選択不可能な脱出_Alderson Loop 2
目覚めると、真っ白な知らない天井が広がっていた。
「木戸山君、起きたの?」
葵さんがのぞき込んでくる。
その後ろには開け放たれた窓から青い空が見え、そよ風がカーテンを揺らした。
「ここは?」
「病院のベッドよ。あのガス爆発から、今日で10日かな。
――待ってて、今先生を呼ぶから」
枕元のナースコールのボタンを、葵さんが押す。
覆いかぶさるような体制になったから、目の前にドンと大きな胸が近付いてきた。
そのボリュームに、ついつい手が伸びる。
「えーっと、なにしてんのかなー?」
「世界の真理について考えてる」
「バカなの?」
てれるような葵さんの笑顔と、胸の弾力は素晴らしかったけど……
――胸元に、チクリと痛みが走る。
確認すると、問題なく手足は動くようだ。
サイドテーブルには、水差しやタオルに混じって目覚まし時計が置いてある。
僕はバレないように、そっとそれをベッドに滑り込ませた。
「ねえ、どうなってるの?」
「あたしと舘山寺は、木戸山君のおかげで軽傷だったけど……
頭を強く打ったみたいで、なかなか目を覚まさなかったの」
「ああ、ガス爆発ね。アレの原因は、なんだったの?」
「けーさつの話だと、ガスの管になにかが仕込んであったかもって。
事件と事故のりょーほーで調べてるみたいだけど。
アレは……」
「アレは?」
僕は話をうながしながら、目覚ましの電池を取り出して握りしめた。
「あたしがダマされたの。
『痩せガエル』から、売春グループのリーダーは舘山寺だから。
その証拠をつかんでほしいって。
携帯で録音するから、実験室においといてって……
SNSで連絡があって、宅配便で携帯が送られてきたの」
左手で電池を握り、毛布の隙間から右手を出す。
「なんで、そんなことを」
彼女がそれに気付いて、そっと手を握りしめてくれた。
「さがわも…… 客をとってたのよ。
その写真がメールで送られてきて。
聞いたら、ホントだって。助けてほしいって。
あ、でもあたしは。そんなことしてないから」
そこまで聞いて……
――電池を利用して、つないだ手にパスを結ぶ。
SNSの履歴と宅配便の配達記録、メールの着歴を検索したら……
――ちゃんとログが出てきた。
「ねえ、くすぐったい。
さっきからなにしてるの?」
「君の脳内を検索してた」
「まだ意識が戻ったばかりで混乱してるの?
安心して、木戸山君。もうすぐ先生が来るから」
「――ダウト!
葵さんが救おうとしたのは、舘山寺さんじゃない?
SNSの写真は佐川さんじゃなかったよ。
あれは舘山寺さんだ。そうでしょ、 ――魔王さん」
僕のセリフに、彼女の顔が一変した。
「おかしーなー? 今回はしゃべり方も仕草も、癖もぜーんぶ同じなのに。
――なんで正体がばれたの?」
「これ」
乾電池を取り出して見せる。
「それに、葵さんは86のEだよ。そこまで大きくない。
――いちど揉んだら、僕は忘れない」
「サイテー」
彼女はゴキブリでも見るような目つきで……
胸を両腕でガードしながら一歩下がった。
あれ? クールにキメたはずなのに。
「でもその程度のエネルギーじゃ、大したコトはできそーにないわね」
「そうやって、『想像力』を枠にはめようとしても無駄だよ。
情報戦にエネルギー量は、そんなに影響ないでしょ。
――ここでは、物量はあまり意味をもたない」
「……なんで、そう思うのよ」
「さっきもそうだったけど、世界の構成に矛盾が多すぎる。
100ボルトの電流は人が死ぬには十分なエネルギーだ。
でも僕はこうして生きてる。
トランプのカードも勝手に増えたりしない。
――魔法なら、必ず『文字』が見えるはずだし」
胸ポケットのハートのクイーンを取り出す。
「葵さんのメッセージは、確かに受け取ったから」
