第四章④
魅力試験当日。
「ついにこの日が来たでござるなっ!」
「そうだね、ヒロキさん」
拙者とロロ殿は、二人でいつもとは様子が違う実技演習棟を見上げていた。ドーム型の屋根は全て取り払われ、その代わりというように仮設スタンドが設置されている。二つあるリングへの出入口をちょうど半分にわけ、一方が学園外からの来賓を含む観客席、もう一方が生徒が立ち並ぶひな壇となっていた。
あれが、魅力試験の会場だ。
会場を見つめていると、拙者の背に声が投げかけられた。
「いよいよだね、ヒロキ」
「そうでござるな、ジルド」
振り向く前に、拙者はそう返した。もはや振り向かなくても、奴の声ならばわかる。
そのぐらいには、拙者もジルドのことを好敵手と認めていた。
振り向くと案の定、そこにいたのはジルドと、その妹のアンジーがいた。
アンジーが相変わらず蔑んだ目で、拙者のことを一瞥する。
「そのボロい袋の中に、同じくボロい衣装が入っているですか? 野蛮人」
「心配しなくとも、お主の胸より夢が詰まっているでござるよ。アンジー」
「わ、私(わたくし)の胸にも詰まっておりますわ! ただ物理的に見えないだけですっ!」
いつものやり取りに苦笑しながら、拙者はジルドへと向き合った。
先に口を開いたのは、ジルドだった。
「わざわざ二度目の敗北を味わいたいとは、ヒロキも中々悪趣味だな」
「そう言えるのも、今のうちだけでござる。家を出る前に、謝罪の練習はしてきたでござるか?」
「減らず口を!」
「お互い様でござろう?」
それからしばらく睨み合いを続けた後、拙者とジルドは笑った。
「こんなになりふり構わず勝ちたいと思ったのは、僕の人生の中で初めてだよ」
「そうでござるか。拙者はいつも、そう思いながら生きてきたでござる」
「国や文化の違いかな。家の力を使っておきながら言うのはどうかと思うけど、それでも君を真正面から叩き潰したいよ。ヒロキ」
「本当に、何を言っているのでござるか? ジルド。しょうがないので、拙者それを正面から受けて、強引に押し返すでござる」
そこから先、二人の視線は自然に解けた。拙者は無言で会場を見上げ、ジルドはアンジーと共に立ち去った。拙者の傍らには、ロロ殿が何も言わず隣に並んでくれる。
勝ちたいと、改めてそう思った。
「それでは皆さん、衣装を係の先生に預けてください」
チャールズ先生の言葉に従い、生徒たちは衣装を預けるために移動を開始した。魅力試験ということで、今日は生徒ではなく学園の先生が衣装を預かる役目を担っている。
「では、拙者たちも移動するでござるよ」
「待って! ヒロキさんの袋、破れてるよ」
「あ、本当でござるっ!」
見ればロロ殿の言った通り、確かに袋の底が破れていた。むしろどうしてこれで中身の衣装がこぼれ落ちなかったのか、不思議なぐらいだ。
拙者は手にした赤色の紙袋を、改めて感慨深く見つめる。
「ビス殿と対戦して以来、ずっと使ってきたでござるからな。こうなるのは致し方あるまい」
「うーん、じゃあ、私のと交換する?」
そう言って、ロロ殿はピンク色のトートバッグを拙者に差し出した。
「いや、そこまでしてもらわなくてもいいでござるよ。ひとまず、今日を乗り越えればいいのでござるし」
「だからだよ。今日は大事な勝負だもの。万が一があっちゃダメでしょ? ほら、早く早く!」
「ロロ殿、かたじけない……っ!」
目頭が熱くなるのを感じながら、拙者とロロ殿は袋とカバンを交換した。拙者のはもはや袋とは言えない状況でござったが。
「じゃ、行こうか!」
「うむっ!」
ロロ殿に頷き、係の先生へとカバンを預ける。後は名前を呼ばれ、リングに上がるのを待つだけだ。と、
「すみません。間違えて、財布を入れたままカバンを預けてしまいましたの」
「え、そうなの? なら、すぐに取っておいで」
「ありがとうございます、先生。すぐに戻りますから」
視界の端で、アンジーが更衣室に向かうのが見えた。
なんてことはないやり取りだったかが、何故だか拙者には気になった。
更衣室を見つめる拙者に、ロロ殿が不思議そうな顔で問いかける。
「どうしたの? ヒロキさん」
「いや、アンジーが更衣室に入っていたのが見えたので、少し気になったでござるよ」
「……ふーん。魅力試験前に、アンジーさんのことが、そんなに気になるんだぁ」
「え、何怒ってるでござるか? ロロ殿」
