楽しい夢を見てほしい

それは…… 特撮ヒーローものにでも出てきそうな、メカニカルなデザインのドラゴンだった。

銀色に輝く鱗はぜったい金属だし。

動くたびに「ギュイーン」とモーター音が響く。


薄暗い山々をサーチライトの目で照らし、気が向くと口を開けて火炎放射器で森を焼き払う。

耳がパラボなアンテナみたいなのがキュートだけど、やってることが無茶苦茶だ。


「ここは僕達も変身して、全員でロボットに乗り込んで戦うしかないな」

僕のアイディアに頷いてくれたのは、葵さんだけだった。


「なにを言ってるんだ?」

ミキさんが不思議そうな顔をする。


「君たちには少し高度な要求だったよ」

携帯や拳銃が出てきた辺りで、戦車や戦闘機ぐらいまでは覚悟してたけど。


「でも、いくらなんでもメカ・ドラゴンはないだろう……」

――ホント、どうしたら良いんだ?




そう言えば子供のころ、戦隊ヒーローになって戦う夢を見て、うなされることが良くあったな。


崖の上で敵と戦いながら、僕のミスで必殺技が失敗して、落っこちる。

そして目が覚める。


「環境が変わったから不安が多いのさ。

今幸せだと感じてるなら、『これは間違いだ、どこかでまた失敗する』ってね。

安心して、僕はずっと君のそばにいるから。

――できれば、楽しい夢を見てほしい」


ベッドで震えてると、シンイチが大きな手で僕の頭を撫ぜながらそう言ってくれたっけ。



■ ■ ■ コクピットの中で ■ ■ ■



様々なデジタル計器や大型モニターに囲まれた椅子に座に、少年が座っていた。


「やっとおでましか」

左右のレバーを操作して、ひとりの男をアップにする。


「1,2,3…… ああ、5人か。

美人ばかりに囲まれて、彼もなかなかスミにおけないな」


少年は、左手でタッチ・パネルを操作し、合計6人の顔にポインタがセットされるのを確認して。


「まずは小手調べ」

カチリと左レバーのボタンを押した。


6機のミサイルが標準に合わせ発射されたが、着弾寸前に消息を絶つ。

そして突然モニターの映像が揺れ、デジタル計器のいくつかがレッドゾーンへ移動し、警告音が鳴り響いた。


少年がサイド・モニターを確認すると、『文字』と数式が一気に流れだし、高速でスクロールする。


「遮断術の応用か…… あの式で、一瞬だけど空間を歪めた!

