第22話 奪われし者。

 クソっ、何故こうなった。森の中を最高速を保ったまま走り抜けながら、ギトールは考えていた。


 勇者の力を完全に見誤った自分の責任に他ならないのだが、どうにも認める事が出来なかった。本人は間違いなくとんだポンコツだった。それは間違い無い。


 だがしかし、あのイカれた剣もそうだが、あんなとんでもない化け物召喚する度胸。間違いなく頭のネジがぶっ飛んでいるに違い無い。


 それにあのシスターもだ。一番華奢きゃしゃそうな奴を人質に選んだのに、あの女自分の腕が折れても構わない程の力で抵抗して来やがって。俺が上手く動きを封じていなかったら本当に自分の腕をへし折ってやがったに違いない。


 最後は黒髪の美形の女。一日中張り付いた様な満面の笑みで何かとブツブツしゃべってやがって気持ち悪りい。コイツが一番、得体の知れない奴だった。こちらの気付かぬうちに何かされていそうで怖かった。


 だが、それでも俺は油断などしていなかった。お頭と一部の側近たちを除く、盗賊団のほぼ全員六十名ほどを集めてもらった。


 ━━にも関わらず、盗賊団はほぼ壊滅状態で、俺自身も街道ではなく、森の中に身を隠す様に逃げている。


 本物だ、奴らは間違いなく本物の勇者なのだ。だからこそ俺達は負けたのだ。だが何故今更、勇者なのだ。どんなに願っても過去は変えられないと言うのに。


 まあ、いい。もう良いのだ。勇者が自爆覚悟で呼び出した悪魔は尋常では無かった。あんなモノは見たことも無ければ、聞いた事ものい。あの化け物にみんな殺されれば良いのだ。そうすれば俺の溜飲りゅういんも少しは下がるだろう。


 後はどうやってお頭達と合流するかだ。あの化け物に拠点のあったデューム山が吹き飛ばされちまった。まさかとは思うが早く連絡を取っ……。


 気配……いや、視線か。誰かがこちらの様子をうかがってやがる。このままじゃお頭と合流できねぇ。この場で片付けるしかねぇ。


「いるのは分かってる、出てきゃがれ!」


「良く分かったなギトール」


 茂みの中……いや、茂みの前にまるで最初からそこにいたかの様に急に現れたのは商人のオルクだ。気配どころか姿も消せるのでは無かろうか、ギトールにはそのように見えた。


「ただの商人では無いようだなオルクの旦那」


「もちろんだ、俺は絶賛大儲け中の商人さまだからな、ただで売る物は無い!」


「おらぁはそこ突っ込んでやる程、優しくねぇんすよ旦那ぁ。いや、皇国の隠密騎士さまかな。」


「なんだぁ、バレバレかよ」


 オルクは軽く肩を竦めると簡単に正体を明かした。


 故郷でギトールは森の中に住み、暮らしていた。森の中では俺の動きについて来れる者など誰もいなかった。あの忌々しい森の住人【エルフ】どもにも簡単には負けない……そう自負していた。その俺を、息ひとつ切らさずつけて来る者などそうはいない。


「まさか本当に隠密騎士なんているとは思ってなかったからな、かま掛けただけだぜ。あっさりゲロするとは思わなかったよ旦那」


 隠密騎士━━皇国騎士団のなかでも最強の騎士を集めた近衛騎士団。更にその中で心身共に認められた者だけが単独行動を許され、自己の判断により調査報告、討伐、制裁活動を行う。この国では彼らの事を【隠密起動】と呼んだ。

 彼らの活動は常に秘密裏に行われているため、世間一般には噂の範疇はんちゅうを越えない事から、隠密騎士と呼ばれ噂されているのだ。


「根が正直なんでな。俺は隠密起動筆頭おんみつきどうひっとうオルク・ド・オルバン。お前ら盗賊の討伐と、ついでに今度の勇者の顔を見にきただけさ。」


「何が正直だ。俺を生かしておく気がないだけだろうが!」


「質問に正直に答えるならは保証してやる」


「内容によっては話してやらん事もないぜ」


 ギトールは余裕がある振りをして時間稼ぎをしている。毒を塗った暗器あんきを隠し持っているのだが、それを使えるスキがオルクには無かった。だが、無いなら作ればいい。


「さあ旦那、この俺に何が聞きたいって言うんですかい?」


 ギトールは芝居がかった大きな身振り手振りで喋り出した。彼の手からは極細の糸の様な物が四方に伸びていて、時間稼ぎの間に何らかの仕込みを行っているようだ。

 オルクは気付いていないのか、特に何をするでもなく質問をした。


「ギトール、お前の本当の目的は何だ? 金なんて言うなよ。お前に渡した護衛の報酬はかなり多い。まあ、成功報酬も含めてだがな。もし、俺を殺して全てを奪ったとしても、あの人数の盗賊団全員で分け前を分割したら報酬は微々たるもんだ。それなら他に目的があると俺が思うのは当然だろう」


 目的は当然カネだ。 だがしかし、確かにそれだけが目的では無い。初めて盗賊団に誘われた時、お頭が言った言葉……。『ギトール、お前はこの国━━ウェイバーン真皇国の奴らに復讐したくないか?』


