始まりの放課後
放課後の職員室。
「木戸山君、キミはもう少しやる気を出せば…… んー、言っても仕方が無いのかな」
別名『乳神様』と呼ばれる若い物理教師は、可愛らしく頬を膨らませながらそう言った。
そして、すねてるのか怒ってるのか分かんないような表情で僕の顔を見ながら、今日何度目かの大きなため息をつく。
顔を見られるたびにため息をつかれるのは心外だけど、クラスの女子は無言で顔をそむけるから、それに比べたら救いのあるリアクションかもしれない。
どうやらブサメンってのは、空気のように生きてゆくことすら困難のようだ。
狙ってないのに妙に注目を集めることがあって、困ることが多い。
今も職員室を訪れた他のクラスの女子が、チラチラとこっちを見てる。
まあ、ため息つくたびに、乳神様のちょっとサイズな合わないシャツから、張り裂けんばかりの胸が上下に揺れるのが近距離で拝めるから、良しとしとくか。
今日のブラジャーは淡いピンクだ。ちぎれそうなボタンの隙間から、さっき見えた。
「赤点でもないし、なにか問題でも?」
「いやこれ、キミが取るような点数じゃないから」
ピラピラと振る答案用紙には、大きく67点と書かれてる。
僕の計算が間違ってなければ、ジャスト平均点のはずなんだけど。
「気付くのが遅かったわ。わざと平均点を取り続けるなんて。
――まずその発想が無かったし、だいたい狙っても不可能だと思ってたもの。
どんな仕掛けかまでは分かんないけど…… なんでこんな事してるの?」
「そんなコトしてません。だいたい根拠ってゆうか…… 証拠みたいなものってあるんですか? カンニングしたって、そんなの無理だし」
僕がウソをつくと、先生は真剣な目で正面から見詰めてきた。
「んー、まあいいわ、今回は見逃してあげる。でも次回は無いからね!
そうそう、ついでと言うか罰と言うか…… 先生実験室に資料忘れてきちゃって、持ってきてくんない? お昼の授業の時に使ってたやつよ。こんくらいの段ボールに入ってた」
手を30センチぐらいに広げて、持ち上げるジェスチャーをする。
「了解です」
僕が頷くと、先生は顔を近づけてきて。
「他の先生がどう思ってるかは知らないけど、あたしは期待してるのよ」
小声でささやいて、ニコリと笑った。
僕は先生からキーを受け取って、集め始めた注目から逃げるように速足で職員室を出る。
――やっぱり、目立つのは嫌いだ。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
確かに。いろいろやり過ぎたかもしれない……
学校のデータベースに忍び込んだのは、ただの気まぐれだった。
テストの情報でも手に入れば、勉強する手間が省けるかなーくらいの感覚だったし。
でも、そこで見つけた生徒の成績表は面白すぎた。
学年全員の情報を記憶して、事前にテスト内容を確認する。そこから平均点を予測して、それを狙う。
ゲームとしても十分楽しめたし、目立たないようにするための施策としても有効だった。
――問題は、繰り返す度に精度が上がっちゃったことかな。
さすがに全教科ジャスト平均点を2回続けたら、気付く先生も出てくるか。
趣味で始めたネットのゲームも…… やり過ぎて問題が出始めたし。
そろそろ潮時かも知れない。
コツコツ溜めたお小遣いも、それなりになってきたし……
「ほとぼりが冷めるまで、旅行でも行こうかな?」
ココはブサメンらしくひとり旅で! うん、自分探しの旅とか、それっぽくってグーかも知れない。
施設を出てから養父のおじさんと2人で住んでるけど、彼とはここ数年まともな会話してないし……
置手紙でもしとけば、特に心配もしないだろう。
「問題は、彼が置手紙を読むかどうかだな」
だいたい僕がいなくなっても、それに気付くかどうかも怪しい。
――そう言う意味では、実に快適な居住空間なんだけど。
そんな考え事をしてたら、実験室に着いた。
鍵穴にキーを差し込もうとしたら、中から声が聞こえて来る。
「えーっ、キモヤマ? ないない。ありえない」
「狙ってるって、絶対! 今日もアオちゃんの脚、ジトーって見てたから」
この声は葵さんと舘山寺さんの声だ。
我がクラスの美少女ナンバーワンとナンバーツーがこんなとこで何してんだろう?