「怒ってます」
「いやいや怒、怒ってござったっ! ……ロロ殿? ノリツッコミにはちゃんと合いの手入れてくれないと拙者寂し、ロロ殿? 無視し過ぎではござらんか? そんなに早く歩かれると、ちょ、ロロ殿! ロロ殿ぉぉぉおおおっ!」
『っっっさぁぁぁあああぁぁぁあああやっっって参りっっっまっっっした! 皆さぁんお待ちかねぇのぉ、魅力ッッッ試験ッッッだっっっ!』
会場中に、フランクリンのハイテンションな声が響き渡る。声がでか過ぎて、リングの外にいる拙者たちにも聞こえるぐらいだ。
実技演習棟の屋根が取り払われているはずなのに、会場は闇に覆われ、ライトが煌々とフランクリンを照らしていることだろう。留学初日の学園長室の状況と同様のことが、この会場でも起こっている。もう拙者、何もツッコむまい。
魅力試験は実技授業とは違い、ファッションショーの様な形式で進められていく。つまり、生徒が一人ずつリングに上がり、観客たちへテーマに合わせたお洒落を披露していくのだ。
入場する順番はくじ引きで決められており、自分の番が来るまで生徒たちは更衣室の外で待機することになっている。そしてその順番を知っているのは、生徒を誘導する先生のみ。
「フランコ・プリンツィバァリー。更衣室に入りなさい」
「は、はいっ!」
一人の男子生徒が、名前を呼ばれた。呼ばれた生徒は緊張の面持ちで立ち上がると、周りからの声援を受け、更衣室に入っていく。
自分の出番がいつ来るのか、わからないという緊張感。この辺りも、魅力試験を祭りという位置付けにする、一つの要因となっていた。
『ルール説明はぁ、もぅぅぅうぃぃぃいかぁぁぁあああっ! いつもと同じぃぃぃいいいっ! るぅぅぅうぅぅぅるっっっですっっっ!』
いや、そこは説明すべきでござろうっ!
そう思うも、観客席は大盛り上がりで、どうやらこのまま突っ走る気らしい。まぁ、いいでござるか。拙者以外、ルールは熟知しているのでござろう。
ノリノリの司会に連れられて、観客席のボルテージもグイグイ上昇している。
「エドウィン・エイミス。更衣室に入りなさい」
次の生徒が、名前を呼ばれた。ということは、フランコ殿は既に着替えを終え、カーテンの下りた出入口で待機しているのだろう。
それを証明するかのように、フランクリンの絶叫が聞こえてくる。
『さぁ、早くぅぅぅ、早く始めたいっっっ! っっっと言うわけでぇぇぇ、早速とっっっぷばっっったぁぁぁあいっっってみようっっっ!』
こうして、魅力試験の幕は上がった。
『それでは次の生徒をお呼びいたしましょう! 次は皆さんお待ちかね。『絶対魅力者』に一番近い男、エルメネジルド・ゼニア生徒の登場ですっ!』
フランクリンがジルドの名前を呼び上げる前に、会場を揺るがすほどの歓声が、観客から巻き起こった。歓声の大半は黄色い声。先に学園内の女子生徒、続いて学園外の女性が、ジルドに熱い声援を送っている。
怒号、咆哮と言い換えてもいいような声援を聞き、拙者の口から思わず声が漏れた。
「……すごいでござるな」
「カッコいいもんね、ジルドさん」
拙者のつぶやきに反応したのは、ロロ殿だった。というより、ロロ殿以外反応しようがない。何故なら拙者とロロ殿以外の生徒は、既に名前を呼ばれている。
今名前を呼ばれたジルドが、くじ引きの結果、最後から三番目の入場者ということだ。
そして――
「ヒロキ・アカマツ。更衣室に入りなさい」
「分かったでござる」
今この瞬間、拙者が最後から二番目、そしてロロ殿が魅力試験の最後を飾る大取となることが確定した。
拙者は更衣室に向かうため、立ち上がる。更衣室に足を進めながら、拙者は先程ロロ殿としていた会話の続きを口にした。
「同じクラス故拙者は見慣れているでござるが、スタイルが良いというだけでなく、顔もイケメンでござるからな。男の拙者から見てもそうなのでござるから、女性にはより一層そう見えるでござろうな」
「普段見慣れてない分、別のクラスの子や学園外の人には、やっぱりインパクトがあるよね。ゼニア家次期当主っていうのも、ポイント高いかも」
更衣室に向けた足をふと止め、拙者はロロ殿に問いかけた。
「ロロ殿も、カッコいい男が好きなのでござるか?」
「私は、頑張ってる人が好きだよ。ヒロキさん」
「……そうでござるか」
ならばもう、何も言うことはないのでござる。
「頑張ってね」
「ロロ殿の方こそ」