 あの言葉が今も俺を突き動かしている。


「復讐だよ、旦那」


 五年前、魔族の大侵攻により故郷を失った俺は、妻と幼い娘を連れてこの国ウェイバーン真皇国に逃げてきた。だが、大量の避難民でごった返した西の国境の砦【フォールーン】では、ある選別が行われていた。


 金や財産を持つ者と持たざる者だ。


 砦では通常よりも多くの税が取られた。それを支払える者達だけが門の先へと進む事が許された。俺達は持っていた物を全て渡す事で砦の内側へと 入る事が出来たのだ。……だが、内側と外側の差は魔物の襲撃があるか無いか程度のものだった。


 俺達が居留を許されたのは治安の悪い街の外の貧民街だった。簡易テントと一人一枚の毛布、一日一回の食事の配給が俺達の命綱だ。

 多くの難民が押し寄せた為に金を稼ごうにも仕事がなく、砦の中にも外とは違う地獄が待っていたのだ。


 そんな時だった、運良く商隊護衛の仕事にありつけたのは。隣の村までの三日間の仕事で、帰りを急げばたったの五日で戻る事が出来る。俺は前金を妻に渡すと俺が戻るまで宿を取る様に言い付け、商隊と共に旅に出た。


 たった五日……その間にあれは起こった。


 増え続ける難民に対し、砦の街の許容人口を遥かに越えてしまったため、食料不足や暴動が起こり一部の兵士たちが暴発した。滞在中の難民からの税の再徴収を行う【難民狩り】が起きたのだ。逆らう者は暴行を受けたり、殺されたりした。捕まった者達は奴隷として売られたり、強制労働者として危険な現場へと送られた。

 兵士たちは砦の外の者たちから手持ちの金品を全て巻き上げ、人の居なくなった貧民街へと迎え入れるといった事が繰り返されたのだ。


 安宿に宿泊していた妻と娘にもその魔の手が伸びた。娘を守ろうと抵抗した妻は暴行され殺された。娘は奴隷として売られ、三年前ようやく見つけた時には、心が壊され人形の様になっていた。


 そこまで話終えたギトールの目が闇色に染まっていく。オルクはその話を表情を変える事なく聞き続けていたが、ギトールの表情が……醸し出す雰囲気が闇色へと飲み込まれていくのを感じて少しだけ目を細めた。


「俺は妻と娘を売った宿屋の主人を拷問して全てを吐かせ殺した。妻を殺した三人の兵士をなぶり殺した。そして━━人形となった娘の息の根を止めた。あとはよう……旦那ぁ。もうこの国の人間を手当たり次第殺すしかねぇじゃねえか!!」


 ギトールが叫ぶと彼の顔が浅黒く変色していき、頭には二本の小さな角が現れた。耳は後ろへと大きく伸びて尖っていき、それにともなって口が耳元まで裂けていく。歯が変形し鋭く尖った牙へと変わって行く。


「闇落ちか……」


 オルクが呟いた。今の魔族がどうかは知らないが、英雄伝説に語られる勇者が戦った初めての魔族は、人間が闇に落ちて変貌した姿だったと言われている。負の感情に飲み込まれ闇のマナを受け入れると姿形も変貌し魔族となるのだ。


ギトールが体の前で腕をクロスさせるとオルクの周りから数十本のナイフが舞い飛ぶ! ナイフは緑色に塗られており、森の中では舞い落ちる木葉に紛れ視認しにくい様に偽装されていた。

また、ギトールの手から伸びた糸により飛ぶ方向、角度を変えて四方八方からオルクに迫る。このナイフには強力な麻痺毒が塗られており、かすっただけでも呼吸困難を引き起こし死に至る。


落葉刃らくようじん……森林地帯限定ではあるが、職業クラス暗殺者アサシンであるギトール必殺の暗器である。


仕留めた! そうギトールが思ったのも無理がない。迫るナイフの群れにはのがれる隙などなく、数本をかわしたり、叩き落としたりしたとしても何本かはオルクの体をかすめるだろう。だが、この武器はそれで十分な殺傷力を持っているからだ。


ギトールの必殺の一撃、落葉刃はオルクにかする事なく全て空を切った。


「なっ……」


「俺はこっちだぜ、ギトール」


己の必殺技がかわされた事に驚愕するギトールの背後からオルクの声が聞こえた。振り返るギトールの胸にオルクの剣が深々と突き刺さる。


錬成気功術【幻影まぼろし

オルクが覇気によって作り出した幻影を一時的に敵の網膜に焼き付ける技法スキルである。


「すまんなギトール。同情はするが闇落ちしたお前を生かしておく訳にはいかん。あの時、兵士達の暴動を煽動した砦の責任者は俺が斬った。それで勘弁してくれ」


「勘弁……出来るわけ……ねぇじゃね……ぇですか、だん……なぁ……」


喋り終え絶命したギトールの顔が、こころなしか苦笑している様に見えた。


「勇者さまよ、あんたが思っているよりこの世界はずっと重いぜ……さぁて、とっとと兄ちゃん達の所に戻るとするか」


一人呟いたオルクの表情がガラリと変わると、一瞬にしてその場から姿を消した。森の中には風を切る様な音だけがこだましていた……。



ーつづくー

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