第11話(仮)
「この後、中富さんと岡野さんは相談してお父様に報告し、許可を得て警察へ出頭したそうです。関係することは間違いないですから。警察の方針としては、父親を殺した女生徒が万が一を考えてお兄ちゃんとは合流せずに一人で列車に乗り、逃亡したものと推測したようです。新幹線のチケットが回収されなかった事から、在来線を使ったものと思われています。以来、彼女からは連絡もなく、現在も未解決事件の扱いです。」
議長、ちさとの簡潔な説明を受けて、紅緒がまず質問のために挙手をした。
「南雲議員、どうぞ。」
「では質問だけど、先ほどの話をすべて鵜呑みに信じるとして、結局のところ自殺はあったの、なかったの? そこが肝心だわ。」
「結論で言えば、遺体がありませんでした。けれど、ご存知の通り、後にはこれを元としたと思われる七不思議が囁かれる事には繋がったものと思われます。この事件の、この目撃談が原型の一つには間違いないことと思います。」
「解かりました、質問は以上です。」
「では明智議員、どうぞ。」
「いや、だから何で議会制なのさ?」
紅緒もいつの間にやらノリノリだった。
先日と同じに、お嬢様のお迎えコールをもって議会は閉幕。続きはまた明日へ持ち越される事と決まる。二人も遅れて帰路に着いた。
「ねぇ、あれって刑事だと思う?」
「違うと思うね。胡散臭いな。」
校門を出た辺りで、誰かを待っているらしき怪しい人物を見つけた。相手には気取られぬよう、正面を向いたままで耕助は声だけ潜めた。
「刑事ならあんな所で待つまでもなく、学校に乗り込んでくる。父兄ならケータイで一発呼び出し可能だ、今の御時勢。」
こんなところで待ち伏せされる謂れなど、思い当たる節なら一つしかない。予想の通りに、その男はこちらに気付いて表情を変えた。待ち人は耕助たち二人、要件は例の殺人事件だ、過去ではなく現在捜査が進んでいるはずの、旧校舎中庭の。男が軽薄な態度で片手を挙げた。
「なぁ、君たち、ちょっと聞きたいんだけど、明智耕助って生徒と南雲紅緒って女生徒がこの学校に居るはずなんだけど、知らない?」
「さぁ、どうだったかしら? けど、もう学園内に残ってる生徒はほぼ居ないと思います、行き違いじゃないかと思いますわ。」
そんな大嘘を南雲女史はさらりと吐いた。口ぶりや仕草姿勢までが豹変した。お嬢様学校に相応しい、おしとやかな才女風美少女の一丁上がりだ。
「またまたぁ。ご本人の癖にしれっと嘘吐いちゃってさ、なんなのキミたち? そこらで拾った噂の主とは思えないキャラだね、綺麗だけど平凡な普通の女子ってのと違い過ぎない? ちょっとそこら辺も含めて話し聞かせてよ。」
通り過ぎようとした紅緒の腕を捕らえて、正体不明の男は軽薄な口調のままでそう切り返してきた。この男、デキる。
「なんなんですか、あなたは? 警察呼びますよ?」
耕助が脅しのように声を潜めても男は平然としている。
「そっちのカレシが明智くんね、二人共くせ者だなぁ。気に入った。こんな処で長話もなんだからさ、駅まで歩かない? 駅前のファミレスで奢るよ。」
「そういう条件なら、ついて行く事もやぶさかではないわ。」
早速と女史は手のひらを返した。
「紹介が遅れたけど、俺はこういう者だ。」
それぞれに手渡された名刺には、青インクの出版社名と共に、雑誌名とルポライターの肩書き、胡散臭い住所、それに男の氏名が印刷されていた。児島直樹。天然パーマだろうもじゃもじゃ頭を掻いてから、ルポライターを名乗るその男は内ポケットから煙草を取り出した。いや、加熱式煙草のプルームテックだ。
「最近は煩いだろ? ついにウチの編集部もさ、こういうの以外は禁煙のお達しが出ちゃってね、仕方なしに切り替えたんだよ。なんとも世知辛い世の中だねぇ。」
ふーっ、と白い煙だか蒸気だかを吐き出して、児島はそう言った。煙草特有のあの嫌な臭いがしないとか言われている次世代煙草、しかし元々耕助は煙草の臭いなど気にした事はない、違いなど解からなかった。
「そっちのカレシ、明智くんでしょ? 君の血筋からいっても興味津々なんじゃないかと思うんだけど、どう? 気にならない? 殺された被害者、俺は幾らかの情報を持ってるよ?」
「俺の苗字が明智だからって、例の有名人とは無関係ですよ。もちろん戦国大名にも知人はありません。誰かと間違えてんじゃないの?」
「親戚筋って聞いてるけどなぁ、じっちゃんの名にかけて!とか?」
「イトコのハトコのマタイトコのヤシャゴって感じの遠縁です。」
赤の他人と言うほうが近しい、と断じる直前で紅緒がしゃしゃり出た。
「どうでもいいわ、そんなの。それより、被害者の知り合いっていうのは本当? 緘口令が敷かれてて、学園内では何にも教えてもらえないのよ、誰が何で殺されたのか知りたいわ。」
「なんでっていう部分はなぁ、」児島は頭を掻いた。「そこは不明なんだが、被害者はフリーのルポライターでどっちかと言えばスクープ狙いのパパラッチだったと思ってくれ。今週発売のフライデー辺りがすっぱ抜くと思うが、某市議の汚職を探ってたんだ。そこからどこぞの大物に行き着いたらしくて、例の汚職市議もこの学園のOBだから、地下で繋がってるんじゃないか、てな具合の記事が出る予定だ。」
「はっきり小林修一郎とは書けないわけね?」
「勘がいいな、お嬢さん。さすがに名指しは拙い、ほとんど当てずっぽうだ。名誉毀損になっちまうくらいに無責任な推論だってくらいは、記者の間じゃ周知なもんでね。」
「あんたは何が知りたいんだよ?」
紅緒に継いで耕助が矢継ぎ早の質問を記者にぶつける。記者と名乗った男はニヤリと笑ってまた電子煙草をぷかりとやった。
「二人共、話が早くていいねぇ。学園内にはヤツの妹が在籍してるだろ? その辺りから何か情報を取れないかと思ってね、なんとか紹介してもらえないかな。」
「直接は止めたほうがいいと思うわ、あの子、お兄様のこと狂信してるから。」
「へぇ、そうなの?」
もう接触済みだと匂わせるだけで、記者は俄然、紅緒に対して興味を示した。
「取引はどうかしら? 私たちも実はあの事件に興味津々で、幾つかは情報を押さえているの。例の妹さんからもね。だけど、被害者側の情報はまるでないのよ、それを貰えるなら助かるわ。」
「なるほど、お互い様ってね。いいよ、共同戦線といこう。」
歩きながらの会話に区切りをつけ、駅前通りに手頃な喫茶店を見つけると、児島はドアを開けた。
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