第16話 寝込みし者。

 スーパーエイトフロアー戦から既にニ日が過ぎていた。俺は今、ベッドの上で痛みに耐えてうめいていた。枕元には不安そうな顔でのぞき込むティーがいる。


『マスターもう少しの辛抱です。マスターには女神エルムの加護が掛けられていますので、新陳代謝が通常の人の数十倍に高められています』


「女神の加護って、風邪引きにくくなっただけじゃなかったんだな。アイツこうなる事を予想してたのか」


『そうではないと思いますが、魔物と戦う時のため、日々の生活の中で少しでも体の動きを活性化してマスターの負担を減らそうという、お考えだったのではないかと思います』


 俺はスーパーエイトフロアーを倒したあと、ナーゲイルに【うめぼし】を喰らわせている途中で、全身に強い痛みを感じて気を失い、丸1日意識が戻らなかったのだ。


 百数十メートル空中に巻き上げられての自由落下に、エイトフロアーとの戦闘、ナーゲイルの身体強化があったとはいえ、かなりの無茶をした俺の身体は、筋肉痛で悲鳴をあげたのだ。


 倒れて意識の無い俺を運ぶ事が出来なかったシスターモモは、急いで村まで戻ると村人をかき集め俺を教会まで運ばせた。


 最初、助けに来た村人たちは倒れている魔獣エイトフロアーに恐れをなして中々近づく事が出来なかったようだが、シスターモモの一喝で慌てて指示に従ったそうだ。

 普段のおっとりしてる彼女を見てるととてもそんな風には見えないが、俺が初めて召喚された時も彼女の一喝で村人たちが静まったのだ。そう考えると彼女はこの村にとって大切な巫女でありシスターなのだと実感する。



 いま、俺の目の前にいる彼女が、とても本人とは思えない位に……。



「ビートさま、お粥ができましたよ。私がふーふーして食べさせてあげますね。はい、あーん」


「あっ、いや、俺が自分で……」


「ダメです、ビートさまはまだ体調が完全ではありません! これはお仕事です!!」


「あっ、えっ、はい……すみません 」


 シスターモモはあの日からこの調子で俺にべったりである。全てで押しきられてしまう。朝の礼拝等のお仕事の時間以外はずっとここに来て、俺の顔を見てはニコニコしているのだ。シスターモモの事はとても可愛いと思うのだが、女性慣れしていない俺にとってはとっても居心地が悪いのである。


 彼女を見ていると妹の、妹音まいねの事を思い出す。アイツも何故か『お兄ちゃん大好き』で何処に行くにも必ず付いてきた。少々中二病をわずらっていて『おにいは何でも出来る超勇者で、いずれ世界を救うのだ!』と決めポーズで言っていた。


 あの時はまさか本当に異世界に来て、世界を救って欲しいなんて頼まれる事になるとは思わなかったのだが、妹音は元気にしているだろうか?


「ティー、現在の持ち金はどうなってる? エルムはちゃんと送金してくれてるのか?』


『ポシェットをさわって【ウインドウ】と唱えると中身が確認できますよ。送金に関しては生活費、活動費などの活動資金が必要になるのでその都度かわいく【エルム様、振り込みお願い🖤】と金額を言うと向こうのお金に換金して振り込み予約してくれるみたいですよ。』


 お金は送金したいが【エルム様、振り込みお願い🖤】がなんかやだな。出来れば言いたくない感じだ。


 とりあえず『あーん』を強要してくるシスターモモにポシェットを取ってもらうとウインドウと唱えた。


[アイテム一覧]

所持金【金貨ゴールド270枚】

   【銀貨ナイト254枚】

   【銅貨ポーン62枚】

   【魔石E:1554】

   【魔石F:  62】

   【マジャ芋: 84】

   【マドマド: 25】

   【マスナス: 38】

   【シシニク: 96】

   【ブッコロリ:24】


 おーっ、増えてる、増えてる! 金貨と銀貨がかなり増えてるようだ。金貨はクエスト報酬とエイトフロアーの討伐報酬。銀貨はエイトフロアーの肉を村人が買い取ってくれたお金が加算されているのだとティーが説明してくれた。


 すると突然シスターモモが身を乗り出して俺に謝ってきた。顔が近い、近い!


