第5話(仮)
「あははははっ、」
真夜中の、ここは旧校舎一階理科準備室。今日の出来事を報告したところ、件の七不思議のオマケ話で山田さんがゲタゲタと大笑いをしたところだ。
「いや、あいスイマセン。そうですかー、わたしが七不思議の一つに。それはそれは光栄な。いやいや。」
笑い転がしながら山田さんは言い、出てもいない涙を拭う素振りで、指先で眼窩のふちをなぞった。山田さんの生前はさぞかし笑い上戸だったに違いない。
「しかし、最近お二人がいらっしゃらないと思ったら、そんな事になってたんですねぇ。いや、ちっとも知りませんでした。不勉強で申し訳ない。」
「あんだけ警察が来て騒いでたらなんか気付くでしょ!」
「それ以前によく騒ぎにならなかったよな。どこで何してたの、山田さん。」
いつも通り、フラスコおよびビーカーに手袋でのお茶会を再開させて、三人は声を落として話している。さすがに見つかったばかりの時の警戒心は強い。
「わたしは普段通りここに居ましたよ。ただ、警察の皆さんのお邪魔をするわけにはいきませんので、出会わないように見回りは控えてじっとしておりましたから。」
動かない限りはオバケだとは気付かれない。どういう理屈なのかは知らないが、実はこの山田さん、これでボディの取替えは三回目だったりする。学園側もさすがに気味悪がって取り替えた事もあったのだが、怪談話が止むことはなかった。
「いやー、新品のボディはいいもんですなぁ。」
依り代が変わっても山田さんは平然としていたものだった。
「んでさ、肝心の話だけど、」
与太話がだらだらと続き、痺れを切らした紅緒さんが本題を切り出した。
「事件のあったっていう昨日の夜、山田さん、何か見なかったの?」
「見ましたですよ。」
あっさりと骸骨は認めた。
「あれは、夜中の12時をちょっと過ぎた頃でしたかねぇ。ひと目を忍んで、周囲を窺うような感じで見知らぬ男がここ、旧校舎へ近付いてきましてね。泥棒かと思いまして、注意を払って見ていたんです。これが死んだ方の男ですな。」
山田さんの言いようには、一部始終を見ていた事を示す注釈が含まれた。
「玄関の鍵は壊れてますでしょう、それに気付かずペンチを取り出しましたね。で、鍵が壊れていると解かったら、今度はやたらと警戒しだしました。先に来ている誰かを警戒したんでしょうな。その時はまだ誰も居なかったわけですが。」
耕助はまた顎を撫でた。ここまででも解かる点が幾つもある。被害者の記者はここを待ち合わせの場所にしていたが、ここに詳しいわけではない。そして、人の目に付くわけにはいかない理由で会う相手だった。
山田さんはひと息置いて、また喋り出した。
「それから、数分程度ですかね、次なる男が現われました。残念ながらこちらの男は後ろ姿しか見ておりません、なにせここからは怒涛の展開でしてね。私は、例の被害者ですか、彼の後を付けて離れた場所から見張っていたのです。なにせウロウロしながらも常にあれこれと物色していて、胡散臭いことこの上なかったもので。」
山田さんの話を整理すると、こういう話になるようだった。
記者は12時少し過ぎた頃に、まず一人でやってきた。そして旧校舎に侵入し、そのまま廊下を渡り、階段を登って二階から三階へ移動した。途中、教室や用具室などの扉はすべてチェックし、警戒心も露わだったらしい。
山田さんはこの旧校舎周辺に誰かが近付くとそれを察知する、うろうろする不審者の後を付けているうちにまた一人近付いてくる事に気付いたようだ。
「どのタイミングで出ていって嚇かしてやろうかと思っていた矢先でした。また一人来るではないですか、それで二人まとめて脅してやれと思って、そのまま見ていたんです。」
すると、新たな男の気配も旧校舎へ侵入した。待っているとやはりで、こちらへ近付いてくる。ところが、こちらの男は用心深い、影に隠れて自分の顔をなかなか晒さないから見えない。そうこうするうちに、二人は合流して山田さんに背を向けてしまった。そこからは二人の背中を追うカタチで、顔を見る機会は失ったとそういう話をした。
「二人共、この学園の関係者ではありませんでした。わたしは長年、ここに居ますので学園の関係者ならば気配で解かります。現在の生徒でも教員でもないし、OBでもない、保護者である可能性はありますが、とにかく初めて来た男たちのはずです。」
「また可笑しな話になったわね、」
紅緒がむくれた顔で言った。
そう、ここを知っているはずのこの二人は、ここの関係者ではないというのだ。
「訝しんで見ていますと、やにわに後から来た男が懐から拳銃を引っ張り出したのです。被害者が気付いて怯み、窓際に寄りました。そこで、撃たれたのです。彼は窓を破って転落し、撃った相手はそのまま廊下を走って奥に向かいました。こちらも初めてのくせに、なぜかそちらに非常階段がある事を知っていたらしいのですな。階段に続くドアを蹴破って、男は逃走しました。追ってくる私の足音に気付いたのだと思います、それでも振り返りませんでしたから、やはり顔は見えませんでした。」
「顔を見られる事を恐れたとしか思えないわね、有名人かしら?」
「さぁ? 年代さえ解かりませんですよ、上背はありましたし、元気溌剌でしたけど。」
「……小林修一郎、かも?」
「そんな単純に行くか? 妹によればアリバイは完璧って話だぞ。」
「だからぁ、トリックがあるって事じゃない。明日、そのアリバイを詳しく聞かなきゃね。」
がぜん、興味が沸いてきたようで、紅緒は意気揚々とそう言った。
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