第13話 再会

 荒野を見渡せる太い木の枝に、ゼイダと二頭の大きなオオカミが座っていた。

しばらくすると、荒野に軍勢がぞろぞろやって来た。その時、ゼイダの隣に座っていたオオカミが頭を上げ、スンと鼻を鳴らした。ゼイダも何かに気づいて首を長くした。

「あれは……」

 軍勢の先頭を歩く、乗馬した男に見覚えがあった。龍の鱗のようにツヤツヤと光り、風の思うままに軽く広がる真っ青なマント。見間違えるはずのない、世界にたった一つしかないマントを羽織るのは、レッドだった。

「あの弱腰王子が、軍を率いている。戦の相手は誰だ?」

 レッドの軍の反対側に、新たな軍勢がやって来た。騎乗の大きな鎧に身を固めた男が率いる軍勢は、ゴールド王国の深紅な国旗をはためかせている。

「あはは。敵はバステアス王じゃないか。明らかに王の軍勢がレッド王子の軍の何倍もいる。何ともおかしな光景だねえ。なるほど。それじゃあ、これだけ強力なまじないでもかけておかねば勝算はないわけだ」

 その時、遠くのバステアス王の影から、黒いマントが空に飛んで行った。それは魔術師ハビカスだった。ゼイダの耳がぴくっと動き、ゼイダは空の高いところに浮かぶハビカスを睨んだ。

「あれは……、魔術師ハビカス」

 ゼイダは立ち上がり、二頭のオオカミの頭を撫でた。

「道を開くから、お前たちは仲間を呼んできておくれ。頼んだよ」

                ****

 地上から空を見上げたレッドは、ハビカスを睨んでいた。その姿が心配になり、ウイルは「レッド王子」と声をかけた。

「ウイル、もしも私が怒りに我を忘れた時は、お前が私を止めてくれ。私は、今の自分でいることに精一杯なのだ……」

「はい」

 ウイルはチェンが去り際に言った言葉を思い出した。

「レッド王子から決して離れるでないぞ。レッド王子が、怒りのままに剣を振った時、王子を守れるのはお前だけなのだから」

 空を見るレッドの肩をポンと叩くと、レッドがようやくウイルに振り向いた。

「私は、レッド王子を守るためにここにおります。何があっても、離れませぬ」

「ああ」

 すると、バステアス王の軍勢の方から太鼓の音が鳴った。開戦が迫っていた。

「行ってくる」

「お気をつけて」

 レッドは馬を降り、一人敵陣へと進んで行った。それは、チェンに連れられて入った森の中で話した作戦だった。チェンはレッドに言った。

「バステアス王は、一度攻撃されれば敵とみなし、火のように戦場をかけ一気に勝敗を決めにきます。そのような方に対して、剣を一度でも向ければ、レッド王子の思うような戦にはなりませぬ」

「父上を傷つけず、兵士たちをも守るには、私に敵意がないことを示さなくてはならないわけだ。ならば、私には鎧は不要だ。炎さえもろともしないマントもあるからな。他の者には自衛のために鎧を。万が一、攻撃をしなくてはならなくなった時のために武器を。私は、私の声を父上に届けたい。私には、父上に刃を向ける意思はないということを示したい」

「ならば、大鹿の角の弓は最後の最後まで見せてはいけませぬ。その弓矢は、王の心の闇を晴らす力を持っている。それを引いて良いのは、あなたの想いが伝わらなかった時だけです」

 荒野に一人レッドが歩いてくる姿を、バステアス王はじっと見つめた。レッドの目には、強い意思があるようだった。バステアス王は右手を上げると、弓矢隊が矢を持ち弓を構えた。「打て」と低い声で指示すると、弓が引かれた。

 レッドの上に雨のように矢が降ってきた。青いマントの裾を持ち上げ、身を隠すと、マントに当たる矢は水が流れるように地面に落ちた。振り払ったマントにもレッドの体にも傷は一つもなかった。まっすぐ立つ姿に、バステアス王の軍に動揺が広がった。

