第3話 黄昏の法廷論争は教室で

「んで、私たちに用事ってなに?」

 かなり砕けた、というよりゾンザイな口調で南雲紅緒は美少女に問いかけた。蓮っ葉な態度でお行儀悪く、机の一つに腰を据える。ダイレクトにお尻を机上へオンだ。名門お嬢様学校にあってのこの態度は、どう贔屓目に見ても不良娘としか取れない。アコガレの美少女フィギュアの等身大を前に、どうやら女史は舞い上がっているようだ。頬を紅潮させ、うきうきと肩を揺らしている。

 美少女、小林ちさとは少しばかり気圧された様子で、けれどすぐ教室へと入ってきた。緊張の面持ちで二人を見据えている。

 決心がついたのか、一人頷いてから彼女は話を切り出した。

「もうご存知でしょうけど、私、小林ちさとと言います。小林修一郎、ご存知ですか?」

「うん、国会議員で若手のホープで世間の奥様方にキャーキャー言われてるイケメン。」

 もう放課後だからと油断しているのか紅緒サンの口調は普段の猫かぶりなお嬢様調とは違う。チラ見で注意したつもりだが、女史はまったく気付かなかった。

 心の内で首をやれやれと振り、耕助はイケメン議員の妹に向き直った。フォローのため、付けたしで嘴を突っ込む。

「今年32だっけ。えらく歳の離れた妹さんだね。父親の小林元議員にしても70過ぎって聞いてるし。その、こんな事聞いたら失礼かもだけど。」

「隠し子?」

 遠慮がちに耕助が言った言葉を台無しにして、南雲女史はさらりと抉る。

「違いますっ。」

 間髪入れずにちさとは否定した。

「私は養女なんです。八年前に両親が事故で亡くなって、身寄りもなかった私は施設に行くしかなかったんです。だけど、死んだ父が、今のお父さまの秘書をしてたことがあったとかで、引き取ってくださって……だから、兄とは血の繋がりはありません。」

 今は引退している小林元議員もまた有名だ。自由民権党の幹事長にまで上り詰めた、小林派の首領と目されている人物。その養女である彼女はまさしく、正真正銘のお嬢様だ。


「あの、本当に旧校舎で怪しい人物を見たとかはなかったんでしょうか?」

 気を取りなおして少女は尋ねた。

「なんで? 被害者さんとお知り合い?」

 途中をまるまる端折って聞き返す南雲女史に、耕助の方では一瞬、思考が飛んだ。紅緒の悪い癖なのだ、聞かれたフィギュア系美少女も止まってしまった。すぐにフリーズを解いたものの、彼女は激昂した。何か妙な具合だ。

「わ、私が何であの記者さんと知り合いでなくっちゃいけないんですかっ。事件が夜中だったから、あなた方がしょっちゅう入り浸っていたから、だから、疑われているのはあなた方じゃないですかっ!」

「あー、殺人だったんだ。で、被害者は記者、と。あなたの方がよく知ってるわね。」

「俺たちは何も聞かされていないよ。今、君の口から初めて聞いた。」

 二人の返答に、小林ちさとは絶句した。


 自らのフライングに気付いたようだが、もう遅い。耕助の隣の南雲紅緒がお得意の悪どい笑みを閃かせたなら、もう遅いのだ。何もかも知っているぞと言いたげなその顔に観念したか、小林ちさとは息を呑んだ。

 それからすぐ、開き直った様子でちさとは二人に事情を話した。

「これから話す事は秘密にしておいて欲しいんですけど、実は、被害者の記者さんって人は、お兄ちゃんの事をあれこれ調べていたらしいんです。何を探っていたのかは解からないけど、もしかして疑われる事になるかも知れないから、だから……」

