なんでいきなりルビーのおっぱい揉みだしたの?

宿に戻って昼食をとってたら、支配人が訪ねてきた。


「バリオッデ様がお呼びです。謁見の間まで、お越し下さいとのことでした」


やっぱり領主からのお誘いだ。

こっちから無理におしかける手間ははぶけたけど。


「うーん。あんまりよい話になりそうにないね」

肉にかじり付く葵さんに聞いてみたら。


「そもそも、なんで行くの?」

「それは、昨夜の襲撃の裏を確認して今後どうしたら良いか対策を練るためだよ」


ローラさんが、肉をかじりながら。

「それなら、黒なんじゃないの。

領首と教会はつながってるはずだし、教会はレコンキャスタの傘下だろうし。

――他に、なにか知りたいことがあるの?」


「そー言われると特に……」

さっさとどっかに逃げた方が良いのか?


「なんでだろ?」

なにかモヤモヤしたものがあるのは確かだ。でも、それが何か分からない。

僕が悩み始めると。


「前から気になってたんだけどさ、あんた頭が良いけど……

ひょっとして、 ――バカ?」


ローラさんの言葉に、葵さんがプッと吹き出した。



それでも僕たちは、領主城へ向かった。

まず、さっき仕組んだ壊れた携帯から抜き出したGPS発信機の『ネズミ』が領主城にいること。2つ目が、僕の本能がやっぱり騒いでいること。


――シンイチいわく。

「有能な科学者は、知識や経験からだけじゃなくて『感』を信じて行動ができる」

違和感を感じたら、それはまだ脳が理論立ててないだけで、「なにかを見つけた証拠」なんだとか。


例えば、誰かを『認識』してるのは『顔』や『背格好』よりも。

――その『しぐさや癖』らしい。


まだ顔が分からないぐらい遠くにいる人や、違う服を着た人の後ろ姿で……

「あれ? ○○さんじゃないかな」と、分かるのはそのせいだ。


……今はその、潜在認識を信じる。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



案内してくれた兵士さん達がさっきのイケメン下品騎士と同じ格好だったから、ちょっと緊張したけど、問題なく『謁見の間』まで通してくれた。


この城は帝国領になる前からの建物で歴史も古く、人気の観光スポットだとか。

――宿で見た観光パンフレットにもそう書いてあった。


謁見の間も広々としてて、豪華な造りだった。僕たち3人が広場のような場所に入ると、少し高い場所のカーテンがおもむろに開く。


「片膝をついて、頭を下げて」

ローラさんの言葉に、僕と葵さんがあわてて頭を下げた。


「私がバリオッデ5世・サイクロンよ。おもてを上げて」


若い女性の声に驚いて顔を上げると、そこには20代中半ぐらいの黒髪の女性が、疲れた顔で座っていた。


目鼻立ちははっきりとしてるが…… ちょっと幸薄そうな感じだ。

そしてなにより目を引くのが、大きすぎる胸だ。

もう、シャツのボタンがはち切れそう。


隣に立ってた年配の騎士が、彼女の耳元でなにかをささやく。

「わかってるわ…… 大丈夫、皆下がってて」


その女性がそう言うと、騎士さんが深くお辞儀をして部屋を出ていった。

そして、後ろで警護してた兵士さん達も同じように退室する。


部屋には僕達と、領主さんだけになった。

相変わらず疲れた表情で、ため息交じりにポツリポツリと話し出す。


「――ようこそ。

ここまでたどり着くのがあまりにも早かったから、ちょっと驚いてるのよ」


彼女がパチンと指をならすと、部屋中に『文字』がはびこる。

それは葵さんの使った遮断術に似てたけど、量も質も桁違いだった。

キーンと耳鳴りがして、しばらく何も聞こえなくなる。


「話がよく見えないんですが」

念の為、お伺いしてみる。


「やっぱり…… 全ての謎を解いてたどり着いたんじゃないのね。

でも、それはそれで面白いわ。 ――運も実力のうちだから」


そして懐から、僕がさっき街中で放った『ネズミ』を取り出す。


「これなんか、なかなか面白かったわよ。私も城に戻るまで気付けなかったもの。

