第12話 戦好きの王、戦嫌いの王子

 旧聖堂では、着々と戦の準備が行われていた。武器はほとんど城の武器庫にあるため、そこから武器や鎧を運ぶことは難しいと思われたが、城に残っているアリスが人の目を盗み、必要な物資を届けてくれていた。

 その日も明朝に弓矢や鎧が荷車に乗って到着した。その荷車の後方にちょこんと座っていたのは、薬売りのチェンだった。兵士たちはチェンを歓迎した。皆がニコニコと笑って出迎えた。

「やあやあ、皆ごきげんよう。健やかそうで何より。ほっほっほ」

「チェン!」

「レッド王子、薬売りのチェンが参りましたよ」

 レッドは荷車から降りたチェンを見つけると、嬉しそうな声を上げ、チェンに近寄っていった。チェンは胸元から手紙を出すとレッドに渡した。

「アリス様からのお預かりものです」

「アリスから?」

 レッドは受け取った手紙を広げた。

『レッドお兄様、城では毎日のように「レッド王子を倒せ」という乱暴な言葉が、飛び交っています。事前にガーベルに言って、もしも城に薬売りのチェンがやって来たら、その足でレッドお兄様の元へ向かわすよう伝えてありました。チェンは無事、到着しましたか?私は、このような身内での戦はとても悲しいです。きっとレッドお兄様もそうなのではないかと思います。同じ国の空で生きる者たちが傷つけあうなどあってはなりません。できるなら、誰も傷つかぬよう、お父様のお心をお救いできるよう、戦を進めて下さいまし。レッドお兄様、ブルートお兄様のご無事のお戻りを、お待ちしております』

「アリス……」

「レッド王子、わしは主たる大鹿の角をいただいたお礼を十分にできておりません。何でもご命じ下さいませな」

「ありがとう、チェン」

 レッドは笑ったつもりだったが、その表情はとても切なかった。

「そのように寂しい顔をされますな。チェンがお力になりますから」

「……ありがとう」

 チェンは身長よりも長い杖でレッドの足や腰、腕や肩をポンポンと軽く叩いた。叩かれた場所がほんのりと温かくなった。

 夜になり、旧聖堂にたき火が灯った。兵士たちは地面に薄い布を敷き、横になっている。離れた場所で、ウイル、ガジン、ブルートが火を起こして横になっていた。そのすぐそばにある丸太に、レッドとチェンが並んで座っていた。

 チェンが城を発ってからのことを順に話した。ウルルグランの国境で戦があり、そこでブルートが”森の賢者ゼイダ”に捕まったこと。バステアス王の側にいる魔術師ハビカスの存在。そのハビカスが龍の国を襲い、龍の国の歌姫であるリオの命を狙っていること。リオと一緒にマイアに旅に出たこと。そして、龍の国に帰し、お別れをしたこと。

「お辛いことでしょう。人との別れは、刃を突き刺したのと同じような痛みがあるものです。私も、このようにしわくちゃになるまで生きていても、お別れはとても辛いものです。お別れをしたくなくって、薬売りなど始めたと言っても過言ではありません」

「そうだったのか?」

「それも薬を売る理由の一つ、というところです」

「そうか」

「戦嫌いのあなたが、実の父であるバステアス王と刃を交える日が来るとは……」

「違うよ、チェン。私が戦をするのは父上ではない。父上を無気病にし、度々戦を起こし、龍の国を探し、リオを捕えようとしている者。自分の欲望のためだけに父上を利用しているハビカスこそが、私の倒すべき敵なのだ」

 チェンは、レッドがじっと火を見つめて、そこから目を離さないことに気が付いた。うるうるとする目に火の姿が赤く映っている。束ねた髪や横顔の輪郭を、火の光の線がなぞっていた。

「何やら、いつものレッド王子とは違うような雰囲気が致します」

「そうだな。そうだな……」

 ふっと笑う横顔とは裏腹に、前のめりになり、指を絡めて握る手は、簡単にはほどけそうになかった。

「ハビカスは、自分のためだけに父上を利用している。ハビカスのために何十人、何百人もの人が犠牲になっただろうか。リオさえも、その手にかけられるかもしれない。……想像してしまう。私にとって最悪の状況を」

