第20話 襲われし者。

 俺は逃げる様にオルクさんの元へと向かっていた。すぐ隣に停められている馬車の御者台のすぐ後ろがオルクさんの個室となっている。ドアをノックしようとした俺を、馬の世話をしていたモルが呼び止めた。


 主人のオルクさんはギトールと相談があるので荷台の方にいるとの事だ。俺は早速後ろの荷台へと向かった。


「よう兄ちゃん、丁度いい。相談があるんだ、こっちに上がってくれ。」


 促されるままに馬車の荷台に乗り込むとオルクさんは説明を始めた。


 あと少しでエウロト村に到着するのだが、近年この街道では魔物の被害だけでなく盗賊による被害も続出しているらしい。


「ダグ村の西の森に魔物が集まったおかげでこの辺もだいぶ魔物の数が減っていたんだが、盗賊の集団が近くの山に拠点を構えたようなんだ。もともとは小さな村を守る傭兵団だったのだろうが、魔物の数が増えて楽な方から奪う事にしたんだろう」


「最低ですね」


 俺の言葉に一瞬ギトールが少し眉根を寄せたような気がした。彼は常に寡黙で、俺はこの時始めて彼の声を聞いた。


「この辺りの地方領主であるワルター辺境伯に雇われている騎士団ならともかく、小さな村に雇われる傭兵では食って行くのも大変なのだ。俺のように商人の護衛につければ高額の報酬にありつけるが、魔物が増えた今では危険に見合う報酬が貰えないのも事実なのだ。まあ、だからと言って盗賊をして良い理由にはならんのだがな」


「まあ、そう言う訳で俺はこの地方へ武器や防具を売りに来たって訳だ。兄ちゃんのおかげでダグ村ではあまり売れなかったが、シシニクの燻製が大量に仕入れられたのはラッキーだったぜ。兄ちゃん達を運ぶ仕事も結構いい金になったしな」


 オルクさんは『がはは……』と笑いすぐに話しを戻した。


 ここの領主は西の国境にある砦に騎士を多く派遣して魔物の流入を押さえようとしているのだが、魔物以上に魔物に蹂躙されてしまった【デミイラストリア帝国】からの難民の流入が激しく人手が不足しているらしい。

 そのせいもあってか領内の治安維持にまで人手が回っていないのが実情である。


「今晩も俺とギトールで夜営をする事になってるんだが、その分俺たちが昼間寝ている時にメルとモルの二人になっちまう。客人の兄ちゃんにはわるいんだが、盗賊が現れた際の助力を頼みたい。……とは言え兄ちゃんの腕だと時間稼ぎにもならんかも知れんがな。がはは……」


 ようはオルクさんとギトールさんが起きるまで、俺がその間の時間稼ぎをすれば良いようだ。とりあえず先頭の馬車には俺とメル、オルクさんが乗り込み、後方の馬車にはモルとギトール、シスターモモとエルムが乗り込み警戒する事となった。



 そんな状況の中でも昼過ぎの休憩中にオルクさんは戦闘の稽古をつけてくれていた。ナーゲイルを装備すると稽古にならないので、オルクさんから【ショートソード】と腕に固定する盾【バックラー】、軽い付け心地の【革鎧】を購入して装備した。


 なんとなく冒険者らしいよそおいとなって、嬉しくなった俺は丁度通りかかったシスターモモに誉めてもらおうと声を掛けた。


「フィルスさん、あの━━」


 声は聞こえているはずだが彼女は無言で通り過ぎようとする。


「えーと、フィー?」


「はい! なんでしょう」


 彼女は満面の笑みで振り返る。そうだった、彼女は最近父親と同じように『フィー』と呼んで欲しいと言ってきたのだ。エルムは何となく呼び捨てなので、たぶん対抗心を燃やしての事だと思うのだが……。


 照れ臭くて中々フィーと呼べない俺に、彼女はそう呼ばないと無視するようになっていた。少し拗ねた様に頬を膨らませる彼女はとても可愛いのだが、何だか若干面倒くさい気もする。


「えーとフィー、どうかなこれ? 少しは冒険者っぽく見えるかな」


「はい、ビート様! とてもお似合いです。素敵です。大大大……だいぼーけんしゃですぅ!!!」


 目をハートマークにして俺を褒め倒し詰め寄ってくるシスターモモだが━━━━。だいぼーけんしゃって……たぶん意味分かって無くて使ってるよね。

 そういえばこの世界に冒険者はいない。俺は大きくため息をついて苦笑した。



 そんなこんなであれから二日……旅路はいたって平和で盗賊はおろか魔物も現れる事は無かった。


「もうすぐ着きますよ勇者さま」


 御者台で俺の隣に座るメルが手綱を手にしながら俺に声を掛けてきた。道の先に目を凝らすと森を抜けた先に小さい草原があり、その先に木の柵に囲まれたエウロト村が見えてきた。


 周りを森に囲まれたエウロト村は、森からの害獣の侵入を阻む柵に囲まれた村なのだ。俺達がいる小さい草原の街道側から見ると、まるで森の中に村があるように見える。

 村の入口には大きな木製の門があり、今は扉が大きく開かれている。ダグのより少し大きな村で、畑は菜園が村の中に少しあるだけで狩猟や薬草などの採取が主な仕事となっているそうだ。


