第17話 旅立ちし者。

 ナーゲイルの女神像真っ二つ事件の次の日、床の修理が完了した部屋にいた俺は、神父様から声をかけられた。王都アルカサリアにあるエルムガルド中央聖教会から、召喚された勇者への呼び出しが掛かったのだと言う。


 女神さまからの御神託ごしんたくにより、ダグの村で勇者召喚が成功した事、そしてその勇者様がゴブリンの群れや伝説の魔獣を撃破した事は既にシスターモモの父、バルト神父によって中央聖教会に報告が上がっていた。


 表向き教会としては、勇者に対して魔族の討伐要請を依頼する意向のようだが、教皇ウェルズ・ベイト四世には他の思惑もあるのかも知れない。王家と教会の対立関係が近年悪化の一途をたどっている事をバルト神父も知ってはいたからだ。


「ビート君には申し訳ないのだが、近日中に王都アルカサリアに向かって欲しい。中央聖教会の教皇さまと我が国【ウェイバーン真皇国】の国王さまにお目通りする事になり、そこで正式に魔族討伐の依頼をされると思う」


「俺には俺の目的もありますが、出来る事は何とかやってみますよ。ただ、ここまでは幸運が続いただけなので、あんまり期待されるのも困るんですけどね」


 俺が困ったように苦笑すると、神父さまは『ガハハ……』と笑い、運も実力のうちだと俺の背中をバンバンと叩いた。……いや、マジで痛いんですけど。

 バルト神父は身長180センチ以上あり、ゴツい体躯に濃いヒゲ面なので、黒い神父服のスータンを脱いでしまったら神父と言うよりはバイキングみたいな出で立ちなのだ。

 もっと分かり易く言うとファンタジー物で登場するドワーフのどでかい版だ。俺よりもよほど勇者らしい。


 普段は温和な雰囲気をかもし出す神父様だが、娘のフィルスさんの事となると雰囲気、顔、オーラが一変し【オーガ】となるため、彼女を嫁にもらう許可をもらいに行く男こそが本物の 勇者なのかも知れないと思った。今の俺には到底そんな勇気は無い。


 話を戻すが二日後に行商人の馬車がこの村に来るのでそれに便乗させてもらい途中の村まで行き、そこから徒歩で王都を目指すとの事。小さい村が多く、宿屋などめったに無いので、途中立ち寄った村で教会を訪ねれば寝泊まりと最低限の補給物資を提供してくれるそうだ。


 ここでそばにいたシスターモモが吠えた!


「私、勇者さまに付いて行きます!」


「「ええっ!!」」


「フィー本気なのかい? 王都までの道のりは遠いし、魔獣や盗賊などのなどの危険もある。第一最も危険なのは……」


オーガ】が物凄い形相で俺の事を睨んでいる。まあ、言いたい事も気持ちも分からなくも無いのだが、俺のせいじゃ無いでしょ。先ほどまで勇者として頑張って欲しいと言っていた優しい神父様はどこかに消えてしまったようだ。


「フィルスさん、あの……」


「ビート様は黙ってて下さい!」


「はい……」


 俺はシスターモモに一喝され黙ってしまった。次に彼女は父であるバルト神父に食って掛かった。自分達が勇者様を召喚しておいて、自分たちの村が救われれば後は厄介払いなのかと。この先の苦難は全て勇者さまに押し付けて、自分達さえ良ければそれでいいのかと。


 それならば自分が王都まで送って行くと言い出した神父に、シスターモモは落ち着いてなだめるように言い聞かせるように言葉をつづった。


「お父さまが心配して下さるのは承知しております。ですが、この村は勇者さまによって救われました。魔物がいなくなり、魔獣がいなくなったので害獣も減るでしょう。西の森を勇者さまが焼き払ってくれたので、開墾して畑にする事も出来ます。人手が必要となるので、街へ出稼ぎに出た人達も戻ってくるかも知れません。そんなこの村に必要なのは私ですか、お父様ですか?」


