第4話(仮)

 翌朝。耕助は登校途中に背中を叩かれ振り返った。こういう具合に力加減を知らない阿呆は親友の渚だけだ。予想通り、じんじんと響く肩を大袈裟にさすって見せてもこの男は怪訝そうに首を傾げるだけだった。

「なんだよ? あー、それよりお前さ、昨日、警察に何か事情聴取されただろ?」

「おう、旧校舎に入り浸ってんのバレたんだ。」

「ご愁傷様っ。んでさ、俺も下校途中で刑事に事情聞かれたんだけどさ、お前らのアリバイ探ってる感じだったけど、大丈夫なのか?」

 渚はバスケ部だから知らないのだが、耕助にも紅緒にも動かし難い鉄壁のアリバイが存在する。殺人事件が起きた当日の夕方から翌日までは、大阪に居たのだ。

「新幹線のチケットがパーフェクトなアリバイを証明してくれてるよ。翌日は即売会だったしな。アリバイ証言なら幾らでも取れるさ。」

「時刻表トリックではありがちネタじゃん、ぜんぜん大丈夫じゃないな。」

 ギリ不良な親友が校則破りの常習犯である事も、渚は知っている。夜中の素行不良も黙って見ぬフリをしてくれるイイヤツだと耕助は思っている。

 渚は自身が遭遇した聴取の状況を詳しく耕助に話してくれた。嫌疑が掛かっていると知って、心配したのだろう。


「それで刑事がさ、なんで旧校舎はあんなにひと気がないのかって聞くんだよ。んで、たぶん、アレのせいだと思うからさ、話したらすごく興味持ってたぜ。」

 アレというのは、学園にはつきものの、アレだ。

「七不思議? まぁ、確かにアレのせいで、夕方くらいからは本気で誰も来ないけどな。記者が何しに学校くんだりまで来たか調べた方がよほど早いだろうけど。」

「七不思議の事、どれだけ周囲に知られてるかみたいな話し方してたからさ、旧校舎が普段からひと気がないって事、近所でも有名だったのかどうかが知りたかったんじゃないかな。」

 そっちか。耕助は顎を撫でながら思考を回した。おそらく、周辺住民の聞き込み調査では記者がいつ学園に入り込んだのかが特定出来なかったのだ。目撃情報が少ない、という事は、記者がひと目を忍んで旧校舎へ入り込んだ事を指す。そして、犯人と会う場所にあそこが選ばれた理由にも繋がると踏んだのだろう。


「あと、不審な人物や車なんかが目撃されたなんて話は聞かないかとか、そうそう、旧校舎の裏の月極駐車場は普段からあんまり人が来ないのかとか、そんな事聞かれた。どう思うよ?」

「月極駐車場に犯人が車を停めてたんだ、たぶん。目撃情報はそれくらいしか拾えなかったんだな。この辺は辺鄙だもんな、仕方ないか。」

「旧校舎側なんてほぼほぼ畑と田んぼだもんな。」

 新校舎側はまだ宅地開拓での居住区も増えているが、基本的に学園の周囲は風光明媚な土地柄で、平たく言えば田舎だ。十年も前なら、田畑の中にぽつねんと学園の敷地があるような状態で、要は 、農業振興地域のど真ん中にあるのだった。

「よくもまぁ、こんなトコに学校なんか建てたよな……」

 声を潜めて渚は言った。ことに、日が暮れてしまった後には街灯さえ乏しく、治安上の不安は常に囁かれていたところだ。きっとまたPTAが煩く経営陣を突き上げるだろう。


 同じ情報はすでに南雲女史の耳にも届けられていた。同時に、ちさとにも。

「警察発表はまだ見送られていますけど、やっぱりお兄ちゃんにも事情聴取がありました。しつこくアポを取りに来てた記録が残ってたとかで。それで、こっそり聞こえちゃったんですけど、状況的にそっくりな殺され方なんだそうです、七不思議と。」

 こっそり聞こえたというのも言いようだが、そんなものより強く二人の注意を引く言葉が混じっていた。俄然、空気に緊張感が増す。

「七不思議の見立て殺人?」

「いえ、よくは解かりませんけど、七不思議には色んなバリエーションがあって、だけど共通して、校舎から落ちるっていう部分があるんだそうです。」

「ふぅん? 私が知ってるのは中庭でサバトが行われているって話だけだけどな。」

 紅緒が促すと、ちさとは訂正を交えてもう一度言い直した。

「七不思議の一つに、です。バージョン違いも合わせたら、二桁じゃ収まらないとかって、うちに来た警部さんが言ってましたから。」

 耕助も知っているのは七つのうちの幾つかだけだ、そんなにバージョン違いとやらがあるとも思わなかった。


「ある種のタブー化していて、色んなバージョンがある事さえあまり知られてはいないそうです。それで、記者さんは三階の窓から転落死したって。」

 ちさとの憂い顔が一層深まった。おおよそ、その警部とやらの鎌掛けが半分以上といったところだろうが、刑事の勘というものはなかなか馬鹿に出来ない。何かが琴線に触れて、七不思議を持ち出したのだ。

 耕助は再び思考を回している、旧校舎ならばそれこそ不眠不休で活動している人物が居る。旧校舎の、ある意味、主だ。

「南雲サン、今夜は月が綺麗ですよ?」

「そうね、きっと綺麗ね。」

 二人して悪巧みな笑みでにやつけると、ちさと一人が不思議そうな顔を向けた。


「七不思議って、どんなのがあったかな? 俺は新校舎の時計塔のヤツくらいしか知らないけど。」

「新校舎にもあった? どんなヤツ?」

「時計の歯車んトコに赤子のミイラが挟まってて、それで毎日5分ずつ時計が遅れるんだけど、夜中になると黒いおっさんが時間合わせに来るんだと。」

「黒いおっさんって……」

 紅緒は不服そうな顔をするが、七不思議などそんなモノだろう。紅緒の報告したサバトにしても似たり寄ったりな荒唐無稽ではないか。耕助は鼻を鳴らす。

「わたし! わたしも知ってます! 旧校舎の理科実験室にある骨格標本が、夜な夜な動きだして、校舎の見回りをしてるって!」

「あー……」

 それは事実。とは、さすがに言うのは憚られた。

「それから、それからっ、真夜中に男女の影が、一階の廊下を笑いながら追い駆けっこをしてて、それで、女の影の手には長い刀のような付属物が……!!」

 ちさとは恐怖に顔を引き攣らせつつ、絶叫を抑えこんだ口のカタチを保ったままで、両手を頬へ当てた。ムンクだ。

「あー……」

 それは私たち。とも、さすがに言うのは憚られた。

 ちなみに長い刀状の付属物は、おそらくフィギュアの影が変形して伝えられたものだ。踊りながら廊下を練り歩いた記憶がおぼろげにある。人の噂は伝言ゲーム。

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