いつまで抱き合ってるのよ

エメラルダさんとフィーアさんは、森に戻ってもらうことにした。


「これで連絡を下さい、レコンキャスタには繋がらないようになってますから」

携帯の残り1機を渡し。

「その後の状況を教えて下さい」

そうお願いして、2人と分かれる。


「僕たちは、一度宿に戻ろう」


上手く行けば、領主からアクションがあるはずだ。

昨夜の件も、今の事も、間違いなく連絡が行ってるはずだから。


「どー来るかな?」

それによって、事情が変わってくるから……




「で、こうなるわけね…… 彼らはこの領の正規軍よ」

ローラさんがまた、ため息をついた。

僕たちは今、騎士達に囲まれてる。


「動きが早くて助かるよ」

「ホントに?」

葵さんが不審そうに僕を見た。


――いやまあ、考えなかったわけじゃないけど。

早すぎてビビってるのは事実です。


正面には馬に乗った騎士がひとりと、鎧を着た兵士が5人。

後ろには、4人の兵士が道を塞ぐように立っている。


総勢10人、全員きらびやかな鎧に長剣を携えている。


「俺は南門衛兵隊長ブルード・スミソンだ!

教会襲撃犯を追ってる。さきほど、不審人物の通報があったんだが……

ふん! お前たち、衛兵舎まで来てもらおうか」


馬上の金髪イケメンが、いやらしい顔つきでそう言った。


「ブルード? まさか……」

ローラさんの表情が歪む。


「知り合い?」

「軍にいた頃のね。そう言えばあいつサイクロンの出身だって言ってたっけ」

――どうやら、あまり良い知り合いじゃなさそうだ。


「ん? なんだお前、ローラじゃねえか。

奴隷に落ちてマリオットの街にいるって聞いたが…… なんでこの街にいるんだ。

うす汚ねえ格好の男に、そっちは半魔か。

――まさか奴隷が嫌で、逃げてきたんじゃねえだろうな」


ローラさんや葵さんを舐めるように見る姿は、なんとなく同族の匂いがする。

そこは、ほのかに好感が持てるが……


「俺が買い取って、使ってやってもいいぜ」

――思考回路が低俗すぎて、話が合いそうにない。


馬上の男が「けっけっけ」と、下品に笑ったら、同調するように周りの兵士も笑い始めた。


「ローラさんは僕の大切な仲間です。

残念ながら売り買いの対象にする気はありません。

それに教会の件は、僕たちに関わりないです。

ただ先ほど、消化のお手伝いを少ししただけで……」


「関りが有るか無いかを決めるのは俺だ。

下民の分際で口答えをするなら、この場で切って捨てるぞ!」


そう言って、剣を抜いた。

どうやら話し合いが通じるタイプじゃないみたいだ。

僕が困ってると。


「そう…… あんたも貴族なら、決闘を受けなさい!

軍でバカにされたままじゃ、おさまりも悪いでしょ。

もしあんたが勝ったら言う事を聞いてあげるから。

あたしが勝ったら、この場は見逃して。 ――それともまた、失禁しながら逃げる?」


ローラさんが剣を抜いて前に出る。そして小声で僕にささやいた。


「あいつ…… あんなんだけどA級騎士で、腕もそれなりなのよ。あたしが戦ってる間に逃げて」


「でも、それじゃローラさんが」


「大丈夫よ、前の決闘じゃ失禁するまでタコ殴りにしてやったから。

それに、貴族が決闘を受けたら1対1の対決なの。

そのスキに逃げれば、ここはなんとかなるから。 ――後の事は、任せたわよ」


サッソウと立ち向かうローラさんがカッコ良すぎる!

了解です。逃げ延びたら、頑張って交渉事まとめます。


「特別部隊で恐れられた、あの『百剣ハンドレッドローラ』なら、相手に不足はないな。

いいだろう! その決闘受けてやる。前は不覚をとったが…… 今度はそうはいかねえぞ!

おい、お前ら…… 分かってんな」


お下品イケメンが馬を降りると同時に、他の兵士が一歩下がった。

通りはギャラリーでいっぱいになる。


僕は念のため、他の兵士やギャラリーも見回して記憶に納める。

そして逃げるタイミングや逃走経路を脳内で計算してたら。


「後ろの兵士のうち2人が魔術師。 ……いま、詠唱に入った」

葵さんが、ポツリと呟いた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「葵さん、手を貸して!」

魔術が完成する前に、それを解除したい。

「わかった」葵さんが僕の手を握ると同時に……


「キュン!」


何かが通過する音が聞こえてきた。

振り返るとイケメン剣士の横でひとりの兵士が、僕たちに銃を向けてる。


「卑怯よ、1対1の勝負でしょ!」

ローラさんが僕たちに駆け寄ろうとしたら。


「他の賊を倒すのに、決闘は関係ねえだろ!

