第21話 吹き飛ばしモノ。

「一歩でも動いたらシスターの命は無いぜ、勇者さま。オルクの旦那も使用人どもも動くんじゃねえぞ。」


 ギトールは俺に剣を地面に突き刺して離れる様に要求してきた。丸腰にさせれば どうとでもなる相手だと踏んだのだろう。


 俺は言われた通り剣を大地に刺すと、ゆっくりと離れていく。周りの目を警戒しながら、こっそりとポシェットから簡易召喚陣を取り出し、盗賊どもから見えない様に草むらに落とした。


 盗賊どもには見えていない実体化ナーゲイルに、念話で折り畳まれた召喚陣を広げる様に指示を出す。一瞬、スキを作る事が出来ればギトールとの距離を一気に詰めてシスターモモを救い出せるはず。身体強化の掛かっている今ならそれが出来ると思った。


 ティーを使ってシスターモモとエルムにその事を伝えさせると召喚陣に向かって祈りを送り始めた。


「ギトール何故だ。」


「何故もなにも俺は最初から盗賊団の一員でね。ぬるい商人騙して襲撃地点に誘導するのが目的ですよ旦那。エウロト村に寄るのが分かって先に村を襲撃して待ち構えていたって訳でさぁ」


 オルクさんもメルとモルも武器を取り上げられ剣を突き付けられている。俺達を縛り上げないのは生かしておくつもりが無いという事だ。なるほど、それならそれでこちらはハッタリをかましてやるだけだ。俺は口元を釣り上げギトールを挑発する。


「ギトール、俺達はお前に裏切られた時点でもう終わりだった訳だ。金も商品も奪われ、俺とオルクさんは殺される。女たちはもてあそばれた後に売り飛ばす━━そうだな?」


「何が言いたい、ポンコツ勇者」


「どうせ殺されるならお前らも道連れだって言ってんだよ!!」


 俺に剣を突き付けている男に 体当たりをかまして吹き飛ばすと、もう一人の手首に手刀を叩き込み、飛び込むように簡易召喚陣に手を添えた。

 祈りを、思いを……召喚陣に注ぎ込む!


「女神エルムよ、その加護を持ってを全て凪ぎ払う召喚獣を出現させたまえ! いでよ【キングマイマイン】!!」


『うわー、マスター! 適当な呪文を━━━━っ!!!』


「勇者てめぇ、血迷いやがって!」


 ティーとギトールの叫びとは裏腹に、俺は内心ほくそ笑む。彼女を本当に売り飛ばす気なら脅しに使っても殺す事はしないだろう。ましてや俺が自爆覚悟と思い込めばシスターモモに人質としての価値は無くなる。後は召喚された魔獣に、一瞬でいい……気を取られてくれさえすれば━━━。


でも、流石にキングマイマインは不味いか。ここにいるみんなだけでなく、村ごと吹っ飛んでしまう。なんかこう雰囲気怖そうな感じの魔物の方が良かったかも知れない。


 そんな事を俺が考えていると、以前偶然にもキングマイマインを召喚させた時と同様に召喚陣を中心に漆黒の闇が広がって行く。俺はその闇に飲み込まれぬ様に一足飛びにその場を離れた。


 闇は半径五メートル程まで広がるとそこで停止する。ギトールはシスターの動きをしっかりと抑え込みつつジリジリと後退しながら様子を見ていた。


「な……何も現れないじゃねえか! 悪あがきしやがって。ダルク、スパロワ、そこのポンコツ勇者をぶち殺せ!!」


 ギトールに命令されたダルクとスパロワの二人は、俺の攻撃を受けて尻餅をついていたのだが、体制を建て直し武器を振り上げて襲い掛かって来た。

 しかし、この二人の攻撃は俺に届く事は無かった。闇の中から出現した二本の腕が彼らの胴体をがっちりと掴み空中へと持ち上げたからだ。


「なんだ、これ……?」


 俺の目の前で召喚陣から出現したのは、巨大な二本の角と口から上に向かってそそり立つドデカイ牙、真っ黒な体にコウモリの様な翼を持つ、ビルの三階程もある巨大な悪魔だった。