「ビート様、ごめんなさい。あの大きさの魔獣の肉なら、買い取り価格は本当はもっと高いのだけれど、うちの村ではかき集めても銀貨200枚が精一杯だったの。ティーちゃんは『きっと勇者さまならお金なんていらないって言うと思うよ』と言って下さったんだけど、がほどこしを行うと決まって不公平だと騒ぎが起こってしまうの。だから出来る限りのお金と、解体していぶしてもらったお肉と、村で栽培してるお野菜をポシェットにしまってもらったの。」


「なるほどな。そこまで考えてくれたのなら有り難くもらっておく事にするよ」


 ティーの言う通りお金なんていらないと思ったんだけど、なるほど不公平か……。

 若い猟師のいないこの村では肉は貴重だし、生活も掛かってるんだからそれだけみんな必死なんだろう。

 会社にいた時もそうだったけど、これから先何かする時は良く考えないと何がクレームにつながるか分からないな。


 それにしても村で栽培してる【ブッコロリ】ってなんて危険な名前の野菜なんだろう。今度ポシェットから出して見てみよう。


 振り込みはまた今度にして、次はステータスを確認してみよう。あれだけの強敵を倒したんだ、レベルもガンガン上がった事だろう。

 俺は痛くて動きの悪い腕を何とか動かしてステータス画面を開いた。


[ステータス]

 名前:タダノ ヒビト

 名称:[爆炎の勇者 ビート]

    [魔獣討伐者 ビート]


 職業:村人【Lv1】

 HP:50

 体力:70

 腕力:75

 敏捷:82

 運 :94

 魔力:00


[攻撃装備【0】]

 武器 :       【0】


[防御装備【2】]

 防具 :       【0】

  頭 :       【0】

  体 :パジャマ   【2】

  手 :       【0】

  足 :       【0】


[経験値]

 047/0100


[精霊・獣魔]

【アシスト精霊ティー】

【聖剣ナーゲイル】


 HP、体力、腕力などの基本ステータスはかなり上がっている。だが、でも、何でまだ【村人Lv1】なんだ! おかしいだろ!!

 憮然ぶぜんとした顔をしている俺に、ティーは自慢気に声を掛ける。


『マスター、それは仕方ないです。散々エイトフロアーと打ち合いましたが、とどめを刺したのはナーゲイルのスキルです。ですから討伐経験値はナーゲイルに加算されております』


「投げたの俺なのに……」


 往生際の悪い俺のセリフにティーとシスターモモは苦笑で応えるしか無かった。


 だいたい【布の服】よりパジャマの方が防御力が高いって何なんだよ! 布の服にまで八つ当たりだ。体は痛いし、動けないし、イライラする。


「そう言えばナーゲイルは?」


 俺がそう問うと、シスターモモはこめかみを人差し指でポリポリと掻きながら教えてくれた。

 エイトフロアーの解体作業のあと、村人数人がかりでナーゲイルを移動しようとしたのだが、あまりの重さでびくともせずその場に放置せざるを得なかったそうだ。


 アイツきっと泣いてるんだろうなぁ。


 仕方ない。この距離でも呼べるか分からないが試してみるか。


「来いっ、ナーゲイル!」


 俺の右手に光が集まり剣の柄が形成される。俺がその柄を握るとつばの部分が花が開くように変形していき、青く鋭い幅広の剣先が形成されて行く。


 同時に俺の眼前に光が収束し、人の形を形成していく。


『ご主人さまーっ、寂しかったー! また捨てられたんじゃ無いかとおもった━━!!』


 目の前に現れたナーゲイルは、ベッドの上で身を起こしていた俺に飛び付いた。


「あっ、ばか! やめ………ぐはっ、痛って━━━━っ!!」


 ナーゲイルに抱きつかれた俺は痛みでつい持っていた剣を手放してしまった。俺の手を離れたナーゲイル【本体】は床に突き刺さるとその重みで床を突き破り、一階に置いてあった女神エルムの像を落下の重みで真っ二つにした。更に倒れた重みで礼拝時に使う椅子をたくさん壊して転がった。


「「『………』」」


『あれっ?』


 あまりの事にナーゲイル以外の全員の時が止まっていた。


 もちろんこの後、神父さまにどえらく怒られ修理代としてもらった分以上の銀貨を支払う事になってしまった。とほほ……。




 ーつづくー

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