第29話 絶叫せし者。

「サクラ、俺がオーナーになるにはどうすればいい?」


 俺の問い掛けに、サクラは満面の笑みで答えた。背景グラフィックもサクラの嬉しさを現すかのようにピンクのキラキラとレーザーエフェクトががあふれかえっている。


 俺はサクラの指示通り背面ボディーに触れて『オーナー契約』と唱えると3Dタブレットパネルが出現した。契約要項のチェックボックスにチェックを入れていき、最後にフルネームでサインし契約終了だ。


「ありがとうございましたオーナー。これにて我がAZONEエーゾーン社との仮契約となります。警視庁との契約は通信途絶から二年が経過した今、緊急時の特別措置として私自身の権限にて解除致しました。通信回線復旧後に本社承認にて勇者ヒビト様との本契約とさせて頂きます。これからは粉骨砕身お役に立たせて頂きます。何なりとご命令下さい」


「おいおい、警察との契約解除って大丈夫なのかよ?」


「はい、オーナー。私の中には色々な情報やさまざまな技術が搭載されています。それらを守りまた最悪の場合、破壊消去する為の権限が私には与えられています。私の中の超高度AIが生存の為の必要事項と判断しているので問題ありません」


「了解だ。それにしても契約元のAZONE社って、ニコニコマークのあのAZONE社なのか?」


「はい、インターネット流通大手であったAZONE社が流通革命を起こしたのが私達を造り出すきっかけとなったのです」


 サクラの説明によると、AZONE社が2068年に世界初の空間転移転送装置の開発に成功、受信装置の配備を数十年かけて行い、車等の交通機関による【配送】という概念が根底から消滅した。

 直接家庭に商品を送る事が可能となった事から小売り業、スーパー、コンビエンスストア等の業態が衰退し、代わりに家の外でも急に調達したい物が出来た時の為に、どんな物でも取り寄せ可能な転送機を装備した自動販売機がその地位を奪って急速な展開がなされていったのだ。

 転送機装備型の自動販売機が配備され始めた当初、恨みや妬み、盗難を目的とした破壊活動が横行した。AZONE社では本体の防衛を目的とした装備の搭載と共に、それらを扱い行使する為の電子頭脳の装備を余儀なくされていった。


 それが自律機動型自動販売機【タイプゼロ】……サクラ達の元になった機体だ。


 サクラ達のような、多くの自動販売機が配備されるようになった世の中でも、転送装置で送れるのは【物】だけである。いまだに人間を送信する技術の開発には至っていないのだそうだ。


「生きた動物を転送すると物になってしまうのだそうです。物質の再構成は出来ても【魂】という概念を一緒に送信出来なかったからだと言われています」


 魂などの霊的なシステムはサクラのいた世界でも解明されていないようだ。……ん? ちょっと待てよ。エルムは霊の形で俺の前に現れた。サクラの持つ転送システムとエルムの能力があれば俺は元の世界に戻る事が出来るのではないだろうか。


 エルムがどこまで協力してくれるか分からないが、この世界を救う事が出来れば協力を惜しむなんて事はないだろう。


「うぉおぉぉぉぉぉ!! 何かヤル気出てきた。帰るぞエルム、ティー、サクラ、ナーゲイル!」


『『「はーい」』』

「了解です、オーナー」


「フィー達も待ってるだろうし、ぐずぐずしてると村に戻る前に夜になっちまうからな。少し急ぐぞ!!」


 シスターモモの待つエウロト村へ向かって山道を歩き出した俺達だが、後をガシャガシャとキャタピラの付いた足で歩いて付いてくる自動販売機のいる光景があまりにも異様で苦笑してしまう。

 だが何だろう、良く見るとサクラのグラフィックは浮かない顔をしているように見える。


「サクラどうした? ずいぶんと浮かない顔をしているが何か問題でもあるのか?」


「申し訳ございません、オーナー。私のビークルモードが使えればこの程度の山道などすぐに下ってみせるのですが、現在のエネルギー残量では通常の歩行モードが精一杯なのです。お役に立ってみせるなどと言っておきながらこの体たらく……我が身の不甲斐なさに自己嫌悪しておりました」


「エネルギー切れじゃ仕方ないだろ。太陽光充電する時間もない訳だし。村までもたなかったらまた俺が運んでやるさ」


「オーナーまさか、お姫様抱っこ……」


 サクラの目がハート形になってチカチカしている。ナーゲイルなら確実に置いていくパターンだ。

 う~ん……否定するのも、もういい加減面倒臭くなってきたぞ。

 頭を抱える俺の周りを飛んでいたティーが心配そうに声を掛けてきた。


『マスター大丈夫? サクラ動けなくなっちゃうの?』


「あぁ、まだ大丈夫だ。サクラは光を食べないとお腹が減って動けなくなっちゃうだけだから」


『ふーん、ナーちゃんの聖光エネルギーが食べられれば良かったのにね』


「成る程、ナイスだティー!」


 俺は歩みを止めるとサクラに向かって振り返り、ソーラーパネルを背面に展開させるよう命令した。次にナーゲイルを地面に突き刺すとコアを開いて魔石をセットしロックして準備完了だ。


