て、て、ては…… ださなかったの?

心配だったから、酔いつぶれたローラさんに声をかける。


「うるさいわね、もう!」


と、手を払われた。

肩に少し手を当てただけなんですが……


見た感じ呼吸もしっかりしてるし、寒さも感じてないようだ。

とりあえずこれなら急性アルコール中毒の心配はないのかな?


テーブルにふさぎ込んで動かなくなったローラさんを心配してか、猫耳ウエイトレスちゃんが、声をかけてきた。


「お客さーん、どうします? お部屋用意しますか?」


僕が頷くと。

「じゃあ、おあいその時にマスターに宿の事話しといて!

カギはそん時渡すから」

ニッコリ営業スマイルで、去って行った。



――マスターは猫耳の禿げおやじだった。


「6日分の予定がキャンセルされてな。まあ、断り料はもらったんだが」

恰幅の良い40代のおやじなのに、猫耳マジックなのか?

なんかカワイイ。


「1泊普通なら銅貨1枚だ。6日以内なら協会の規定通り半額の一泊500ポレアするが…… なん泊するんだ?」


猫じゃらしが今手元にないのが、非常に残念だ。

まあ、猫じゃらしは後で探すとして……


「じゃあ、6泊でお願いします」

「朝飯はどうする」

「それも込みで」


いろいろとその方が楽だろう。


「それじゃ、今の払いと込で銅貨4枚でどうだ」

ズタ袋から銅貨4枚を出してカギを受け取る。


ローラさんは僕が運ぼうとすると嫌がるだろうから。

どうしようか悩んでいたら……

猫耳ウエイトレスちゃんが軽々と抱えてくれた。


荷積みの時にも感じたんだけど、この世界の女性は強い。

動くたびにチラチラと体の表面に文字が浮かぶから、きっと魔力的な補佐が働いてるんだろう。

僕がぼんやりとソレを目で追ってたら。


「やー、お客さん! こんなキレイな娘と泊まるのに。

他の女に色目使っちゃダメだよー」


ウインクしながら、そんなこと言われた。

アンナさんの時にも思ったけど、この世界は僕と普通に話してくれる女性の割合が多い気がする。


――きっと異世界ガールは、精神的にもタフなのかもしれない。



案内された部屋は想像以上に大きかった。ファミリー向けなんだろうか?

20畳ほどのリビングに6畳ぐらいの寝室が2つ。

キッチンは無いが浴室がある。


猫耳ウエイトレスちゃんが。

「ぽいっ」とローラさんをリビングのソファに転がす。


「後はお客さんに任せていーかな?」


僕が頷くと、「ごゆっくりお楽しみをー!」と言いながら去って行った。

はて? やっぱりそう勘違いされたんでしょうか?


少し悩んでから、ローラさんを抱き上げる。

腕に伝わる柔らかな感触と、女の子特有の甘い香りが鼻を突く。


「パソコンからじゃ、感触や匂いは伝わんないからな」


僕のデータベースに存在しない女の子情報にドギマギしながら。

片方の寝室にローラさんを寝かせて毛布をかけた。


「やっぱり接触してると……」

例の文字が直接脳内に流れ込んでくる。


以前ネットで見た「急性アルコール中毒」の記事を脳内で確認しながら。

なんとなく流れ込んできた文字を読み取っていて。


「――あれ、アンチウイルスが動いてる」

街道で皆に投与したワクチンデータが、アクティブになってるのに気付いた。


「血中アルコールを勝手に分解してるのかな?」

念の為、僕のバイタルデータを比較対象として検索できないかためしてみる。


――魔法と言うロジックのせいだろうか?

情報と言う形で、体内の数値化が可能になった。


「これなら、医学の情報を前世でもっと覚えとけばよかった」

まあ、後悔なんて先に立たないもんだから…… 贅沢言っても仕方ないか。


勝手に動き出したワクチンデータは、今後監視が必要だろうけど。

今のところ問題なさそうだし、やっぱりアルコールの異常値を「ウイルス」とみなして動いているようだったから、そのままにする。


「でも、いざと言う時のために、近くにいた方が良いか……」


結局いろいろ悩んで……

僕はローラさんが寝てるベッドの下で、毛布にくるまった。


これなら誤解を招かないだろうし、緊急時にも対応できる。


状態が調うとやっと安心できたのか……

――僕はうとうとと眠りについた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「どうしてあんたが、こんな所に居るの?」


目覚めの一声は、ローラさんの微妙に上ずった声だった。

毛布を抱きしめ、警戒するように僕を見下ろしてる。


「変な事はしてないから! ただ様態が心配で……」


ローラさんはキョロキョロと辺りを見回して、自分の服装をもぞもぞと確認して。

眉間に人差し指を置くと、大きなため息をついた。


「奴隷をベッドに寝せて、主がその下で寝て…… どうすんの?」


「ああ、そもそも奴隷自体が良く分かんないし、それにローラさんを奴隷として扱う気はないですから」


「その、て、て、ては…… ださなかったの?」


顔が赤いから、まあ、その件でしょう。僕は両手を上げて。

「信用してください」

――全面降伏する。こう言うのって、きっと立証が難しいはずだ。


ローラさんは、もう一度深く悩むようなそぶりの後。


「あたしって、魅力ないの?」

小声で呟いた。


「いえ、正直ドキドキでした。

手を出さなかった自分を褒めてあげたいぐらいです」


僕のセリフに、ローラさんは……

――また、深い深いため息をついた。




身支度をして、朝食のために食堂へ移動した。


ローラさんの態度は昨日ほど冷たくなくて、位置的には「通常運航女子」と「僕と話をする希少種女子」の中間ぐらいの状態だった。


「昨日はゴメン。で、これからどうすんの?」

「いくつか気になることがあるんで、昨日の街道沿いの場所まで行ってみます」

「じゃ、あたしはその警護をすればいいの?」


悩みどころだけど…… 「急いては事を仕損じる」とも言うしね。


まあ逃げる訳じゃないけど、せっかく縮まりつつある距離だから、こっちはじっくり行きたい。

街道沿いの件は、急いだ方が良さそうだし。


「今日はお互い別行動にしましょう。

ローラさんは必要なモノがあったら揃えて下さい」


僕はズタ袋から銀貨を1枚出して、ローラさんに渡した。


「えっ? こ、こんなに……」


「服とか、装備とか、他にもいろいろ必要なら買ってください。

残った金額は…… お小遣いとして取っといて下さい」


「あんた、お金持ちなの?」

「そんなわけじゃないけど、当面の生活費はなんとかなりますから」


ちょっと不満そうな顔のローラさんを横目で見ながら。

ズタ袋の中の残高を確認した。


余裕があるからって、収入が確保できる前にお金を使い果たしたら危険だ。

――今はもう、ひとりじゃなくなったんだし。


「あれ?」

「どーしたの?」


ローラさんの声に、ちょっと苦笑いする。

ズタ袋の中のコインが、昨夜使ったはずなのに……

いまローラさんに渡した銀貨以外、元に戻ってる。


使っても、一晩で戻る仕様?



――どうやらこっちも検証が必要そうだ。

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