「バステアス王よ!私はあなたと戦う意思は一切ない!どうかこのまま国へお帰り下さい」

 レッドの叫ぶ声が戦場に響く。バステアス王は低い声で呟いた。

「奴は何を言っているのか。兵士にしっかりと鎧まで身につけさせ、武器も用意して、ここまで来ているというのに」

「この戦は、我々親子だけですればいい。集まった兵には、何も関係のないのだ。すぐに解散の命を下されよ!」

「違う。レッドは理解していない。この戦の意味を」

 もう一度、バステアス王の右手が上がると、弓を引く音が鳴った。

「私はお前と、お前に従う者たちをこの世から消すために、この戦を起こしたのだ」

「父上、どうかお聞き届けを…」

 再度、レッドの上に矢が降った。マントの裾に触れた時、レッドの上に影が落ちた。見ると、麻のマントを羽織る馬と頭が並ぶような身長の者がレッドの前に立っていた。矢は麻のマントの上で雨水のようにはじかれ落ちた。

「お前は、ゼイダ!どうしてここに」

「通りかかった荒野で戦の気配がしたものだから、オオカミと見物して行こうと思っていたんだ。そしたらそこに君が来たんだ。驚いたよ。しかも相手はバステアス王ではないか。君は鎧もつけずにいるし。一体何をかけた戦なんだい?」

「父上を、救うための戦だ」

「救う?また君は、甘いことをいう」

 その時、後方にいるレッドの軍から驚いたような声が上がった。振り返ると、兵士たちの後ろに大きなオオカミが何十頭もいるのが見えた。

「ゼイダ、あれは」

「加勢してあげようと思って、急いでマイアから皆を呼んだのさ。レッド王子、バステアス王は君の言葉を受け入れる気は全くないみたいだよ」

「わかっている。だけど…」

「僕は嫌な気持ちだ。友人の想いが届かないのを、ただ見ていることはできない。言葉の通じない奴に手っ取り早く伝わるのは、痛みだよ」

 するとゼイダは前に腕を伸ばし、手のひらを見せた。レッドが「やめてくれ!」と言ったが、そこから目に見えない空気の塊を打ち込んだ。それがバステアス王の横に立つ兵士たちに当たると、音もなく空中に浮かび、まるで花びらのようにゆっくりと地面に落ちていった。

 ゆっくりと浮遊する兵士からは驚く声、恐ろしくて叫ぶ声が上がった。ようやく地面に着地したとき、すぐに立ち上がれる者は少なかった。さらに反対側の兵士たちにも同様のことが起こる。

 バステアス王は剣を抜き掲げた。

「これは攻撃である。戦う意思は一切ないなど、やはり戯言だったのだ」

 対抗の兵士が身構えた様子を見て、ゼイダはクスクスと笑った。

「単純な人でよかった。これで君の言葉も通じるだろう」

「違う。争いを望んでいるわけではないのだ」

「だが、あちらは望んでいる。そして、その意思に火がついた。もう止まらない」

「ゼイダ!」

「傷つかなければ、止まれないこともある。傷から聞こえる声もあるんだよ」

 レッドはバステアス王の軍を見た。兵士が手に持てるだけの武器を構え、気を高ぶらせているのがわかる。特に目についたのは、バステアス王が掲げる剣だった。それはバステアス王の記憶で見た、母を斬った剣だった。

 その時、馬に乗ったガジンがやって来た。

「レッド王子、お戻り下さい。剣を振り上げた王がその刃を鞘に収めたことは一度もありません。本陣に戻り、指揮を」

「レッド王子、あの耳にちゃんと言葉の通じる穴を開けてやりなさい。それは、きっと君にしかできないよ」

 レッドは俯き、拳を強く握った。しかし迷う暇はないようだった。

「…わかった。戻ろう。旗を上げるよう、皆に伝えてくれ」

「承知致しました」

 ガジンは馬を走らせ、横並びの軍を一気に走り、レッドの意思を伝えた。軍に戻る間に青い旗が上がり始めるのが見えると、レッドはとても情けなく思えた。

 止められなかった。止めるだけの思いを伝えられなかった。なんて情けない。

 レッドが自分の馬の手綱を手に取ると、周りから「レッド王子」と呼ぶ声が重なった。それは兵士たちからの声だった。

「レッド王子、共に戦おうとする者たちの声です。あなたの力になりたいと思う者たちが、ここにいるのです」

 ウイルがレッドに言った。初陣の時、隣にいた懐かしいウイルの姿と重なった。レッドは剣を抜き、空に掲げた。するとレッドの軍から「おおー」という声が上がった。戦場の空気が震えた。