 悪魔は捕まえた二人を順番に頭からかじり付くと咀嚼し、口の周りを血で染め上げながら喰らい尽くした。生きたまま喰われた二人の絶叫が草原に響き渡ると、恐怖で動けなくなっていた盗賊達がわらわらと村に向かって逃げ始めた。


「兄ちゃん、なんて化け物を呼び出してやがるんだ!」


 俺に罵声を浴びせるとオルクさんは、武器を取り戻し戦闘体制を取った。だが、メルとモルはショックで固まったままだ。


 悪魔は動かず固まっている俺達の事は気にせず、村に向かって逃げて行く盗賊達の方へ首を向けた。その口元に光の粒子のような物が集束していく。その粒子が口の中一杯に溢れ返り、悪魔がその巨大な口を大きく開くと黒光くろびかりするブレスを放出した。

 黒光のブレスは逃げて行く盗賊たちを全て焼き払い、エウロト村の一部を消失させると、その向こうにそびえ立つ山の登頂部を吹き飛ばした。


『おいおい、マジかよ……』その時の俺はシスターモモの事を完全に失念しており、助けるどころかただ呆然とその光景を見ていた。


 悪魔がギトールを次の獲物として定め、その体を動かし始めた時、ようやく俺はハッと我に返った。


「ちいっ、ナーゲイル!!」


 叫ぶと同時に大地を蹴って走り出した俺の右手に、ナーゲイルが実体化するのと悪魔の右手が獲物に掴み掛かるのがほぼ同時だった。


 ギトールは、拘束していたシスターモモを迫り来る巨大な手の平に突き出すと、その反動を利用して走り出した。


「クソがぁ、クソがぁ、クソがぁ!!」


 ポンコツとは言え、やはり勇者なんかに関わるべきでは無かった。せめてこの女が悪魔に殺される所を目にして苦しめばいい……そう思ったギトールの行動であったが、それは実現しなかった。


「ナーゲイル、防御結界!」


 俺は全力で悪魔の手とシスターモモの間の割り込み、彼女を抱きかかえると同時に防御結界を発動させた。衝撃と共に悪魔の手が弾かれる。それでも反動で弾かれた俺は シスターモモを強く抱き締めると彼女を庇って背中から大地に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 衝撃で一瞬だが呼吸が止まる。動きの止まった俺に悪魔の左手が迫った!


「光の精霊さん、私に力を貸して……目潰しフラッシュ!」


 エルムが突き出した両手の先から放たれた光が、悪魔の目の前で破裂する。目をくらまされた悪魔は身をよじらせると低い声で咆哮した。日比斗に迫っていた左手は空を切り、その隙を突いて全力で距離を取る。


「フィー、大丈夫か?」


 シスターモモは小さく小刻みに震えながらコクリと頷いた。少し安堵したのだろう二つのつぶらな瞳から涙が溢れ出す。


「ごめん、怖かったよね」


 俺は彼女を軽く抱き締めるとそのまま抱き上げてエルムの元へ走った。


「エルム、彼女を頼む」


「任せて」


 俺はシスターモモをエルムに預けるとナーゲイルを呼んだ。ナーゲイルの重みを右手に感じると、まだ目を押さえて悶える悪魔に向き直り走り出した。


「あの化け物を倒す。行くぞ、ナーゲイル!」


『ハイです、ご主人様』


 俺は走りながら巨大な悪魔をロックオンすると手にした聖剣を投げ付けた。ナーゲイルはつばの一部を翼の様に変形させると回転しながら巨大悪魔の首元へ向かって飛翔した。


 だが、ナーゲイルは首筋の皮膚を軽く引き裂いただけで手に戻った。


『すみません、はずしました。ご主人さま、もう一度!』


 俺はもう一度大きく振りかぶると、悪魔に向かって剣を投げつける。悪魔の背後へと回転しながら回り込んだナーゲイルだが、翼が邪魔をして弾かれ、弱点である心臓を貫く事ができなかった。そのまま弾かれた位置から正面へと飛んで心臓を目指すが、丸太の様に太い腕で叩き落とされ日比斗の手に戻ってしまう。


