第四章⑦

 会場の中で混乱の渦がとぐろを巻いているのが、会場の外にいる拙者にも伝わってくる。

 何せ軍事国家エアロからの留学生が、サントノーレ学園の生徒を救ったのだ。しかも、お洒落の国ダンヒルの象徴ともいえる、服を脱ぎ捨てて。

 今頃拙者のとった行動で、会場は荒れに荒れていることだろう。

 狂乱の気配を感じながら、拙者は口角を最大限に吊り上げ、一人ほくそ笑んでいた。

 計画通り、でござる。

 服を脱ぎ捨てた拙者を非難する声は、決して少なくはないだろう。だがそれ以上に、自分の身を顧みず、ロロ殿を救おうとした拙者への賛同の声の方が大きいはずだ。

 最後に観客へと叫んだ拙者の声は、まだ彼らの胸の中に残っている。これを美談として感じなければ、もはやそれは人ではない。

 美談は美しい。美しいものは魅力的だ。では、その美しい話は誰が作った?

 そう、拙者でござるっ!

 いやぁ、危のうござった。よく考えて、チャールズ先生のあの話を思い出さなければ、マジ危なかったでござるよ。


『ええ。人間の『魅力』は確かに服によって急激に上昇します。ですが人の魅力は、必ずしも外面的なものだけではありません。内面的を表す女気や漢気も、重要な『魅力』の要素になります』


 漢気とは男らしさ、女気とは女性のしとやかさのことでござる。

 では、自分の身を顧みず、ロロ殿を救おうとした拙者は、一体何気でござろうか?

 はい来た、漢気でござる! まごうことなき漢気にござる! どこに出しても恥ずかしくない漢気でござる! 三百六十度、裏から見ても表から見ても漢気にござるっ!

 ふっふっふっふっふ。一見ただの美談に見えるこの話、実は拙者の『魅力』、漢気をアップさせる巧妙な拙者の作戦なのでござるよっ!

 え? ロロ殿はどうしたのか、でござるか?

 何を言っているのでござるか!

 ロロ殿は最初っから、何もしなくても可愛いでござるよっ!

 その可愛いロロ殿が、いわば拙者の漢気を上げるヒロインポジションになったのでござるぞ? ロロ殿の女気で『魅力』アップは間違いなしでござる。

どう考えてもロロ殿の『魅力』は倍増、いや、四倍は堅いでござるよっ!

 拙者の『魅力』も上げて、ロロ殿の『魅力』も上げる。「両方」やらなくてはならないのが、「忍者」の辛いところでござるな。

 ……完璧でござる。拙者の計画、完璧すぎて怖いぐらいでござるっ!

 あまりの恐ろしさに拙者、震えが止まらないでござるよ。

 だから今拙者が震えているのは、忍装束を脱いで褌姿だから寒いというわけではござらん。

 でもそろそろ先生あたりが追いかけてきてもいいかなぁ、とは拙者思っているでござる。

「ヒロキくん!」

 おや? 噂をすれば何とやら。拙者の背後から、チャールズ先生の声が聞こえる。

「ヒロキくん、どうしたんだい? フンドシイッチョウで震えながら笑って」

「少し、黄昏ていただけでござるよ」

「右斜め上方向に斬新な黄昏方ですね」

「そうでござろう? して、チャールズ先生。魅力試験の方はいかがでござるか?」

 拙者の疑問に、チャールズ先生は随分とやつれた笑顔を作った。

「ああ、その件なんだけど、もう大変なんだよ。まさかヒロキくんがあのタイミングで脱ぐとは、誰も思っていなかったから」

「拙者も、留学先で物理的に一肌脱ぐことになるとは思わなかったでござる」

 拙者は思わず、苦笑いを浮かべた。

「もう混乱が収まらなさそうだってことで、ひとまず今日はこれで解散して、明日学内案内板に結果を掲示することにしたんだ。だからヒロキくんも、今日はこのまま帰った方がいいよ」

「帰るのはいいでござるが、拙者今褌一丁でござるよ? 流石に捕まるでござる」

「大丈夫。制服は持って来てあげたから。それじゃあ、また明日!」

 拙者が制服を受け取ると、本当に忙しいのか、チャールズ先生は飛ぶようにまた会場へと戻っていった。

 ふむ。この後ロロ殿と話をしたかったのでござるが、チャールズ先生のあの様子では拙者が戻ることで混乱が大きくなり、ロロ殿に迷惑をかけてしまう可能性があるでござる。ここは大人しく、チャールズ先生の言うことを聞くでござるかな。

 魅力試験の結果という楽しみは明日に残しておこうと思い、拙者は制服に着替えた後、学園を後にした。


 翌日。学内案内板にて。

 一年生の魅力試験の結果発表

 一位:ロロ・ピアーナ

 二位:エルメネジルド・ゼニア

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 不合格:アンジェラ・ゼニア

     ヒロキ・アカマツ

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