「警察が何を掴んだのか、私たちから情報を探ってこいって命じられたわけね。お兄さん? それともお父さん?」

「……第一秘書の、中富さん……」

 ちさとは素直に聞かれた事に答えた。最初の会話ですっかり観念したらしかった。この二人を欺くのは自分には無理だ、と。


 ふんふんと頷く紅緒に、ちさとはぐっと身体を寄せた。急に気力が充実したようだ。

「政治家っていうのは、イメージがとても大事なんです。なのに、今回の事件は何も解からないっていうのに、このままじゃお兄ちゃんに容疑が掛かってしまうんです。アリバイだって確かなのに、きっと週刊誌はお兄ちゃんが怪しいって書きたてますっ。」

 隠すのが無理なら説得だ、とばかりにちさとは二人に力説した。二人の正義に訴え、義理人情を煽り立てる。未来の女性議員だ。ぐっ、と握り締めた拳にも力が満ちている。

 ずいぶん、見た目のイメージと違ってきてしまい、むしろ聴衆の二人は興醒めだった。アニメのゆゆかはむしろ天然ボケのキャラなのだ。気弱でのんびり、押しの弱い、主人公の言いなりになりながらも、健気に反発したりするのが魅力の女の子だ。

 ほぼそっくりの少女はしかし正反対の快活さを持つ、さらに面白くもない事に「お兄ちゃんが、おにいちゃんが、」と、アクも強いブラコンキャラだった。


 すっかり白けた耕助が、感想を述べた。

「そりゃまぁ、殺された記者ってのが小林修一郎のスキャンダルを掴んだらしいとかになれば、世間は大喜びだろうからなぁ。調べてたってだけでも、有力な証拠と思われてしまうのは仕方ないだろうな。」

「無関係です!」

 何かの裁判アニメで聞いたような台詞回しでちさとが叫んだ。

「あの記者の人、あちこちで恨まれてたんですよ!? そっちの方で、もっと疑いの濃い人だって沢山居そうなのに、……週刊誌じゃ、きっとお兄ちゃんを大々的に取り上げるに決まってるんです、有名だってだけで! こんな暴挙が許されていいんですか!?」

「そっちの方が面白そうだもん。」

 ふんぞり返って、耕助が異議申し立て。

「面白いからって、犯人扱いしていいんですか!?」

 ちさとは勢い余って机をバン、と叩いた。南雲女史は頭を抱えている。か細い声で、「お願いだから、それ以上、私のゆゆかのイメージ壊さないで……」と泣きだした。


 ゆゆかの学生鞄から着信メロディーが流れる。ゆゆか似の美少女ははっと気付いた様子で、激昂して振り上げた拳を収めた。未来の有望議員の糾弾がようやく止んだ。

「迎えが待ってますので、今日のところはこれで帰ります。……明日、また来ます。」

 国会会期延長。二人はどっと疲れるのだった。

 小林ちさと退場。威風堂々、その後ろ姿はもはや件のアニメキャラとは似ても似つかない、むしろ血統すら感じさせるほどの、国会議員小林一族に相応しい風格を備えていた。


「なんか、凄いのが来たな。」

 少女が教室を出ていった後、固唾を飲んで見守った大衆たる二人はようやくとひと息吐いた。そしてやにわに紅緒女子は震える声で叫び出したのだった。

「あんな子だったなんて……。バカっ、私のバカっ! そっくりってだけであの子に重ねて、いい気になって! 取り返しのつかない愚かな間違いだわ……! 私の清楚で奥ゆかしい、ゆゆかのイメージを台無しにしてしまうなんてっ! 私のゆゆかを返してーっ!」

 号泣、アンド、泣き寝入り。


 もう、おどおどと弱気で内気なイメージをゆゆかには抱けない……! 南雲女史が泣き崩れる。なにせゆゆかの性格の半分は、勝手にファンが作り上げた幻想だ。特に紅緒が抱いていたイメージは同人誌的なキャラ捏造で培ったもの、些細な破壊活動でも受ければ、あっという間に潰える類の儚さなのだ。そこへあのパンチある実写は効いた。

「この世には、神も仏もないのよー!!」

 女史の絶叫だけが教室に響き渡る。

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