第14話 落下せし物。

 エイトフロアーの起こした竜巻にかなりの高さまで舞い上げられた俺は、当初かなりパニック状態だったのだが……。


『うわっ、わ━━━━っ、助けてーマスター!目が目がぐるぐるしてしんじゃうよー!』


『くは━━っ、ご主人さま、目が回って、胃がひっくり返ったような感じで吐きそうでふ━━! 気持ち悪いでふー! でも、ちょっと有りかも━━!!!』


 こいつらの反応パニックぶり見てたらマジ引いた。


 でもそのおかげでちょっとだけ冷静になれた気がした。そばで目を回してきりもみしているティーをむんずと掴むと胸元に押し込んだ。


「ナーゲイル、落ち着け! お前はこの程度でどうにかなっちまう剣なのか?」


『ご主人さま……。行けます! 初めての感覚にちょっと、はしゃいじゃっちゃだげです』


 ちょっと噛んでる所を見ると少し無理をしているのだろう。だが、いい心がけだ。


 俺は昔、会社の同僚にスカイダイビング体験が出来る施設に無理矢理連れて行かれた事があった。同期の女の子達に良い所を見せたい同僚たちが俺を噛ませ犬として誘ったのだ。


 その時、自分の空中でのバランス感覚が思っていた以上に優れている事を初めて知ったのだ。同僚たちは面白くない風であったのだが、どうせさして仲が良い訳でもないのでその時は気にせずその感覚を楽しんだ。インドア派の俺が、まさかあの時の経験が生かせる状況が訪れるとは思いもしなかった。


「ナーゲイル、お前に俺の足を固定する事は出来るか?」


『で、でで、出来るか分かりませんが、イメージ実体化の要領でやってみまふ!』


 俺は幅広の剣をボードに見立て、その上に足を固定すると空気の抵抗力を利用してスノーボードの様に風を切り裂いて滑空した。


 風の抵抗力で吹き飛ばされそうになる剣を足腰のバランスで抑え込む。剣の刃で空気を切り裂き、エッジを利かせつつバランスを取って竜巻の中を滑る様に飛行していく。


「ふぉう、やぁあぁぁぁ!!」


 大声で叫び、気合いをいれる。身体能力が強化された状態であっても体に掛かる負担は尋常ではなかった。だが、それを気力で押さえ込み竜巻の中を降下していく。


「ナーゲイル、お前最強の盾とか言ってたが、それは剣として硬いだけか? それとも……」


『ぼぼぼぼ、防御結界をてんかふぃ出来ますぅうぅぅぅぅ。』


「上等っ! 着地の瞬間、地上側にそいつを展開しろ、行くぞ!!」


『ふひぃ! りょうきゃい!!』


 俺は出来るだけ地面に激突する力を逃がせる様に、剣の切っ先を少しだけ持ち上げると腰を落として衝撃に備えた。


 着地の瞬間、剣と大地の間に刀身より巨大なかえでのような形の白い光が展開され、衝撃を大幅に軽減させた。大地に積もった灰を巻き上げて地上を百メートル以上も滑って行く。


『痛っ、痛いたいたいた! 痛った━━━━━━い!!』


 ナーゲイルは地面との摩擦で防御結界がガリガリと削られていくと悲鳴をあげていた。

 かなりの距離を滑ったのち、俺たちは燃えカスとなった木の切り株に激突し、数メートル先まで放り出された。身体強化がなければ確実に死んでいただろう。


 大の字になってぶっ倒れている俺は、舞い上がった灰を吸い込んで派手に咳き込んだ。


「ゲホッ、な、ナーゲイル、ゲホッ、だ、大丈夫か?」


『なんにょコレしき、むしろご褒美みたいニャもんでござるよ!』


 口調がおかしくなっているが、内容はブレていない。とりあえず大丈夫そうだ。

 体を起こそうと身をよじった俺の視界に、灰を巻き上げて眼前に迫るエイトフロアーの姿が映った。


『ヤバイ、回避間に合いそうにねぇ!』


 回避する事も、手から離れたナーゲイルを呼び寄せて防御結界を展開する事も間に合いそうに無い。そんな距離まで迫っていたエイトフロアーはその巨大な牙で俺を串刺しにすべく頭を少し下げて狙いを定めた。


 ドンッ! と突如響く爆発音! エイトフロアーの右側面に火柱が上がり、バランスを崩して俺のすぐ左をすり抜けたあと転倒した。


「ビート様!」


 ピンクの髪をなびかせた修道服の少女は俺に向かって叫ぶ! 彼女は布で編んだ紐と皮革ひかくで作った簡単な投石器でマイマインをエイトフロアーに投げ当てたのだ。


 もう一度、皮革の部分にマイマインをセットすると右腕で紐ごとブンブンと回転させ、エイトフロアーに向かって真っ直ぐに腕を振る。


 投石器は、紐の片側がシスターモモの右腕に革バンドで固定されており、ある程度回転を付けてから反対側の紐の手を放す事によって、皮革部分に納められた物を遠くに飛ばす簡単な仕掛けの道具だ。


 2発目のマイマインの投てきが命中し、エイトフロアーの脇腹で爆炎をあげる。


「ビートさまぁ!!」


 灰まみれでへたり込んでいる俺に、シスターモモは両手を広げてダイブし抱きついた。


「街道で竜巻みで……ビート様とばざれてて……おじてぎて心配でひんぱいで、いぞいて走ってきた……のぉ」


 涙で顔をクシャクシャにして泣いている彼女を抱き止めるとぎゅっと抱き締め頭を撫でた。泣き声が混じって何を言ってるか分かりにくいけど凄く心配かけてしまった事は伝わった。


「心配かけてごめん、俺は大丈夫だから」


『マスター、まらラメレス。エイトほろあーはまたまだ死んでらりぇましぇん』


 懐からちょこんと顔を出したティーが、まだ目が回ったまま警告した。


『ビギャィィィィ!』


 エイトフロアーは一声吠え、巨大な身体を捻ってからだを起こすとすぐさまこちらに突進して来る。


 俺は左手でシスターモモを抱えたまま立ち上がるとエイトフロアーに向かって走り出す。


「来い、ナーゲイル!」


 俺が叫ぶと蒼い光が右手に飛び込んで来た。柄の部分を掴むと花のつぼみの様に折り重なって纏まっていたつばが花が開く様に広がっていく。蒼い光が柄から伸びて幅広の刀身になると、銀色に輝く片刃が寄り添い全体が青白い炎に包まれる。


「ビート様、その剣は!?」


 俺に抱きついたままのシスターモモの目が剣に釘付けになった。俺はビュンと横一閃に剣をふるうと一言。


「拾った」


 眼前には伝説の魔獣が迫る危機的状況の中、俺とシスターモモは顔を見合わせると………プッと吹き出し笑った。



 ーつづくー

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