男は皆…… 血の涙を流すものさ

「先生ね、木戸山君がそんな子だとは思ってなかったわ……

――とても残念よ」


「おいこら、なに良い先生ぶってんだ」

「やっぱり殺すしかないわね!」


乳神様は再度大きな胸を震わせ、両手を開いた。

――チャンスはここしかない。


あのバカげた物量を跳ね返すには、今の僕達じゃエネルギー不足だ。

なら、足りないものは別から補えばいい。


「一度あいつの攻撃を受けて、その後反撃にでる」

2人に聞こえるように小声でささやいたら……

ローラさんが頷き。


「あん」


葵さんからは、なんか色っぽい返答が返ってきました。

うーん…… 大丈夫なんだろうか?



ボインと巨乳が弾んだ瞬間、高濃度な『文字』が両手からあふれ出した。

微かに残った遮断術をかき集めて対抗する。


「むりむり! これはとっておきなんだから」


勝利を確信してる乳神様の笑顔を見ながら、僕は文字の一部を強引に自分の身体に押し込む。

激痛が走ったけど、エネルギーの確保は出来た。

歯を食い縛りそれに耐えていると、ローラさんが前に出て僕達を防御する。


その肩越しから、乳神様の頭上にハッキリと浮ぶ『木偶』の文字に僕はパスを繋げ……

――それを、葵さんの魔術回路と連結して。


「行くよ!」

「うん、あたしも…… もうイキそう」


えーっと葵さん、いったいどこに向かってるんですか?

なにかが決定的にズレてる気がしたけど。とりあえず無かったコトにして。


――僕は乳神様に『トロイの木馬』version2を、打ち込んだ。


木馬が侵入すると。

「んん?」

と言い残して、乳神様は膝からカクンと倒れ込む。


「ローラさん、ケガ!」

身体のあちこちが火傷してたけど、プスプスと音を立てながら高速で治って行く。


「なんかあたしも、面白人間になってるみたいね。

で、お楽しみのトコ悪いんだけど…… ちゃんと仕事は終わったの?」


僕はぐったりして意識を失っている葵さんと、ケガの修復をしているローラさんのバイタルデータを確認して。


「大丈夫みたい。なんとか残業にはならなさそう。

――あとはあっちの確認だけ」


葵さんをその場にそっと寝かせる。

そして僕は、ローラさんと倒れ込んだ女性のもとへ向かった。



「な、なんてことだ……」

壇上で倒れた女性を確認して、認めたくない驚きの事実と対面した。


「お、おっぱいがしぼんでる」

僕が打ちのめされてると、ローラさんが。


「えっ、なに? 確かになんか小さくなった気がするけど……

――なにか問題が?」


「バイタルデータを確認したけど、健康上特に問題はないよ。

ただの睡眠状態だし、魔力的な残滓も見付からない」


「じゃあ、どうしてそんな顔してんのよ」


「推定Gカップが急にEカップになったら、男は皆…… 血の涙を流すものさ」

ハードボイルドに説明してみたけど。

「はあ?」と、返されてしまった。



「んん……」

僕たちの声に、女性が目を覚ました。


「あなた達は?」

驚いた顔で見上げる女性は、さっきよりも若々しく……

やっぱり美しい顔立ちだった。


「私の名はローラと言います。

今、我が主キドと共に、貴方に宿っていた『魔』を退治したところです」

ローラさんがさっきと同じように、肩膝をついて頭を下げる。


遮断魔法はもう残ってないから、外に音がもれてるんだろう。

騎士や兵士が、一斉に部屋に押し寄せた。



――さてさて、どうしたものか。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「なんとお礼を申し上げたらよいのやら。

