第30話 備蓄せし者。

 日比斗が目を覚ますと見知らぬ部屋のベッドで横たわっていた。ベッドの右横には椅子に座ったまま俺の腕を枕にして、すやすやと気持ち良さそうに眠るシスターモモ。

 左側にはちゃっかりベッドに潜り込んで寝ているエルムがいた。まったくコイツは……。


 向こうの世界にいる時は目立たず、周りの目を気にして細々と暮らしていた俺がなんもとまあリア充な事だ。


『おはようマスター!』

『おはようございます、ご主人さま』

「おはようございます、オーナー!」


 ティー、ナーゲイル、サクラも俺が目を覚ました事に気が付いて挨拶をしてきた。


 山手線に引かれて終わったと思った人生が、何の因果か異世界へ召喚されて何とか続いている。ポンコツ揃いだが、愉快で頼りになる仲間たちがそばにいて冷や汗をたらす毎日でもどうにか乗り越えてきた。


 俺は今、たぶん今までの人生の中でも一番充実しているのではないだろうか。よだれを垂らしながらまだ眠っているシスターモモの頭をそっと撫でながらそんな事を思った。


 突然左側で寝ていたエルムが寝ぼけて俺の背中に抱きつくと、彼女の豊かな胸の脂肪を押し付けてくる。


 やばい、やばい、ヤバイ、やばい!


 俺の制御不能部分が俺の意思に反してオッキしてしまう。慌ててエルムを振り払いベッドから飛び起きると三人に向けて挨拶の返事をした。


「みんな、おはよう!」


 三人とも苦笑気味である。


 どうやら俺は昨日サクラのビークルモードでの山下りで気を失ってしまったらしい。

 ベッドから飛び起きるとサクラの鏡面パネルに自分を映し、髪の毛が白くなっていないか確認する。


 どうやら作者の表現上の演出で、実際には白髪になっていなかった事にホッと胸を撫で下ろす。女神に妖精、聖剣に自販機にシスターと来て、髪の毛が白髪にでもなろうものならそれこそ中二病まっしぐらとなってしまう。


 ラノベもゲームも好きではあるが、そこは何としても一線を引いておきたい所だ。


「オーナー、昨日は申し訳ありませんでした。時速60キロ以内であれば安全圏内であると認識しておりましたが、あの山道をこの速度で攻めると体感速度はそれ以上である事を再認識致しました。誠に申し訳ございません。」


「もう、いいさ。俺も少し怖がり過ぎたようだしな。しかもまさか気絶するなんて超カッコ悪いぜ」


『ボクもマスターが全力疾走して滝に飛び込んだ時より怖かったよ。エルム様はずっと大はしゃぎだったけどさ』


 ティーの援護射撃はちょっとだけ俺の心を救ってくれた。

 サクラがだいぶしょげているようなので、エルムは喜んでいたようだし、気にするなと励ますとグラフィックに笑顔が戻った。


「昨晩ティー様、ナーゲイル様にもお叱りを受けました。これからは先輩方を見習って日比斗さまにお仕えいたします」


 ティーとナーゲイルが胸の前で腕を組んで、偉そうに身を反りかえらせている。『先輩方』と言われて少し調子に乗っているようだ。…………ん?


「サクラ、お前ティーとナーゲイルが見えているのか?」


「はい🖤、エルム様が仲間同士コミュニケーションが取れないのも困るだろうと、ティー様にパーティー登録して頂き、更にエルム様に認識阻害無効化の恩恵を付与して頂きました。念話自体は電気信号とそう変わりが無いので少しパターンが掴めたら解析可能となりました」


「念話も出来る自動販売機なんて、おまえ高性能にも程があるぞ」


 未来の世界の高性能ロボットはネコ型である必要は無いと言う事か。俺のいた世界の未来かどうかはわからんが、技術の進歩って凄いんだな。


 そうこうしてるうちにシスターモモも目を覚ました。俺が飛び起きた時には目を覚まさなかったようだが、話し声が大きかったのか起こしてしまったようだ。


「おはようございます、ビートさま。御加減の方はもう大丈夫ですか?」


「ああ、もう大丈夫だ。ごめんよ、心配掛けてすまなかった。」


 彼女の説明によると、サクラが村に到着した時、気絶してぐったりした俺をこの部屋へ運んでくれたのはオルクさんらしい。俺達全員が集まれる広さがある家を、村長に言って借りてくれたのだそうだ。


