痛みが10倍になってから治る回復魔法

夢の中で、これが夢だって分かってる。

僕は大きな梅の木の下で、木漏れ日に溶け込んだ風として存在してた。


「泣きたいときはちゃんと泣く。

疲れたら、疲れたって。痛かったら、痛いって。

……言えるようにならなきゃな」


シンイチが大きな手で、少年の頭をグリグリと撫ぜる。

――あれは、子供の頃の僕だ。


「でも、痛いかどうかわからないし……

どこが痛いのかも分かんない」


少年がそう言ったら。


「それは心の扉に、自分でも気づかない鍵がかかってるからだよ。

あわてないで、いっこいっこ…… その扉を開けていこうか」


シンイチの言葉が風に舞う。

僕はその流れに紛れるように大気と融合して…… 目を覚ました。


――目を開けると、知らない天井がある。

昨夜の事が、頭の中でクルクルとまわり始めて。


「みえを張って、支配人と話したけど。アレが原因かな」

コミュニケーションが苦手な自分に、あきれ返る。


「あの程度で疲れてちゃ、この先が思いやられるな」


ここにはパソコンもインターネットも無い。しゃべらなきゃ、前に進まない。

僕が何とかしなきゃ、ローラさんも葵さんも、大変な事になる。


「しかも、自分でまいた種だし」


頑張って、気合を入れようとしても……

――全身が重たくって、まるで誰かがのしかかってるみたいだ。


なんとか毛布をはぎ取ると。


「うん、そりゃ重いよね!」

長い青髪のスレンダー美女さんが僕の上でスヤスヤ眠ってた。


「あら、キド様おはようございます」

「エメラルダさん…… どうしてこんなトコに居るのかな?」


「気が付くと何処かから、悲しみの心が溢れておりました。

探してみると、キド様がうなされておりましたので……

――私も神官の端くれです。慈しみの心を持ってそれを鎮めようと」


「そ、そう、 ……ありがとう。

でもどうして、なにも着てないの?」


「神の御業をお借りするとき、神官は服を着ません。

それよりキド様? ここは何処なのでしょう。

昨夜気を失ってから、いったいなにが……」


全裸のエメラルダさんは、可愛らしく首を傾げた。

そして体を起こして、ベッドに座り込む。


チッパイだけどスレンダーで均等の取れたプロポーション。

雪のように白い素肌と、ブルーの大きなタレ目……


あたふたしてると僕の手をそっと取って、エメラルダさんは自分の左胸にあてた。


「ここが最も心に近い場所です。人族や魔人はここに魔術回路を宿しますし。

我らは、精霊神との扉を開きます。

こうしていますと、キド様の記憶や感情を読むことも出来るのです」


手のひらに、胸のポッチが当たって…… 僕が緊張すると。

「ふふっ」と、エメラルダさんが嬉しそうに微笑み。

――さらに強く胸を押し付けてきた。


「まあ、昨夜そんなことが。

では、私もフィーアもキド様に命を救っていただいたんですね。

なんとお礼を申し上げたらよいのか」


そして、更に顔を近づけ。

「サディの申しつけで参りましたが……

昨夜のあの甘美な衝撃と、流れ込んだ清く美しいお心。

そして、勇敢にもレコンキャスタから救い出していただいた手腕と、

――なによりもその優しさ」


もうあと数ミリでキスしちゃうような距離で。

「ちょっと本気になってきたみたい」

そうささやいて、目を閉じた。


僕が完全にフリーズしてたら、突然部屋の扉が開く。


「ねえ、いつまで寝てんのよ、もう食事の準備が整ったから!

あんたも、さっさとリビングまで……」


ローラさんがそこまで言ったら、バカみたいに大きな口を開けて。

僕とエメラルダさんを交互に見て。 ――何も言わず。


「バタン!」と、大きな音を立ててドアを閉めた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「だから誤解です!

