第四章①

 サントノーレ学園は日を追う毎に、徐々に喧騒に包まれていった。

 と言っても、何か事件が起きたというわけではないし、生徒が暴れまわっているというわけでもない。普通に生活しているにも関わらず、日に日に学園の騒がしさが増していくのだ。

 それは拙者たちが、食堂で昼食を取っている今も変わらない。

「なんか、すごい熱気だね」

「後二週間で魅力試験でござるからな。皆殺気立っているのでござろう」

 隣で心配そうな顔をしているロロ殿に、拙者は頷きながらそう答えた。

『魅力』がステータスとなっているダンヒルでは、その『魅力』が自分の地位向上につながる。

 そしてその『魅力』を審査する魅力試験は、生徒たちにとって成り上がるためのチャンスなのだ。盛り上がるのも当然だろう。

 しかし、今年は例年以上に活気づいている。その理由は、

「それでヒロキさん、大丈夫なの?」

「ん? ああ、ジルドとの勝負のことでござるな」

 そう。魅力試験の日程が近づいてくるということは、拙者とジルドの勝負の日が近づいてくるのと同義。

 だが、元々拙者とジルドの勝負はさほど注目されていなかった。何故なら誰もが、拙者が確実に負けると思っていたからだ。お洒落とは縁のない軍事国家からの留学生に勝ち目はないと、誰もがそう思っていた。

 しかし、今は様子が違う。拙者がプレタ殿に『最も魅力的な者が勝つ』で勝ったからだ。

 ここで重要なのは、プレタ殿がゼニア家の支援を受けていた、ということ。ジルドの腰巾着とはいえ、その相手に拙者が勝ったという事実は、学園の生徒たちに大きな影響を与えたらしい。

 プレタ殿との勝負で拙者が話した、お洒落の根源は下流、中流階級が持つ上流階級へ近づきたいという『憧れ』であるという歴史。そしてその『憧れ』に追いつき、追い抜いたかのような、高級ブランド品を打ち負かした廉価品の勝利。

 この勝利は多くの生徒には下流、中流階級による上流階級への下克上に見えたようで、それに感化されたかのように下流、中流階級出身の生徒たちが、いつも以上にやる気を燃やしているのだ。

 そしてその熱量が増大していくと共に、それの火付け役となった拙者とジルドの勝負も、自然と注目を集めていった。

「心配いらぬでござるよ、ロロ殿。策は既に打ってあるでござる。拙者、必ず勝ってみせるでござるよっ!」

「ええ、っと。私が心配しているのは、そういうことじゃなくて――」

「おや? そこにいるのはヒロキじゃないか」

 声がした方に振り向けば、ジルドとアンジーがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ジルドが一歩進む毎に、食堂の生徒たちは彼の進行方向から遠ざかる。ライトで闇夜を照らすかのように、ジルドが歩むべき光の道が出来上がった。

 渦中の拙者とジルドが対面したため、先ほどまでの喧騒が嘘のように食堂が静まり返る。

 ひとまず拙者は、先制口撃を仕掛けることにした。

「出たでござるな? 無乳」

「ありますわよ! 最近腕立て伏せをして、無ではなくなってきましたわっ!」

 それ筋肉でござろう! とは、さすがの拙者も言えなかった。アンジーが夜な夜な筋トレをしているのを想像してしまい、拙者ちょっと涙が出そうになったでござる。

「調子の方はどうだい? 僕の好敵手」

「お主の取り巻きを圧勝出来るぐらいには、調子がいいでござるよ」

 相変わらず不遜な態度を取るジルドに、拙者は嫌味たっぷりにそう答えた。その拙者の嫌味に答えたのはジルドではなく、アンジーだ。

「野蛮人が勝てたのは、例の流行のおかげでしょう?」

 プレタ殿との勝負以来、学園内にはあえて廉価品で戦ったほうがカッコいいという、一種の学園内ブームが巻き起こっていた。

 弱者(廉価品)が強者(高級ブランド品)に挑む姿が、カッコいいと言うわけだ。番狂わせ(ジャイアントキリング)は、時と場所、そして人を選ばず魅力的に映る。

 そして拙者は廉価品がカッコいいという流行に乗り、ジルドの取り巻きに次々に実技授業で勝負を挑んでいた。

 その結果は、全戦全勝。

「それでも、勝ちは勝ちでござるよ。アンジー」

「でも、まさか『どんな手を使ってでも勝つ』というのが、ああいう意味だとは思わなかったよ」

 苦笑いを浮かべるジルドに、拙者は首をひねりながら答える。

「対戦相手が着る服の廉価品で勝負することでござるか?」

 忍者である拙者であれば、対戦相手がどんな服を着るのか調べあげることなど朝飯前。後はプレタ殿の時と同じように対戦相手の廉価品で勝負を挑めば、相手はより廉価品を着た方がカッコいいという流行に押され、拙者をカッコいいと思い自滅するという寸法だ。

