選択不可能な脱出_Alderson Loop 3
「ねー、目を覚まして!」
その魔法少女は、はちきれんばかりの胸を揺らしながら、僕の首を絞めてた。
「葵さん、ホントに死んじゃうよ」
「あ、ゴメン。ついつい手が首にまわっちゃった」
ついついで、そうなるのかな?
「どうせなら、幼馴染が朝起こしに来るみたいな感じでお願い」
「なにそれ?」
ああ、漢のロマンがついつい言葉になってしまった。
あるんだね、ついついやっちゃうことって。
「ここはドコなんだろう?」
空は雲ひとつ無く青く、砂漠なのか砂浜なのか分からない地面が地平線まで続いている。
「さー? 気が付いたらここに2人で倒れてたの」
「そうか…… その、そろそろ退いてくれると嬉しいけど」
フリフリのミニスカートから延びる太ももが、僕のお腹の上で美しく輝いてた。
「そ、そーね」
葵さんが僕をまたぐと、ピンクと白の縞パンがはっきりと観測できる。
確かにコレ、歩いただけで見えそうだ。
――漢のロマンだね。
「あっちこっちに池があるわ」
起き上がって周りを見回すと、原色の赤や青の池が点在していた。
一番近くの池まで行って、葵さんが四つん這いになってのぞき込む。
そんなコスチューム着せたの僕ですが…… いろいろ素晴らし過ぎる。
胸もお尻も、もう大変ですよ!
僕がその姿を、永久記憶フォルダに格納していたら。
「ねえ、コレって……」
葵さんの声で、僕ものぞき込む。
そこには、カエルの卵のようなプヨプヨした円形のゼリーがぎっしり詰まってて。
「ひ、人が…… 入ってる」
葵さんがしがみ付いてきた。
深さがどれぐらいなのか分からないけど……
パッと見ただけで、数百人、いや数千人単位の人間がいる。
ポコポコと泡が水面に現れ、2つの玉が浮かび上がり……
そこには、僕と葵さんそっくりの『人』が入っていた。
「なんてことだ!」
僕の驚く声に、葵さんがさらに強くしがみ付く。
もう、胸が大変な事になってます。
「服を着てないじゃないか!」
オールヌードの葵さんに目が釘付けになってたら。
「そっちかよ!」
また首を絞められた。
――うん、ごめんなさい。
あんなトコもこんなトコも…… 見るの初めてだったんで。
「あれ?」
魔法少女の葵さんが自分の手を見詰める。
そして、指先から順番に『文字』に変わり始めた。
「葵さん!」
僕が抱きしめ返すと同時に、ソレは砂のように崩れて、足元の地面に飲み込まれる。
そして僕の身体も文字に書き換えられ……
「くそ!」
また意識が落下を始めた。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「ぐぼっ! げほっ、げほっ」
口や鼻から大量の水が出る。
手足を動かしてゼリー状の球体から抜け出すと、岸にひとりの少年が立っていた。
「やあ、ついにここまで来たね」
涼し気な表情の男は、12~13歳にしか見えないけど。
多分僕より年上だろう。貫禄って言うか……
――しぐさが微妙におやじ臭い。
「ラストステージに到着なのかな?」
なんとか泳いで岸に着く。なにも着てないのが恥ずかしいけど。
男同士の話し合いだから、セーフだろう。
胸を張って立ち上がったら、意外といけた。
うん、コレはコレでフリーダムで良いかも知れない。
「ラストステージ? ああ、キミがそう思うならそうなのかもしれないね。
僕たちはここを『真実の泉』って呼んでるけど」
その、上から目線が鼻につく。
「いや待て! さっきまで水漬けだったから、この大きさなんだ!!
