少女たちの ――どうしよう?
▽ ▽ ▽ ローラ視点 ▽ ▽ ▽
銅貨がぎっしり詰まった袋を握りしめ、あたしは途方に暮れていた。
さっき買った剣なんかの新しい装備と。
身の回りの品が合計で銅貨7枚とちょっと。
銀貨1枚が銅貨100枚だから、袋の中にはまだ90枚以上の銅貨がある計算だ。
正規軍にいた頃の一般騎士の年俸が銀貨1枚、下級士官で銀貨3枚。
農村部では、一家で年銀貨1枚稼げないとこだってざらだ。
そんな大金をぽいっと奴隷に渡しちゃう、あいつの感覚が理解できない。
魔法も…… 噂のA級冒険者2人を簡単に意識不明にして。
ついでにドーバー座長を含めた団員全員昏倒させて、本人はケロッとしてた。
義賊フェニックス団の頭「炎の不死鳥」と言えば、準S級の賞金首だ。
あたしも途中で気付いたけど…… あんな、逃げる気すら失せるバケモノをなんとかできるなんて。
あいつは立派な「バケモノ以上」だ。
ドーバーさんもアンナさんも、あいつのコト信用してたみたいで。
「良かったね、良い主が見つかって」って、言ったけど。
――あたしは、まだちょっと怖い。
でもベッドの上で寝かせてくれたり、看病してくれたり。
……手を出してこなかったり。
不思議で、意味不明な事が多くて、なんだか調子が狂う。
けど、今朝も心配そうに話しかけてきて、体調が悪くないことが分かったら、自分の事みたいに嬉しそうに笑った。 ――あんな笑顔はズルいと思う。
普段は不気味な感じの顔なのに、ああやって笑うと、ついつい和んでしまう。
だから、信用しても良いのかなーとか。
やっぱりいろいろ助けてもらったから、素直に嬉しい気持ちとか。
このお金は、あいつのモノなんだけど…… 余った分はあたしの小遣いで良いって言ってたわよね。
――さて、どうしよう?
お礼の品でも買うべきかどうか。
でも、なにが喜ぶかなんて分かんないし。
あたしの小遣いとは言え、このお金で買うのはやっぱり違う気もするし。
昔から苦手なのよね、こう言うの。
お礼と言うか、感謝ってやつかな? どうすれば伝わるんだろ。
にぎやかで活気にあふれる商店街で、やっぱりあたしは途方に暮れていた。
▽ ▽ ▽ フィーア視点 ▽ ▽ ▽
あいつが森を出てからサディ様はてんやわんやだ。
他の森から問い合わせが殺到して、通信石はさっきから鳴りやまないし。
妖精たちは喜びを歌いながら、あちこちに祝福と恵みを付与して。
――森が凄い事になってる。
「フィーア、エメラルダ。こちらに来なさい」
対応が終わって、疲れ果てたサディ様に呼び出されたのは、日も傾き始めた頃だ。
「なんでございましょう」
エメラルダが深々と頭を下げる。私はその後ろで、同じように頭を下げた。
彼女はサディ様付きの侍女のひとりで、この森で最も美しい『少女』のひとりって言われてる。 ――内面は別だけどね。
「森人の長が集まる『賢人会』が緊急で開かれる事になりました。
議題はもちろん『あの方』についてです。これはこの森の『森人』にとってまたとないチャンスです。
――そこで2人にお願いがあります。
『あの方』の動向を探るために、2人で接触を試みてはくれませんか?