確かあの2人の仲は、あまり良くなかったはずだ。
「勘弁してよーキモヤマ、マジキモイもん。でもさ、あれでなかなか便利だから、脚見るぐらいはねー」
「うわっ! ダメ。あたし生理的に受け付けない」
2人でキャラキャラ笑いあう声が響く。
キモヤマとは僕のことだろう。木戸山をもじってキモヤマ…… まあ、あんまり上手くないな。
「ヤッパ同じクラスなら、サッカー部の佐藤君かな? イケメンだし」
葵さんの言う通り佐藤君はなかなかのイケメンだ。
運動神経も良いし、リーダーシップもあって性格も悪くない。
もし問題があるとしたら、微分積分がまだ理解できてないことぐらいだろう。
彼の志望大学を考えると、そこがちょっと心配だ。
「ねー? あの噂ホント! 彼氏と別れたって」
舘山寺さん、ナイス突っ込み!
って言うか、彼氏いたんだ葵さん。そこは成績表に書いて無いからなー。
「あきちゃった。あいつ顔だけだし…… つまんない男だもん」
「へー」
葵さん、衝撃のビッチ発言!
いっけん清楚系お嬢様美少女だから、ちょっとドキドキです……
まあ、数少ない『普通に話しかけてくれる系女子』だったから。
「よく分からない所があって、ちょっと教えて」とか言われて、宿題丸写ししたり。
「今日飼い犬を病院につれて行きたくて、ゴミ捨て変わって」で、掃除当番変わったりとか。
頼まれると断わらなかったもんなあ……
――あのパッツン前髪、破壊力高すぎだし。
もーホイホイ受けてました! 全力で!
あと、太ももとか胸元とかガン見してました! ごめんなさい。
僕だって下心満載だったから、悪く言う気はないしね。
学年1と噂のキモ男に、あんなかわいい娘が話しかけてくれるだけで、幸福でした。
でも、どこかで ――心の隅で、期待してたのかな?
言質取っちゃうと、なんか悲しい。
し、か、し。立ち聞きしてたら入るタイミング逸してしまいました。
このまま回れ右して、乳神様には適当にウソついて帰ろうかと思ったけど……
なんかさっきから微妙にガス臭いんだよね。
妙な予感もするし。ほっといたらまずそーだ。
――うだうだ悩んでたら。
「それで、あの人を狙ってるの?
それとも好きになったから、彼氏を振ったの?」
ちょっと大きな舘山寺さんの声が聞こえてきて、我に返った。
「さっきも言ったでしょ、あたしは……」
「ごまかさないで!」
「だいたいなんで、あんたがそんなこと聞くの?」
「――っ! あたしも、あの人のこと…… す……」
少し考え事をしてたら、どうも昼ドラチックな超絶展開になったようだ。
――女子って良く分かんない。恋愛脳ってやつかな?
まあ、会話が途切れたようだから、何食わぬ顔で実験室に踏み込む。
乳神様に頼まれた資料は、もうどうでもいいけど。ガスの匂いと頭の中でくすぶる嫌な予感の正体だけは、突き止めておきたかった。
――2人が、この場所に居るのも危険なような気がするし。
驚愕の眼差しで僕を見る2人の美少女に、「どうしたの?」的な笑いでごまかしながら、室内をチェックした。
昼間授業で利用した時の映像記憶と、現状の相違点を、全力で照合する。
脳が処理速度オーバーで悲鳴を上げるのと、本能の危険信号がどんどん上がって邪魔だったけど……
「みつけた」
実験用ガスバーナーのホースの横に、古いガラケーが置いてあった。
急いでそいつに駆け寄りながら、脳内データベースにアクセスする。
今日僕たちが利用した後、この実験室を他のクラスが利用してないか…… 以前ハッキングで盗み見た「カリキュラム表」で確認する。
――照合結果、該当なし。
ついでに、ウチのクラスでこの手のガラケーを利用しているヤツがいないかも確認する。
――照合結果、該当なし。
「ちっ!」
本能の危険信号が、Maxのゲージを振り切った。
慌てず慎重にガラケーを手に取ろうとしたら……
ご丁寧に、そいつから2本のコードが伸びてホースに巻き付いている。
爆破起動装置と、携帯の機能を利用した安全装置だろう。
……下手に動かすと、起動しかねない。
なんとか2人を逃がせないかと、まだ驚いたままフリーズしてる美少女達を両腕で抱え、走り出すのと同時に。
背後から「ピピッ」と、安っぽい電子音が聞こえてきた。
――地響きのような炸裂音とともに世界が暗転する。
頭の隅で映像記憶のシャッターが勝手にカシャリと音を立てた。
崩れ落ちてゆく視界中で、何かがうごめいたような気がする。
あの黒い影はいったい何だ?
――あんなもの、僕の記憶が確かなら…… ゲームか漫画の産物なのに。
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