第23話 殲滅せしモノ。

 かつてデミイラストリア帝国と呼ばれた国は五年前、魔族の大侵攻により魔族の支配する領域となった。大地は荒れ果て村や街と呼ばれた物は全て廃墟と化した。魔物たちが徘徊する事によって瘴気しょうきが蔓延し、闇のマナ【魔素】が溢れる世界となりつつあった。


 丘の上で肩幅大に足を広げ、腰に手を当て胸を張る幼女がいた。


「人間の領域に侵攻して五年、ようやくだ! 敵国国境付近まで瘴気が満ち、我ら魔族の活動し易い環境が整った」


 人の暮らす地に充満するマナによって魔族の活動があれほどまで制限されるとは魔王自身も思っていなかった。短期的な活動であれば問題無いものの、長期的な滞在は弱体化を招き、人間ごときに遅れを取る結果となってしまった。


 人類の領域への侵攻に時間が掛かってしまったのはとの盟約も関係するのだが、占領した領土に瘴気を撒き散らす為には大量の魔物の存在が必要不可欠であった。だが魔族には戦闘で大量に失った兵数を、急激に増やす為の算段が整っていなかった為、急激な進軍を止める結果となってしまったのだ。


「魔王の名において命ずる、今こそフォールーン砦へと進軍し、残された人間どもの領地を蹂躙せよ! そして南の寒村に現れたという我らが仲間の命を奪った勇者に、裁きの鉄槌を下す時じゃ!!」


「「「オーッ!!」」


 魔物達の咆哮が平原に響き渡る。魔王の命により集まった魔物の数はおよそ三千体。ゴブリン、オーク、コボルド、グールにスケルトンなどの低級魔族がメインであるがトロールやヒドラなど大型の魔物も数体混じっている。ここまで数を増やすのにどれだけ苦労を強いられたことか。思い出すだけで目頭が熱くなる。


「ふふふ……待っていろ勇者。屈辱にまみれ這いつくばる姿を我の前にさらすがいい!」


 平原を進軍する魔物達を丘の上から見下ろしている魔王は、完膚なきまでに蹂躙される勇者の姿を想像し満足げに笑った。


 そんな時だった、フォールーン砦の北東、山岳地帯を越えて巨大な何かが平原に飛来した。

 上空から草原に降り立ったのは、巨大な二本の角と口から上に向かってそそり立つドデカイ牙、真っ黒な体にコウモリの様な翼を持つ、ビルの三階程もある……たぶん何話か前のどこかで聞いた事のあるような説明の巨大な悪魔だった。


「なんじゃこりゃあ━━━━!」


 絶叫する魔王の眼前に、今まで見た事も聞いた事も無い巨大な悪魔が立ちはだかったのだ。


 その巨大な悪魔は口元に光の粒子のような物を集束させる。その粒子が口の中一杯に溢れ返り、その巨大な口を大きく開くと黒光りするブレスを、右から左へと頭を旋回させながら放出した。


 悪魔の凶悪なブレスで千体近い魔物が一瞬でちりとなった。魔物達はトロールやゴーレムなど防御力の高い者たちで防御陣形を引くと、強力な火力を誇るヒドラを主力に反撃を開始する。

 悪魔の攻撃は苛烈であったが、流石に怯む事のない魔物の数の暴力にその力を徐々に削がれていった。だが、それと共に味方の軍勢もその数を大幅に減らしていく。その数は既に当初の九割を失っていた。


 その光景をただただ呆然と見守る幼女の額には玉の様な汗がにじんでいた。


「嫌じゃ……嫌じゃ。わらわの軍勢が何故こんな事に」


 立ち尽くし呟く魔王に向けて悪魔の最後の力を振り絞ったブレスが牙を剥く!

 魔王を守っていた悪魔や魔物達が一瞬にして灰になり、猛威を奮うブレスは魔王の眼前まで迫っていた。黒光するブレスを吐いた悪魔は自らの勝利を確信し満足げな顔で力尽きると砂の様に崩れ去った。


 そして呆然とその光景を見送っていた魔王の視界が突然黒一色で染まる。

 魔王をも飲み込まんとしていた悪魔のブレスは、彼女の直前で黒き巨大な盾に阻まれその威力を周囲へと散らした。


「大丈夫ですか、姫さま?」


「くっ、黒騎士! どうして?」


「今回のイベントは新人中心で【50位以内の者ハイ・オーダーズ】不参加でしたからね。僕も休日を満喫してたんですけど……彼女に呼ばれて、仕方なく、本当に本当に仕方なく参上つかまつりました」


 黒騎士が指差した方向には全身黒いローブに身を包んだ銀髪の女性がいつの間にか控えていた。


「クロ……」


 クロと呼ばれた女性がフードを外し、顔を上げた。その顔は何処かエルムに酷似している様に見えた。


「なんとか間に合いました、魔王さま」


「あれは……あの悪魔は何なのじゃ! 何故に妾たちの進軍を阻むのじゃ?」


「あれは勇者が異界より呼び出した上位悪魔グレーターデーモンでございます」


「勇者……じゃと?」


 クロの口からとんでもない者の名が発せられた事に驚愕した魔王だが、その顔がみるみる赤黒く怒りに染まっていく。


「おのれ勇者、我らが悲願の前にどこまでも立ち塞がるというのか!」


 魔王は片膝を着くと大地に向かって拳を奮った。前回の反省からその怒りの矛先を大地に向けたのだ。だが、闇のマナを十二分じゅうにぶんに 吸収していた彼女の拳は、小さな丘を液状化させるのに十分なパワーを持っていた。彼女の打撃により急激に強度を失った丘は砂の様に崩れ去り、土砂に足を取られた魔王や黒騎士だけでなく、生き残った魔物達も土砂崩れに巻き込まれていった。


 モウモウと立ち込める砂塵の中からゲホゲホと大きく咳き込みながら黒騎士が脱出して来ると幼女に向けてこう言った。


「姫さま、自爆テロはご勘弁下さい」


「誰が自爆テロじゃ━━━━っ!」


 空中へと難を逃れたクロは、吠える魔王さまと黒騎士の会話を聞きながら、目を覆うように顔に手を添えると、真剣に頭を抱えていた。


 砂まみれになった魔王は、頭に付けた大きな角形つのがたのカチューシャを外すと頭に積もった砂ぼこりを払いながら吠えた。


「おのれ勇者め! こうなれば、妾が自ら勇者の元へ赴き、直接引導を渡してくれるわっ!!」


 原因はテキトーな召喚した勇者に有るのだが、彼の知らぬ所でまたもや魔王に恨みを買ってしまう日比斗であった。




 ーつづくー





「行くぞ、黒騎士!」


「えーと魔王さま、僕それに付き合うの絶対嫌ですからね。絶対ですからね」


 黒騎士の切なる願いは神にも悪魔にも聞き入れられなかったというのは、まだもう少し先の話である。

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