ちょうどフィーアが連れて来た人族が目覚める頃です」
サディ様はきっと、賢人会での地位復活を狙ってるんだろう。
一時は恵みの多さから『黄金の森』と呼ばれたこの地も、今では衰退し、序列も下から数えた方が早いそうだから。
「どのような情報を得れば良いのでしょう」
エメラルダがイヤらしい笑いを漏らしながら、そう聞いた。
彼女はこの森での地位を上げたいようだから……
――チャンスだと思ったのかもしれない。
「そうですね…… まず『あのお方』に差し上げた魔力石の力は、コレで追うことができます。
情報は何でも有益です。氏素性でも、その能力でも。
接触出来たら、篭絡を試みなさい。手段は選びません」
サディ様は、赤く輝く精霊石をエメラルダに渡した。
――篭絡ねえ。まあ、エメラルダは好きそうだし、得意そうだけど。
なんであたしまで……
「フィーア、エメラルダの警護をお願いします。
あなたの能力は、とても評価してるんですよ」
なるほど、森の警備長のあたしがこの任務を言い渡された理由が良く分かった。
「よりにもよって、ルビーを連れてかなくても……」
サディ様が深くため息をつく。
ルビーの事は皆でいじめてたから。
今更情報収集に協力しろって言っても無理だよね。
まあ、こんな事態になったらため息も出るわ。
あたしはルビーをいじめなかったけど、彼女があたしの事どう思ってるかなんか分かんない。
無口で無表情な子だったし。
出来れば、幸せに暮らしてほしいけど。
コレじゃ、どうなるか分かんない。
エメラルダはいじめっ子のボスみたいな存在だしね。
ホント、あの不気味な人族を追う事だけでも憂鬱なのに。
ルビーの事まで考えると……
――さて、どうしよう?
今から不安で仕方が無い。
▽ ▽ ▽ ミキ視点 ▽ ▽ ▽
「ミキ姫殿下様、竜王様がお呼びです」
王城へ戻ると同時に、アーリントのヤツが出迎えるように現れた。
こっそり抜け出したはずなんだが……
無駄に高いこいつの能力をごまかすことは出来なかったようだ。
「父上が何の用だ? 珍しい…… 7年ぶりではないか」
魔人や森人に比べてもなお長い我らの寿命では、人族には考えられんかもしれんが、一緒に住んでいる家族でも、数年会わん事などザラだ。
ましてや父は、竜人を統べる王だ。仕方ないと言えば、そうなのかもしれん。
「森人と魔人の間で起きた問題についてだそうで」
不思議そうに首を捻るアーリント。
どこで情報が漏れたか知らんが…… あの石のことで間違いないだろう。
「アーリント、お前もついてこい!」
となればこの一件、そもそも竜人が絡んでいた可能性もある。
「世界が動くやもしれん」
その呟きに、アーリントは更に首を傾げた。
「最近城を抜け出し、なにやらしておるようだが……
面白いモノでも見つかったか?」
「このところ人族領に『転生者』と呼ばれるおかしな能力を持った連中が、頻繁に現れておりまして。
どのようなヤツ等か、ちょっと見てきました」
「ふむ、それでどうだった?」
「チートとかと呼ばれた能力は、確かに面白いモノもありましたが……
ほとんどが取るに足らないものでした」
父は王座に片肘をついて、つまらなそうにため息をつく。
「では今回の…… 森人と魔族の新勢力のもめ事に。
――その『転生者』が絡んでおるのか」
「転生者は絡んでおりますが、ヤツはそもそもチートを持っておりません。
微力な魔力すら感知できない、無能力者でした」
「精霊力も、龍力もか?」
「ええ、なんの力も持っておりません」
父は、初めて面白そうに笑った。
「それは愉快だな! 竜人ですら手を焼いている魔人の新勢力に対して。
無能力者が大打撃を与えたと。
――ミキ、それは誠か」
「はい」
恭しく頭を下げると、父は少し考え込んだ。
「それで、そのカラクリはなんだ」
「まだ調査中です」
「ふん、まあ良いだろう……
何か必要なモノがあれば言え! この件、どうも胡散臭い」
「では父上、お伺いしたいことが」
「なんだ」
「伝説の古竜、ダークマーダは、龍・精・魔の『力』を文字や図として理解していたと聞きますが……
――それは、誠でしょうか?」
「それがもし可能なら、2千年前のダークマーダの反乱は成功しておっただろう。
いや、成功どころか…… 世を征服することも容易い」
父の言葉に。
――さて、どうしよう?
あのユニークな人族の顔が浮かび。
恋心みたいにワクワクする胸の鼓動を、父に勘付かれないようにするのが……
――もう、大変だった。
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