おっぱいを揉みまくりなのよ
「間に合わねえ! 遅れちまうぜ」
でっかいベルが2つもついた目覚まし時計を首から下げたネズミが、慌てて走ってゆく。
その時計は、分針も時針もでたらめにグルグルまわってて……
「そんなんで時間が分かるの?」
――不思議でしょうがない。
「カエル様は、時間に厳しいんだ!
あんたもこんなとこで寝てないで、急いだ方が良い」
「いったいどこに行くんだい」
「真夜中のお茶会さ! 招待状を持ってるんなら、あんたもメンバーなんだろ」
ネズミが僕の胸ポケットを指さす。
確認するとハートのクイーンのカードが出てきて……
ひっくり返すと「招待状」と書いてあった。
「これ?」
「あんた、ハートの女王様の客人かい?
だったら、なおのこと急がなきゃな。
女王様は、なにがキッカケで怒るか分かったもんじゃねえから」
僕がもう少し詳しく事情を聞こうとしたら。
「あああ、遅れちまう! 急がなきゃ」
ネズミはでたらめな目覚ましを見ながら、慌てて走り出していった。
空を見上げると、青と赤と金の3つの月が夜空を照らしている。
森の木々も月明かりを反射したキラキラの色彩で……
キャンディーが実ってる草花や、チョコレートの枝に、リンゴやバナナやメロンがぶら下がっていた。
その奥には屋根がケーキ、壁がパン、窓が砂糖で作られた小さな家まである。
「――これ、夢だ」
僕は確信した。
子供の頃、熱にうなされると必ず見たやつだ。
不思議の国のアリスの著者、ルイス・キャロルは数学者だった。
そう教えてくれたのは、シンイチだ。
「この本の中には、数学的な言葉遊びが沢山あってね。
そうだな…… これなんか、面白いかもしれない」
渡してくれたのは、絵本でも児童書でもなくて。
「あれ? 半分英語だよ」
片側が英文、片側が翻訳の本だった。
今でも、小学2年生にはどうかと思うけど…… シンイチはいつもそんな感じで。
「まあ、それが一番分かりやすいからね」
――そう言って。
「はっはっは」と、無邪気に笑った。
当時は英文なんて理解できなかったけど、確かにそれは、ある意味『分かりやすい』本だった。
今思えば…… 数学やプログラムに興味を持ったきっかけは、あの本だ。
でも、強烈な副作用もあった。
その頃、体調を崩して寝込むことが多かった僕は、熱を出すと必ず『不思議の国』の夢を見る。
しかも、話が徐々に「ヘンゼルとグレーテル」にシフトして……
そう、僕が一番苦手な童話だ。
――必ず最後は魔女に追われて、崖から落ちて目を覚ます。
でも…… うなされる僕の横には、いつもシンイチがいて。
大きな手で、ガシガシと僕の頭を撫ぜてくれたっけ。
いろんな童話が混じった『夢の国』を見回して。
「さて…… どうしますか」
――悩んでみる。
また変な仮想空間に取り込まれた訳じゃなさそうだし、この夢の中でなにをしたって、現実には何の影響もないだろう。
「疲れがたまってたのかなー?」
労働基準局が聞いたら、びっくりするぐらいの仕事ぶりだったもんな。
「せっかくだから、お茶会にでも行きますか」
僕はネズミの足取りをサーチしてみた。
プログラムも『文字』も見えなかったけど、なんとなくネズミの位置が把握できる。
「夢って、便利!」
ポケットにパンのクズが無いことを確認して。
僕は、その方向へゆっくりと歩み出した。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
お茶会は、森の奥の小高い丘でおこなわれていた。
「遅かったね」
カエルの着ぐるみを被ったシンイチが、僕にそう言う。
くりぬいた顔の部分から除く表情は、とても嬉しそうだ。
「何年ぶりだっけ?」
「さあ? 時の流れなんてどうでもいいじゃないか。
帯に短し待つ身に長しってね。客観的な流れと主観的な感覚が違い過ぎる。
あんなのは、いいかげんなモノだよ」
「科学者とは思えない発言だね」
らしいと言えば、らしいセリフだけど。
「かのアインシュタインだって、時間のいい加減さについて語ってるじゃないか。
『ストーブの上に手をのせたら、たった1分でも1時間のように感じる。好きな人と会話をすれば、1時間でもまるで1分のように感じる。これが相対性だ』ってね」
「空間と時間が相対する理論を、子供に分かりやすく話した方便だろ?」
「でも、そこに真理がある。
条件が変われば、時の速さも変わるんだ。だから分かれた時間の長さに意味はない。
もし意味があるとしたら、それは不可逆な事だけだよ。
時間は戻らない。 ――ただそれだけが事実だ」
カエル様は面白そうにケロケロと笑った。
その横で、真っ赤なドレスを着たハートの女王が唸る。
「男って、つまんない話を大げさにしゃべって、いつも偉そうにするのよね。
そんな事より、お茶会を始めましょう。もう定刻は過ぎてるわ」
女王様は、ネズミが持ってた時計を確認した。
相変わらず針はでたらめにまわってて、今がなん時なのかさっぱり分かんない。
遠くでは、森人さん達が輪になって踊っている。
鐘や太鼓の音も聞こえてきて…… あれって、盆踊りじゃね?
