選択不可能な脱出_Alderson Loop 1
Warning :Alderson Loop
>Important memory Lost.
>Emotion code Error.
>behavior pattern missing.
>Debug mode start.
>Yes / No >■
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葵さんが僕の周りの机をよせると、他に2人のクラスメートがお弁当や学食で買ったパンを持ち寄ってくる。
高崎君は柔道部のレギュラーで、県大会73キロ級準優勝の猛者だ。
だけど、その強面の顔とおとなしい性格のせいで、クラスでは浮いている。
佐川さんは病気がちだけど、学年末テストではトップ争いをする女の子だ。
いつもひとりで本を読んでたけど、葵さんに誘われてから僕達と昼休みをすごすようになった。
葵さんは一部の派手な女子グループ以外とは、分け隔てなく話す。
その派手な女子グループが葵さんを嫌ってるだけで、実際は誰にでも気安く話しかけるコミュニケーション・モンスターだ。
そんな昼休みのメンバーの会話の中心は、葵さん。
僕たちはそれを聞いたり、質問に答えたりする程度だけど。
――いつも笑いが絶えなかった。
食事が終わると、葵さんが鞄からトランプを出す。
「ダウト?」
佐川さんが聞くと。
「そう、今日もダウト。15分タイムオーバー・ルールで」
葵さんがトランプを配り始めたら。
「昼休み、まだ30分以上ある」
高崎君が時計を見た。
「さがわー、これ終わったら時間ちょうだい」
葵さんの言葉に、佐川さんが少し緊張したように頷く。
「どうしたの?」
心配になって、佐川さんに聞いたら。
「女の子の…… 秘密かなー?」
と、葵さんが答えた。
ダウトは配られたカードを、1から順番にコールしながら伏せて出すゲームだ。
そして、そのカードは必ずしもコールに合わせなくてもいい。
ただ、「ダウト」と言われたら、出したカードを裏返して。
正解ならコールした人が、嘘ならカードを出した人が。今まで出されたカードを受け取る。
このゲームは性質上『無限ループ』になる。
本来のルールなら、誰かが手持ちのカードを全て出したら終わりだけど。
最後の数枚のカードが『ダウト』にならない確率は、天文学的数値だ。
だから僕たちは時間制限を作って。
タイムオーバーで、一番手札が多い人を負けにしていた。
葵さんがスマホを取り出し、タイマーを15分にセットしようとして。
「あー、まただ。なんかちょーし悪いのよねー。
ねえ、こーゆーの得意でしょ。ちょっと見てよー」
僕にスマホを見せる。
預かって動作を確認したら、怪しいプログラムがいくつか出てきた。
「じゃあ、あたしのスマホ使って」
「さがわー、サンキュー。おっ! この待ち受け」
「あっ、見ないで」
「なになに?」
「タカサキは、一番見ちゃダメかなー?」
「俺が?」
じゃれ合う3人を眺めながら、プログラム画面をスクロールする。
これは最近ネットで見かけた、痩せガエル手口のひとつだ。
意図的に終わらない選択肢を組み込んで『無限ループ』させ……
個人情報を盗んだり、違う情報を開示させるためのハッキング・ツール。
――Alderson Loopの亜種。
キリキリと頭の中で警告音がなる。
僕はその上に『ネズミ』を仕組んで、追走可能状態でプログラムを閉じた。
「壊さないでよー」
葵さんが心配そうにのぞき込んでくる。
「多分これで大丈夫。 ――安心して」
彼女がなにかに巻き込まれてる?
「ねえー、そう言えば」
「なに?」
「前もさー、似たよーな会話しなかったっけ?」
葵さんのセリフに……
――僕の脳内の警告音のレベルが、なぜか一気に上がった。
「12」
葵さんがカードを出したから。
「ダウト」
僕がコールして、カードを裏返した。
「ほーら、12でしょ。
あたしを信じてよ。じゃないと、永遠に終わらないから」
葵さんが笑って、僕の胸ポケットにハートのクイーンを入れた。
――そこで、脳内にノイズが走る。
「どうしたの?」
心配そうな葵さんの表情が、勝手に映像として記憶された。
「……ちょっと目まいがしただけ」
昼休みの終わりに、廊下で舘山寺さんが話しかけてきた。
「ねえ顔色悪いけど、大丈夫?