 説明の終わったシスターモモは、またリスの様にほっぺたを膨らませると若干おかんむり状態であった。


「私が村で頑張ってる間、何をしてたんですか! 助けた商人さんがちょっと可愛かったからってすぐ『ご主人さま』って呼ばせてるし!!」


 あー、ヤバイ完全に誤解されている。


「しかもサクラちゃん、この四角い鎧を自分では脱げないって言ってるんですよ。ビート様がご主人さまなら何とかしてあげて下さいっ!」


「オーナー、フィルスさまには一応ご説明したのですがご理解頂けず、申し訳ございません。」


「仕方ないさ、この世界には無い機械文明の事を理解してもらうのは難しい。長い間放浪して、その事を一番分かってるのはサクラだろ。それならそれは謝る様な事じゃない。周りの人達に説明するのは俺の仕事だ」


 俺はベッドの横でちょこんと座っているシスターモモに向き直ると『フィーは優しいね』と言って頭を軽く撫でる。

 シスターモモは『子供扱いしないで下さい』と怒っているが、その言葉とは裏腹に口元が緩みまくっていて照れ隠しなのがまるわかりだ。


 俺はサクラについて説明を始めた。この四角い鉄の鎧こそがサクラの本体であり、透明なクリスタル部分にナーゲイルと同じく虚像イメージを写し出しているのだという事。そして体内に商品を貯蔵し、それを売ってお金を得る商人である事を伝えた。


「とりあえずやってみるか。サクラ、商品はその見本の品物だけか?」


「とんでもないですオーナー! 私の中には150万食の食料・飲料と6万種類の生活雑貨が備蓄されています」


「ひゃ、150万食だと???」


 この体の何処にそれだけの商品が備蓄されているのだろう。流石に俺の時代には無かった技術には単純に興味があった。

 サクラの装備している06型転送機は商品を転送時のデジタルデータとして備蓄しており、注文時にデータを解凍し再構築して提供するのだという。


 それにしてもその備蓄量は異常では無いかとの質問に対し、サクラは首都東京を襲った宗教テロや地震、火山噴火、津波などの災害時に救援物資としてすぐに提供できる体制を名目に政府からの強い要請で実装されたとの事。該当業者との黒い疑惑も噂されたものの、おおむね一般市民からは利便性の向上により歓迎されたらしい。


「見本の並んでいるカバーの端にメインメニューのボタンがありますので、そこをして分類を選択し、してページをめくるか、ページを選択して下さい。商品が決まりましたらタップして確認ボタンを押し、表示された金額を投入口に入れると商品が取り出し口にでます。お釣もちゃんと釣り銭受け取り口に出ますので宜しくお願い致します」


「タップ? スワイプ??」


 シスターモモは言葉の意味が分からず目を白黒させている。俺はフィーの手を取ると彼女の人差し指を使ってメインメニューをタップさせる。ドリンクを選択し、ページをスワイプさせてめくって見せる。


「これがタップで、コレがスワイプ……」


 声に出して実践してみせるが、シスターモモは何故か顔を真っ赤にして目を潤ませている。握っている彼女の手が若干震えていた事に俺は全く気が付かなかった。


「サクラ、コレ種類が多くて迷うわ。何かオススメないかな?」


「メインの果汁テイストは何がお好きですか?」


 俺はダグの村で最初に飲んだアップルジュースを思いだし、リンゴを選択するとクリアカバーの向こう側に数種類のジュースが並んだ。てっきり偽物ダミーかと思いきや、全てリアルなCGであった。


 並んだジュースの中で俺の目に止まったのは『スリーアローズ【復刻版】アップルサイダー』であった。


 スリーアローズ……未来でも残ってるんだ。俺の生きていた時代でも炭酸飲料の有名メーカーである。こちらの世界に来てから自分の世界にあった物に触れるのは、何か少し感慨深いものがあった。