僕が指ではじくと、カードが一気にあふれ出して魔王を覆う。
「ふん、この程度…… 痛くもかゆくもないわよ!」
「じゃあ、こんなのは?」
この場所に秩序なんかない。
なんらかの仮想空間だ。 ――そう考えるとつじつまが合う。
ためしに、カードに2乗の計算式をたす。
乾電池から供給されると『想像』されるエネルギーで、構築してみると。
「えっ? ウソ、わーっ!」
部屋いっぱいにハートのクイーンが増殖した。
押しつぶされる魔王さんは、領主のバリオッデさんの姿だ。
「ねえ、それが本体…… じゃないよね。 葵さんはどこ?」
「くそっ!」
反撃に出た魔王さんが両手を上げて呪文を唱える。
両手を振り降ろすと同時に、大きな乳が揺れた。
カードで魔法攻撃を防御しながら、新しく現れた『文字』を書き換える。
次は枕の情報をコピーして、天井から大量に降らしてみた。
「ふぎゃー!」
押しつぶされた彼女の姿は、高校教師の乳神様に変わった。
ランダムな再生と構築が繰り返されてる。
どこかにループのバグがあるみたいに。
――なんかノリがつかめてきた。
さて、葵さんが出てくるまであと何回遊べるのかな?
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「それで…… どーしてこーなった?」
ベッドに座る葵さんは、かなりご立腹だった。
――握りしめた手なんかプルプル震えてる。
「はい、申し訳ありません」
僕はベッドを降りて、床に土下座して許しを請う。
「途中から意識が戻って、戦い? は、なんとなく見てたけど。
なーんで、魔王がスクール水着やブルマを着てたのかなー?
さすがに園児服着てた時は…… 涙ぐんでたし」
「この空間は自在に情報が書き換えれるって、分かったんで。
その、コスチュームも変えれるかなって」
「ふーん。なんか意味あんの?」
「精神戦でもあったから、相手が嫌がる状態をつくりたかったし。
葵さんにダメージが行かないように、直接攻撃は避けたかったから」
「まー百歩ゆずって、それわ良いとしてもー。
なーんで、魔法少女? 木戸山君の趣味?」
ピンクの生地にフリフリのレースが付いた衣装を、不思議そうに眺める。
「いいえ、漢のロマンです」
大事なコトなので、力強く答えた。
「うわっ、なーにこれ。背中全開だし…… 胸なんかこぼれそーよ。
それに、 ……下着が異様に子供っぽいんだけど!」
葵さんは、フリフリスカートを自分でのぞき込んだ。
「あの、めくったらパンツ見えちゃいますよ?」
「こーんなの、歩くだけで見えるわ!」
僕がもう一度深く土下座すると。
「そっかー、こっちの趣味かあ。まー嫌いじゃないけど……
うわっ、この辺ちょっと勇気いるかな。もう、ロリコンなの??
あーでも、次からこの方向性で押してみるか」
なんかブツブツ言って、頷き始めた。
「それで葵さん」
「なーに、真面目な声で」
僕はさっきから真面目ですが……
「そろそろ次のステージかと」
「次の?」
「魔王も消えたし、葵さんも取り返した。
後はこの空間からの脱出なんだけど。
やっぱり、あのうっかり魔王がラスボスじゃなくて……
――もう少し頭のまわるやつが背後にいそう」
「どーゆー意味?」
「魔王とは違うプログラムが侵入してきて、さっきから僕達を取り囲んでる。
攻撃はしてこないけど、この空間自体を構成し直してるから」
僕は葵さんの手を握って。
「ラストステージじゃないかな?」
その言葉に合わせるように、部屋全体が『文字』に変わって、僕たちはまた落下を始めた。
僕の計算が間違ってなければ。
やっとコレで……
――ラスボスの顔が拝めるはずだ。
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