バリオッデ様が魔王に操られてから、領内に暗雲が広まり……

治安が悪化し、それを守るべき兵士たちまで。

なにより、それを知ってなお魔王に立ち向かえなかった自分たちの不甲斐なさ」


ボロボロと涙を流しながら語る初老の騎士は、マークさんというらしい。

この領の近衛騎士長さんだとか。


「マーク。 ……客人の前です、控えなさい。

なにより魔王に乗っ取られたのは私の責任。

自分を責めてはいけません」


「ああ、バリオッデ様! なんと勿体無いお言葉。

こうやってお元気な言葉を、今一度聞けるだけで……」

そう言って、おじいちゃんは泣き崩れてしまった。


「マークは私の幼少の頃からの近衛なのです。

どうか、大目に見てやってください」


バリオッデさんのバイタルデータをスキャンしても、特に後遺症はなさそうだし。

まずは一安心かな。


「でもあいつ、自分は『神』だって言ってたよな」

僕がポツリと漏らすと、ローラさんが答えてくれた。


「そー言えばまだ、この世界のことをよく知らなかったのよね。

レコンキャスタを率いて上り詰めた『最凶・最悪』って言われる現魔王は……

――聖典より前の神話時代の3神のひとつ、『破壊の女神シーバー』を名乗ってんのよ」


聞くとそれは、創造、維持、破壊の神々が存在して時空をまとめる。

前世でもあった「3神1体」的な思想だった。


「聖典と言えば…… あなたは、伝説の勇者キー・ファーマのようですね。

――2人の女神を供に、奇跡の御業を用いて悪を絶つ。

身体は操られておりましたが、意識は多少ありましたので。

その御業…… 拝見することができました」


領主さんの言葉に、僕が苦笑いしてると。


「まあ、確かに聖人様はユニークなお顔立ちだったって伝説にあるし。

名前もなんとなく似てるよね。キドファマ…… だったっけ?」

ローラさんが笑いながらツッコんできた。


「木戸山だよ。まあ、発音できないならそれで良いけど」


僕たちの会話を聞いてた領主さんと騎士さんが、突然、教会のシスターさんがやったのと同じような『祈り』の姿勢になった。


「そのお姿…… そして我らの領に古くから伝わる聖人様の御本名。

……伝説は本当だったんですね。

~混沌と破壊の世が訪れれば、このはじまりの地にて勇者復活せん~」


そしてバリオッデさんの言葉に合わせて、全員が土下座でもするように、深く深く頭を下げた。

「ローラさんコレ、見覚えのあるパターンだから。

――その、逃げちゃわない?」


その提案に、ローラさんは。

「はあーっ」と、盛大にため息をついた。


僕としては変に目立つより、ローラさんの生活の保障と。巻き込んでしまった葵さんへの罪滅ぼしができれば……


――それでOKなんですけど。



■ ■ ■ どこかの城で ■ ■ ■



「やあ、ヤドリギの魔女さん。ずいぶんコテンパンにやられたね」


ずらりと本が並ぶ一室で、ひとりの少年がなにも無い空間に話しかけた。


「分体が幾つかやられたみたいだけど……

こんなのすぐ復活できるから、たいしたダメージじゃないわ。

それから、あたしのことはシーバーって呼んで。

昔の名前は好きじゃないのよ」


少年はパタリと本を閉じ、実体化し始めた魔王を眺める。


「自覚が無いようだね、ちゃんと確認したら?

前にも注意したけど、彼をなめすぎなんだよ。勝手に殺そうとするから……

――そんな目に合うんだ」


そう言われて、魔王は思考を巡らせた。

「あれ? 他の分体も…… 地球の分体も、見つかんない」


「もう、とうの昔に消滅してるよ。

そんなコトより自分の身体の修復を急がなきゃ、取り返しがつかなくなるよ」


魔王の足元から……

砂が崩れ落ちるように、体が分解されている。


「うそ! えっ、あれ? ……制御できない!」


「以前の木馬よりかなり凶悪だね。

こんな短時間で魔法を理解して、このプログラムを組むなんて。

やっぱり彼は『感』が冴えてる」


「そんなこと言ってないで、お願い!

た、助けて…… このままじゃ、あたし消滅しちゃう」


少年はつまらないモノを見るような目つきで立ち上がって。

――その女性の大きな胸に手を突っ込んだ。


「放浪してた出来損ないの魔女をココまで育てるのは、手間だったし。

今無くなっても、困るから…… 形は残しておいてあげるよ。

でも独断専行が過ぎたかな? しばらく反省してて」


そして波打つ心臓を抜き取り、そこに群がる文字を書き換えた。

体は全て砂のように崩れ、床に広がっている。

そして『文字』を書き換えられた心臓が、小さな人形に変わり……


少年はその人形を、本棚に並べた。

「そーなると、次はどれかな?」


そこには、フィギアのコレクションのように数十体のモンスターや魔人の『人形』が飾ってある。


「魔王がダメなら、これかなあ。 ……やっぱり」

そして、龍の『人形』を取り出して……



――その美しい顔を、いびつに歪めて微笑んだ。

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