閑話①
第31話 伝説を名乗りし者。
俺達はエウロト村を出て最初の予定通り、西の国境フォールーン砦へと馬車で向かっていた。
「サクラ、大丈夫か?」
「はい、後で充電……して頂ければ問題ありませんオーナー。」
サクラは少し頬を染めてもじもじしながらそう答えた。ソーラーでも十分充電可能なのだが、聖光による急速充電は彼女のお気に入りなのだ。
実は今、この馬車を引いているのはサクラだ。エウロト村で分かれる事になったオルクさんに馬車を譲ってもらって利用している。
「兄ちゃん達には悪いがここでお別れだ。俺達は予定を変更してこの辺りの領主【ワルター辺境伯】に会いに行こうと思う。兄ちゃんがデューム山吹き飛ばしてくれたおかげで大きな儲けのチャンスが出来たんでな」
ウェイバーン真皇国の南端に位置するここワルター辺境領は、険しいミセリー山脈によって北側との交通網が遮断されていた。
徒歩で山を越える事は可能ではあるが、荷を運べるような街道が整備されていないため、通常はミセリー山脈を西に大きく迂回してフォールーン砦へと向かうのが通例であった。
「兄ちゃんが山の中腹に開けた風穴と山頂を吹き飛ばしたデューム山に街道を作る許可と資金援助を頼もうと思ってるんだ。あそこが通れる様になればゼストの街にまで行く行程を二週間以上短縮出来る。関所を作って税を取れば回収もそう時間はかからないだろうから辺境伯にも一考の価値はあるだろう。何より物資が乏しく開発の進んでいないワルター辺境領にとっては良い事ずくめの筈だ。安全が確保され、開拓が進み、人が戻れば、税も増えるしな。それもこれもゴブリンどもを一掃してくれた勇者の兄ちゃん達のおかげだ。ありがとな」
俺は何もしていない。ただ運が良かっただけだ。昨日の晩ステータスを確認するとレベルは変わらず、身体能力値も多少上がってはいたが、運の数値だけが何故か100を越えていた。
この世界のステータスはゲームなどとは違い、レベルに関係なく使えば使う程伸びていく。そしてレベルが上がるとスキルや恩恵などが得られる場合があるのだそうだ。
まったく、『どれだけ運を使ったんだ!』と言う話である。
「兄ちゃん達はどうする? デューム山を越えて行けばかなりの日程短縮にはなるぞ。森を抜けるので魔物や魔獣の危険がないとは言えないが……まあ、兄ちゃん達なら何の問題もないだろうがな」
俺達もそれは考えた。
だが、俺達は急ぐ旅ではない。むしろ俺たちにはその前に確認すべき事があるのだ。
「俺達は召喚した巨大悪魔がどうなったのか? 被害が出ているなら何か自分達に出来ることはないか? その確認の為に、当初の計画通り西のフォールーン砦へと向かおうと思います」
「そうか、わかった。だが、女子供の徒歩での旅はなかなかに厳しいぞ」
「はい、そこでオルクさんに相談です。馬車を一台売って頂けないかと」
「売るのは構わねぇが馬が毒でやられちまってすぐには使えねぇ。うちもメルとモルをここに残して、馬が回復したら後から追ってくる様に指示してあるんだ」
俺は馬が必要無い事をオルクに説明すると馬車を売る事を快諾してくれた。『四角い鎧の姉ちゃんが馬車を引くのか?』とたいそう驚いていたのだが、後で見て貰えれば納得するだろう。
追加でこれもプレゼントだと出してきた物を見て驚いた。オルクが俺の手の上に置いたのはカタツムリ型の爆発物【召喚獣マイマイン】だ。
握りこぶしより少し大きなマイマインに焦る俺を見て、大笑いするオルクさんはその召喚獣について説明を始めた。
「マイマインと似てる召喚獣だが、そいつの名前は【ダイニーデンデン】。そいつの頭に指先を近付けてみな」
俺は言われるがままに指先を近付けると、口先を伸ばしたダイニーデンデンは指から血を吸い始めた。雰囲気としては蚊に刺されている感じで若干吸われている感がある。
「次に『勇者ビート』と名乗ってそいつの目を見つめろ、瞳がピンクのハート型になるまでじっとな」
「俺の名前はビートじゃないです!」
この世界に来て何度同じ事を言ったろうか。一切浸透しない俺の名前に苛立ちを覚えている俺は少々語気を荒げて言った。