――ははっ、面白い。じゃあ、こんなのはどうかな?」


右のレバーを操作しながら標準を合わせ、ボタンを押し続けると、機関砲の発砲音が室内に響き、モニター上の少年少女たちがつき土煙におおわれた。


しかし、モニターをのぞく少年は慎重な顔だ。


サイド・モニターを切り替えて、熱源カメラにチャンネルを合わせる。

やがて土煙が去った後の大型モニターに映る『無傷』の少年少女と見比べて。


「ダミーの映像データだな。そうなると、もう侵入された?」


全てのモニターを機内の制御画面に切り替える。

映像にも、計器の数値にも異常が無かった。


「ミサイル着弾のダメージが消えてるな。

なんだ、既に乗っ取られてたのか……

――もう少し遊んでくれればいいのに」


少年は、とても楽しそうな声色で呟く。


「頭上のアンテナはヒントが露骨だったけど。

それでも目標発見からわずか2分ちょっとで、機内潜入はさすがだな。

メーン・システムがもう80%制御不能、と。

――彼のバイタルデータは…… ああ、ちゃんとスキャンできてるな」


少年は、「人体」の情報を画面で確認しながら……


「あのできそこないの魔女とは比べ物にならないね。

と、なると…… あとは『想像力』の問題だな。

――自分の能力に自信がありすぎて、キミはどうしてもそこが甘い」


少年はモニターの下からキーボードを取り出す。

そして、カタカタと高速で入力を始め。


「じゃあ、こんな仕掛けはどうかな? ――できれば、楽しい夢を見てほしい」


暗闇の中で、そう呟いた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「なんだ、この怪しげな部屋は?」

ミキさんはさっきから物珍しそうに、あちこち触ったり叩いたりしてる。


「コクピットって言って、この乗り物を制御する場所だよ。

パイロットがいないってことは…… やっぱり遠隔操作だったか」


僕達を狙ってこのメカ・ドラゴンを送り込んだのなら……

敵? は、あんな大きなアンテナで通信するなんて。

――いくらなんでもヒントがデカすぎる。


そーなると、わざと乗っ取らせておいて罠を仕掛ける『ブービー・トラップ』の可能性を考えたけど。


「ミキさん、やっぱりここにも『竜力』を利用した仕掛けみたいなのは見つからない?」

「ああ、まったくないな! 面白いぐらいなんにも感じん」

「葵さんも、エメラルダさんも?」


2人が顔を左右に振る。

なんにも無いんじゃ、仕掛けは無いと考えるしかないか。


念の為コクピットから制御系をもう一度確認しても、自爆装置は見つからない。

タイマー系のコントロールもプログラムも、まったく存在しない。


――でも、心のどこかで静かな警告音が鳴ってる。


携帯や拳銃のエネルギーは電気でも火薬でもなかった。

確かにその方が手間がかからないし、高出力で安全だ。


前世の技術を、こっちの『力』で動かす方法が確立してるんだろう。


アンテナ局もなく、空気中の魔力を経由して携帯は動いてたし。

この世界には発電所も電線もないから、電力の供給自体が不可能だ。


拳銃はマガジンに鉛のような金属があるだけで、引き金から魔力を吸収して発射する仕組みだった。


アレなら暴発の心配もないし、反動も発砲音も無い。

僕は魔力が無いから撃てなかったけど……

――葵さんは数百メートル先まで銃弾を飛ばした。

威力も前世の拳銃の比じゃない。


このメカ・ドラゴンも、動いているときは『文字』が無数にうごめいていたし。

竜力で稼働してたのは間違いない。だからハッキングができたんだし……


「魔力、精霊力、竜力…… それ以外の『力』って、存在しないの?」

「さあ? 聞いた事ないな」


ミキさんがコクピットに座ってポチポチボタンを押したり、レバーを引いたりして遊びだした。だけどメカ・ドラゴンは、まったく動き出さない。

動いてるのは、あの爆乳だけだ。


「なにをそんなに心配してんの?

ドラゴンをこんなに簡単に封印したのはおどろいたけど……

あんたらしい手口で、いつも通りの結果だったじゃない」


ローラさんも安心しきった表情だし。

葵さんも、エメラルダさんやフィーアさんも同じだ。


「なんかね、上手く行きすぎて逆に不安になったんだよ」


このコクピットはメカ・ドラゴンの胸の辺りにあって、窓を開けると爽やかな夜風が入り込んできた。

空には、見知らぬ星座が満天に輝いてる。


「危ないわよ、けっこうな高さだから」

下をのぞくと暗闇におおわれて、なにも見えない。


「ホントだ、落ちたら死んじゃいそうだ」

「飛行魔術なんか使えるのは、魔女とかの一部の魔族だけなんだから」


ローラさんの言葉に笑いながら振り返ったら、その後ろでパチッと電気がショートするような音が聞こえた。



「しまった! その手があった」


コクピットの壁伝いに『文字』が流れ始める。

見覚えのある青白いスパークは、電子の流動だ。


「この世界のエネルギーを利用する技術があるなら、その逆だって」

どうして想像できなかったんだろう? やっぱり自惚れてた?


電力を利用した魔法の施行……

それなら彼女達に探知できるわけがない。

しかも、この大きな図体ならバッテリーを隠す場所だってたくさんあるはずだ。


『文字』を書き換えようと、手を伸ばして……

最悪のことに気付く。

――僕は電力を吸収して、操作する事なんてできない。


そしてここには、パソコンもインターネットも存在しない。


「くそ!」

衝撃波に押されて、窓の外に押しやられる。


「木戸山君!」

葵さんが、あわてて僕に手を伸ばしてきた。


反射的に、葵さんが危険だと判断してその手を払うと……

「バカ!」

両手で強く抱きしめられた。



ああ、葵さん。ソレじゃあ……

――いっしょに落っこちるしか、ないじゃないか。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「ねー木戸山君、おきなよー。もー」

葵さんの声と、肩をゆすられる感覚で目が覚めた。


「ずいぶんとー、うなされてたけど。だいじょぶ?」


「あれ、どうしたの?」

葵さんは黒髪で、学生服を着てる。


「もう昼休みかな? 授業完全に寝過ごすなんてやるねー」


教室では弁当を鞄から出したり、友達と集まってだべってたり。

クラスメートたちが楽しそうに騒いでる。


「葵さん、ドラゴンは! 仲間はどうなった?」


状況がつかめなくなって、軽いパニックだ……

――なんとか呼吸を落ち着ける。

幻覚魔法とかだろうか?


「あー、徹夜でゲームとかハマった?

まあ、安心して。あたしらみんな元気だし。

ドラゴンもまだ、ゲームや漫画から抜け出したって、聞かないしね」


僕は目を凝らして、空気中や壁に『文字』が現れてないか探す。


でもそこには僕を見ておどろいたり……

ヒソヒソ声でなにか話してるクラスメートと。



――普通の高校の教室しか存在しなかった。

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