どうしてもどうしても、止まらなくなった
▽ ▽ ▽ 葵 視点 ▽ ▽ ▽
森での16年間が大変だったって聞かれたら。
「まーそれなり?」って、答えるだろう。
TVもインターネットも無いこの世界じゃ娯楽ぽいモノが存在しないし。
この森には『男』が存在しないから…… 刺激が存在しないのと一緒だ。
せいぜいアタシをいじめに来るエメラルダ達を返り討ちにしたり、追い込んだりするのが娯楽と言えば娯楽だったけど。
前世で女子高生スクールカーストを生き抜いてきた海千山千のアタシからすれば、エメラルダ達はチョロすぎて…… その楽しみも最近目減りしてきたかなー。
もしこれがアタシに対する罰なら、あまりにも軽すぎる。
だからー、木戸山君が森に現れた時「コレだっ」て、思った。
『いじめられたふりで、体にアザっぽいモノを出す魔法』
を使うのは久しぶりだったから。ちょっと緊張したけど。
――アタシの胸元に目が釘付けの木戸山君の視線は、久々で嬉しかった。
この賭けには絶対勝とうと…… 燃える闘志?
が、顔に出ないようにするのも。
けっこー、必死だった。
だって、これはアタシの罪滅ぼしのチャンスなんだから。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
なんとか賭けに勝って木戸山君について行ったら、もう既に女がいた。
あのミキとか言う竜人の女も気になったけど……
ローラとか言うこの女も要注意かなー。
ちょっと木戸山君を見る目がビミョーだ。
お互い手探りで、見た目和やかに会話を交わす。
こんな時、無口キャラを装えるようになったのは武器かも知れない。
そっちに神経をまわしてたら……
「ねえ、葵さんも何かたのむ?」って、突然木戸山君が話しかけてきた。
「うん」
コクリと頷いた後に……
――あっ、やっちゃった! と、気付いたときにはもう遅い。
木戸山君は、「あーやっぱり」みたいな顔で。
優しく、メニュー表をわたしてきた。
そうだった、すっかり忘れてたわー。
木戸山君は、そーゆうヤツだったわ。
ここにきて10年以上たっちゃったから、忘れかけてた。
学内1の変人、キモ男…… ドラキュラ高校生とか。
イケメン・ゾンビなんてニックネームもあったわね。
表情が豊かじゃなくって、ひょろりとして青白い顔。
――おまけに整い過ぎた顔立ち。
それが良いって、遠目から騒いでる女子もいたけど、実際近付かれると……
ちょっと背筋が寒くなるって言うか。
神秘的過ぎてて、人間に思えないとこは確かにあったからね。
おまけに本人は隠してるみたいだったけど。
田舎の普通科高校に『なんでこいつが?』って言うぐらい頭が良かった。
たぶん普通の人間の学力が理解できてなかったんだろう。
難しい問題を楽々解いちゃったり、簡単な問題をわざと間違えたり。
まあそれも初めのうちだけで、だんだん「普通」ぽくなってきたけどね。
噂では中学まで国の特別な学校に行ってたけど……
『ある契約』をして、その見返りに本人の希望でこの高校に来たとか。
天才養成学校にいたけど、なんらかの理由で退学になって。
ここに移り住んできたとか。
まー、先生に聞いても笑って否定されるから、ホントかどうか分かんないけどね。
そんな変人に、コナかけはじめたの、同じクラスの舘山寺だったかなー。
目立つ女子グループの筆頭が、毎日必死になってアピってた。
何気に話しかけたり、わざとぶつかったり。
けど全然相手にされてないのよねー。
舘山寺のグループ自体がアタシにちょっかい出すことがあったし。
ちょっと木戸山をからかうのも面白いかもって。
半分当て付けで、話しかけたのが運のつきだったかなー。
――まずなびかない!