 手が震えるほど、握る力が強くなった。不安と怒りがレッドの頭の中を満たし始める。沸々と胸の中で形のない黒い何かが膨らむ感覚がする。

「嫌になる。ハビカスのことを考えることも、戦をすることも。だが、一番嫌なのは、この戦を利用しようとしている自分だ。今になって、怒り苦しんだゼイダの気持ちを理解している。私は、戦嫌いな自分がこんな気持ちで剣を握ろうとしているなんて信じられないよ。こんな自分がいるだなんて、知らなかった」

 体が熱くなっていた。内側から火がついて、体を燃やしてしまうのではないかと思えた。耳のすぐそばまで迫って来るように、目の前で燃える火の音が徐々に大きくなる。

「レッド王子、夜のお散歩でも行きませぬか?」

 まるで子供がいいことを思いついたような高い声を出し、チェンはゆっくり腰を上げた。

「火ばかり見ていると、心にも火がつくものです。それが刃になることもある。ですから、別のものを見ましょう」

 チェンはレッドの腕を取り「ささ」と引っ張り上げた。二人が森の方へ歩いていくのを、そばで横になっていた3人が顔を上げて見ていた。

                ****

 夜の森は月の真っ白な光を浴び、意外にも暗くはなかった。幹の線や葉っぱの輪郭が白く浮き立ち、そこから光が反射する。前を歩くチェンが、杖をカツン、カツンと鳴らすと、まるで木々の間を跳ねて飛んでいくように音がこだました。レッドはチェンの歩みに合わせて、森をゆっくり歩いた。

 自分の心臓の音がドクン、ドクンとはっきり聞こえるほど、森の中はとても静かだった。胸に手を当て、ゆっくり呼吸をしながら、落ち着けと命令した。

「……わしは、実はずっと知っとりましたよ。バステアス王のお体のことも、影に潜み、笑みを浮かべる魔術師のことも」

 チェンが小さな声で言った。

「どうして?」

「商人とは、人を見る目を持たなければいけません。目の前の人が、どのような状況で、どのような商品を欲しているか。観察して、会話して、本当に欲しているものをここぞと出して見せるのです。だてに何百年と薬売りをしているわけではありませんよ」

「何百年か。お前が言うと本当のことのように聞こえる」

「ほっほっほ。良く使う冗談なのです」

 チェンが足を止め、レッドに振り返った。

「本当は、戦などしたくないでしょう。戦嫌いのあなたですから。しかし、あのように人が集まり、戦の支度が進んでいる中で、それを言えるわけもない。だから自分のことは考えないようにするために、ハビカスという敵をのではないですか」

「敵をつくった?チェン、違う。それは」

「我を見よ。己を見よ」

 低い声がレッドの体を震わせた。チェンの杖がカツンと辺りに響く。

「レッド王子、大鹿の言った言葉を忘れてはいけません。ここでなら、あなたの思いを言葉にしても、木々がそれを吸って、穏やかな風にしてくれます。さあ、落ち着いて。我を見よ。己を見よ」

 レッドは「我を見よ、己を見よ」という大鹿の低く唸るような声を思い出した。自分の体さえ見えない濃厚な闇の中で、その声だけがレッドを導く。

 レッドは目をつむった。心臓の音が強く耳に聞こえる。

「……私は、戦が大嫌いだ。自分が人を傷つけることも、私が守れないばかりに、弱いばかりに、誰かが傷つくのも嫌なのだ。しかし、私には、この戦をする理由がある」

 レッドの頭の中にはハビカスのにんまりと笑う口元が浮かんだ。視点の合わない金色の目が、まるでレッドの心まで全て見透かしているようだった。それがとても不快に感じられる。

「ハビカスを捕らえ、自由にさせない。そうしなければ、父上が今のまま、無気病に苦しみ続けるかもしれない」

 ハビカスの後ろに背中を向けて立つバステアス王の姿が浮かんだ。

 バステアス王に触れた時に見えた、記憶の中にいるレッドの母、今は亡きベルガモット姫と過ごした穏やかな日々は、色鮮やかで明るい光景だった。それが黒く染まり、ベルガモット姫の姿が隠れていく。無気病に侵された心を覆う不安と恐れ、怒り。その心が凶器を取らせ、バステアス王に報われぬ後悔が積り続けた。

