時間と空間のトレードオフ

「よう、聞こえるか?」


透き通るような少年の声が耳に入り込む。

目を開くと、ファンタジーゲームで見たような中世ヨーロッパぽい教会の中だった。


「ここは?」


目の前には、同い年ぐらいの金髪碧眼の美少年。

中性的な顔立ちで、白い布をまとってて……

なんだか、ルネッサンス絵画に出てくる天使のような恰好をしてる。


うーん。さっきので、物理的にも精神的にも僕の脳みそ沸いちゃったんだろうか?


立ち上がろうとすると、その男が近付いてきて僕を面白そうに見下ろした。


「ここは精神と時空の狭間だ」


うん、落ちついて考え直してみよう。

実験室での出来事、五感を伝わるリアリティさ。今まさに目の前にある少年の存在感。


曖昧さがないし、話してる内容はアレだけど前後のつながりがしっかりしてる。

いつもの夢みたいに会話や場面がスキップしたり、知らない所がぼやけたりしてない。


「もしかして僕は……」

「あの世界のお前の肉体は、既に失われている」

「じゃあここは、死後の世界みたいな所?」


「死後の世界とは少し概念が違うかな。

俺達から見てまだ力がある精神が見込みある理由で肉体を失った場合、新たな試練を問う。

ここはそのための場所だ」


まだ全てを受け入れてないけど、整理してみよう。

問題が起きたら足元から1個ずつ見直す。それが僕の信念だ。


男は質問を促すように、クイッと手のひらを返した。


「まだ力がある精神とはなに」


「寿命や自殺などでは、精神の力が残らん。それ以外で、例えば若くして事故などで肉体を失った精神には力が残る。生きる力を残した精神体と言えばいいか」


「見込みある理由とは」

「例えば、誰かの命を救った。あるいは、救おうとした精神の持ち主だ」

「新たな試練って?」

「違う世界で新たな生を受け、何かを成す事」


あーこれは、良くある異世界転生パターンかな?


「チート、ハーレム付きで剣と魔法の世界に? みたいな」

俺TUEEEとか、超やりたい。


ネットやゲームで知識溜めといてよかった。

どうせひとり旅に行く予定だったから、行き先が変更になるぐらいのものだし。


僕がほくそ笑んでたら。


「チートねー」


その男は、いかがわし気に首を捻る。なにか気に障る事でもあったんだろうか。


「チートもハーレムもまあOKかな、頼み事をするのはこっちだしね。

――転生先は『剣と魔法の世界』だ。

日本人なら、ゲームや漫画でおなじみだろ。

あの世界とお前がいた世界はもともと交流があったんだ。

だからあんな状態で形を変えながら、伝えられてんだろうけど」


ニヤリと微笑む顔は、神と言うより悪魔のようだ。

ふーん。でも、そんな世界があるんなら是非行ってみたい!


問題があるなら……

「頼み事?」

――その件だろう。


「ああ、頼み事は頼み事だよ。

チートでもハーレムでも好きなモノをくれてやろう。そのかわり、試練を受けてもらう。

受けるか受けないかはお前の自由だ。ここは、そのための取引の場だからね」


――試練とかを受け取れば、転生できるって事か。

魔王を倒せとか、世界を救えとか……


チートやハーレム込なら、むしろウェルカムじゃないか!

僕が力強くうなずくと、男は楽しそうに笑った。


「あと、イケメンに生まれ変わることはできますか?」


ここ重要だよね、イケメンは八難隠すから。


「もちろん問題無い」


よしよし、気合入ってきたぞ! なんだかあのまま人生過ごすより全然よさそうだ。


葵さんと舘山寺さんには感謝しなきゃな! 死因が「見込みある」って判断されたのはきっと彼女達のおかげだ。


「そういえば、あの2人はどうなりました?」


「一緒にいたヤツらか? んー、ひとりは死んだ。アレは罪を償うため次回は畜生として生き返るな。もう一人はかろうじて生きているみたいだが…… 全身火傷で重体だ。もし生きてても、あれじゃこの先大変だろ」


男は天井を見上げながら呟いた。


――へっ! 超引く展開。それは……


「それは…… どうにかなりませんか?」

僕だけラッキーってのは、なんか納得いかない。


「無理だなー。そもそもあの2人には、ここに至るほどの力が無い」


どうしてなんだろう。彼女たちが特段悪いことをしたのだろうか?

少なくとも葵さんを眺めていた僕は幸せだったし。 ――主に太ももとか、胸元とか。


どうして僕だけ優遇されたんだろう? なにか神様的な基準があるんだろうけど…… それでもやっぱり納得できない。


「なんとかできませんか!」


こう言う交渉とか話し合いは苦手だけど、気合を入れて叫んでみる。


「そこまで言うのなら、お前のチートとかハーレムとかイケメンとかの条件を無しにして、試練を受けることを前提に、ヤツらを助けてもいいが……」


「でっ、できるんだ! なら是非お願いします」


渾身の全力スライディング土下座! 神様? の気が変わらないうちに交渉をまとめたい。


「じゃあ重体の女は、後遺症や火傷の跡がない状態に。

もうひとりは人として転生させることは無理だから……

人語を解するそれなりの種族で転生って事でどうだ」


「ありがとうございます」


とりあえず満額回答なのかな? まあ、現状よりましになってるし。


これ以上の要望も無理っぽそうだから、引くしかないんだろう。

――出来れば、もっと幸せな状態にしてほしいけど。


男はニタニタ不気味な笑みを浮かべて、僕を見る。


「ホントにそれでいいか? お前の能力は無くなるんだから、この後大変だぞ!

今ならまだ撤回してやってもいいが」


だよね。でもまあ、はじめからタナボタラッキーだったから未練は無い。


「結構です、ほんとにありがとうございます。

それで、試練って何ですか? あと、達成できなかった時のペナルティとかあるんですか」


むしろ問題はこっちだなー。達成できるんだろうか? こんなんで。


「試練は勝手についてくる。達成できなくても特にペナルティは無い。

ただ、その時どうなるかまでは保証できん。 ――行けば分かるが、とにかく頑張って生き延びてくれ」


結構ハードモードなんだろうか? だんだん不安になってきた。


その男は、僕の表情を楽しそうに見つめると……


「相当自分の潜在能力に自信があるんだな。不安の陰に喜びと好奇心が見え隠れしてるぞ」


――そう言って「くくっ」と笑う。


「自信があるわけじゃないですけど…… どうせなら、ちゃんとしたスタートが切りたいなーと」

これは本心だ。チートは魅力的だけど、正々堂々もありかも知れない。


「そうか。まあ、おまえなかなか面白いから…… 少しだけ個人的なプレゼントをやるよ。

行ってすぐ死んだんじゃ、俺もつまらん。ちょっとしたヒントと少しの貯えだ」


男がパチンと指をならした。

すると急に体温が奪われ、呼吸が荒くなる。頭痛とめまいと吐き気も襲ってくる。


男の笑みが、だんだん不気味なものに変わって……


「まあ、頑張ってくれ。救世主殿! お前は、あの世界で生き続ければそう呼ばれた男だ。

移転先の世界でも、活躍を期待してるよ」


そんな妙な事を口走った。

大丈夫だろうか、他の誰かと勘違いしてね?



――そんな不安と共に、僕の意識はゆっくりと闇の中へと沈んでいった。

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