勘違いじゃない?

教会にたどり着くと、既に消火活動は始まってた。

バケツリレーで建物の中に水を運んでる。


「昨晩のボヤ騒ぎと言い…… どっかに放火魔でもいるんじゃねえのか?

こっちもたいした被害じゃねえが、不安でならねえ」


バケツを運ぶハゲたマッチョなおっさんが、そうぼやく。

――はい、放火魔ならここにいますが……


「ケガ人とかいませんか?」

そこが心配だったから、おっさんに聞いてみると。


「おっ、なんだい坊主。おめー、回復魔術使えるのか?

――だったら助かる。

教会の神父や聖騎士の連中がブツブツ言って出てっちまったからな。

残ったのは身を寄せてる病人や看護してるシスターだけなんだ。

今回のボヤじゃ喉が痛てえとか、その程度らしいが……」


レコンキャスタはケガ人をおいて逃げたようだ。


深くフードを被ったエメラルダさんが近付いて来る。


「ここでは精霊の加護があまり受けられませんが……

――その程度なら、私がなんとかできます」


おっさんにケガ人や病人の場所を聞いて、移動すると。


「どこも同じね。

孤児や身寄りのないケガ人が集まるのはココしか無いから」

ローラさんが、そう呟いた。


そこは野戦病院のような場所だった。 ……数人の咳やうめき声が聞こえるけど。

どこまでが今回のボヤの状態か分かんない。


でもこの状況は、なんとかできないだろうか。


慌ただしくシスターさん達が走り回ってたから……

僕たちは少し離れた距離で立ち止まった。


「ねえ、エメラルダさん。一度僕に回復術を見せてください」

葵さんが使った術式も見覚えがあるけど……

あれは痛すぎて今回はパスした方が良さそうだ。


僕が手を差し伸べると、エメラルダさんはちょっと照れたように。

「手でよろしいですか?」って、聞いてきた。


「手で! お願いします」


葵さんの回復術を見て気付いたけど、精霊術の回復とアンチウイルスの修復動作はどこか似てる。 ――応用が効くかもしれない。


エメラルダさんの手から流れ込む術式を読み取りながら、プログラムを作成する。


「やっぱり同じコードだ…… これなら、イケる。

次は今の2~3倍の力で、精霊力だけもらえますか?」


僕がそう言ったら、葵さんが割り込んできた。


「あたしがやる」

「イタズラしない?」

「しない」


エメラルダさんも苦笑いしながら一歩下がったから、葵さんにお願いした。

トロイの木馬の時にやった増幅コードは有効だったから、同じものを仕込んで回復術を室内全体にかける。


部屋全体に精霊術の文字が広がり、病人やケガ人に吸い込まれると同時に……

そいつらがドンドン増幅と拡散を繰り返して、病気やケガを治しはじめた。


しばらくすると咳やうめき声が聞こえなくなったから、シスターさん達に気付かれないように、僕たちはそっとその場を後にする。


少しでもケガが良くなってくれれば嬉しい。


「ボヤの方は?」

教会内を見回ってくれたローラさんに確認すると。


「もう煙だけよ。 ……燃えたのはどうせ、レコンキャスタの装備だし。

多少飛び火したところがあったみたいだけど、もう消えてるわ。

それより、ちょっとおもしろいモノがあるから来てみない?

連中そーとーあせって、逃げたしたみたいよ」


ローラさんについて移動してみると……


「安全石?」

――見覚えのある形の石が、テーブルの中央に置かれていた。


「ああ、エメラルダ達が言ってた安全石ってこんな形だったんだ。

あたしらは、『指令石』って呼んでた。

レコンキャスタの司令官が使う、軍の統括用の魔道具よ」


ほほう。と、な、る、と。 ……やれることが一気に広がりそうだ。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「なんか悪い顔ね」

「ほんと」

「あら、イタズラを思いついた子供のようで可愛らしいですわ」

「……不気味」


順番にいいように言ってくれてますが、僕なりに必死になって考えてるんですけど!


この美少女陣からの攻撃、なんとかなんないのかな?


「Dosアタックをかけようと思いまして」

「ああ、前言ってた波状攻撃?」


さんざん、美少女波状攻撃を受けてきたので、意趣返し? っていうか、ストレス発散も兼ねた攻撃だけど。


「さっきの携帯ブラクラ攻撃で、相手は多少混乱してるはずです。

そこで、第2段! 意味不明データをココから大量に送って、更に混乱させます。

上手く混乱が広がってくれれば、第3弾で、同じような指令石を乗っ取るためのウイルスを拡散させます」


「えげつない波状攻撃ね…… さすが暗黒術師、発想が怖いわ」


なんとでも言ってくれ!