注意をそらすために放った『拘束魔術』も悪くなかったわ。

私じゃなきゃ、あれで捕まったかもしれない」


もう一度ため息をつくと、彼女の頭上には2本の捻じれた角が現れた。


葵さんがそっと手を握ってきたから、僕は送られてきた魔力を利用して、部屋にはびこる文字のいくつかを書き換えた。

キープしていた『ウイルス』や『アンチウイルス』も、いつでも解放できる状態にする。


「うーん、やっぱり勘違いしてるわね……

――私はあなた達の味方よ。この世界の神のひとりなの。

だから、その物騒なモノをひっこめてくれない?」


そしてもう一度、深くため息をついた。



▽ ▽ ▽ 葵 視点 ▽ ▽ ▽



カーテンが開いてから、あたしもローラもあの女から放たれる異様なオーラに圧倒されて身動きがとれなくなった。おまけに、じわじわと体力も奪われてく。


木戸山君は相変わらずひょうひょうとしてるけど……

――目元がキョロキョロと動き出した。

あれはー、彼が集中し始めた時の癖だ。



初めてそれに気付いたのは、高校の避難訓練の時だった。

3階の教室からー、避難スロープを使う訓練で、じゃんけんで負けたクラスメートが順番に降りてくのをみんなで笑いながら見てたら。


「あれ、んん?」


目元をキョロキョロさせながらー、木戸山君が呟く。

なーんか、視線を追うと、サビたボルトが揺れてるような気がした。


「先生! 次僕が行きます」


いつもはー、目立たないように本人は努力してるみたいだったから……

まあ、実際は目立ちまくりだったけど。

珍しい発言だったから。


「ん? じゃあ木戸山君、お願い」


乳神様って男子が呼んでる岡部って女の先生も乗ったし。

クラスの子たちも喜んだわ。


そしてー、木戸山君はスロープに近付き……


「大丈夫かなーコレ? ちょ、ちょっと怖いな」

って、ブツブツ言いながらー、スロープを揺らして……

「ガシャン」と大きな音を立てて外してしまった。


そのビミョーな動きがみんなの笑いを買ったけど。

うーん…… よく考えたら、大惨事一歩手前だったよね。


後から業者が調べて、留め金の一部がサビてダメになってたことが分かったらしいけど、そこは目に見える場所じゃなかったから……


「木戸山君がヘタレでよかったね」で、済んだけど。

――今思うと、彼は気付いてたんだろう。


あたしのSNSに変な書き込みが始まった頃、スマホの調子が悪くなって。


「ねえ、こーゆーの得意でしょ。ちょっと見てよー」

って、お願いしたら。


「んん?」とか言いながら、なーんか操作して。

――途中から目がキョロキョロしだした。

画面をのぞき込むと、真っ暗な画面に英数字がいっぱい出てきてて。


「壊さないでよー」って言ったら……

「多分これで大丈夫。 ――安心して」って、笑った。


そう、アレからだ…… 『痩せガエル』がネットの噂でいなくなったのも。

ウチの高校の売春グループが急におとなしくなったのも。


木戸山君はどこまで知ってて、そして、ホントーはなにをやっていたんだろう?

――まだ勇気が出ないから、上手く言えないけど。


でもこれを乗り切ったら……

頑張って、木戸山君に話してみよう。まず、自分のことから。


あたしの手を握る木戸山君の手から汗がにじんでる。


もー、相変わらずヌケた顔だけど……

きっと彼は、今サイコーに頑張ってるはずだから。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



僕が手持ちのウイルス関係をひっこめたら、壇上の女性はニッコリと笑った。


「誤解も解きたいし…… 聞きたいこともあるでしょうから。

なんなりと、質問して」


ちょっとあの表情がムカつく。相当自分の能力に自信があるんだろう。

それに顔の周りをうろつく見覚えのある『文字』も、気に入らない。


まあ変な交渉事は必要なさそうだし、聞きたいことも決まってるから。

――とっとと終わらせよう。


「ねえ、岡部先生が狙ってたのはそもそも僕の命なの?