「上手く行くかわからんが、とりあえずやるだけやってみよう。いくぞ、サクラ!」


「はい、オーナー!!」


 サクラのソーラーパネルは新型のスーパーシリコンを使った電離変換率の高い、高純度の物らしい。また蓄電池バッテリーも俺がいた時代とは比べ物にならない量の電力を溜め込む事が出来るにも関わらず、手の平に収まる程のコンパクトさだと言う。

 どれくらいの電力が蓄電可能か分からないがもしも成功すれば俺の所持している魔石の使い道が出来ると共に、サクラの活動エネルギーに関する当面の心配が無くなるだろう。


 俺はソーラーパネルに左手をかざすと、ナーゲイルから受け取った聖なる光のエネルギーを左腕に向けて流し込む。

 手の平に……全ての指にエネルギーが循環し、発光し始めた。


「あっ……あっ、あぁ、入って来る。どんどん、どんどん、熱いモノが流れ込んで来る。あぁ、こんなに。す、凄い! あっ、ダメっ、そんなにいっぱい……い、いく、いっちゃう!!」


「バカもん!」


 俺はサクラの天頂部分にチョップした。


「てへへへ……ちょっと悪ノリし過ぎちゃいました」


 背面タブレットに現れたサクラのグラフィックは頬をピンク色に染めて、上目遣いでこちらをチラチラと覗き込む。

 まったく無駄に高性能過ぎてエルム以上にポンコツ感が否めない。だが、肝心のエネルギー充填は何とか出来たようだ。しかもあれだけの短時間でバッテリー充電率100%だというのだから驚きだ。


「はい、オーナー。高純度の光エネルギーで変換効率が325%オーバーです。ここまでのエネルギー変換は過去の記録にもありません。さすが異世界! これでプラズマ電磁砲レールガンも撃ち放題です」


 おいおい、待て。サクラめ、電磁砲レールガンだと? とんでもない事をいい始めた。自販機の癖にコイツの武装は一体どうなってやがるんだ。一度全部聞き出す時間を作らねばなるまい。だが今はまずビークル機能についてだ。


「サクラ、ビークル機能モードだ! 行けるか?」


「はい、オーナー!」


 俺の命令に明るく返事をしたサクラは背面下部からもう一対のキャタピラを出すと四本足となった。

 タブレットより更に下の部分から二人用の座席がせり出すと、座席シート部分をざっくりと保護するかのようにパイプフレームが後方へ向かって伸びていく。

 ナーゲイルを四次元ポシェットにしまい、ティーが俺の胸元に飛び込むと、エルムと俺は座席横に開いているスペースから中に乗り込みシートに座る。

 座席に着くとサクラの背面に掴まる用のグリップと足を置くためのパイプフレームが出現し、シート横の入口となっていた部分に飛び出し防止用のフレームが追加された。


 隣に座るエルムは初めての体験で、何が起こるのかワクワクしているように目をキラキラとさせているのだが、俺には嫌な予感と不安要素しか無かった。


 何故ならこれは、前面に自販機が付いただけの透けすけパイプフレームの絶叫コースターにしか見えないからだ。


「さ、サクラさん。くれぐれも安全運転でお願いいたします。」


「了解です、オーナー。MS━06サクラ17号、発進っ!」


 タブレットのサイズが倍の大きさに広がり、サクラの前面にあるカメラの映像が写し出されると臨場感が劇的にアップする。

 キャタピラをギャリギャリと唸らせて、サクラは飛ぶ様に走り出した。その姿はまさに森を走り抜ける疾風。


「うわっ、い、いやあぁあぁぁぁぁぁぁ!」


 日比斗の絶叫が森に響き渡る。時速60キロで疾走するサクラは四つのキャタピラをバラバラに上手くコントロールしながら減速を一切せず、コーナーを器用にドリフトしていく。……安全に。


 だが、この時日比斗が感じていたのはブレーキのぶっ壊れた自転車で急坂を全力疾走しているのと同等の感覚であった。


 歩いて2時間以上かけた距離を五分足らずで走り抜け、エウロト村に到着した時には日比斗の髪の毛は真っ白になっていた……とかいなかったとか。





 ーつづくー


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