鼻息を荒くして握り
「それでは、この書類の山をとっとと片付けてしまいましょう」
「アスゥ……」
『まずい!』アスファルトの背中にドロッとした汗が大量に流れた。隊長が他人の話を聞かなくなる時の目をしている。彼女がこんな顔をするのは自分の前でだけなのだが、年の離れた妹を見るような気持ちを持ってしまっているアスファルトにはほぼ彼女のおねだりを断る事が出来ない。
「ちょっと気分転換にこの案件チェックしてくるわ。戻ったらすぐ残りの書類チェックするから、お願い!」
彼女が差し出した書類は、街から少し離れた東の森の中にある別荘の調査依頼だった。そこは前任の城主であったマクドガル・トレイターの別荘で、彼が隠密機動に処分されてからは誰も使う事の無い空き家となっている。
その屋敷の処分を依頼された不動産業者が誰もいないはずの屋敷の中に複数の人影を見たのだ。盗賊や空き巣の可能性を考えた彼は砦の騎士団に調査依頼を提出した。
馬を飛ばせば半日程で片付く依頼だ。
仕方なく許可を出したアスファルトはこの後、自らの甘さをひどく後悔をする事になった。
その日の昼過ぎ親衛隊1分隊、八名の護衛を伴ってマクドガルの別荘を調査に向かったミレイ達は夜半を過ぎても戻らず、連絡も取れなくなってしまった。
急ぎ捜索隊を組織し別荘へと向かわせたが、別荘内には誰もいる気配がなく、隊長達の痕跡を見つける事も出来なかった。
アスファルトは明朝から大規模捜索隊を組織し、ミレイ隊長の捜索にあたる事を各隊に通達し眠れぬ夜を過ごす事になってしまったのだった。
━つづく━
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