「君はひどい奴だ」

 隣に立つゼイダが言った。

「何のことだ」

「戦をするのなら、僕にも言ってくれれば良かったんだ」

「これは親子の戦だ。他人のお前を巻き込むわけにはいかない」

「レッド王子、バステアス王を救うと言っていたねえ」

「そのための戦だ。そして、空で笑うあいつを…」

 レッドは顔を上げ、空の黒い影をじっと睨んだ。それを見てゼイダは「ほう」と声を出した。

「君もそんな顔をするんだ」

「ゼイダ、情けないことを言うが、私は今になって、お前の苦しみをわかったのだ。誰かを恨んだり、憎んだりすることは、こんなにも苦しいことなのだな」

「…そうだね。だけど、そこから救われることがあるんだよ。僕は甘っちょろいことばっか言う君に、その苦しみから救われたんだ。前に言ったよね。君の矢は闇を射るって」

「ああ」

 それはマイア国でゼイダに向けて放った大鹿の角の弓矢のことだった。森の中でチェンが言った「その弓矢は、王の心の闇を晴らす力を持っている」という言葉が思い出される。レッドはマントの裏にある弓矢を触った。

「大丈夫。君なら王のことだって救えるよ」

「ゼイダ…」

「ちなみに僕は魔術師ハビカスを打たせてもらうよ。僕は、奴にはまだ何もしていないんだからね」

 ゼイダは顔を上げると、赤い瞳を細くして、空に浮かぶハビカスを見た。「それに」と言いながらレッドに振り返ると、二人は鼻と鼻がぶつかりそうなほど顔が近づいた。レッドは急なことに驚いた。

「今の君じゃあ、ハビカスの言霊に簡単に心を食われるよ。怒りは、簡単に心に火をつけ、体を燃やすものだ」

「何を勝手なことを言っているんだ。私がハビカスを」

「ダメだよ。君には、救いたい者がいるのだろう?守りたいものがあるのだろう?それを忘れちゃダメだよ」

 ゼイダが指をレッドの額に当てると、頭の中に人々の具体的な光景が映し出された。バステアス王の姿。ガジンやウイル、ブルート、アリス、ムツジ、「レッド王子」と声をかけてくれた兵士たち。リオの姿。

 指が離れると、ふっと頭の中が空っぽになり、とてもスッキリしたような気がした。

「少しは頭が冷えたかい?」

 レッドは「ああ」と答えた。レッドは、自分が感情のままに頭の中で複雑に物事を重ねて考え続けていたことに気づいた。

「聞いたんだよ、カカ殿に。あいつがどのようにして龍の国を見つけたのか。風を追って来たんだって」

「風?」

「龍がどうして空の賢者と呼ばれるかわかるかい?空を飛ぶからではないよ。空に浮かぶ思念を食らうためさ」

「思念を…食らう?」

「そう。肉体を失った者が残す思念、怨念のようなものだ。それが、まるで雲のように集まるのさ。それを食らうために、龍は戦の匂いがすると風を起こすのさ。思念はその風に流れ、龍の国に集まっていく。それを利用された。よく研究したものだ」

「つまり、龍の国を狙うハビカスは、この戦でも同じ方法を使うかもしれないのか」

「かもしれないだ。奴は風を追うためにああして浮いていると考えてもいい。君は浮かべないだろう?だから私が止める」

「お前、飛べるのか?」

「なめてもらっちゃあ困る。これでも森の賢者殿に認めてもらえた魔力は持ち合わせているのだから」

 その時、正面から太鼓の音が聞こえた。深紅の旗が波打つようにいくつも掲げられると、レッドの前にも大きな旗が上げられた。風になびく大きな音がする。その旗の先を見ると、空に黒いマントがひらりと浮かんでいるのが小さく見えた。ゼイダはそれをまっすぐに見つめていた。

