【ボツ】【未完】無題、ラノベ系
柿木まめ太
第1話 嗤う骸骨と指定文化財の夜
旧校舎の、今は使われていない理科実験室にある骨格標本は、夜になると動き出し、木造旧校舎の各教室を律儀に点検して回っている……。私立城東学園に伝わる七不思議のひとつだ。
真夜中の旧校舎は、明かりの一つも灯ることはない。文化財なので電球などはそもそもで外されてしまっているのだ。
大きな満月の下、無造作に育成した立ち木に囲まれ、森の中の古い洋館といった風情となった校舎は、まさに何かが出てもおかしくはない雰囲気だった。
校舎の奥、木立の特に深い場所に面して理科実験室の窓がある。ちょうど良い具合に、外からは茂みに阻まれて光が漏れず、中からは梢の合間の月明かりがよく届く。教室に誰かが居たとして、外を通っただけでは彼らの姿を見届ける事は出来なかった。
満月の今宵は特に、教室内部は仄かに明るい。青い人影が二つと、歪な人影が一つ、時折ここへ集まる事はまだ学園側にはバレていなかった。
「今夜はそうだね、アップルティの気分かも。」
南雲紅緒はお行儀悪くテーブルに尻を乗せた。すらりと長く、理想的な肉付きをした太ももが短めのスカートの裾から惜しげもなく晒される。腰に届く濡れ羽色の黒髪も美しい。
見た目は学園一の美女、ミス城東と名高い女子高生だが、中身は完全に生まれ損ないだ。エロゲを嗜む女子高生は、視界からすべての男を消し去りたいとのたまった。健全なる青少年の夢をぶち壊す存在だ。
足置き代わりにされた木製の椅子がキィと高い音色で軋んだ。
なにせ築百年にはなろうという古い校舎の設備であるから、創立当時の生徒に合わせた道具はどれも小さい。椅子など小学生のソレとしか見えず、とても育ちの良い最近の学生のサイズではないのだ。
彼女より先んじて、テーブルに胡坐をかいている明智が続けて自身の注文を被せた。
「じゃあ、俺はダージリンでいいや。」
彼は、明智耕助というフザケた名前だ。両親に名前の由来を聞いたところによれば、駄洒落のつもりだったという。生まれて初めて殺意を覚えた懐かしい思い出だ。
中肉中背、いたって平凡な普通の男子高校生。自称。平凡な男子高生は同じ男子高生に押し倒されたりはしない。オス受けする顔だから、とは南雲女史の評である。
二人は今夜も定例会と称して、真夜中の旧校舎で落ち合っていた。今のところは部員二人の、『
「君には冒険心ってものがないね。毎日毎日、飽きもせずにダージリン、ダージリン。ダージリンの手先か。インドの観光大使にでもなるつもりか。」
「いいだろ別に。昨今、ベンガル州は情勢不安だから、いつまでダージリンが安定供給されるか解からないんだし、もう飲めないかも知れないんだぞ。」
売り言葉に買い言葉、明智は適当な薀蓄話で切り返す。世界三大銘柄の一つ、ダージリンの産地はインドのベンガル州ダージリン地方だ。近年ちょっとキナ臭い。
ふん、と鼻息も荒く南雲女史は腕組みで反論した。
「世界中いたる所で独立運動真っ盛りだ。そんなものは私の知ったことではないのだよ、ワトソン君。太陽が西から昇ろうが東からだろうが、日出ずる処の天子という書簡の文句が実は僭称であろうが、今夜の月の見事さには、何ら寄与するところのものではないわけだ。」
「うわー、面倒くせぇ。」
心からの非難を篭めて、明智は眉を盛大に顰めた。
南雲女史は、普段の口調はお嬢様を気取っている。夜だけは本当の彼女が羽化するのだそうだ。蛾か、と言ったら殴られたのもいい思い出だ。
二人の不毛な言い争いが勃発する手前で、別の声が諍いを制した。
「まぁ、まぁ。喧嘩は止めてください、こんな良い月の夜じゃないですか。無粋というものですよ。それよりお茶にしましょう、美味しいお茶を淹れますよ。」
月明かりだけの薄闇に、真っ白な骸骨がことのほか映える。思えば、理科実験室というシチュエーションに、これほど似つかわしい存在はないだろう。
「アップルとダージリンでしたね、しばしお待ちを。」
身振り手振りと共に顎をコミカルに動かして、骸骨は二人を宥めた。
プラスチック製の骨格標本は台座にワイヤーで吊るされた状態で、ちょっとした人形劇を見ているようだ。移動するとキャスターのコマが少し耳障りな音を立てる。彼は頭部を左右に細かく振動させた。
カサカサカサ……ぽん。
ひょい、と手前へ首を折れば、右目からはアップルの、左目からはダージリンのティーバックが、ぽっかりと開いたその眼窩からポトリと落ちる。それを骨の両手で器用に受け止め、骸骨はカラカラと笑った。
フラスコとアルコールランプで湯を沸かし、ビーカーでお茶を飲むのがここでの作法だ。KYKは別名、お月見会なのだ。
この骸骨は山田さんという。明治時代にこの学園の前身となる女学校を開いた初代の校長先生だ。自称。そしてこの有志によるサークルの担任をも自称している。
「おーい!」
それは木霊です。木製の廊下で反響しながら、誰かの声が微かにここ、理科実験室にまで届いた。この教室は逆L字型となった旧校舎の最奥に位置するから、そうとうな大声で怒鳴ったものだ。
お調子者が幾人か、月明かりに背を押されて肝試しと洒落込んだらしい。廊下の側から少しばかり騒がしくなった空気が流れ込む。下卑た笑い声と威勢を張る雑言がその内容のほとんどを占めていた。
「おやおや、招かれざる闖入者という連中ですね。ちょっと追い返してきますから、ゆっくりしてて下さい。」
そそくさと山田さん(骸骨)は台座の車輪をカラカラ言わせて教室を出ていった。しばらくもすると、ぼそぼそと低く響くだけの陰気な囁き声のエコーが、ドハデな絶叫に切り替わった。
ニヤニヤと南雲女史は廊下を見遣り、
「山田さんに追い回されて、肝試しは大成功だね。」
意地悪に言った。
旧校舎の怪談話はホンモノだ。七つもあるという残りの六つは知らないが、少なくとも理科実験室の骨格標本はオバケだ。だからこの旧校舎は、昼間ですらほとんど人が来たりしない事で有名だった。
県指定の貴重な文化財なのに。それとも、ヘタに生徒が近寄らない方が建物を損壊しないだけ良い条件なのだろうか。明智は首をひねりつつ、骸骨が淹れてくれた紅茶をビーカーから啜った。熱いので手袋持参のお月見会だ。
八つ目の不思議がこの曰く付きの建物に加わったのは、それから数日後の、どんよりと曇った天候不順の某日だった。
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