第13話 強化されし者。

 俺ははゴクリとつばを飲んだ。背筋がゾクリとする程の威圧感を遥か彼方の森の中から送って来た魔物は、日比斗をロックオンすると木々をなぎ倒し、土煙と灰を巻き上げ真っ直ぐに突っ込んで来る。


 待って待って、アイツなんであんなにも怒り狂ってるんだ。俺の呟きにティーとナーゲイルは焼け残った灰と炭になった森をぐるりと見渡すとうなずき合った。


『おとなしく暮らしてたのにねぇ……』


「こんなにされたらねぇ……眷属こどもたち焼き払ったあげく、自分に傷を負わせた因縁の聖剣手にしてる勇者さまを見たら、それは怒りますって」


「まるで他人事だな、ナーゲイル!」


 俺がディスられている間にも憎悪をみなぎらせた赤黒い焰は猛スピードでこちらへと突進してきた。近づくにつれその姿が明らかとなる。

 周りに比較する物が何もないので正確には分からないが、とても巨大な牙を持つドデカイいのししがこちらを目指し突進してきていた。


「くそっ、やるっきゃないか! ドデカイとはいっても所詮いのしし、当たらなければどうという事はない!」


 ゴブリンの時もそうだったが、怖くない化け物なんていない。心を奮い立たせる為に、どこかで聞いたことのある台詞を吐いてみたのだ。


『マスター来ます! 猪型魔獣スーパーエイトフロアーです』


 ティーがアシスト妖精の仕事だとばかりに、魔獣の名を叫ぶ!!


 魔獣スーパーエイトフロアー………ん?

 超……八階………猪八戒!?


「駄洒落かっ!!」


 俺の突っ込みと同時に目前に迫るエイトフロアー! 突進によるスピードを乗せて建物の二階ほどもある巨体で俺に迫る。確かにスピードはある。だが、真っ正面から山手線に突っ込まれた事の ある俺にとってはどうという事もないスピードだ。


 ギリギリまで引き付けてから左へと飛ぶ!


「………って、えぇっ??」


 思わず声が出てしまった。進路を急変更されないようにギリギリで跳躍したつもりだったのだが、元にいた場所から十メートル以上も跳躍してしまった。それこそ走り幅跳びの金メダリストもびっくり……いやびっくりどころではない飛距離だ。


「なんじゃこりゃ━━っ!!」


 思わずどこかで聞いたことのあるような叫び声をあげてしまったのだが、びっくりどころではなかったのは跳躍だけではなかった。走るスピードも反応速度も尋常ではないのだ。


 スピードを落とさず、大きく旋回してUターンしてきたエイトフロアーの突進も軽々とかわすと、いきなり頭のなかにナーゲイルが直接語りかけてきた。いわゆる念話だ。


『ご主人さま、このたびわたくしめと血の契約を頂き誠にありがとうございます。ご契約特典といたしまして、私めを存分に利用して頂くために、装備している時に限りまして【身体強化】能力の付与をさせて頂いております。ステータスご確認の上存分にご利用下さいませ。』


「成る程、そいつは助かるぜ、ナーゲイル! それにしてもずいぶんと堅いしゃべり方だな。最初からそれならもう少し印象良くなったかも知れないのにな。」


『あははは……、この台詞は神様に作って頂いた時の仕様なもんで、まあチュートリアル的なもんの一部ですかね。僕としては今の僕の様にラブリーな愛されキャラ的なモノを全面に押し出して、勇者様の心にグサリと刺さるキャラ付けをしたかったんですけどね。……剣だけに! ぷっふふふ……』


「ティー、この戦いが終わったらこの剣埋めて帰ろう。」


『激しく同意です、マスター』


『あわゎわゎゎゎ……なななん、なんでなんで?? プレイ? そう、プレイでふよね』


 念話なのに噛むって……。ナーゲイルの動揺が剣全体に伝わっているのか、ガクガク、ブルブルと震えだした。


『うめうめうめ……埋めるのだけは許して下さい! アイツに土をかけられて踏み固められて、石みたいに固くなるまで踏まれて踏まれて踏まれて。話し掛けても誰も誰も誰も気付いてくれなくて、寂しくて、悲しくて……。ずっずずずずっ……』


 鼻水をすする音まで伝わるなんて、こいつの念話はどうなってやがる。


 だが、俺は……こいつのせいで嫌な事を思い出しちまった。中学の頃だ。俺にはちょっと憧れてた女の子が同じクラスにいた。彼女に声を掛ける勇気のない俺は、成績が良くなれば何かきっかけが作れるのではと勉強を頑張った。頑張って、頑張って、頑張ってクラス内で1位の成績を取るまでになった。


 だが、そんな俺を待っていたのはスクールカースト上位者たちからの嫌がらせ……いじめだった。出る杭は打たれる。パッとしない新参者の俺はカースト上位に入り込んだ【虫】だった。


 害虫駆除は卒業するまで続いた。そしてその中に俺の憧れの彼女もいた。俺と関わる事で自分にも被害がおよぶ事を恐れたクラスメイト達は傍観を決め込み、俺に救いの手は差し伸べられる事は無かった。



 寂しくて、悔しくて、悲しくて……。



 だから俺は透明人間になった。


 目立たず、騒がず、誰かの役に立つ事もない。学校でも会社でも、いるのかいないのか分からない透明人間に………。


『うっうぅぅ……うぇっぐす……ふぇん。』


「お前、人の心を読んで念話で泣いてんじゃねぇよ、ナーゲイル!」


『だって、ご主人さま。だって、だって……何も、ご主人さまは何も悪くないじゃないですか』


「人間なんてそんなもんだ。だけどあの時、誰か一人でも手を差し伸べてくれていたら……もう少し違う景色が見えていたのかも知れないな」


『ご主人さま………』


 だからなのだろうか、女神エルムに『助けて!』と言われた時、村人たちやフィルスさんが『これできっと村が救われる』と言った時、俺が救いになるのなら……救いになれるのならば………とつい手を差し出してしまったのかも知れない。とんだお人好しである。


「済まなかった。お前を埋めたりしない。だから、俺に手を貸せ、ナーゲイル!」


『よ、喜んで!!』


「お前は居酒屋か!」


 剣の震えはもう止まっている。むしろ何らかのエネルギーがこちらに流れ込んで来ている気さえするのだ。


 一方、魔獣エイトフロアーは全力の突進を全てかわされ、距離を取って警戒しつつも俺たちの周りでこちらを観察しながら、次なる攻撃の準備し始めていた。


『マスター、来ます!』


 エイトフロアーは俺を中心に周囲を高速で走り出した。空気が震え、風が周囲の灰を巻き上げ竜巻が起こる。


 舞い上がる灰で視界を奪われた俺はバランスを崩し、つむじ風に舞い上げられる落ち葉のように軽々と空へと巻き上げられてしまった。



 ーつづくー

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