「さあ、始めようではないか」

 レッドは剣を空に向かって突き上げた。心臓がバクバクと大きな音を立てている。落ち着けと念じた。息を整え、耳を澄まし、目を閉じた。

 私は、父上の心を救う。ハビカスが龍の国に行くことを止める。ガジンやウイル、城にいるアリス、ムツジ、一緒に戦ってくれる兵たちを守る。そのために、剣を握ろう。リオ、君のことも絶対守るよ。

 風がやみ、一瞬の静けさが通り過ぎる瞬間、レッドは目を開き、剣先を深紅の旗へ向け「出撃!」と声をあげた。同時にバンバンという太鼓の音が戦場に鳴り響き、土煙が上がり始めた。

「出撃ー!!」

 ガジンの大声が響くと、レッドの軍が一斉に前に駆け出した。人や馬、オオカミが勢いよく駆けていく。ゼイダは前に手を伸ばし、手のひらを広げると、見えない気の塊を敵兵へ飛ばした。人の影がふわっと空中に浮かび、まるで花びらのようにゆっくりと落ちる。ゼイダは愉快そうに「あははは」と笑いながら前進し、次々に打ち込んでいった。

 バステアス王の兵士が次々に空中でひらひらと浮かんでいると、その間から弓矢の雨と大砲が飛んできた。大砲の弾が前進していくレッドの軍に落ち、爆発を繰り返した。

「次の大砲来ます。徐々に距離を詰めて参ります。気を付けて」

 レッドの隣でガジンが望遠鏡を覗いていた。レッドは戦場の様子を見つめ、耳を澄ませ、状況を把握しようとした。先に進んでいく兵士たちが少しずつ倒れていく。しかし、ゼイダの魔術で浮いて落ちた兵士の体力の消耗も見てとれた。

 すると、レッドの前にブルートが立ち、その前に弓矢を構えた兵士が立ち、空に向かって弓を引いた。

「良いか。あちらは身内の軍である。ゆえに知る顔も多くあると思う。引けぬ者は後ろに下がり、兄上を守れ!!」

 ブルートは指揮棒を振り下ろし、「打て!」と声を上げた。そのブルートがレッドに振り返り、ほくそ笑んだ。

「兄上は運がよろしい。本日は追い風だ。こちらの矢はよく飛び、あちらの矢は飛んでこない」

「その通りですぞ。ブルート王子!」

「ガジン、お前には言ってない!」

「いや、さすが幾多の戦場を王と共に過ごされていると、大変関心しました!」

「うるさいわ!私を誰だと思っている!」

 指揮棒を掲げ「二段目、構え!」と指示するブルートの姿は、さすがに戦場に慣れているようすだった。レッドはとても頼もしく思った。

 しばらくすると、空が曇り始めた。雨雲の様子とは違った。灰色の雲が戦場の上を埋め尽くした。ゼイダはそれを見上げると、ふわっと浮かび、黒いマントを羽織るハビカスと並んだ。

「やあ、魔術師ハビカス」

「…森の賢者、ゼイダ」

「直接会うのは初めてだねえ。前は人間の目から覗いていたろう」

「お会いできて光栄です」

「今日はどうやって龍の国を見つける気だい?」

「…よくお分かりになってらっしゃるようだ。レッド王子とはどのようなご関係ですか?」

「友人だ。悪いが、龍の国には行かせないよ」

 ハビカスはニヤッと口を大きく開けて笑った。「ヒヒヒヒ」という笑い声を上げると、ハビカスは掲げた杖の上に大きな火の玉を出し、ゼイダに投げた。

                ****

 龍の谷では、リオは空をボーっと見ながらカカにもたれていた。すっかり服を着ることに慣れていたリオは、衣装を着て、首からレッドの懐中時計を下げていた。その時、カカが何かに気づいたようにぐぐっと首を空に伸ばした。