「私は、父上がこのまま一人でずっと苦しむのかと思うと辛いのだ。無気病のまま、心はもっと闇に侵される。いつか、その闇に食われ、自らにさえ剣を突き立てるのではないかと考えてしまう」

 その姿はゼイダと重なった。何十年もの間、一人でずっと報われぬ後悔を抱え込み、怒り、嘆いた。その感情は、自身の体にさえ刃を向けさせた。しかし、ゼイダの体は、何十年と蓄え続けた魔力のために、死なない体となっていた。そんなゼイダの怒りや悲しみを救ったものは、愛情だった。

「私は一人で抱え、苦しむ辛さを知っている。だけど、誰かと語らい、笑い合うことの喜びを知った。父上の心の奥には、それがほんのわずかに光っているのだ」

 風がレッドの耳を撫でると、その中にリオの歌声が聞こえた気がした。はっとして、目を開けると、森の中を淡い光の粒がいくつも飛んでいた。それは蛍よりずっと大きく、チェンが杖でつつくと、ふわっと方向を変えて浮遊していた。

「緑豊かな森にいる光虫こうちゅうです。可愛いでしょう。これらは記憶を音にして奏でます」

「龍の谷でよく見た光だ」

「聞いたことがあります。龍の国の光虫はこれより少し小さくて、強く光るそうですねえ」

「ああ。そうだった」

 リオの歌う声に似た音が、ささやくように聞こえる。レッドは月の光に向かって顔を上げ、呟いた。

「リオに会いたい。もう一度、リオの歌う声が聞きたい……」

「王子にとって、龍の国の歌姫は、光なのですな。バステアス王にとって、奥方様がそうであったように……」

 バステアス王の記憶に見たレッドの母、ベルガモット姫は、確かに光であった。とても温かくて、優しい光。

「私は、わかってしまった。闇に心が食われていく父上にとって、母や、兄弟が小さな光だということを。私は、その光を必死に守ろうとしている父上を、救いたいんだ」

 そのためには、魔術師ハビカスの存在がとても邪魔に感じた。どんなに大勢の人々が犠牲になっても気にせず、欲望のために何を破壊しても省みない。一番恐ろしいことは、リオから流れる血を吸い上げるように、ハビカスがリオを殺めてしまうことだった。

 ハビカスのことを考えるだけで怒りが沸々と湧いてくる。レッドの怒りは、ハビカスを捕えるだけではなく、ハビカスの胸に刃を突き刺したいという凶暴な衝動に変わろうとする。レッドは押し込められそうな理性を保つので精一杯だった。それが苦しくてたまらない。

 耳をかすめていく光の音は、陽だまりの中で笑うリオの姿を思い出させた。胸が苦しくなるほどリオとの記憶がよみがえり、涙がこみ上げてきた。

 もう会うことはないリオのことを守りたい。その思いが少しだけでもいいから自分を強くしてほしい。そんな自分を、いつか、リオが遠くから認めてくれたならいい。そう思った。

「そのためには、戦に勝たねばなりませんね。どのように勝ちますか?」

「……私にはほぼ実践がないから、戦略などは立てられない。ガジンやブルートにも力を借りて」

「本格的に戦をなさることが、あなたの戦の仕方でしょうか」

「どういうことだ?」

「お話下さったでしょう。”森の賢者ゼイダ”との戦い。オオカミも、ゼイダも殺さず、傷つけなかったと。私は、それがあなたの戦のやり方だと思うのです」

「誰も、傷つけず……」

「そうです。私は、その手助けとなるために来たのです」

 チェンは地面に置いていた薬棚をゴソゴソとあさると、布を出し、その上にたくさんの薬袋を並べた。

「私にも、王を助けるお手伝いをさせて下さい」

「チェン……」

「私には考えがあります。あなたを守り、バステアス王を守る戦の方法。そこでひっそりと隠れている3人。君たちの意見も聞きたいもんじゃ」

 チェンがレッドの後ろの方へ呼びかけると、木の後ろに隠れていたウイル、ガジン、ブルートがひょっこりと出てきた。

「さすがはチェン殿。わかっておいででしたか……」

「世界の森は全て、わしの庭じゃよ。ほっほっほ」

 月の光が溜まる場所に全員が集まった。

「さあ、考えましょう。戦嫌いの王子の戦を」

                 ****

 剣で切り付けた黒いカーテンから、真っ白な月の光が差し込んでいる。閉ざされた寝室で、バステアス王は声を上げながら、光に向かって何度も剣を振り下ろした。刃は虚空を斬り、重たく床に落ちては、何度も何度も振り上げられる。