エメラルダさん、もう一度ちゃんと説明してください!!」


リビングに並べられた食事はとても豪勢で、5人では食べきれそうにない程だった。


しかもテーブルの後ろには2人もメイドさんが控えてる。

コップの水が無くなると、急いで継ぎ足しに来てくれた。


そんな贅沢な朝食だけど……


葵さんとローラさんの視線が冷たく、食事の味が分かんない。

フィーアさんは、そっぽを向いて我関せず状態だし……

エメラルダさんだけが、ニコニコと笑ってる。


僕が林檎と桃が合わさったような果物をとろうとしたら。

「ゴメン」

葵さんに、フォークで刺された。


「ぐわっ!」


手を見ると…… 出血してる。

「まあ、たいへん!」

エメラルダさんがあわてて僕に近付くと、葵さんが無表情全開で僕の手を握りしめ。


「もう大丈夫。

――痛みが10倍になってから治る回復魔法をかけたから」

全身に激痛が走りましたが、怪我は跡形も無くなりました。


「あ、ありがとう」

でも、なんか黒くなったよね、葵さん…… 僕はそこが心配だよ。


「まあ、話は分かったから……

そろそろ昨日棚上げになってた作戦会議しない? メンバーは、コレで良いの」


食後のお茶を飲むローラさんも、まだムッとしてる。


「エメラルダさんとフィーアさんも、命を狙われてるみたいだし。

もうほっとけないから、5人で話し合おう」


「ふーん。あんたも参加するんだ」


相変わらずの冷めた視線でそう言い放った。

いやん、ローラさん。ハバにしないで! ビミョーに傷つくんだから……



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



食事を片付けてるメイドさんに、

「この街の地図や歴史書ってないですか」って聞いたら。


観光マップと、聖書と、絵本を持ってきてくれた。

ローラさんが、それをパラパラめくって。


「ここはね、聖書にものってる『伝説の勇者』の生誕の地なのよ。

マップにあるのは、その勇者の由来があるトコかな。

――こっちの絵本は『カエルの勇者様』ね。

その勇者様が、カエルみたいだったからそう呼ばれてるの」


「じゃあ、レコンキャスタはその勇者様を信仰してるの?」

僕の問に。


「逆、逆! レコンキャスタってのは、その当時勇者様と敵対してた魔族の勢力の名前で……

あのマークは、死したカエルなのよ。伝説では勇者様に滅ぼされたから……

――反旗として、あんな徽章を付けてんじゃない?」


「ふーん、復活してなお怒り心頭なんだ」


「ま、今『合同歴2千8百17年』でしょ。

3千年近く前に勇者様も本家のレコンキャスタもなくなったのよ。

……だから、どっちかって言うと思想的な意味かな?」


暦と没歴が同じって事は、前の世界のキリストみたいな聖人なんだろうか。

「本の方は文字の勉強も兼ねたいから、後から読んでくれないかな」


葵さんとローラさんとエメラルダさんが同時に頷く。

――誰かひとりで良いんだけど。


「地図の方は…… 昨日の携帯から逆探知した情報と照らし合わせたい。

襲撃したヤツらの居場所を知りたいから」


僕が通信ログを閉じ込めた青い石と、魔人から奪った携帯電話をテーブルの上に置く。


「とりあえずそれが終わってから、全員の情報共有をしよう。

――葵さん、また魔力を貸して」


葵さんが僕の隣に来て、おもむろに胸のボタンを外し出した。


「いや、あのね、いつもみたいに手でいいから!」

鉄板のギャグなんだろうか?


「ちっ!」

えっ? 今、舌打ちしたよね……


「あの女のは触ったのに」

葵さんは無表情のまま、小声でそう耳打ちすると、ギリギリと僕の手を握りしめた。


――えーっと、けっこう痛いんですが。



なんとか気を取り直して……

地図の距離と方角を合わせながら、青い石のログを線で結んで行く。

葵さんの魔力で可視化された光が一点をさした。


「ここは、教会よ……

魔族を嫌う彼らが、そんなバカな」

ローラさんが不審げな表情で地図を見詰めた。


「昨日ここの支配人と話したときに、探りを入れたけど。

レコンキャスタと森の関係を、彼は知ってたみたいだし。

森でも、人族の魔導士がどうこうって言ってたから…… 間違いないと思う」


――どうやらこの件は、かなり根が深そうだ。

葵さんの手を放して、僕はレコンキャスタの徽章と携帯を並べる。


「実は、この携帯もマークも前の世界で見覚えがあるんだ」


葵さんが、ふと僕の顔を確認した。 ……僕はそれに頷き返す。



「じゃあ、情報共有は僕の話からね。

このマークは、前の世界じゃ『痩せガエル』って呼ばれてた。


――僕はそいつを追い込んで、再起不能にしたんだ。


まあ、相手が個人なのか団体だったのか分かんないけど。

どうやら相当の恨みを買っちゃったみたいだ。 ――僕達を殺すぐらいのね」



そこまで話すと、葵さんが……

――震える手で僕の手をもう一度握った。

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