分かった、一生ついてく

僕が昨日の件を説明すればするほど。


「それは誤解ではないだろう、ただの変態だ!」

ミキさんの視線は冷たくなるし。


「分かった。好きなだけ揉めばいい」

ルビーさんは、あらぬ方向へ思考がシフトしてゆく。


「と、とにかく石だよね。うん、これをなんとかしよう」


苦し紛れ? に、石に触ったけど…… やっぱりなんの反応も無い。

何か感じることができないかと、目をつむり瞑想のように呼吸を整えてたら。


クスクスと笑う声に紛れて。

「あの醜い人族に、なにか出来ると言うのかしら」

「どうやら大魔導士ではないらしいですし」

「ルビーにはちょうど良い仕事ですわね。 ……汚れたもの同士、好きにすれば良いわ」


――そんな声が聞こえて来た。


特に僕の耳が良い訳じゃないから、わざと聞こえるように言ってんだろうけど。


チラリとルビーさんを見ると、無表情がさらにパワーアップした感じだし。

隣のミキさんは呆れた感じであくびをしてた。


うーん、これは困った!


「では、こうしましょう」

僕はおもむろに立ち上がって、サディさんに言う。


「これから大魔術を施行します。

また近隣にご迷惑をおかけするかもしれません。

ルビーさん以外は、ちょっと下がっててもらえませんか?」


「どれぐらい下がれば?」

心配そうなサディさんの声に。


「この森が消滅しない程度には加減しますよ」


僕が笑いながら答えると、全員ワラワラと逃げ始めた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



一緒に逃げようとしたミキさんの首根っこを捕まえて。


「今のウソだから」

小声でささやくと、目をパチクリとさせた。


「ホ、ホントだな! 別に怖い訳じゃないが…… ちゃんと加減しろよ」


周りを見回し、ミキさんとルビーさんしかいないことを確認して。


「なんかさ、あんなの聞くとやる気が無くなるよね。

ルビーさんさらって逃げちゃおっか?」


「ぞんがい大胆なヤツだな、お前……

まあ、気持ちは分からんでもないが、そちらのルビーとやらの意見も聞かんと」


「ねえ、ルビーさん。その傷やアザは皆の仕業?

それから森を出たいと思ってる?」


ルビーさんは、はだけていた胸元を隠し、少し顔を赤らめて……


「森を出て生きてゆくのは無理。

魔人に見つかれば殺されるし、人族に紛れて生きるのも難しいと聞く。

竜人は……」


――チラリとミキさんを見た。


「こちらから手を出すようなことはせんが、無視するだろうな」

ミキさんはそう言って苦笑いした。


傷やアザの件は、特に言わないってことは。

……まあ肯定だろうな。


「どんな世界でも、生きてくだけで大変だ」

なんだか、身につまされる……


「ルビーさん、手を出して。

まず昨日の修正と…… 上手く行けば傷の治療をしたいんだ」


どっちにしてもアンチウイルスは散布しなきゃダメだし。

ローラさんのケースもある。


――ひょっとしたら、このケガにも効くかもしれない。


恐る恐る出されたルビーさんの手を、僕は握りしめた。


「キドよ、乳じゃなくていいのか?」

「あのね、何度も言うけど僕は変態じゃないから!」


ミキさんのチャチャを無視しながら。

ルビーさんのバイタルデータのスキャンを試みる。


やはりローラさんと同じで、触れればスキャンが可能だった。


「そのまま魔力を僕に流し込める?」


コクリと頷くと同時に、僕の身体に無文字の『力』が流れ込んでくる。

それを以前見た『文字』に変換して逆流させた。


「くっ!」


ルビーさんの身体がピクンと跳ねる。

内股をモジモジさせると、更に顔を赤く染め…… 上目使いで「んんっ」と、吐息をもらした。


――妙に色っぽいんですが、なんで?