 門の側で見張りをしていた男が村の中に声を掛けると、奥からぞろぞろと人々が集まってくる。次々と人が集まり門の前が人でごった返し始めた。


「おいおい、なんだよ。大歓迎ムードじゃん俺たち。それにしても何だかむさ苦しいおっさんが多い気がするんだが、気のせいか?」


「勇者さまって目がよろしいんですね。私には村の人達の細かい様子まではとても見えませんよ。」


 目を細めて遠くに眼を凝らすメルがちょっと可愛く見えて、俺は笑顔で門を出て来る村人たちの様子を彼女に伝えた。


「うーん、3、40人位かな━━。なんかちょっとゴツイおっちゃん達が多いような気がするね。みんな革鎧なんて付けちゃってさ。弓を持ってる人も結構いるみたい。やっぱり猟師が多い村だからなのかな? おぉ、みんな手を上げて喜んでるよ。弓なんか構えちゃってさ……一体どんな歓迎をしてくれるつもりなんだろう」


 笑顔で彼女の方に振り向いた俺の目に映ったのは、青ざめた顔でこちらを見るメルの顔だった。彼女は突然俺に抱きつくと、飛び付いた勢いそのままに御者台から街道脇の草原に転がり落ちる。


「ななな……」


 メルに抱きつかれて言葉にならない声を発した俺は、草原に転がりながらヒュンヒュンと風を切るような音を耳にした。

 その瞬間、先程まで俺の座っていた御者台と馬車を引く馬たちにたくさんの弓矢が降り注いだ。


「!!!」


「この村の猟師は主に罠を使います。弓を使う人はほとんどいません。ましてや革鎧なんて……あれは盗賊です!」


 そう、俺たちは歓迎は歓迎でも手荒い歓迎を受けた訳だ。矢が数本刺さっただけの馬が泡を吹いて倒れ込んだ。


「毒か?」


 この世界では弓矢による殺傷能力が低い為、毒が使われる事が多い。狩猟に使われるのは殺傷力の低い麻痺系の毒だそうだ。殺す事より動けなくするため使われている。


 馬車が急停止したためオルクさんや後続の馬車に乗ったメンバーが飛び出してくる。俺を見たシスターモモが叫んだ!


「ビート様がメルちゃんを押し倒してる!!」


「ちがッ! フィー前を見ろ、盗賊だ!!」


 弓矢の援護を受けた盗賊たちが大挙してこちらへ向かって走り出している。焦る俺とは裏腹にシスターモモは『またフィーって呼んでくれた』と顔を赤らめてモジモジしている。エルムも何が起こるのかワクワクしている表情を見せている。何とも平常運転の二人だ。


「来い、ナーゲイル!」


 俺が叫ぶと右手に光が集束し、すぐ隣で目を見張るメルの前に巨大な剣が実体化する。体に力がみなぎる感覚と共に身体が強化されると、ついでに面倒くさい白い男も実体化した。


「ご主人様━━っ、会いたかった!」


「だぁーっ、もううざい! まずは盗賊を何とかするぞ、ナーゲイル!!」


 飛び付いて来たナーゲイルを振り払うと、右から左へ視線を動かし突撃してくる盗賊たちをロックオンする。


「行くぞ、ぶっ飛ばせナーゲイル!」


 俺は気合いを込めて水平に剣を振るうと右端の盗賊に向けて


 ナーゲイルは柄と刃を翼のように変形させると回転しながら盗賊に向かって飛翔し、右から左へと彼らの間を通り抜けながら蹂躙した。四十人近い人数を一撃で行動不能にしたナーゲイルはあるじの『戻れ!』の声で一瞬にして彼の右手へと実体化する。もちろんイメージ実体化の方はずっと日比斗の隣に正座してご褒美を待っている。まったくワンコかこいつは!


 一方、馬車から飛び出してきたオルクさんと俺の横で二本のナイフを構えて戦闘体制を取っていたメルは、あまりの事に呆気あっけに取られて固まっていた。


 生き残った何人かが弓を剣に持ち替えると残りの盗賊十数名が、遠巻きにこちらを取り囲みながら様子をうかがっている。いきなり三分の二以上の仲間が一瞬で倒されたのだ、当然警戒するだろう。だがそれでもまだ自分達の方が人数が多いのだ。この状況は彼らにとって、獲物を置いて逃げ出す理由にはならなかったのだ。


「おいおい兄ちゃん、何なんだその常識はずれの強さは? 剣技の練習なんて必要ねぇじゃねえか!」


 呆れたと言う顔はしているが、剣の柄から手を離してはいない。全てを勇者任せにするつもりはないという意思表示だろう。メルとモルも戦闘体制を解いてはいない。



 俺は照れ笑いしながこう答えた。



「あー、これはその……たまたま拾った剣の力であって、俺自身はただのポンコツです。だからこそ自分の力の底上げをしたいと思った。ホントにそれだけなんですよ」


「ふっ、なるほど。そいつは良かった。」


 その声は何故か、俺の遥か後ろから響いていた。


 オルクさんは周りを包囲している盗賊たちを警戒しながらも、背後の声の主に視線を送る。


「何をしてるんだギトール!」


 ギトールはシスターモモの腕を後ろ手に捻り上げて動きを拘束すると共に、鋭い短剣を彼女の首筋に這わせていた。


「キヒヒヒ……さあ、勇者さま。その厄介な剣を捨てて戴こうか?」


 人質をとり下卑た笑顔を張り付かせたギトールは、剣を取り上げればヘッポコ勇者などどうとでも出来る……そう思っていた。彼がナイフを持った手に力を込めると、シスターモモの首筋に一筋の赤いラインが刻まれる。


 人質を取った事で盗賊たちは、自らの勝利を確信し雄叫びを上げていた。



 ーつづくー

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