メイド服を着た盗賊のアンナさんとエメラルダさんが、ペットボトルのお茶を配ってゆく。
茶菓子なんだろうか? ポテチとクッキーの袋も、ついでにドンとテーブルの上に置いていった。
あらためて確認すると、席についているのはクイーンとカエルとネズミと木馬と僕の合計5人。
ちなみに木馬は…… ただの木馬でした。
あいつもペットボトルのお茶を飲むのかな? お供えみたいに、ちゃんと茶菓子とセットで置いてある。
「ところでクイーン。こんなに急に呼び出して、深夜の茶会を開くなんて。
なにか問題でもあったのかい?」
カエルが優雅にペットボトルのキャップを外して、ぐびぐびとラッパ飲みする。
「えー、もちろんよ! あたしのナイトがやーと来てくれたと思ったら……
あっちでホイホイ、こっちでホイホイ!
もー他の女のおっぱいを揉みまくりなのよ。
ねーこれって、どーゆーこと?」
「それはいけないねえ、気品とゆうモノが感じられない。
どうやら彼は、最も美しいプログラムの謎が解けてないようだ」
女王とカエルの会話に、メイド服を着た2人が震えあがる。
「ちょっと待って! それには事情があるんだ」
僕が声を上げると、クッキーを貪り食ってたネズミが顔を上げ……
――木馬はそのまま佇んでいた。
「そーね。いちおー、聞いてあげましょう」
女王様は、センスを取り出して口元を隠す。なんかもう、目が超怖いです。
僕が必死になって事の次第を説明しても。
「ふーん」
と、唸るだけで…… 目は恐ろしいままだ。
「実は、揉んでみたかっただけじゃないのか?」
カエルの言葉に、木馬と僕以外のメンバーが頷いた。
「そんな事はないよ! 葵さんの時だって不可抗力だったろ。
……それしか方法が無くって、仕方なかったんだ」
「ふ、不可抗力で揉んだって言うの!
し、し、失礼な!!」
女王様がテーブルを叩いて立ち上がる。
姿は赤いドレスから学生服に変わって、顔も高校生の葵さんになった。
「まったく、困ったもんだ……
――もう一度ちゃんと考え直してきなさい」
カエルがため息をつくと、世界が暗転し…… 僕は椅子ごと落下を始めた。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「ドラマや漫画じゃ、屋上ってもっとロマンチックな場所だよね」
金網の高さは2メートルを超えてそうだし、ソーラーパネルが敷き詰められてて、情緒も何も無い。
おまけにあちこちに鳥の糞があるし、なぜかぐちゃぐちゃになって乾いたエロ本まで落ちてた。
「どこの高校も屋上は立ち入り禁止だから、こんなもんじゃない?」
僕はピッキングツールをポケットにしまいながら、葵さんの揺れるスカートと、街並みに沈む夕日を見てる。
それはなんだかとても不安定で、美しいモノに感じた。
ああ、これは…… 転生する数か月前の記憶だ。
どうしても屋上に行ってみたいって言う葵さんを連れて、放課後無理やり侵入したんだっけ。
「でも、悪くわないわねー。なーんかワクワクするもの」
振り返った葵さんは、なんだか楽しそうに笑った。
「そう?」
「うん、今まで何人かに『屋上に行きたい』って言ったけど。
ほんとーに連れてきてくれたのは、キド君が初めてだよ。
まー、だいたいは笑って誤魔化すか、危ないって怒るだけで相手にしないから」
確かに、学校側にどんな理由を言っても鍵は貸してくれそうもないし。
「何年か前に、飛び降り自殺があったんだっけ」
そんな噂も耳にしたことがある。
「そーよ。あたしが中学に入学したばかりのころだから…… 5年前かなー?
新聞にも載ったし、朝のワイドショーでも流れたわ。
そうそうキド君は、地元じゃーなかったけ」
その辺りのことは誰にもしゃべってないけど。まあ、知り合いが居ないからバレるよね。特に隠してるワケじゃないけど、さて…… どうしたものか。
――僕が言いよどんでたら。
「あたしねー、もっとキド君のこと知りたいのよ。
あなたといると、なーんかワクワクするし…… でも安心できるし。
とーっても、不思議な感じなのよ。
だからかな? 興味があるの」
あの時は、葵さんのこのセリフの後、警備員さんの声で呼び戻されて……
担任にこっぴどく叱られたっけ。
僕がその『警備員さん』の声を待ってても、それは一向に訪れなかった。
葵さんが一歩一歩ゆっくりと、こっちに近付く。
うーん、記憶とのズレが出てる。夢だから仕方ないのかな?
「もっとさー、いろいろ話をしようよ。
あたしのことも聞いてほしいし。キド君がホントはなにをしてたかも知りたいの。
転生してから…… つまんない人生送ってきたけど。
キド君と再会してから、ずーっとワクワクドキドキで。
逢えてよかったって、そう思うもの」
そして、少し背伸びをして僕の首に手をまわす。
「えっ? 転生??」
よく見ると、葵さんは森人の状態に変わっていた。
「だから、ちゃんと伝えようと思うの。あたし……」
葵さんの顔が近付き、胸がグッと押し付けられた。
――だから僕は。
「あっ、おっぱい!」
そう叫んだ。
葵さんは腕を解いて、何事も無かったかのように一歩下がると。
「あほー!」
いきなりグーで思い切り殴ってきた。
えっ、だってほら。胸は触っちゃダメだって言ってなかったっけ?
またブラックアウトする視界の中で……
――僕はそう呟いた。
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