「おおー! なんだか良く分からんが、凄くエロいぞ」

ミキさんが鼻息荒く、また変な事を叫んだ。


「あのね、僕は変なことしてないから! それからルビーさん大丈夫?」


コクコクと頷いたルビーさんの胸元を確認したら、アザが消えていった。

もう一度バイタルデータを確認したら、やっぱりアンチウイルスが異常個所と認識される部分の修復を行ってるようだ。


「やっぱりイヤらしい目でおっぱいを見てるじゃないか」


――もう、ミキさんは無視しようかな?

でも、聞きたいこともあったし。


「この石を使うと僕も魔力? を見ることができるんだけど」

2人に、神様? からもらった石を見せる。


「ほう、コレは……」

ミキさんが石をまじまじと見て。


「ただの魔力石だな! しかもかなりの低出力だ。

探せばその辺にも、近いモノが転がっとるかもしれん」


「へっ? そうなの」

僕の言葉にルビーさんが、その辺の石を1個拾い上げ。


「こっちの方が良い」

そう言って、僕に渡してくれた。


「あれ、ホントだ…… 同じように魔力が見える」


「キドからはまったく魔力を感じんが、この世のものは多かれ少なかれ魔力を含んどる。

石は影響を受けやすくて、たまに持つと魔力がアップするものもあるが……

――それは、ほとんど影響がないぐらいの微力なモノだ。

そんな石で魔法を使えるなど、聞いたことも無い」


「じゃあルビーさん、さっきの要領で僕に魔力を流し込んでくれない?」


ルビーさんが、今度は僕の左手を両手で包み込むように握りしめた。

あいた右手で、『安全石』に触れてスキャンしてみる。


「んー、なんか見たことあるコードだな」


やはり魔法の配列とプログラムの配列は似ているところがある。

配列だけを追って、酷似するプログラムが存在しないか、脳内データベースで確認したら……


「――やっぱりコレ、釣りじゃないかな?」


「釣り? なんだ、石の中に魚でも居るのか」


「そーじゃなくて、偽の美味しいモノをぶら下げて……

人を釣る『詐欺』の事だよ」


「ほー、面白そうだな! 説明してくれんか」


「この石から、森の中の特定のモノを検索して移転させる『プログラム』…… この世界で言うところの呪文かな? が、見つかったんだけど。

そのモノが、どうやら『森の恵み』じゃないかと思うんだ。


――人族の攻撃から守るんなら、今は動かないはずだろ。


微力だけど何かを転送してるし……

それにコレ、偽装コードが書かれてる」


「偽装コード?」


「他の動きに見せかけて…… ごまかす呪文って言えば良いかな?」

「じゃあ、早速こいつをぶち壊して竜人の汚名を返上しよう!」


握りこぶしを振り上げ、微笑むミキさんを止める。


「まってまって、それじゃ汚名返上にならないよ。証拠がどこにも無い。

話が更にややこしくなりそうだ」


「ではどうする?」


この石のプログラマーは、完全にこの森を乗っ取ったと思ってるはずだ。

ならチャンスは今だ!