それとも…… 別に目的があったの?」


葵さんの身体を引き寄せるながら、固まっちゃってるローラさんに近付く。

触れられる距離まで、あと少しだ。


「あはは! さすが木戸山君、その質問は先生の期待通りよ。

あの人の評価があんまりにも高いから、様子を見てたんだけど……

めんどくさいから、もうここで殺しちゃってもいいかな?」


乳神様は大きな胸をブルンと震わせて立ち上がり、僕たちに向かって手を広げた。

ハッキングした部屋中の『遮断術』をかき集めてバリケードしたけど……

それも一瞬で飛び散る。


そして跳ね返ってきた自分の攻撃をものともせず、嬉しそうに笑いながらこちらを見た。


――くそ、やっぱり凄い巨乳だ! 余韻で揺れてる……


「あー、遮断魔法を乗っ取ったのかあ。

話は聞いてたし、さっき自分でも確認したけど。 ――油断してたわ。

木戸山君、そんなことできるのこの世界にもいないよ。

それによく、あたしの正体見破ったね。

先生、は、つ、た、い、け、ん、よ! ねえ、それだけでも死ぬ前に教えて」


次は、事前に魔力を出さないで一気に放出するつもりなんだろうか?

チラチラと文字が見えるけど、すぐ隠れちゃうから、これじゃあ解読できない。

対策はちゃんと用意してるって事だね。


なら、こっちも時間が欲しいから……

会話に乗るしかないか。


「声や姿を変えても、癖が全く一緒じゃ意味ないですよ。

ため息のつき方が同じだし……」

――その後の胸の揺れ方も一緒でした。


「へー、ありがとう。勉強になったわ」

「せっかくなんで、僕の質問に答えてくれませんか?」


あっちも時間がかかってるんだろうか?


このスキにとっとと逃げたいけど、ローラさんは伸びちゃってるし葵さんもダウン寸前だ。2人を担いで移動は、僕じゃ無理だし。

そうなると…… もう、あの手しかなさそうだな。


「――その件ね。

木戸山君はこっちに引き込もうとしてたけど、やり過ぎたから殺すことにしたの。

そっちのバカ女は、ついでかな? いろいろ厄介な事に首突っ込んできたから。

あたし達は、あの世界とスムーズに『貿易』ができればそれでいいのよ。

だけどまた、じゃまになりそうだから…… やっぱり死んで」


額に見覚えのある文字が浮かぶ。 ――やっぱり、あれは『木偶』だ。

あるいは本来の領主を乗っ取ってるって考えて、間違いないだろう。


一度見たものは、僕は忘れない。


「葵さん、ゴメン!」

僕は背中越しに、葵さんを抱きしめる。


乳神様の妙な圧力と、さっき遮断術をハックしたときに使った魔術で、彼女の力は枯渇寸前なんだろう。

僕は、魔力回路の近くまで自分の手を滑り込ませる。


「あっ、いやっ」

妙に色っぽい葵さんの吐息がもれると、室内にビミョーな雰囲気が充満した。


「ねえ、なんでいきなりルビーのおっぱい揉みだしたの?

やっぱりバカなの?」


ローラさんが乳神様の圧力に必死に耐えながら、聞いてきた。

ねえ、それって命がけで言うこと?


壇上の乳神様を見たら、目が点になってらっしゃる。

――なんだか良く分かんないけど、コレはきっとチャンスだ。


葵さんの魔術回路を、以前操作したアンナさんの魔術回路に重ね合わせる。


「葵さん、少し我慢してて」

「あっ、もう…… す、好きにして」


ビクンと脈打つように葵さんがケイレンすると……

更に室内にビミョーな空気が流れた。


ここはヒーローがカッコ良くヒロインを助ける場面じゃね?


赤い顔で「くっ」とか「あん」とか吐息を漏らす葵さんを見てると。

いったい僕はなにをしてるんだろう?


――とても心配になってきました。

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