第24話 補充せし者。

 上位悪魔グレーターデーモンが魔王軍と戦闘を繰り広げている頃、俺とエルム、シスターモモの三人はエウロト村の中にいた。

 半壊させてしまった村の様子を見る為と残りの盗賊が隠れていないか確認するためだ。


 メルとモルは姿の見えなくなったオルクさんが戻ってくるのを待ちながら馬車の修理と馬の様子を見ると言ってその場に残った。


 俺達はまず、悪魔のブレスによって破壊された建物を確認して回ったのだが、壊れた建物には人も遺体も残って無かったので、俺はひとり胸を撫で下ろした。


 続けて三人で残りの家を確認したのだが、誰ひとりとして残っていなかった。最後の一軒、たぶん村長の家と思われる村の一番奥にある大きなお屋敷に、捕まった村人たちが全員監禁されていた。酷い暴行を受けた者はおらず、監視し易い様に一ヶ所にまとめられていたようだ。


 どうやら俺達を捕まえてからまとめて奴隷市場まで運ぶ予定だったのだろう。


 捕まっていた村人達の拘束を解いていると一人の腰の曲がった老人が話し掛けてきた。


「勇者さま、この度は盗賊どもから救って頂き、村人一同を代表して御礼申し上げます。ありがとうございました。」


 身なりは他の村人とそう変わらないが、この老人が村長であるようだ。村長の話によると盗賊どもは朝方いきなり大勢で攻め込んで来たようで、大した抵抗も出来ずに全員捕まってしまったらしい。


 村に残っていた盗賊について聞くと、つい今しがた慌てて飛び出して行き、そのまま戻って来ないとの事。たぶん、あのドデカイ悪魔を見て逃げ出したのか、応援を呼びに戻ったのだろう。


 捕まっていた村人達の解放が終わると、俺は村の一部を破壊してしまった事をお詫びした。


「戦闘中にやってしまった事とはいえ、本当にすみませんでした。大した事は出来ないかも知れませんが、何でもお手伝い致します」


「いやいや、命を救って頂いただけで十分です。生きてさえいれば壊れた物はまた作り直せば良いのですから」


 村長は曲がった腰を更に大きく曲げて何度も何度も頭を下げた。俺としては迷惑を掛けただけで特に何もしていないので、何とも居心地が悪い。

 すると村長が気になっている事がひとつあると話し出した。


「二日ほど前にデューム山の中腹にある洞窟の辺りに荒くれ者達が出入りしていると、村の者から報告がありまして。以前からこの辺りの街道で盗賊による被害が増えておりましたので、村の有志を募って様子を見に行こうと思っていた所、たまたま村に滞在しておりました商人様が『自分が様子を見てきます』とおっしゃいまして━━」


「ん━━すまない、村長。少し質問なのだが、商人の風体を説明する言葉に【四角い】は若干……若干だが違和感があるように思うのたが?」


 話の腰を折るような真似をして申し訳ないとは思ったのだが、とても気になってしまった。四角い……とはなんだろう? 顔か? 性格的な問題なのか? 全く意味が分からず想像もつかない。俺の質問に対し村長は少し困った顔をして、周りにいた村人達と頷き合うと間違いなく四角い女性の商人だと答えた。

【四角い女性?】……俺は余計分からなくなり、この問答を続けると目眩めまいがしそうな気がしてきたので諦めてスルーする事にした。うん、きっと気にしたら負けなのだ。


 俺が話しを戻すと、村長は俺を先導して屋敷の外に出た。屋敷の右手を指して『商人様はあの山の中腹にある洞窟へ向かわれた』……と。そして指差した方向を見て村長が固まった。


「でゅ、デューム山が無くなっとる!!」


「「「……」」」


 後を追って屋敷の外に出て来た村人達も全員無言で固まった。俺は目線を反らすと吹けない口笛をふゅーふゅー吹いていた。



 ギトールに逃げられたと言って戻ってきたオルクさんと共にメルとモルが村で合流した。馬が動ける様になるまでまだかなり掛かりそうだ。という訳で、オルクさん達も暫くは村の救援のお手伝いをする事になった。


 俺とエルムは村長の依頼で二日前から戻らない商人の安否と、洞窟にいたと思われる盗賊団がどうなったのか確認しに行く事になった。

 ここで、オルクさん達を手伝ってもらう予定のシスターモモが自分も付いて行くとゴネ始めた。まあ、俺とエルムを二人きりにしたくないとのヤキモチからなのだろう。いくら朴念仁の俺でも流石に分かる。


「ごめんよフィー。盗賊退治よりも君にはここに残って俺達の代わりに怪我人の看護や炊き出しの手伝いをしてあげて欲しい。君の能力を生かせるのは敵と戦う事じゃない、誰かを助け救う事だと思う」


「ビート様はズルいです。そんな事言われたら断れないですぅ!」


 口いっぱいに食べ物詰め込んだリスの様にほっぺた膨らませたシスターモモがジト目で睨んでくるのだが、あまりにもその表情が可愛いらしくて俺はつい目を反らしてしまった。


 その行動がシスターモモを余計にねさせてしまったようで、彼女はとんでもない事を言い始めた。


「ビート様、私には勇者力が足りません。私、ここに残ってがんばりますから勇者力を下さい!」


「えぇっ、何? ??」


 聞き慣れない【勇者力】という言葉に驚いているスキを突いてシスターモモが抱きついて来た。


「ふ、フィー?」


「しばらく、暫くこのままで。勇者力補充中です。」


 完全に不意を突かれて腕ごと抱き止められた為、全く動く事が出来ない。村人たちがニヤニヤしながらこちらを見てるので物凄く恥ずかしい。何とか拘束ハグを解こうと足掻くのだが、シスターモモ……なんて腕力だ。

 彼女を無理矢理引き剥がして怪我をさせる訳にも行かず、俺は恥ずかしいのに耐えてされるがままになっている。


 ━━誰か助けてぇ。


 皆の生暖かい視線にじっと耐えているとふと拘束が解けた。……漸く終わった。そう思った矢先だ、俺の頬を万力の様な両手で押さえ付けるとシスターモモはそっと唇を重ねて来た。


 ━━━━━。


 顔を真っ赤にした彼女はゆっくりと唇を離して行くと一言ポツリと呟いた。


「勇者力、補充完了」


 彼女はそう言うとそそくさとオルクさん達の元へ向かって歩き出した。俺も逃げる様に、村長から教えてもらった山道をデューム山に向かって歩き始めていた。


 最近のシスターモモは本当に積極的だ。エルムがこちらに顕現したのはこの為ではないかとちょっと疑いたくなる。

 好意を寄せられる事はとても嬉しいのだが、他人と一定の距離を取り続けてきた俺にとっては気恥ずかしさの方がずっと強いのだ。


『【他人の好意を受け入れる】が限界突破しました。』


「えっ、ティー何か言ったか?」


『ボクは何も言ってないよ。ボクはいつでもマスターと一緒だから勇者力は常に満タンだしね。』


「ちぃ、お前までからかうか!」


 そう言いながらも俺の周りを嬉しそうに笑顔で飛び回るティーに、俺も笑顔を向けていた。





 ━つづくー



 デューム山への道中ずっと、エルムとナーゲイルも【勇者力】を補充したいとうるさかったのは言うまでもない。

 当然こめかみにグリグリ攻撃うめぼしをお見舞いしてやったのだった。

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