『ずみまぜん、ずみまぜん、ご主人様。続げて二度までもはずしてしまうとは……まこどに申じ訳ごぢゃません』


「気にするな、とりあえず鼻水拭けナーゲイル。もともとクリティカル確率は三分の一なんだ。二度でダメなら何度でも倒れるまで攻撃するだけだ!」


『はい、ご主人さま!』


 鼻水を拭いて気を取り直したナーゲイルを大きく振りかぶった瞬間、目潰しから回復した悪魔が大声で吼えた。威圧だろうか、一瞬だが体が硬直した。そのスキを突いて悪魔は巨大な翼を大きく羽ばたかせ、上空へと飛翔する。


「ナーゲイルもう一度だ!」


『ハイ!』


 ナーゲイルが返事をした時は既に、悪魔を追尾して飛行し始めていた。悪魔は高速で飛来するナーゲイルをその巨体に似合わぬスピードでひらりとかわすと再加速して西の空へと消えて行った。


「クソっ、逃がしたっ!」


『すみません、ご主人さま。三度みたびチャンスを頂いたにも関わらず、あの様な残虐な生き物を野に放ってしまいました。あの悪魔が本気で暴れたら、大地は裂け、野は焼け尽くされ、山は消し飛び、町や村は焼き払われて数千……いやきっと数万の命が失われて━━━━』


「あ、あの……ごめん、ナーゲイルもう止めて。あれ、呼び出しちゃったの俺だから。俺の胃が物凄い悲鳴上げちゃってるからもうホントに止めて。もう完全に逃げられたんだよ。今更どうにもならないし、諦めるしかないじゃん」


 日比斗は肩をすくめると、もう仕方が無いと諦めた。とりあえず危機は脱した訳だし、結果オーライと言おうとした。


「ビート様、呆けている場合じゃありません。急いで追いましょう! 私、がんばりますから。足を引っ張らない様にがんばりますから。少しでもお役に立てる様にがんばりますから。だから━━━━諦めないで、この世界を見棄てないで下さい!!」


 シスターモモ……彼女は真剣だ。その瞳が俺を 射ぬく。


 一生懸命やったってどうせ報われない、きっと無駄だ。諦める言い訳を考えて、努力をしない理由を探した。そんな気持ちが、想いが長い間いつの間に染み付いて、俺の中で当たり前になっていた。


「ごめんよフィー、もう大丈夫。俺、頑張るよ。俺が呼び出しちまったんだ。責任……取らないとな」


 俺の言葉で、暗く影を帯びていた彼女の顔に明るい笑顔が戻る。


 あの悪魔がとんでもない事をしでかす前に何とか追い付く方法を考えないと。━━そう言えば、さっきエルムが魔法の様な物を使っていたな。


「エルム、さっきの魔法みたいな ……」


「あ━━ごめん、ごめん、無理。精霊さん達にお願いして協力してもらってるだけだモン。ビート君が考えてる様な事はきっと出来ませーん」


 エルムは俺の言葉がまだ終わらないうちに何か愉しげに完全否定した。━━て言うかお前まで【ビート】言うな!


 そして続けてとんでもない事を言い出した。


悪魔あれたぶん大丈夫だよ」


「何を根拠にそんな……?」


 エルムは自信満々に語った。あの悪魔は盗賊しか攻撃していないと。俺を攻撃した時はシスターモモを守る為に俺の方から割り込んだだけだと。


「最後のも、はね飛ばされた君を支えようとした様に見えたからね。悪魔あれを召喚した時、君は何を思って召喚した? 召喚はね、想いを、願いを、祈りを具現化して召喚するんだよ。たとえ暴走したとしてもね。だから大丈夫。君が呼び出したモノをもっと信じてみよう」


 エルムが極上の笑顔で女神らしい事を言った。呼び出したモノを信じる……か。俺はあの悪魔をイメージして祈る。『くれぐれも無茶はしないでくれよ』━━と。


「それはそれとしてアレの責任は取らないとね」


 にこやかに笑うエルムの指さした先には半壊したエウロトの村と頂上が吹き飛ばされたデューム山がそびえ立っている。まったく、上げたり落としたりが上手い駄女神だ。


 俺はガックリとうなだれると、心身共に憂鬱な思いでエウロト村へと歩き出した。





 ━つづく━



「あれ? そう言えばオルクさんは?」


 辺りを見回したが彼の姿は無く、シスターモモの目に映ったのは、馬車の近くでポカンとしたままヘタリ込んだメルとモルの姿だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る