 二本を選択し、表示された料金を投入すると少ししてサクラの足元近くにある取り出し口から商品が現れた。一本をフィーに渡すと飛び上がって驚いた。


「冷ったーい!」

「冷え冷えだ」


 取り出した商品はとても冷えていた。ジュースを渡されたシスターモモもジュースを触って目を丸くしている。


「冷やした状態のデータで保管されていますので、冷たいままご提供できるのです。ご一緒に温かいパンケーキなどいかがですか?」


「それも二つもらおう」


 畜生、サクラめ。流石は商人、エム,sバーガー並のオススメの上手さだ。


 アップルサイダーを飲んでいるフィーは『アマアマ冷え冷えしゅわしゅわー!』と呪文の様に唱えながらかなりのご満悦だ。


「オーナー、パンケーキあがりました」


 渡されたパンケーキはホカホカふわふわで袋を開けるとバターと蜂蜜の甘い香りが鼻腔をくすぐる。ひとくち食べると口の中に広がる甘味とふかふかの食感が何とも言えず幸せな気持ちが広がった。


 こちらの世界に来てからは固い黒パンに薄味のスープ。野菜の煮物や燻製など不味くはないが旨味に幸せを感じれる程の物は無かった。甘味ってやっぱり凄いわ。


 一方、パンケーキを渡されたフィーは初めて見るビニール袋に苦戦していた。袋を左右に引っ張り開けてやると、袋の中から立ち上る微かな温かみと甘い香りに目をキラキラさせている。


「んんん~~~っ、あっま━━━━い!」


 一口食べるとそのふかふかとした柔らかさと広がる甘味に『ん~、ん~』と変な声を上げながら震えている。


 シスターモモの震える声にようやくエルムもお目覚めのようだ。片腕を真上に伸ばし、反対の腕は頭の後ろに回すと腰を少し反らして大きく伸びをする。


「ふわぁ~っ、おはよ。みんな何の騒ぎ?」


 少し間の抜けた様な顔立ちだが、キラキラと艶光る長い黒髪にしなやかな姿態━━中身はともかく、エルムは間違いなく美少女だ。

 その彼女がTシャツの様な薄い生地の布を一枚軽く羽織った状態で、ベッドの上にちょこんと座っている。

 軽く隆起した二つの胸と羽織った布の下から覗く膝上10センチの太股が何とも色っぽく、俺は自分の顔が上気しているのを感じた。

 仕方なく照れ隠しにエルムから視線を反らすと、パンケーキを彼女に差し出す


「お、お前も食べるか?」


 エルムは渡されたパンケーキのある一点を凝視していた。シスターモモもそれに気付いたのか『はっ』と声を上げるが時既に遅く、俺の口を付けた部分にかじり付く。


「むぅ~」


 シスターモモが唸る様な声を上げ、口を尖らせる。勝者と敗者の分かれた瞬間だった。

 だが、勝負はまだ終わっていなかった。エルムは獣の様な眼で次なる標的に狙いを定めた。シスターモモも今度は黙っていない!


「ダメーっ!」


 シスターモモの手があと少しで俺の飲みかけサイダーに届くかと思われた瞬間、ペットボトルはひょいっと上へ持ち去られた。


「ご主人さま、私めにも飲ませて下さいませ!」


 言うが早いかナーゲイルはゴクゴクとサイダーを飲み干すと『ぷはぁ━━っ』と声を上げ笑みをこぼす。


「うーまっ! 何ですかこれ。凄く美味しいです。私の世界にはこんなに美味しいものありませんでしたよ」


 彼の感想はさておき、彼女達にナーゲイルの声が届く事はなく、ポカポカとただ殴り倒されるのみであった。


 まったく、何を争ってるんだか。俺にもつい笑顔がこぼれた。

 こんな騒がしくも楽しい日常がずっと続いて欲しい……この時の俺はそう思った。




【王都への旅路】

━エウロト村盗賊討伐編━ 完


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