普段はもっとましだ!」
だから、ちゃんと言っておいた。誤解されたままじゃ後々厄介だからね。
僕のアレをまじまじと見て。
「ふっ」
と、クールに笑った少年に……
――なんだろう? 言葉にできない敗北感が襲ってきた。
これが精神戦なら、今僕は深刻なダメージを負った事になる。
「で、出来るな……」
かなりの強敵と考えて、間違いないだろう。
「お遊びはこの辺にしとこうよ。
この領域まで『人』が上がってこれたのは、120年ぶりなんだ。
前の魔女に比べて、僕はとても期待してる。
――ようこそ、新たなる神よ。
キミを歓迎するし、話したいこともたくさんある」
「話ね、一応聞いても良いけど。
……その前に服を着させて」
自分でコスチュームの生成を試してみたけど、無理だった。
僕が困ってると、少年が指先を「パチン」とならす。
目の前に「パサリ」と音を立てて、下着と学生服が現れ……
――着るとサイズはぴったりだった。
「ここはキミに試練を課した『仮想空間』じゃないからね。
その力は使えないよ。
気付いてるんだろ? これが現実だって」
僕が苦笑いすると。
「理解が早いのは助かるよ。説明の手間も省けそうだ」
ヤツは嬉しそうに…… また、笑った。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「知的有機生命体と情報生命体との戦いは、もう数千年の歳月を重ねている」
少年の話によれば、星に『生命』として誕生する知的生命体と。
宇宙空間に『情報』として知識を有する物体との戦いが、続いているそうだ。
「彼らを生命体と呼んでいいかどうかは、今だ意見が分かれる。
物理攻撃を受けると消滅することから、『死』が存在すると仮定してるだけだし。
そもそも、なぜ彼らが星に生まれる知的生命体を滅ぼそうとするのか……
――それすら、分かってないんだ」
「そんな、分かんない事だらけの戦争って、ありえるの」
「キミ達の星…… 地球でも既に『竜』の祖先が滅んでるだろ?
その情報は、キミ達にもう開示されてるはずだ」
「恐竜って…… 知的生命体だったんだ」
「今の地球人類に比べれば、進んだ文明と知識を有していたんだ。
もっとも『竜種』は、物質文明じゃなくて『魔法文明』オンリーだから、化石を探してもその文明は見つからないよ」
なんだろう? 話のつじつまが合い過ぎて逆に嘘くさい。
「だいたい隕石を降らして種を絶滅させるようなヤツと、どうやって戦うんだ?
それに宇宙を自在に行き来する技術なんて、地球にも…… あの異世界にも無かった」
「戦いの概念が違うのかな?
それから、星より外に出る技術なんていくらでもあるんだよ。
――キミ達人類ですら、拙いとはいえ成功してるんだ。
事実、僕達は別の方法で数千年前から星々を移動している」
少年が池を指さす。
「あれは生命維持装置でも、ノアの箱舟でもなくて。
『星間移転装置』 ――キミ達風に言えば『転生装置』かな」
「それと、 ……情報生命体との戦いって、どんな関係が」
「彼ら情報生命体が攻撃を仕掛けるには、条件が必要なんだ。
だから、その条件を満たさないようにすること。
――それが戦いだよ」
「それって」
僕が知ってる戦いの概念と違う。
「高度に条件が重なると、戦いは全てこうなるんだ。
地球人類がしている『戦争』も同じじゃないかな?
――結局はバランスの奪い合いだろう」
今ひとつ、納得がいかない。
……どうしても、なにかが引っかかってる。
「その条件って」
「その星の知的有機生命体以外の種の保存。
そして、知的有機生命体による星の環境変化や破壊」
――なにかがストンと、体の中に入った。
「それであの『痩せガエル』なんだ」
「アレはアレで、キミが現れるまで上手く行ってたんだよ。
彼女が管理者として取った手段は、確かに問題もあったけど……
――種のコントロールは完璧だったからね。
地球の管理者も喜んでいたし。
キミが移転した世界の危機も回避できた」
「その管理者が『神』なの?」
「そう呼んだのは僕達じゃなくて、事情を知らない知的有機生命体だ。
まあ、便利な言葉だから使ってるけど……
――もし本当に神がいるのなら。情報生命体が、それかも知れないね」
ドヤ顔の少年に、僕は自信を持って告げる。
「――ダウト」
「なんのこと?
この場所が仮想空間じゃないことは、もう分かってるだろ。
それとも、今の話が理解できなかった?」
呆れたように笑う少年の顔に、確信が深まる。
やっぱり……
――こっから先は全部僕のターンだ。
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