第四章⑤
「おっと! 今のはヒロキ・アカマツ生徒の声だっ! 何処しょうか? 彼は今、一体何処にいるのでしょうかっ!」
「ここでござる。拙者、既にリングの上でござるよっ!」
「照明さん! ライトリングに向けてっ!」
フランクリンの指示を受け、照明がリングを煌々と照らしだした。しかし、そこに佇んでいるのは、ただの闇。
フランクリンは、ただただ首を傾げるばかりだ。
「……誰もいませんが」
だが一人だけ、照明が照らしだした闇の正体を看破した御仁がいた。
「がはははは! よく見ろ! あの闇だ! あの闇こそ、ヒロキなのだッ!」
「流石学園長。お見事でござる」
そうつぶやいて、拙者は照明に向かい、歩みを進めた。
一歩ずつ歩みを進める拙者を、フランクリンが驚嘆の声で、こう表現する。
「ああっ! 闇が、闇が動いています!」
フランクリンの解説に導かれるように、リング上の闇に皆の視線が集まった。
ある人には、照明から影が滲み出るように見えただろう。
ある人には、光から闇が溢れ出したように見えただろう。
それは、拙者が身にまとっている服の特性上仕方がない。
拙者は種明かしをするように、自分のアピールポイントをつぶやいた。
「スタイリッシュな忍装束で、観客の視線を独り占めでござるっ!」
あの影が、闇が拙者だと観客が気づいた瞬間。
「「「ニ、ニンジャだぁぁぁあああっっっ!!!」」」
会場は、蜂の巣をつついたかのように大騒ぎになった。会場が爆発したかのような歓声と熱気が、会場を包み、揺らしていく。
「うっそ、本物?」
「マジでマジで? 初めて見た!」
「え、あれヤバくない?」
「そんな……。野蛮人の服は、私(わたくし)が確かに……」
「元々一枚の布なんでしょ? あれ」
「じゃあ、あの服は……っ!」
「どうやって着ているんだろう?」
「皆様、どうか落ち着いて、落ち着いてください! 落ち着けっていんてんでしょうがぁぁぁあああっ!」
フランクリンの声も、爆発した観客たちの興奮を抑えることは出来ない。
観客のこの反応を予想していた拙者は、ジルドと初めてあった時のことを思い出していた。
忍装束を着た拙者を見たジルドは、こう言っていた。
『いやぁ、いいねぇシノビショーゾク。まさか本物をこの目で見られるとは思わなかったよ!』
本物を見られるとは思わなかった。つまり、あのゼニア家ですら忍装束は珍しいものなのだ。
そしてゼニア家で珍しいものは、上流階級でも中々見ることが出来ない、ダンヒル内でも珍しいものになる。それを証明するように、ダーバンマニアのチャールズ先生だけでなく、学園長もこう言っていた。
『うむ。そうじゃな! 伝統ある珍しい忍装束が見れて、ワシも満足しておるッ!』
忍者には歴史がある。それはエアロの文化保護政策で守られている、ダーバンの伝統だ。それはジルドも認めている。
『いやぁ、いいものを見させてもらったよ。僕のジルド家に代々伝わる、格式高く伝統のある礼装に比べれば劣るけどね』
忍装束に価値が有ることも、ジルドが認めている。
『着ればそれだけで価値のある服は置いておいて、他の着こなしはどうなんですか?』
ジルドとの因縁が始まるきっかけとなったあの言葉を、拙者は今も忘れていない。
だからジルドを誘導し、魅力試験のテーマを『伝統』か『歴史』にさせようと決めた時、拙者は忍装束でジルドに勝とうと、そう決めていた。
ただ着るだけではなく。
テーマに合ったお洒落として忍装束を着ようと、そう決めていた。
しかし、不安要素もあった。それは生徒たちを評価する、学園外の来賓の存在だ。彼らの評価が少なければ、拙者はジルドに勝つことは出来ない。学園内では好評だった忍者が、城なしキートンでも人気があるのか、確かめる必要があった。
それで最近頻繁にキートンへ出入りしていたのでござるが、廉価品の戦法とうまく絡めることで、ジルドにはどうにかごまかせたでござるな!
その結果は、ご覧のとおり。根回しも必要かと考えていたが、それも不要だった。
更にジルドの策により、観客は拙者とジルドを比較し、評価する。
ジルドの礼装と同じく、伝統があり。
ジルドの礼装と同じく、十全に服を着こなせ。
ジルドの礼装と同じく、着る服が似合うスタイルならば。
数年に一回度しか見るチャンスのない服(ジルドの礼装)と、一生見ることが出来なかったかもしれない服(拙者の忍装束)。
観客の評価は、より珍しい方に傾くのは道理っ!
「素晴らしいっ! ニンジャ、ニンジャブラボーっ!」
チャールズ先生は立ち上がり、泣きながら喜んでいる。
ひな壇上のジルドは悔しそうに顔を歪め、アンジーの顔は蒼白になっていた。
そういえば先ほど、アンジーが拙者の服がどうこうと言っていた気がしたのでござるが――
「あーあーあー! 皆々様ご注目! これよりヒロキ・アカマツ生徒の、アピールタイムですっ!」
フランクリンの一言で、観客の視線がまた拙者に集まった。
おっと、いけない。今は魅力試験に集中すべきでござる。ロロ殿とも、頑張ると約束しているのでござるよ!
拙者は観客が静になるのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「忍という字は、刃で心を抑えるもの。自分を律することで、初めて忍者になれるでござる。故に多くは語らず、ここは一言だけ」
言いながら、拙者は両手で印を組む。
留学してから今まで一言も口にすることがなかった、そして今最も観客が欲しているであろう言葉を、拙者はハッキリと口にした。
「ニンニン」
会場は再び、爆発した。
「ありがとうございました。ありがとうございました! ヒロキ・アカマツ生徒、ひな壇へとお上がりくださいっ! ってうるせぇぇぇえええっ!」
珍しく周りの勢いに押されるフランクリンを横目に、拙者はひな壇を登っていく。
こちらを睨みつけるジルドに、拙者は口角を少しだけ釣り上げて答えた。何もかもが、順調だった。後はロロ殿の登場を待つばかり。
「続いての生徒が、大取になります! 魅力試験の最後を飾るのは、ロロ・ピアーナ生徒です! どうぞっ!」
出入口が照明で照らされ、カーテンがいつものように取り払われた。だが、
「おや? まぁた生徒の姿が見えませんねぇ。照明さん、リングの上も探してくださーい」
拙者の時と同じように、照明がリングの上を照らしてく。だが、ロロ殿の姿は見当たらない。
それはそうでござろう。あれは音もなくカーテンをくぐり抜ける拙者の体術があって、初めて成せる技。ロロ殿には、とても無理な芸当でござる。
幾ら探しても、ロロ殿は見つからない。観客がざわめき始め、先生たちがロロ殿の不合格を検討し始めた時、ようやく出入口に人影が生まれた。
良かったでござる! きっと着替えに手間取っていただけでござろう。全く、だから拙者、魅力試験前に着替え慣れていた方が良いと言ったでござるのに。
安堵の溜息をつきながら、リングへと歩いてくるロロ殿の姿を見て、拙者は間抜けな声を出した。
「は?」
いや、おかしいでござろう? どうなっているのでござるか?
拙者の動揺が伝播したかのように、会場の喧騒はより大きくなっていく。
あり得ぬ。あり得ぬでござるよ! 何で! 何ででござる?
「何でロロ殿の浴衣が、切り刻まれているのでござるかっ!」
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