第6話(仮)

 もどかしい一日が終わり、放課後、さっそくと南雲女史は隣のクラスの小林ちさとを呼び出した。被疑者第一号、小林修一郎の妹を。

「ちょうど良かったです、私からも話したいことが出来ましたので。」

 ちさとは妙に思いつめた顔で二人の前に現われた。

「昨日、お兄ちゃんに聞いたんです。七不思議の件で、何か知っていたら教えてもらおうと思って。そしたら、知ってるどころか、関係者でした。」

「関係者?」

 また奇妙な展開が始まった。つい素っ頓狂な声を挙げてしまって、耕助は口を閉じた。ちさとは少しばかり言いあぐねた様子だったが、そのまま続けた。

「16年前、お兄ちゃんはこの学園に在籍していました。そこで、一人の女生徒と知り合ったそうです。この女生徒が、後の七不思議の一つ、創立記念日に旧校舎の屋上から飛び降りる幽霊になった人です。」

 紅緒が納得の頷きと共に、情報を付け足した。

「夜中の12時きっかり、なぜだか12月14日の一度きりしか現われないと言われる幽霊の話ね? 一番古くって、カタチがしっかりしてて、他の七不思議が出来たキッカケかも知れない噂話。」


「そうです、お兄ちゃんが入学したばかりの頃は七不思議なんてなかったそうです。だけど、卒業する頃にはいつの間にか七つ揃っていたって。それから、秘書の中富さんも調べてくれていたみたいで、創立から先の目立った事件などはなかったそうなんです。もし、本当に自殺なんかあったら、少なくとも何らかの記録が残っているはずです。けど、警察にも役所にも事件性を示すような、そんな記録はないそうです。」

「じゃあ、お兄さんが当事者っていうのは?」

 何か言いにくい事情があるようで、耕助が促してもなお、ちさとは言い澱んでいた。

「お兄ちゃんが、……兄が言うには、二人は駆け落ちをする約束をしていたんだそうです。とても不幸な女性で、兄は彼女を救い出すつもりでいたと。だけど、結局、彼女は来なかったそうです。待ち合わせの場所に。」


 16年前――


 その夜は、ちょうど創立記念日にあたる12月14日の夜だった。彼と彼女にとって、特別な日付となるはずだった夜だ。

 小林修一郎は、吐けば白くなる息をわざと大袈裟に吐き出して、寒空に白いもやを飛ばしてみた。身を切るように寒く、このまま雪が降り出すのかも知れないと、震えながらそう思っていた。


「ちょっと待って。その話、本当に信用していいんでしょうね?」

 情感たっぷりに語りだしたちさとを押し止めて、紅緒がぴしゃりと言った。

「当たり前じゃないですかっ、なんでお兄ちゃんが嘘吐かなきゃいけないんですっ、」

 まるきり信じきって盲目状態の彼の妹だ。鼻息も荒く、一点の曇りなく言い切った。

「その女生徒は、話によれば本当にお気の毒な方なんです。お母さんはまだまともそうな方だったらしいですけど、再婚した相手の男はとんでもないヤツで、碌に働きもしないチンピラ紛いで、母子に寄生してるような男だったそうです。」

 唾棄する勢いで言い捨てると、ちさとは再び熱を篭めた。


 16年前――


 彼女はいつ見かけても薄汚れた成りをしていた。修一郎は遠目に眺める程度で、最初はさほど気に留めてもいなかった。まだ子供だったから、俯いて歩くその女生徒の境遇に思い及ぶことは出来なかった。

 この学園はお嬢様高校だからいつでも良い匂いを漂わせているくらいが通常で、彼女は別段不潔というほどでもなかったのに、いつも他の生徒からは遠巻きにされていたから、修一郎も自然とそれに倣っていた。確かに目立つ生徒ではあった、悪い意味合いで。

 いつ見ても飾り気の一つもなく、他の女生徒のように散髪したてのセットされた髪型などしてはいない。伸ばしたまんまの髪をおさげにして、いつも俯いていた。誰か先輩のお古だろう制服を大事に着ていて、洗濯はしているだろうに古ぼけた服は小汚く見えた。

 皆、華やかに学食を利用して昼食を取るのが常だったが、彼女はぽつんと一人、教室で小さなお弁当箱を広げて食べていた。中身はいつも夕食の残りのようだった。


 少女は誰からも相手にされず、まるで空気のように、居ないものとされていた。


 最初のきっかけが何だったのかはもう忘れた。なんとなく気になって、少女と話をするようになった。気持ちの優しい、飾らない性格が好ましくて、彼女と話していると心が安らぐことにも気がついた。幼い恋だったと思う。彼女が塞ぎこんでいた理由は、学校から督促されている修学旅行の積立金についてだった。

「どうしたら行かずに済むかしら。うちは、お金がないの。」

 修学旅行どころか、本当なら学校自体も辞めたいようだった。彼女の父親は、修学旅行には行かせたくないくせに、学校を休むことは許さない。口癖のように、金持ちのカレシを作れとせっつくのだと彼女は言った。

「わたしとこうして時々お話をするの、黙っていた方がいいわ。もし、あの人に知られてしまったら、きっと迷惑を掛けると思うから。だから、あんまり皆の前で親しく話しかけないでね?」

 彼女は唯一の友達を心配して、いつも釘を刺した。あまり私に近寄らないで、と。それでも本心は寂しくて、決して話しかけてくるなとは言わなかった。


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