『勝ったな』

『ああ……』


 ティーと俺がどこかで聞いたことあるセリフでうなずき合っていると、神父さまはガックリと肩を落とし了承した。


「ビートさま、私(一生)付いていきますからね」


「はい……。(王都まで)よろしくお願いいたします」


 若干お互いの気持ちのズレに気付けぬまま旅の仲間が一人増えた。ティーだけはそのニュアンスの違いに気付いて『やれやれだぜ。』と言ったとか。





 つづく………。





「ちょっと待った━━━━っ!」


 頭上からいきなり掛かった声に驚いた俺達の前に光の粒子が降り注ぐ。光は一つに纏まるとヒトの形をとった。


「エルムちゃん、ここに顕現けんげんせり!」


「「「!!!」」」


 光の粒子が纏まって出来た人型は以前出会ったふわふわピラピラした薄い布のドレスを纏った女神エルムへと変貌した。驚く俺達のを尻目に顔の横でVサインを出してキメポーズをしているエルムは満面の笑みで俺を見つめていた。


「エルム……」

『エルム様!』

「「えぇっ、本物の女神さま??」」


 俺、ティー、神父親子の順で驚きの声を上げた。だが、エルムは少しも動じる事なく俺をジッと見つめ続けた。その雰囲気に耐えられなくなり目を反らした瞬間、彼女は俺に飛び付き抱きしめた。


「こ、こら、エルム、ななな何してるんだお前は!」


「へへへ……会いたくなって来ちゃった」


 もーこの駄女神め、何が会いたくなっただ! いきなり飛び込んで来て抱き付きやがって、ふわふわしてやわらかくていい匂いがしやがるじゃねぇか、コンチクショウ!!

 自分の顔が明らかに上気して赤くなってるのが分かった。


 目の前にいるシスターモモは最初こそ驚いて目を丸くしていたが、俺のだらしなく弛んだ顔を見てその目線の温度が絶対零度へと近付いて行く。マジでヤバい。俺は慌ててエルムを突き放す。


「こら、離れろ駄女神が! フィルスさんこれはその……女神のイタズラ的な。いきなり現れたから場 をなごませようみたいな感じ……かな?」


 エルムは必死に弁明しようとする俺をあざ笑うかのように、俺の右腕に身を寄せてシスターモモに笑顔を見せると自らの気持ちを語り始めた。


「天界ってね女の子ばっかりの職場なの。男は創造神さま一人だからね、『好き好き神様!』って娘が多いんだけど、中には孤独で魔に落ちちゃう娘や百合になっちゃう娘、腐っちゃう娘も少なくないのよ」


「おいおいこの女神、とんでも無い事をぶっちゃけてるぞ」

『マスター、ボクに振られても回答に困っちゃうよー!』


 俺とティーの会話が聞こえていない訳が無いのだが、まるで聞こえていないかのようにエルムは語り続けた。


「私はね、長い間ずっとずっと我慢してきたの。信徒のみんなが幸福で、豊かな世界で愛し合えるように……ってね。くる日もくる日も幸せになっていく恋人たちを見守り続けたわ。でもある日思っちゃったの『うらやましい。』って。私もみんなみたいに幸せになりたいって。勇者さまとモモちゃん見てて私も混ぜて欲しいってね。ダメ……かな?」


 エルムの告白を聞いたあと、シスターモモに視線を移すとびっくり! 彼女はマジのがん泣き状態だ。えーっ、今の話しの何処に泣き要素あった?


「ぐす、エルム様、ダメぢゃ無いです。でも、わだじ女神様とおだじ人を好きでいでもいいんでふか?」


「もちろん! 彼はね私のだから、嫉妬しちゃう気持ちもあるけど、それを含めて【愛】だからね。これでも私、愛の女神だから」


「「ぶ━━━━っ!」」


 俺と神父さまが同時に吹き出した。全く身に覚えが無いのに『女神さまの初めての人ってどういう事だ!』とオーガが詰め寄って来る。シスターモモは顔を真っ赤にして茹でだこ状態だ。


「え、エルム、お前またテキトーな事を……」


 エルムは慌てて否定する俺から少しだけ視線を外すと、右手で軽くくちびるを隠すように触り、視線を戻すと顔を赤らめた。


「いや、待って。だ、だ……だってあれは生命力……」


「ビート様、往生際が悪いです。してしまった事はお認めになって下さい。私、そんな事ではビート様の事、嫌いになったりししませんから。むしろ私だってして欲し……モゴモゴ」


 最後まで聞き取れなかったが、シスターモモまで顔を真っ赤にしてとんでも無い事をおっしゃるので、ほらパパさんが赤鬼になってしまったじゃないか!


はーっ、もう今日は体よりも俺のガラスのハートが痛いんですけど……。


 こうして俺は二日後、二人のかわいい道案内とお荷物を追加して王都を目指して旅に出る事になった。




 ━ダグの村魔獣討伐編━ 完

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