選択不可能な脱出_Alderson Loop 4
「ここは、デバッグ領域なんだね。
あなたは今必死になって、バグを取り除いてる。
知らない言語を利用したプログラムだったから……
――見落としかけたけど、もう理解できた。
最初の高校のころの空間からおかしかったんだ。
いろいろループしてて、違和感があった。
次の病院も…… 無理があったし。
あのうっかり魔王様は、時間稼ぎ要因だったの?
急ごしらえで投入されたせいか、彼女自体がループしてた。
Buffer overrun…… メモリ領域オーバーによるプログラム破壊かな。
ひょっとして、葵さんの混入によるバグ?
病院を出るときに囲んできたプログラムは、始めて見たけど。
――僕は、一度見たものを忘れない」
もらった制服のシャツを、ためしに引きちぎってみた。
破れる瞬間に、小さな文字が躍る。
それは病院を脱出するときに見た『文字』と同じだ。
少年は、ため息をつくと。
「そんなコトか……
確かに異物の混入で、当初の予定と違うモノになったけど。
試練を突破したのは認めてあげるよ。
なんならこの空間の役目を見破ったことも、加点してあげてもいい。
空間のことは事情があって伏せてたけど。
今の話にウソは無いし、神への誘いも本当だ。
――キミは喜んでいいんだよ」
その勘違いした上から目線が、やっぱりダメだ。
その話し方、も鼻につくし。
「葵さんをどうするつもりだったの」
「あの女の子のことかい?
削除するつもりだったけど……
キミが望むなら、好きに使役すればいい。
神に昇格すれば、あの異世界の権限は自由自在だよ。
――なんなら地球の権限も、一部キミに譲渡していい。
あの魔女は、もう使い物にならないからね」
「じゃあ、やっぱり。
神様どうこうは興味ないからパスして。
葵さんを連れて帰るよ」
僕はもう一度シャツを破って、踊りだした『文字』にコマンドを書き込む。
池に浮かんでた玉が全て破裂して……
――僕の横に葵さんが現れる。
「うーん、もう少し頭のまわる男だと思ったけど……
これは交渉じゃなくて命令なんだよ。
YESと答えるか、死ぬしか道はない」
葵さんの意識が戻り始めたから、そっと彼女を抱き上げた。
「そんな選択肢は、書き変えればいい」
「ずいぶんとナメてるね……
まあいい。 ――死んでから後悔しな」
少年がかるく指を捻ると、空から大きな剣が数十本……
僕たちに向かって、高速で降り注いできた。
それを見た葵さんが息を飲む。
だから僕は、彼女に小声で耳打ちした。
「安心して。 ――この状況は全て制御ハックした」
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「いくつか聞きたいことがあるんだけど」
葵さんは、なんだかイヤそうな感じで聞いてきた。
どうしてだろう? 凄くクールにキメたはずなのに。
「なに?」
「どーしてパンイチなの」
「エネルギーの補給で、あいつからもらった服を利用したから……
こうなったのかな?」
「なーんで、あの男ヒクヒクして倒れてんの。
動きがヒワイなんだけど」
「そう言う趣味なんじゃない?」
不思議なコトに僕が人体へハッキングをすると、こうなっちゃう。
あいつが出した剣やミサイルに囲まれて、変なケイレンをおこしてる姿は、見ようによっては可哀想だ。 ――しかも全裸だし。
「めずらしーよね。ここまでコテンパンにヤルなんて」
確かに、必要以上に反撃したかもしれない。
「なんか僕の大切な人のマネをしてる節があって、ちょっとイラっときてたんだ」
こいつ、僕の記憶をハッキングしたのかな?
なんだか妙な対抗意識も感じたし。
精神戦として仕掛けたんだろうか? まあ、逆効果だったけど。
「じゃー最後に……
なんであたし、魔法少女の服着てんの」
「裸のままじゃ悪いと思ったんだ。
高校の制服と森人の服と悩んだけど。
――やっぱりそれが、一番…… ホラ」
「ホラ?」
カワイイと思ったんだけど……
「作りやすかったのかな?」
――なんかごまかしてしまいました。
「ふーん、そーなんだ」
めちゃくちゃ不審な目で見てますね……
「そ、それより。とっとと帰ろっか。
あいつの意識が混濁してる今なら、このデバッグ空間から脱出できる」
「デバッグ?」
「うん。ここは葵さんの意識が入ったせいで起きた『Buffer overrun』のデバッグ・モードの中なんだよ。その状態であいつが、負荷のかかる生成プログラムを発動したから、そのスキを突いて……
――スタック上でバッファの近くにあるローカル変数の値を上書きして、プログラムの動作を有利状態に変更したんだ。
そもそもあの変なループは、『Alderson Loop』で、あいつの意図した状況じゃなかったんだよ。
今ならFlagを書き換えて、Open gateを構築できる」
「なんのことだか、さっぱり分かんないわ!」
ハイ、ちゃんと説明する気ないですから。
自分でやっといてなんですが、その服で上目使いに見られると…… やっぱりなんか緊張するんです!
今、パンイチだし。
腕にしがみつく葵さんの胸の膨らみがムニュつとしてて、そのせいで僕のアレやコレがいろいろと危機なんです!
……わざとやってないですよね?
「まあ。と、とにかく急ごう!」
僕は、急いで池の表面に脱出ゲートを構築する。
「ここに飛び込むの?」
「そうそう、そうすれば元に戻れる」
念の為ハートのクイーンにネズミを仕掛けて、ヒクついてる少年に向かって投げる。
――そして、僕たちはゲートに飛び込んだ。
「そーだ、戻ったらどんな状態になるの?
まさか、あのロボの窓から落っこちてる途中とか……」
あっ! そーか……
――すっかりそのコト忘れてた!
■ ■ ■ どこかの城で ■ ■ ■
本がずらりと並ぶ部屋を、白衣を着た男性がひとりで歩いていた。
その横に、黒い衣装をまとった男が舞い降りる。
「やあブラーマー、珍しいね。
創造の神であるキミが、わざわざ私の城までくるなんて」
ブラーマーと呼ばれた黒衣の男は、片膝をつき、深く頭を下げると。
「維持の神ビッシュ、破壊の女神シーバー。
共に存在が確認できません」
白衣の男に報告した。
「3神1体と言っても、創造神のキミが一番上位なんだ。
やろうと思えば、キミが残りの神を『創造』するのも簡単だろう」
「しかしそれでは、方向性が似てしまって。
世界の成り立ちに偏りが発生してしまいます。それに……
ビッシュは、あなた様のことを父のように慕っておりましたし。
仲が良かったと、記憶しておりますが」
「うーん、そう言えば、あの子は懐いてたね。
こんな場所で私の蔵書を読み漁ったり、私の言動や仕草を真似たり。
どれどれ、どうなったか確認してみるか」
白衣の男は奥にあるパソコンやゲーム機が散乱している場所まで行き、無造作にキーボードやゲーム・コントローラーを操作した。
「まだ生きてるね。
どうやら見逃してもらったようだ」
「では、回収して再構築してよろしいでしょうか」
「任せるよ、 ……ああ、でもそのままだと、同じコトになるだろうから。
――少し手を加えておきなさい」
黒衣の男が、もう一度深く頭を下げ。
「了解いたしました」
姿を消す。
白衣の男は、誰もいなくなったことを確認すると、フッと息を吐き。
「やっぱり、見逃したか……」
――少し嬉しそうに、そうささやいた。
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