これが前世でのハッカーの常套手段なんだから。


「そこで、この指令石が『携帯』の親みたいなんで。

とりあえず音声を増幅して送り込もうと思うんですが……

僕がこの石に細工をしてる間、誰か歌ってもらえませんか」


「歌? ただしゃべるだけじゃダメなの」

「ソレだと途絶えた時問題が起きるし……

――音階や音調があった方は細工しやすくって、良いです」


「えっ? じゃあ、あたしパス。歌下手だから」

ローラさんが他の3人を見回す。


「あたしは魔力を送るから」

葵さんがなにげに逃げた。


「それでは、私が! 神官として、精霊の喜びを歌うのも仕事でしたから」

エメラルダさんの言葉に、なぜか葵さんとフィーアさんが顔を見合わせて、ゆっくりと距離を取った。


「じゃあ、それで行きましょう。

葵さん、また魔力お願いします。『手!』を、貸してください。

エメラルダさん、僕が合図したらお願いします」


今回は素直に手を繋いでくれたけど。

なぜか葵さんの顔は、ニヤニヤてる。


魔力を受け取りながら『指令石』に触れ、他の指令石へのチャンネルを探す。

検索して出てきた16個のチャンネルをすべてオープンにして。


「じゃあエメラルダさん、お願い!」

そう叫んだら……


「らあ~、らあ~♪ ふ~ん、ふ~♪ らあ~、らあああ~♪」

言語不明、音程不明、音階不明の…… 謎の毒電波が流れてきた。


「ストップ! ストップ! エメラルダさん。

音階変調と増幅は僕がやりますから、変な呪術は込めなくていいです!」


可愛らしく首を傾げるエメラルダさんから、あんな怪奇音が出てきたなんて……

――不思議でならない。どんな呪いを込めたんだろう?


「そ、その」

なにげに耳を塞いでたフィーアさんが、言いにくそうに口をパクパクした。


「なに?」


僕の問に、葵さんが……

「エメラルダは超オンチ」

――簡潔にお答えくださいました。


うーん。あれを「オンチ」のレベルで片付けて良いんだろうか?

悩みながら指令石を確認したら……


「あ、チャンネルが全部フリーズしてる」

僕はあわてて、乗っ取り型ウイルスを投入した。



ちなみに、「んんん?」と唸るエメラルダさんの横では。

一番近くで毒電波を受信してしまったローラさんが、気を失っていました。


――まさにファンタジーです。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「あの、お待ちいただけますか!」


逃げ出す僕達をさえぎるように、シスターさんが話しかけてきた。栗色のショートカットの髪と、ブルーアイが印象的で、ちょっとドジっ子ぽい感じもポイントが高い。


「ロジャーさんから聞きました。回復師様ですよね」

そう言って、深く頭を下げる。


「ロジャーさん?」

「えっと、髪の毛が不自由な…… 体格の良い男性です」


ああ、あのハゲのマッチョ・マンですか。

「回復師ではないですけど…… なにか」


「何人かが、あなた様が術をおかけになっているのを見てましたし、あの奇跡を目の当たりにしました。

あたしもその……

戦で脚を失った方の脚がニョキニョキと、その、完全回復するのを目の当たりにしました。

でも、今でも信じられないんです。

そんな御業は伝説の聖人様がお使いされたと、そう、聖書に書いてあるだけで……

――実際に誰も見たことなんて、ないんです」


「そ、そんなことが?」


どうしよう、またなんかやらかした感がパない。

振り返ると、葵さんやエメラルダさんが嬉しそうに胸を張ってるし。

毒電波ショックから立ち直ったローラさんは、ため息ついてるし。


「でもそれは、きっと勘違いです。僕じゃないです」

「そんな……」


ドジっ子シスターさんがひるんだので、ちょっと強引だけど。

「勘違いです」

――言い切ってみた。


すると、なにかに気付いたようにハッとなって。

「はい、分かりました。勘違いです」

そう言って、道をゆずってくれた。


そして彼女は、深く深く頭を下げ……

――僕達に祈りを捧げるような仕草をした。



教会を出てしばらくしたら、ローラさんが不意に聞いてきた。


「ねえ、あたし最近体調が良くてさ。

しかもなんだか前より疲れないし、力も出るような気がするのよ……

――ねえ、あんた、なんかした?」


心当たりが無くはないが。

「勘違いじゃない?」



僕がそうとぼけたら……

――ローラさんは、深く深くため息をついた。

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