お願いは聞いてくれるし、勉強なんか聞いても。
的確な意見はくれる。でもそれまで。
ちょっと誘っても、ジロジロいやらしい目で見るだけで……
2人っきりになったりしたら、とっとと帰っちゃう。
こっちの計算はコトゴトク読まれてる。
でもーなぜか、それも込みで。普通に付き合ってくれる。
そして自分のことは、ほっといても…… アタシがなにか何かで成功すると。
――自分のことのように凄く嬉しそうに笑う。
そして、その時の笑顔。
もうねー、さすがに困ったわー、ホント……
だって今まで最高だって思ってたイケメンどもが。
ぜーんぶクズに見えて来たんだから。
木戸山君の、ろう人形みたいな顔を見るたびに思ったもん。
ないわーコレ、そして、ないだろーアタシって。
でも恋に落ちた自分を認めるのに、それほど時間なんて……
必要なかったかなー。
彼氏全部ふって本腰入れ始めたころ、SNSに変なメッセージが届くようになった。
初めは木戸山君の陰のファンクラブの連中だろーって、思って、無視してたけど。
まあー、バレバレって言えば、バレバレだったから。
覚悟はしてたしねー。
そんな攻撃が来ることも。
でも、だんだんそのメッセージが無視できなくなってきた頃……
舘山寺から呼び出しがかかった。
ここはかわすか、戦うか? 相手の出方次第かなーって。
臨戦態勢で実験室に入って……
木戸山君が飛び込んできたときには、あせったわ。
爆発音よりアタシをかばうように抱きしめたことに、ホント、あせったわ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「聞こえますか、聞こえますか?」
透き通るよーな女の声が耳に優しく入り込んできた。
目を開くと、そこは前の彼氏につれてかれた……
ヨーロッパの教会の中みたいだった。
「ここは?」
目の前には、どう見ても十代後半と思える金髪碧眼の女。
「ここは精神と時空の狭間です」
無言のプレッシャーで、語りかけて来てた。
その女の圧倒的な存在感が、あーアタシ死んだんだなって。
「木戸山君は?」
「一緒にいた男性ですか?
彼は既にこの狭間を超えて、新たな<はじまり>を迎えました」
夢だといいな、そー思ったけど、この女の圧力は半端ない。
今にも、もう一度、死んでしまいそーだ。
「本来あなたは罪を償うため、次回は畜生として生を受けるはずでした」
女が淡々と語る。アタシ、やっぱり地獄に落ちるのかなー。
「あなたには、ここに至るほどの力などありませんが、ある約束により、チャンスを与える事となりました。
なにか希望はありますか?」
断罪するような、その女の言葉に、「もう一度、木戸山君に会いたい」って、呟いたことは覚えてる。
その後、見知らぬ世界で魔人と森人のハーフとして生を受け。
あの日本の記憶も、精神と時空の狭間で会ったいけ好かない女のことも。
淡い記憶として忘れかけていたのに。
今更またサッソウと現れて、ヒーローみたいに森から連れ出すなんて。
「葵さん、元気そうで良かった」
――だから、その笑顔が反則なんだって。
あたし、もうこんな姿だし……
それに取り返しのつかない事したんだから。
「僕はまだここに来たばかりでさ、いろいろ教えてもらえると嬉しい」
その償い? で、ばれないように木戸山君のサポートができれば。
それで良かったのに。
「なんで分かったの?」
姿形も、口調も違うのに。
「癖かな? ウソつくとき、葵さんは必ず目が泳ぐんだ。まあ、他にもいろいろ」
「相変わらずなんでも知ってるのね」
「そんな事ないよ、分かってる事の方が少ない」
口調が、だんだん前世に戻ってく。
「じゃあ、木戸山君を殺したのがアタシだってことは?」
少し悩むようなそぶりの後…… また、あの笑顔で。
「直接的な原因はそうだったかもしれないけど…… ハメられたんでしょ。
フットプリンティングかな、誰かが何かを探ってたんじゃない?
根本的な原因は別にありそうだし。 ――葵さんは悪くないよ。
考え方を変えたら、今の状況が僕の責任だと言えなくもないしね。
だからまあ、ここはお互いさまで水に流さない?
これから、前向きに対処方法を考えよう」
のほほんと、そんなこと言うから……
――ああ、この感じ。
ボケてるんだか冴えてるんだか分かんなくて。
わけわかんない用語とか織り交ぜながらしゃべるし。
でも、なんだか温かいこの感じ。
やっぱりアタシはこの人が好きだって。再認識して。
木戸山君も、ローラって女もあたふたしたけど……
――涙が溢れ出て、どうしてもどうしても、止まらなくなった。
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