「カカ、どうしたの?…戦?そんなに近くで」

 カカは首を下ろし、顔を近づけリオの頬を撫でた。

<多分、そこにレッドがいる>

「レッドが、戦をしているの?」

<そして、そこには魔術師もいる>

「あの魔術師と戦っているの!?」

 リオは立ち上がり、レッドがやって来る森の方を見つめた。

<レッドは、あなたとこの国を守ろうとしている>

「え…」

<だから、あなたをここに残したのよ。ここにいることが、あなたの幸せだと…>

「それは、レッドが言っていたこと?」

<ええ>

 リオはレッドと会った最後の夜のことを思い出した。レッドは「すまない」とだけ言っていた。それがどういう理由なのかを知らないまま、リオはただ離れていくレッドを想っていただけだったことに気づいた。

「私を守るとか、私の幸せとか…。私を置いて行ってしまったくせに、どうしてそんな複雑に考えて」

 その時、アリスの声が頭の中に響いた。

「愛は複雑なのよ、リオ」

 胸元から懐中時計がチクタクと音を立てている。両手で懐中時計を包み、時計の針が動くのを見た。レッドと離れてから、ずっと懐中時計の音も針の動きも胸をしめつけるので、聞かないように、見ないようにしていたが、目の前にある懐中時計は、リオに胸の高鳴りを知らせているようだった。

「誰よりも、あなたのことを愛してるってこと」

 リオの目に涙が溢れた。カカにそのような姿を見られたくなかった。リオは両手で顔を覆い、声が漏れないように喉の奥でぐっと力を入れた。

<リオ、あなたはどうしたい?>

「カカ、ごめんなさい。ごめんなさい…」

<謝ることは何もないわ。あなたのしたいようにしなさい。自由に生きていいのよ>

 リオは顔を上げた。すると目の前にカカの顔があった。ぎゅっと抱きしめ、小さい声で言った。

「レッドに会いたい。私は、レッドを愛してるもの」

<知っていたわ>

「…行くわ、私。レッドのところへ。レッドを助けなきゃ」

 カカは金色の目でじっとリオを見つめてから、ゴロゴロと雷のような音を鳴らしながら立ち上がり、銀色の翼を広げた。首を空に長く伸ばし、空気を震わす音のない声を上げた。すると、青い空からビビが降りてきた。

 カカとビビは目を合わせ、互いにゴロゴロと音を鳴らした。リオは杖を手に持ち、カカの背に乗った。

「ビビ、谷をお願い」

 ビビは目をつむり頭を下げた。カカの翼が動くと、谷には強い風が立った。ゆっくり浮き上がり、風に乗ってカカが谷を離れていくのをビビは見つめていた。

                ****

 地上では、バステアス王の軍とレッドの軍が入り乱れ剣を交えていた。倒れこむ者は多かったが、血に溢れることのない戦場は、ゼイダにはとても不思議な光景に思えた。その時、戦場にはなかった匂いがした。ゼイダはスンと鼻を鳴らすと空を見上げた。ハビカスが覆った灰色の雲の中に、流れの違う雲があった。

 その雲を見ていると、耳元でボッと火の燃える音がした。反射的に体を反らしたが、ゼイダの耳元でハビカスの火の玉が爆発を起こし、回避に間に合わず、ゼイダの耳奥で鼓膜が破れた。ゼイダは耳をピクピクと動かした。

「よそ見とは余裕ですな。森の賢者様」

「ははは。余裕も余裕だよ。君みたいな脆弱魔術師なんてね」

「脆弱だなんて、ひどい言われようじゃないですか」

「…だって君、気づいてないだろう?」

「何?」

 その時、空中のハビカスとゼイダの間を大きな影が一瞬で通りすぎ、地上に大きな塊が落ちた。その衝撃は強い振動と大きな音となって地上を震わせた。土煙の上がる中、塊からは翼と尻尾が伸び、長い首が伸び、金色の瞳が光った。

「カカ!」

 すると、カカの背中にムクッと起き上がる影があった。それは土煙が風に流れていく中、青く長い髪をフワッとなびかせた。

「リオ…」

 銀翼の龍の上に、リオは立ち上がった。独特の草花の模様の青い刺繡のあしらわれた衣装を着て、先に鈴のついた杖を持ち、背筋をピンと伸ばしている。リオの金色の目が、真っすぐレッドを見つめる。

 レッドがしばらくリオを見つめていると、リオがプイッとそっぽを向いてしまった。内心、再会に少しだけ喜んでいたレッドはショックだった。

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