おいおい、こっちがおろそかだぜ」

イケメン剣士がローラさんに切りかかった。


僕をかばうように覆いかぶさった葵さんの肩から、血が流れている。

後ろ2人の詠唱が完成して、ローラさんを複数の『文字』が包み込む。


「ちっ!」


ローラさんが舌打ちをして、その剣を受けようとしたが、動きが止まる。

拘束魔法だろうか? イケメン剣士がそれを見て、嬉しそうに表情を歪めた。


僕の胸からも、ゆっくりと血が流れだして……

葵さんが驚愕の表情で、それを見ていた。



それがきっかけになって、僕の脳がオーバーフローする。


――脳内にプログラム・ラインが溢れる。魔法が文字となって一面に広がった。


――時間の流れが急激に遅くなる。僕がゾーンに入った証拠だ。

なにもかもがスローモーションに見え……


「慌てるな、落ち着け。時間はたっぷりある」

――自分で自分に、そう言い聞かせる。


幸い葵さんと僕は触れたままだ。

彼女から魔力を借りれば、ローラさんの拘束魔術は解除できる。


――あの魔法は、昨晩葵さんがレコンキャスタにかけたから、見覚えがある。

一度見たなら、僕は忘れない。


教会で使った回復術は、念の為コードを脳内にコピーしておいた。

だから、葵さんと僕のケガは瞬時に治せる。


――『想像力』を駆使しろ!

もう、前世での「実験室」で犯した失敗は許されない。

ここはなんでもアリの魔法の世界だ! そして物事は「人の想像」を超える。


僕は魔法ハッカーになる。


ゾーンに入る前に「記憶」した映像を全て洗い直す。

兵士の配置は? 魔術師は何人? 銃は他にもあるか?

ギャラリーに違和感はないか!


「……みつけた」


もう間違わない。

――悲痛な眼差しのまま動かない彼女を、僕はそっと抱きしめた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「いったい何が起きたの?」


葵さんは、突然僕と自分のケガが治ったから驚いてるんだろう。

でも僕の体感じゃ2時間以上。仕掛けは十分に施した。


「――この状況は全て制御ハックした」


僕が葵さんに耳打ちしたら。

「なに?」

不思議そうに、聞いてきた。


「安心して、こっからは全部僕のターンだ。

合図したら、また魔力をちょうだい」


コクリと彼女が頷くと……

僕達を中心に派手なエフェクトが輝いて、イケメン騎士以外の兵士が全てフリーズした。

――さっき、拘束魔術の方向性を変えたからだ。


「だっらー!」

ローラさんがチャンスと見て、突撃する。

ちゃんと1対1の状況なら、彼女は負けない。その言葉通り……


「くそ!」

まるで百本の剣が同時に繰り出されたような突きに、下品騎士がひっくり返る。


「まだやる?」


下品騎士は、ローラさんが首元に突き付けた剣にひるみながら。

「おぼえてやがれ!」

定番の雑魚キャラセリフを残して、逃げていった。


――どよめくギャラリーに、潜んだ影が動く。


「今だ!」

僕の合図に、葵さんの魔力が流れ込んで……

僕はフードを深く被ったターゲットに、とっておきの拘束魔法を放つ。


はらりとフードがズレ、捻じれた2つの角が見えたけど。

一瞬足を止めただけで、また何事も無かったかのように走り出した。


「やっぱり、ダメだったか……」

でも、あの背格好は間違いない。角も確認できた。

あとは、仕掛けた『ネズミ』が仕事をしてくれるかどうかだ。


「あれはなに?」葵さんの言葉に。

「実験室にいたヤツ」僕が答える。


少し震えた葵さんに、僕が戸惑ってると……


「ねえ、あんた達いつまで抱き合ってるのよ」

ローラさんが僕たちに近付いてきて、またため息をついた。


あわてて離れたら……

ギャラリーが、ドッと騒ぎ出した。


「どうやらあいつら、領民に嫌われてるみたいね」


ローラさんへの賛辞と拍手や口笛に混じって、「よくやった」とか「スッキリしたぜ!」なんてセリフも聞こえてくる。


そして、僕と葵さんへの冷やかしまで聞こえだして……

拘束魔術は解除したはずなのに。

――僕はその場でフリーズしてしまった。

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