あたし保健委員だから。その、付き合おっか…… 保健室まで」
「前も話したけど、コレ地顔だよ」
「前? 話したっけ? ――そんなコト」
舘山寺さんの言葉が、脳内でリフレインする。
デジャブ…… だろうか。
――また、軽い吐き気が襲って来る。
「いや、その、疲れてるのかな? ……ゲームのしすぎかもね」
ファンタジー世界で、魔法をハッキングして無双するゲーム。
――アレ、楽しかったな。
なんてタイトルのゲームだったっけ……
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家に帰ると、すぐにパソコンを立ち上げた。
急いで、今日葵さんのスマホに仕組んだ『ネズミ』を追いかける。
――コードネームはアリス。
ネズミにはもったいない名前のような気がしたけど……
あの時はなぜかしっくりときた。
アリスはいくつかのダミー・サーバーをかいくぐり、とあるデータベースでお昼寝をしている。
「不思議の国にしちゃ、随分と汚れてるな」
麻薬や武器の密輸入、人身売買まで存在してる。
「以前特定した痩せガエルのアドレスと同じだから…… これがあいつの本性か」
そして、急に興味が覚めた。
「警察にリークするのも、どっかの掲示板にさらすのもめんどくさそうだ。
これ、警察とも癒着してそうだし…… 王手のプロバイダーにも資金が流れてる」
正義感なんて、もう擦り切れちゃったし。
リスクに対して、手を出すメリットが少なすぎる。
「葵さんのログだけ削除しとくか」
データベースから葵さんの情報を検索すると。
「売春グループ?」
想像と違うデータが出てきた。
「保健室を利用した高校生売春組織……」
そこには日本中の高校の名前と、加担している教師、生徒、各種企業や政治家の名前まで記入されていた。
――また、吐き気が襲って来る。
そして、葵さんの名前と写真が「人気の女の子」と書かれたリストから出てきた。
――モニターが一瞬ゆらぎ、ノイズが走る。
脳内の警告が最大音で鳴り響く。
吐き気と闘いながら、なんどか深呼吸して、目を閉じる。
無意識に胸に手を当てたら、指先がチクリと痛んだ。
胸ポケットのカードを取り出す。
「あたしを信じて。じゃないと、永遠に終わらないから」
葵さんはそう言った。
――なにを信じれば。
僕がそのカードを指でなぞると、パチンと静電気が走り……
ハートのクイーンの横顔に『文字』が浮かんだ。
「み、つ、け、た」
それがきっかけになって、僕の脳がオーバーフローする。
――時間の流れが急激に遅く感じる。僕がゾーンに入った証拠だ。
「慌てるな、落ち着け。時間はたっぷりある」
――自分で自分に、そう言い聞かせる。
一度見たなら、僕は忘れない。
なんどもカードをこすって静電気を発生させ、『文字』を読み取る。
「まったく、なんどループさせられたんだか……」
不確かだった教室の記憶をつなぎ合せて、ため息をつく。
脳内の映像記憶から、さっきのノイズ画面を検証する。
モニターに一瞬映った女の子は、舘山寺さんだ。
――葵さんじゃない。
「力だ、力が欲しい」
ここには、竜力も精霊力も魔力も無い。
でも、静電気で『文字』は見えた。
壁のコンセントが視界に入る。
「家庭用電流でも、充分な致死量だけど」
それでもエネルギー量を逆算すると、最低確保にギリギリ届くかどうかだ。
僕は、パソコンの電源を引き抜き……
「信じろ、想像力を働かせろ!」
――歯を食い縛る。
この考えが思い込みなら?
自分の記憶以外の証拠は?
記憶の隅で、ハートのクイーンが微笑えんだ。
銅線をむき出しにして握りしめ、なんども深呼吸して。
「――もう、間違えない」
悩みを振り切る。
震える手を強引に握りしめ……
僕は、コンセントに銅線を接続した。
「がっ!」
100ボルトの電流が全身を走る。
スパークした脳が、ギリギリのところで魔法の数式を確立させた。
部屋中に青白い『文字』が流れているのが、ハッキリと見える。
そいつに最新型の『アンチウイルス』をぶつけると。
電子の魔法が、空間を侵食し始め……
「プツン」と音を立て、全てが暗闇に包まれる。
そして、意識がゆっくりと落下を始めた。
でも、もう不安はない……
――こっから先は、全部僕のターンだ。
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