 しかし、この戦術には欠点が存在する。

「ですが、魅力試験にはこの戦術は使えませんわっ!」

 アンジーの言葉に、拙者は淡々と頷いた。

 廉価品を着た方がカッコいいというのは、あくまでこの学園『内』の流行。学園『外』の観客も『魅力』を評価する魅力試験では、効果が薄いのだ。

 アンジーの勝利を確信した叫びが、食堂中に広がる。

「おぉほっほっほっほ! 野蛮人がどれだけ知恵をひねり出そうとも、ジルド兄様の勝利は揺るぎません! ジルド兄様こそ、学園最強なのですわっ!」

「ふっ。はたして、それはどうでござるかな?」

「……何だと?」

 アンジーの高笑いを聞いても余裕を崩さない拙者に、ジルドは鋭い視線を送ってくる。

 ジルドの目を見返しながら、拙者は口角を、嫌らしく釣り上げた。

「学園内に閉じた流行なら、学園外に広げればいいだけの話でござる」

「……なるほど。それで最近キートンに行く頻度が高くなっていたのか。だが、廉価品を身につけるのためには『相手』よりランクの低い服を着る必要がある。一対複数の魅力試験では、効果は半減するはずだ」

「そうですわ! 一学年まとめて評価する、複数の対戦相手がいる魅力試験は、やはりジルド兄様の方が有利っ!」

 拙者はジルドとアンジーの発言に、潔く頷いた。確かに一対一の時に比べて、一対複数では誰の服と比べてランクが低いのかがわかりづらい。それも欠点の一つだ。

だが、

「関係ないでござるよ」

 拙者は、そう断言した。

「勝負をすると決めた時、拙者は言ったはずでござる。貴様を倒す、と」

 拙者の決意を感じ取ったのか、ジルドの顔が驚愕の色で染まる。

「まさかっ!」

「そうでござる。拙者は、ジルドに勝てればいいのでござる。学年の順位など、関係ござらん。ただお主よりも一つ順位が上であれば、それでいいのでござる。例え最下位から二番目だったとしても、ジルドに勝てるのであれば、拙者それでいいでござるよ」

 拙者は改めて、ジルドを視線で突き刺すように見つめた。

「であれば、一対一と状況はさして変わらぬ。他の者は眼中にござらん。お主だけでござる。この勝負の取り決めをして以来、拙者はずっと、ずっとお主だけを、ただお主だけを見つめ続けていたでござるよっ!」

 拙者の決意が、静まった食堂中に響き渡る。その余韻が残る中、激怒故か、ジルドの両頬は、両耳は、真っ赤に染まっていった。

 ロロ殿は神妙な顔をして口を挟まず、アンジーは拙者の気迫に気圧されたのか、一歩後ろへと下がる。その後ろで、一部の女子生徒が何故だかハイタッチ。あれ? あの御仁、拙者とジルドの漫画を描いていた生徒でござるか?

「……なるほど。ヒロキの決意は、よくわかった。遠慮無く全力でぶつかってこい。だが伝統あるゼニア家の次期当主として、僕は君に負けるわけにはいかない! どんな手を使おうが、僕は君に勝つ! 行くぞ、アンジー」

「あ! お、お待ちくださいジルド兄様! どんなことをしようとも、ジルド兄様こそが学園最強なのです! 私が、そうさせてみせますわっ!」

 去っていくジルドの後を、アンジーが慌てて追いかけていく。

 その背中が見えなくなったタイミングで、ロロ殿が口を開いた。

「私のことも、見てくれてなかったの?」

「……ロロ殿?」

「何でもない……」

 ロロ殿は拗ねるように口を尖らせ、そっぽを向いてしまう。それを見て、拙者の口元が緩んだ。

「ジルドとの勝負の原因になったお人が、今更何を言っているのでござるか」

 そう言うと、ロロ殿の唇が更に突き出された。ほんの少しだけの変化だが、拙者の目は誤魔化せない。なにせ拙者、忍者でござるからなっ!

「でも、本当に大丈夫なの?」

 突き出した唇から紡がれるのは、拙者の安否を気遣う言葉。その言葉に、拙者は自信満々に答える。

「大丈夫でござる。必ず勝ってみせるでござるよ」

 そして、アンジーからロロ殿へ謝罪の言葉を頂戴するのでござる!

 だが、ロロ殿の心配は別の所にあったようだ。

「そうじゃなくて、私、ヒロキさんがまた変なことするんじゃないかって、そして調子に乗って失敗するんじゃないかって心配してるんだけど……」

「なぁに、いつも通りでござる。いつも通り、相手(ジルド)を徹底的に調べ尽くすだけでござるよ」

 なおも心配そうな表情を浮かべるロロ殿に、拙者は人の悪い笑みを浮かべることで答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る