第2話 天候と殺人と美少女フィギュアの行方

 台風一過で快晴……とはならなかったようで、今日も新校舎の窓から見上げた空はどんよりと曇り、分厚い雲が垂れ込めている。ここのところは天気が猛烈に悪い。

 職員室からようやくで開放された頃には、授業の声ではなく、校庭から野球部の掛け声がこの教室に届いているという有様だ。

 五限の授業をパスする形で耕助と南雲女史は校長室に呼ばれ、そこに待ち構える刑事二人と対面させられた。根掘り葉掘りの職質がようやく終わったと思えば、次には職員室へ連行された。居並ぶ教師陣に囲まれ、担任教師や教頭などからこってり絞られて、今に至っている。夜中に旧校舎に入り浸っていたことがバレたのだ。

 教室は二人を残して全生徒が帰宅してしまったらしく、ガランとしている。二人も遅ればせで帰り支度の最中だ。制服のブレザーを羽織り、ネクタイを締め直す。名門校は妙なところだけ生真面目で、着崩した制服にはことさら敏感なのだった。


「さすが日本国警察、その目は節穴じゃなかったね。」

「先生たちは巧く騙せたのに、次元が違ったな。」

 放課後の教室に居残り、二人は反省会だ。

「だいたい、旧校舎の隅々まで指紋やら足跡やら捜されたんじゃ、俺らのがバッチリ残ってただろうし、もう、バレバレじゃん。」

「物証の前にはどんな言い訳も無駄だったよね。」


 今朝、旧校舎の中庭で死体が発見されたことにより、学園は大騒ぎになっていた。警察車両が何台も連なる様を、テレビ以外では初めて見ることになった生徒が多く、授業中だというのに先生方の怒号が飛び交う事となった。

 旧校舎は、グラウンドを挟んで新校舎と向き合っているが、なにぶん遠く木立に遮られてよく見えない。現場の中庭ともなると旧校舎の向こう側でまったくこちらからは見る事が出来なかった。

 日が傾き始めていたが、向こうは変わらず警官がうろうろと歩き回っていて物騒だ。遠く、張り巡らされた黄色いテープは糸のように見えた。昼間はヒートアップしていた生徒たちも、半日過ぎれば熱が醒め、学園は平常運転に戻っている。間延びした野球部の掛け声が教室を抜けていった。


「それはそうとお前さ、こないだ俺ん家来た時に、ゆゆかのフィギュアくすねただろ。」

「なんのことかしら?」


 南雲女史はすっとぼけた。耕助はアニメフィギュアコレクターで、新作アニメのフィギュアが発売されれば、それがどんなクソアニメと評されようが必ずヒロインのものを買っている。中には販売期間が終了した後で価値が見直されるものも少なくない。

 そしてこの南雲女史も、フィギュア集めこそしないものの、アニメヒロインも大好きだというオタク女だった。後から評価の上がったクソアニメは、後乗りのファンが捜す頃にはそのグッズが売り切れ御礼となっているケースが多い。女史も買いそびれた一人だ。

 耕助はむんずと女史の胸倉を掴み上げた。


「お前が欲しがってた限定販売で売り切れプレミアの付いてた『ゆゆか』だよ!」

「あー、あの1万2千円が10万とかのクソッタレな値に跳ね上がってた上にそれすら売り切れソウルドアウトだったアレ!」

「届いたら似ても似つかない贋モンだったって、キレまくってたアレだ! 俺のは販売当時に徹夜で並んで買った本物だった! どこやったんだよー!?」


 怒り心頭である。ネット注文はアテにならないと、卸し元のプラモ販売店で直買いする勢力が居るが、耕助がまさにその一人だ。部屋から紛失したフィギュアは法外なプレミアが付いた、今や転売のあこぎな商売道具に成り果てた可哀想な『ゆゆか』である。


「まさか売ったんじゃねーだろうな!?」

「誰がゆゆかを売るかー!」怒鳴りつけた後で「いや、私は知らないけどね、」とそれでもすっとぼけた。怪しい。怪しい限りの挙動不審に、耕助は目を細めてじと目で睨む。

 そっぽを向いた南雲女史は口笛でも吹きそうな調子で、だが口を割ることは断固としてないだろう。このところの天候の悪さで、つい部屋に上げてしまった自分の迂闊さを耕助は呪った。宝の山に自ら案内してやったようなものだった――


 痛恨の極み。


「あーあ。これでしばらくは旧校舎に行けなくなっちゃったね。」

 南雲女史が大きく伸びをした。証拠不十分で釈放だ。悔しいが。ふふん、と鼻で笑って女史は掴まれた制服のブレザーを両手でちょいと着直した。

 あまりの口惜しさにギリギリと血の滲むほどに唇を噛み締めていた耕助の視界に、その時、教室の後部出入り口付近に立つ女生徒の姿が映った。

 確か、隣のクラスの女子だと思ったそのタイミングで、少女は話しかけた。

「あの、お二人は南雲さんと明智くんですか?」

 想像していた通りの、透き通るような高めハイボイスが響いた。アニメ声優でもこんなに可愛い声質はなかなか居ない。クラスが違っていても女生徒のチェックは怠らない二人が揃って目を付けていた学園のアイドル系美少女。

 茶色のかった淡い栗毛がハーフのようにも見せる、色白で小柄な少女だ。切れ長な目の南雲女史とは対照的な大きなどんぐり目。ときに高校生とはみえない幼い顔立ち。


 ゆゆか似の彼女の名は、小林ちさと。国会議員小林修一郎の妹だった。


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