更衣室に向けて歩みを再開した拙者に、ロロ殿からの声援が投げかけられた。たった一人からのその声援が、今ジルドが観客席から受けている声援よりも、拙者には力強く感じられる。
戦場へ赴く拙者にとって、共に『最も魅力的な者が勝つ』を戦ってきた戦友(ロロ殿)の声援は、何者にも代えがたいものだった。
『さぁ、それではエルメネジルド・ゼニア生徒のお披露目と参りましょう! どうぞっ!』
フランクリンの司会を聞きながら、更衣室に入る。歓声が会場を揺るがしているのを感じながら、拙者はいつもとは違う、ロロ殿から借り受けたピンク色のトートバッグに手を伸ばした。
『それではエルメネジルド・ゼニア生徒、アピールポイントをお願いしますっ!』
『人は僕を「『絶対魅力者』の伝道師」と呼ぶっ!』
ジルドの言葉はすぐに声援の渦に飲み込まれ、かき消された。鳴り止まない騒音を聞きながら、拙者は何故だかキートンへ最初に言った時のことを思い出していた。あの時も、不思議と喧騒が心地よかったのを思い出す。
同じような気持ちになりながら、拙者は慣れた手つきで衣装に着替えていく。
『引き続き、アピールタイムに移りたいと思います!』
『ふっ! 今更説明するまでもないだろう。しかし、これを聞いている僕の好敵手、ヒロキのために一度説明しておかねばなるまい! 君がこれから挑む、このゼニア家に伝わる、格式高く『伝統』のある礼装のことをなっ!』
拙者の想定通り、ジルドは礼装を選んだようだ。そしてあえて拙者の名前を出すことで、ジルドは観客に拙者とジルドの勝負を、より一層印象づけることに成功していた。
これでは観客は嫌でも拙者とジルドの服を『伝統』というテーマで比較せざるを得ない。先日食堂で拙者が言った一対一の話を逆手に取った、ジルドの策だ。
照明を燦々と浴びながら、ジルドの説明は続いていく。
「この礼装の歴史はかの同盟締結前、つまり百年以上まで遡る! それなのにも関わらず、百年以上経った今でも通じるこの流麗なるデザイン。見るがいい! これはもはや一種の完成された芸術だ! 今の背広の原型となった前裾を大きく斜めに切った形状のジャケット。縞のスラックスは後ろを長く斜めにカットしたデザイン。シャツは白無地のウイングカラーで、ジャケットはダブルのアイボリー。ネクタイはシルバーグレーでまとめ上げ、靴は黒のストレートチップ。ダンヒルのお洒落の原点は、ここにあるっ!」
ジルドの解説を聞き、観客の声は声援から溜息へと変化していた。皆、ジルドに見入っているのだ。
「年に数回、いや、数年に一回度しか見るチャンスのないゼニア家の礼装。皆、心行くまで愛で尽くすがいいっ!」
その言葉が契機となったように、会場を盛大な拍手が包み込む。
世界そのものが、ジルドを祝福しているようだった。
「ありがとうございました! エルメネジルド・ゼニア生徒、ひな壇へとお上がりください」
フランクリンが司会を進めるが、ジルドを賞賛する拍手は鳴り止まない。
ジルドの表情は、自分の選んだ礼装が負けるわけがないという、絶対的な自信にあふれている。
ひな壇に登っていくジルドを、拙者は静かに見送った。
ではいよいよ、拙者の番。
ジルドの好敵手である拙者の登場ということで、またも会場は熱気を帯びていく。
「さぁ、続いてまいりましょう。軍事国家エアロからの留学生、ヒロキ・アカマツ生徒です! どうぞっ!」
フランクリンの掛け声とともに、出入口のカーテンが取り払われる。その直前、リングに向かい歩き出す生徒を照らすため、照明が出入口に向けられていた。
が――
「おや? 変ですね。ヒロキ・アカマツ生徒の姿が見えませんが……」
フランクリンの疑問が、観客席にも広がる。
「これはどうしたことでしょうか! ヒロキ・アカマツ生徒、ヒロキ・アカマツ生徒が現れませんっ! このままでは不戦敗、いや、魅力試験ですので、不合格になってしまいますっ!」
「馬鹿な……!」
「え、嘘」
「まぁ! 野蛮人にしては、懸命な判断ですことっ!」
「土壇場で逃げ出したの?」
「マジありえねー!」
「……まさか、こんな幕引きになるとはね」
喧騒が広がり、観客の動揺とひな壇の困惑が最高潮になった瞬間、
「何処を見ているのでござるか?」
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