「心の闇は、あなたを強くしたのです。あなたは、正しいことをしているのですよ。戦好きのバステアス王」

 ハビカスの声がした方に剣を振るが、そこには誰もいなかった。疲れ果て、体がよろけるが、倒れまいと踏ん張った。すると、今度は背後から声が聞こえた。

「今こそ、龍の国を手にする時。そのためには、歌姫と親しいレッド王子は邪魔なのです。レッド王子さえいなければ、あなたは全てを手にすることができる」

「黙れ!」

 両手で持った剣が、影にひっそりとハビカスに振りかざされた。ハビカスが手を上げると剣はピタっと止まり、どんなに力を入れても動かなくなった。

「今私を失って、あなたは戦えるのですか?失うという恐怖は、あなたをさらに深く深く闇の中に引きずり込むでしょう」

 バステアス王は剣から手を離し、膝をついて顔を覆った。ハビカスが手を下げると、空中で静止していた剣が落ちた。

「嫌だ、嫌だ……。失いたくないっ。何も……。しかし、に刃を突き刺すことが恐ろしい。恐ろしい……。戦が恐ろしい」

 バステアス王の背中は丸まり、震えていた。ハビカスの骨に皮だけがへばりついたような細い手がゆっくりとその背中を撫でた。

「今までだってできなかったのだ。この手を最後まで振り下ろすことなど、私にはできない!」

「しかし、やらねば何も始まらないのですよ」

「何が始まるというんだ……」

「永遠の喜びです」

「それを得てどうする」

「不安も、怒りも消えた明るい希望の世界を、生き続けるのです。それこそが、我が王にふさわしい」

「明るい……希望の世界……」

「あなたは手にするのです。誰も手に入れることのできない、誰もがうらやむ美しく明るい、穏やかな世界を!」

「そのために、を斬る……」

「そうです。そうです!斬らねばなりません。あなたの歩みを邪魔しようとする者を。レッド王子を!!」

 顔を上げたバステアス王だったが、何かに気づいたようにまた顔を覆い、俯き、横に頭を振り続けた。

「嫌だ。嫌だ。失いたくない。失いたくないっ。何も、私から何も消えてほしくないのだ!」

「消えません。あなたの中に眠るだけです」

「違う。違う」

「違いませんよ。レッド王子は、あなたのその闇を意図的に膨らませているのです。なぜあなたがずっと、そのように不安にされるのかおわかりになりますか?それは、レッド王子があなたの心を食おうとしているのです。そして、レッド王子が、明るい世界を手にしようとしているのです。あなたの命を狙っているのです」

「レッド……、レッド……」

「あなたは悪くない。悪いのはレッド王子です。レッド王子を殺せ。レッド王子を殺せっ」

 バステアス王の頭の中で、ハビカスの震える声が響いた。声はバステアス王の心に鎖をつけるように縛りつけた。目の奥の闇は濃さを増した。

 バステアス王は、床に落ちた剣を拾うと立ち上がった。ハビカスはバステアス王を見上げ、黄ばんだ細々しい歯を見せてにんまりと笑った。

「我が王よ。バステアス王よ。ヒヒヒヒ」

                ****

 戦の当日、空が明るくなり始めた頃、チェンは一人戦場に立っていた。空に一匹の黒い鳥が悠々と飛んでいる。遠くに山脈が連なる荒野を、冷たい風がさあっと音を立てて走っていく。枯れ木の残骸をなで、乾いた土を巻き上げる。チェンは杖を高々と上げ、杖の先を強く地面にたたき下ろした。カツンと強く鳴ると、そこから地面が波打った。遠くの林が揺れ、川の水が振動し、驚いた鳥の群れが空を一斉に飛んだ。