実際、石からセキュリティらしいコードが感知できないし。


「詐欺には詐欺で対抗しよう。それが一番楽だし効果的なんだ」

僕はもう一度ルビーさんに頼んで魔力を送ってもらう。


「まず、この森に点在してる僕が作った『ウイルス』を……

『森の恵み』に偽装させる」


アンチウイルスの副作用がまだ不確かだから。

こいつに『転送』させた方が安心だろう。


「ついでに、いった先で『盗んだ物』を送り返すプログラムも入れとくか……」

そう言って、僕は一番近くにあったウイルスのコードを書き換えた。


そいつが連鎖反応で、他のウイルスを書き換えてゆくと同時に……

『安全石』が光を帯びて、書き変わったウイルスを転送し始めた。


釣りを釣る、カウンターフィッシング。

この手のハッキングのポイントは、 ――引き際だ。


ハスラー同士の戦いは、そこで明暗を分けると言ってもいい。


「ミキさん、この石から『森の恵み』が逆流し始めたら、壊しちゃって」


「ん、さっきは壊すなって言っただろ?」


「少しでも『森の恵み』が帰ってきたら、それが証拠になるし。

もう、ウイルスはこの石が吸い取ってくれたから、僕の仕事は終わったしね」


「恵みが戻るなら、ギリギリまで待った方が良いだろう。

森人もきっと喜ぶぞ!」


「あんまり長居はしたくないし、変に目立つのも嫌なんだ。

それに、欲をかいて『逆探知』されたくないし」


僕の話に納得してくれたようで、ミキさんは石を睨んで拳を振り上げた。


僕ら3人が石を見詰めてると……

やがて光が収まり、軽く震えた後。


「パカン!」と、安っぽい音を立てて勝手に石が割れてしまった。


「で、キド! この場合はどうすれば良い?」

ミキさんの言葉に、僕がどうしようか悩んでると。



――森中が花や実におおわれ始め……

小さな妖精? のような生物が一斉に飛び始めた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



サディさんが土下座するみたいに地面に顔をすり付け、その後ろで多くの森人達が同じような姿勢で体を震わせていた。



「お、恐れ多くも…… 大魔導士などとお呼びし、誠に申し訳ありませんでした。


お姿を変えているとは言え、精霊神セイレイシン様に対する数々の非礼。

言い訳の余地もございません。


森を預かる『森人』として、その真のお姿を見抜けなかったのは……

――我らの目が偏見や常識にとらわれていたからでしょう」



どうやら誤解があらぬ方向へジャンプして…… 変な場所に着地したらしい。


「僕は精霊神セイレイシンとかじゃありませんし、大魔導士でもないです」

大土下座大会を繰り広げる美女集団に圧倒されながら、逃げようとしてたら。


「このように、森の恵みはここ数百年類を見ない形で取り戻せました。

どうかこの森にとどまり、末永く神として使えてはいただけないでしょうか」


サディさんに引き留められた。


「僕にも都合がありますし、それに今回の件はたまたまです。

――あの、もう帰って良いですか?」


振り返っても、ミキさんはニヤニヤ笑ってるだけだ。


小さな妖精たちが僕の周りで、楽しそうにくるくる回ってるし。

土下座してるフィーアさんなんか、涙目で肩を震わせてる。


――どうしたら、ココを脱出できるんだろう?


「たまたまと仰られますが…… あの石が置かれたすべての森を一瞬で救われるなど、神の御業としか考えられません」


「すべての森?」


「キド、この妖精達の話ではな。

ここ以外にも30以上の森から精霊力があの石で集められとったそうだ。

それを開放して、森に返してくれてありがとうと……

さっきからそう言っとる」


ミキさんが自分に寄ってきた妖精を指で突く。


て事は、あのウイルスが中央サーバーを乗っ取って。

全てフォローバックさせたのかな?


僕が悩み始めたら。


「では、せめてお礼とお詫びだけでも受け取って頂ければ。

このまま返したとあっては、他の森にも示しが付きません」


サディさんの言葉に、ミキさんが僕に近付いてきて耳打ちをする。

「ヤツ等のプライドの問題だ、なんか適当にもらって。

……とっとと帰るのが得策だろう」


そういう事なら。

「じゃあ、なんか適当に」


「それではこの森の秘宝をこれからお持ちします。

また、気に入った娘がおりましたら下僕としてお持ち帰り頂いても」


もうそれ、どんな鬼畜ですか? お持ち帰りとか。

フィーアさんなんか僕と目が合ったら「ヒッ」とか言って、半泣きですが……


「秘宝とか下僕とか、けっこうです!

あっ、なんか適当な魔力石でも頂ければ、それで十分です。

それからフィーアさん、助けてくれた2人はケガが治ったら森から出してあげて」


コクコクと高速頷きするフィーアさん。


ミキさんは、「欲が無いなー」と呆れてましたが。

その横で相変わらず無表情なルビーさんが、チラリと僕を見る。


だから、思わず声に出してしまった。

「ねえ、僕と一緒に森を出てみない?」


その瞬間彼女の瞳の奥に、ハスラーを見た気がしたけど。


「分かった、一生ついてく」


それに気付いたのは、ルビーさんが軽く頭を下げた後だ。

だってその顔には、無表情ながら妖艶な笑みが透けて見えるような気がしたから。


――ホント、後悔は先に立たない。


どうやら僕は、引き際を誤ったようだ。

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