だが、オルクさんの返答は俺の意に反して意外なものだった。
「分かってるよ、日比斗。だが、この世界で認知されている通称がこの召喚獣には必要なんだ。とりあえずやってみてくれないか?」
「分かっててそう呼んでるなんてちょっとタチが悪いですよ」
俺は不満を口にしながらも、言われた通りに『俺は勇者ビートだ』と名乗りダイニーデンデンの目を見つめた。じっと見つめ返すダイニーデンデンがブルッと体を震わせると瞳がハート型になりピンク色に染まっていく。
「おお、ハート型に変わった! 次はどうすればいいんですか?」
オルクはもう一つ別のダイニーデンデンを取り出すと、頭をつついて貝の中に引っ込めさせる。そして貝の開いている口に向かって喋り始めた。
「勇者ビートを呼んでくれ」
彼がそう唱えると、俺の持つダイニーデンデンがブルブルと小刻みに震え頭の中に声が響いた。
『オルク・ド・オルバンがお呼びデス。繋げマス』
何者かの声が頭に響いた。念話か? いや、少し違う気がする。貝の開いている口を耳に当てようとすると、オルクがそのままでいいと言った。続いて彼の声が頭の中に響く。
『この世界の始まりの勇者ビート……本当はみんな君が勇者ビートでない事は分かってるんだ。だけどな━━ダグの村の人達は皆、君がこの世界を救う伝説の創世の勇者ビートの生まれ変わりであって欲しいと信じたいんだよ。あのシスターの嬢ちゃん以外はね』
初めて知った。ダグの村の人達……ただ人の話しを聞かない人達なんだと思ってた。
最初はただの聞き間違いだったのだろう。でも、日々魔物や魔獣に追い詰められて行くしかなかった寒村には、俺の召喚が奇跡に思えたのかも知れない。これで救われると信じたかったのだ。
だからこそ俺をビートと呼ぶ事でその想いを現実にしたかった。これはたぶん神父さまの差し金だろう。きっと彼自身がそう信じたかったのだ……そして、村人達にも伝えたに違いない。
ではシスターモモは?
同じようにビートと呼ぶ彼女は何が違うと言うのだろう。……まあ良いか。彼女が何を想い、何を感じているのか。オルクが何を知っているのか分からないが、それは俺が聞き出す様な事じゃない。必要な時が来ればきっと分かる━━そんな気がした。
『どうだい兄ちゃん、この召喚獣の使い方何となくわかったか?』
オルクの声が頭に響く。手に持ったダイニーデンデンが微細に振動しているのが分かる━━━━まさか、これ『骨伝導』か?
『細かい仕組みは俺も解らん。専門家が言うには複数の個体でありながら同一意識体がどうとかで、距離に関わらず、名を登録した相手に言葉を送る事が出来る召喚獣だ。どうだい便利だろう!』
『まさかこの世界に携帯があるとは思いませんでしたよ』
『ケータイ? まあ、良く分からんが便利な道具だろう。何かあったらいつでも連絡してくれや。力になれる事があったらいつでも協力するぜ。金次第だがな』
指先で金のサインを作るとニコリと笑った。
女性ならコロリとやられてしまいそうな笑顔を向けて来やがる。このオッサン
俺達はエウロト村でオルクさん達と分かれ、一路フォールーン砦へと向かったのである。
馬車の車輪をギシギシと軋ませ、時速80キロで走るサクラはご機嫌で、エルムと共にワキャワキャしている。
そして荷台でくたばる俺とシスターモモは完全にグロッキーだ。青い顔をしたシスターモモがすり寄って来る。
「び、ビートしゃまぁ~、助けてくだシャイ。このままではわたし、もう……」
「すまないフィー、俺には君を守る事が出来ない。今、胸に込み上げてくる酸っぱい物を抑えるだけで精いっぱ……」
えれえれえれえれ…………。
座っている俺の腰に抱きついているシスターモモの目は、既に死んだ魚の目と同等の異彩を放っており、その口からは酸を含んだ液体がサラサラと流れ落ちていた。
「あぁあぁ━━━━━━━━━っ!」
この日、馬車の荷台で勇者パーティー最大の危機が訪れていた。
━つづく━
『くさいよマスター。本当に臭い━━ぃ』
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