 鳥の群れが風に乗って飛んでいる中、今だ黒い鳥が飛んでいた。じっと見ていると、まるで道でも決められているかのような規則的な飛び方を繰り返していた。

「ありゃ誰かの使い魔だな。ハビカスかね」

 チェンは腰にぶら下げていたヒョウタンを手に取り、カプっと蓋を開けた。ヒョウタンの口からはひゅうっという風の音が聞こえた。その口を鳥に向けると、鳥の動きが止まり、一瞬のうちにヒョウタンの中に吸い込まれた。中をじっと覗いてから、「よしよし」と蓋を閉めると、腰に下げ、チェンは戦場を後にした。

「チェンが早朝に戦場にまじないをかけている。地面に足をつけていれば、誰も怪我をすることはないそうだ。その上で……」

 レッドは手に持つコップを、とても嫌そうな顔でじっと見つめた。中には真っ赤なドロドロとした液体が入っている。コップを揺らすと、タプンタプンという。

「兄上、それを飲まれるのですか?」

「チェンが飲めと言った。しかも、兵士全員分くれたのだ」

「痛み止めと仰られていましたが、飲みにくそうな……」

 ウイルとブルートが心配そうな顔を向けている中、レッドは一気に口に流し入れ、ゴクンと飲み込んだ。

「……だ、大丈夫だ。味も匂いもない」

 ウイルが「そうですか?」と疑うような声で言った時、ブルートがレッドの手のひらを強くつねってみた。レッドは突然触れられたことに驚いたが、触れられている感触しか感じなかった。

「全く痛くない」

「おお!さすがチェンの薬!」

 するとブルートはレッドからコップを取り、兵士たちに振り返った。

「皆の者!ここにあるは鋼の体と化すための薬である!我らがレッド王子が承りし奇跡の薬だ!受けとるがいい!」

 兵士たちからは歓声が上がった。ウイルは持っていたビンをブルートのコップに傾けた。ビンの口からドロリと赤い液体が流れてくると、兵士たちにどよめきが起こった。ブルートはそれを一気に飲み込み、コップを掲げた。兵士たちからは「おお」と声が上がった。

「ブルート王子は、戦に行く兵士を盛り上げることがとてもお上手ですな」

 戦支度から戻ってきたガジンがレッドの横にやって来た。既に鎧を身につけ、脇に兜を抱えている。

「経験の差だな。私にはできなかっただろう。ありがたいことだ」

「向き不向きがあるのは当たり前です。王子には、王子にしかできないことがございましょう。それを、精一杯すれば良いのです」

「ああ。そうだな」

 ブルートは赤い液体の入ったコップをどんどんと兵士に渡し、飲ませていく。そのうち、赤い液体が注がれたコップがガジンにも差し出された。ガジンは「私は結構」と断ったが、レッド、ブルート、ウイルが「早く」とせかしたので、しかめた顔をして一気に飲み込んだ。

「これで準備は万全でございますな!勝ち戦となりましょう!」

 ガジンがコップを高々と上げ、大きな声を出すと、周りの兵士たちから「おおっ!」と歓声が上がった。ガジンはその姿勢のまま、しばらく硬直していた。額には冷や汗が出ていた。

「ガジン、大丈夫か?」

「ははは。王子、この薬は大変……まずうございますな!わははは」

 すると慌てて振り返り、口を両手で覆うと、オエっと喉から戻ってきた液体をもう一度飲み込んでいた。

「だ、大丈夫ですぞ。一滴たりとも落としておりませぬ。これで私も存分にお力になれるというものです」

 顔が青ざめ、笑う目じりに涙が光っていた。ガジンにも苦手なものがあることを、レッドは初めて知った。

                  ****

「強い魔力の張った荒野だね。何かのまじないだろうか」

 チェンが戦場となる荒野を去り、空が青く澄み渡る頃、二頭のオオカミを連れた男が現れた。麻でできた薄茶色いマントを頭から被り、長い鼻をスンスンとさせている。腕のない右の袖が風になびいている。

「ここで何か行われるのか?面白そうだから、森の方から見学していこうか」

 赤い瞳が愉快そうに細くなった。レッドとバステアス王の戦当日、そこに通称”森の賢者”ゼイダが立っていた。

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